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INTERVIEW
2023.07.21
渋谷SAUNASは美術館!? サウナもアートも、脳疲労を和らげ、五感を満たしてくれる
Interview&Edit / Quishin
近頃よく耳にする「タイパ(タイムパフォーマンス)」という概念が代表するように、時間に追われながらたくさんの情報を詰め込んでいる人が多い昨今。
効率のよさばかりを追求して疲れてしまった人、案外多いのではないでしょうか。長い休みがとりやすい夏は、いつもの速度を見つめ直して、自然のリズムに身を任せたり、リトリートを体験してみるいいタイミングかもしれません。
マンガ家であり、アート文脈では年に2回ほど京都精華大学デザイン学部において特別授業という形で教壇に立つタナカカツキ先生は、21時頃就寝・朝4時起床という生活を送っています。
正午までに手を動かす仕事は終わらせて、午後は仲間とサウナや雑談を楽しんだり、ミーティングをしたり。
2022年12月に渋谷のサウナ施設「SAUNAS」の総合プロデュースを手掛けたタナカカツキ先生に、現在のライフスタイルに至った経緯や、生活の中におけるサウナの位置付けなどを聞いていくと、「積極的に思考停止する時間を持つことのよさ」や「サウナとアートには情報から離れ五感を満たす共通点があること」が見えてきました。
21時就寝4時起床。「計画的な朝型生活」で自由時間が増えた
渋谷のサウナ施設「渋谷SAUNAS」
── タナカカツキ先生はマンガ『今日はそんな日』の中で、「朝4時に起きて仕事をし、正午までに仕事を終え、21時には就寝する」というご自身の生活を紹介しています。どうして、このような朝型生活になっていったのでしょうか。
そもそもマンガ家って私のまわりを見ても、不健康な仕事ランキングのトップだと感じるんですよね。ずっと座ってますし、ろくな運動もせず、生活も不規則になりがちですしね。そうなると精神も病みがち、早く死んじゃう人が多いんです。
── そういうイメージが強いです。
一方で、長いことごきげんにやっている先輩方もいます。
私はよく、仲間と、長生きするマンガ家と短命なマンガ家は何が違うのかという議論をするんです。マネージャーさんに、「先生はどんな生活をしているんですか?」と聞いたりもします。
それでわかったのは、長生きしている先輩たちは、よく散歩をしたり、人によってはゴルフや野球をしたりと、自分の体をメンテナンスすることをとても細やかにやられているということ。藤子・F・不二雄先生が朝早く起きてアトリエに行くことは子どもの頃に知っていたのですが、「夜の会」を主宰していた岡本太郎さんが朝6時に起きていたことは意外でした。
── 朝型生活を送りながら体を動かす、たしかに健康によさそうです。
私自身は、37歳になるまではずっと、夜型生活を送っていたんです。だいたい午前4時に寝ていましたね。夜は集中できるし電話もかかってこない、気持ちのいいひとりの時間……、夜こそ創作の時間だ!と思っていました。
朝はね、苦手だったんです。先輩たちから自分の体をメンテナンスすることの大切さを聞いてから、ウォーキングや早起きが気にはなっていたけれども、起きても何もやる気にならなかった。起きたらいろんなニュースが飛び込んでくるし、連絡もくるし、お日さまの高いうちは、ゆっくり創作なんかできないよ!と。
だから、「夜を前倒しにしよう」というアイデアなんです。
── 夜を前倒しに!?
夜の静けさ、暗さ、いいじゃないですか。あの閉ざされた時間は欲しい。
でも夜っていうのは、朝起きてからしばらく時間が経っているので、脳としては疲れています。気持ちは穏やかでリラックスしているけれど、脳は元気な状態じゃない。
脳も元気で、気持ちもリラックスしている時間って、早朝しかないんです。冬は日が昇るのが7時過ぎなので、午前4時に起きれば3時間は真っ暗な中で過ごせます。それが夜を前倒しするということ。夜を先にしたほうが、静けさの中にいることができて、脳も元気で、素晴らしい!って、気づいちゃったんですよね。
タナカカツキ『今日はそんな日』より
── 正午に仕事が終わるというのもいいですね。
めちゃめちゃ気持ちがいいんですよ。正午から自由な時間ですから。
── 創作する上でも何か変化はありましたか?
もうはっきりとした変化がありました。夜にやっていたときよりも仕上がる原稿の枚数が増えたんです。それがわかっちゃったから、もう戻れない。夜は、まるで自分が集中してものをつくったかのような錯覚に陥っていただけだったことに気づきました。
夜は感情のほうが優位になるんです。だから夜はやる気があることだけやって、やるべきことはやらなかったりする。それに比べて、朝は頭が冷静なんですよ。俯瞰して物事を見れるので、朝のほうがやるべきことをちゃんとやるんですよね。
夜型だった頃は感情の奴隷、朝型の今は時間の奴隷です。
── 時間の奴隷(笑)。言葉からはネガティブなイメージが浮かびますが。
一見、「時間に束縛される」という悪そうなイメージが浮かぶんですけど、時間に縛られると、やらなきゃいけないことをやるんですよ。なぜなら、脳は決まっていることを優先するようにできているから。反対に、時間が決まっていない漠然としたものは後回しにするんです。だから時間は常に決めているほうが楽だし、時間に縛られたほうが結局、自由な時間が増えるんですよね。
「のんびり」はスキル。半世紀以上ものんびりできてない問題
── 今回の特集は、近頃よく聞く「タイパ」が代表するように、時間に追われながら情報を詰め込んでいる人が少なくないように感じる、というのが企画背景にあります。たくさんの情報に触れる楽しさも分かる一方、ちょっと「のんびり」したり「余白」を持ってみてもいいのでは?という提案なのですけど。
「のんびりする」や「余白をつくる」みたいなことを、わざわざ考えないといけない背景は何なのか?ということから、考えたいですよね。
思えば、高度経済成長期に突入した1950年代や60年代頃から、「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」という標語が流行ったりして、スピードを緩めようとか、マイペースで行こう、みたいなことが言われ出したように思うんです。つまり、その頃から何も変わっていないってことなんですよ。
なので根本的に、「のんびりしよう」とか「余白をつくろう」みたいな考え方自体をちょっと見直さないと解決しないような気がしています。それを思っている限り前に進んでいないというか、具体的に展開していないというかね。
── 解決しないがゆえに、ずっと続いている。
それで、自分の生活をちょっと振り返ったときに、私自身は詰め込むことを嫌っていないなと思うんです。打ち合わせと打ち合わせの間の時間が30分空いたら、いつも真っ先に何か予定を入れるんですよ。
子どもの頃から、放課後に何をするかも全部、計画していました。今も、たとえば銀座で1時間半予定が空いたとしたら、サウナに行くんです。
── ここでサウナ。
もう喫茶店とかではなく、サウナです。そうやって予定を入れ込んでいると、それなりに充実感というものがありまして。やっぱり人生、限りがありますから、のんびりなんかしてられないですよ。のんびりしていたら人生が終わってしまうので、詰め込みたいんです。
何もしないと気持ちが不安定になってくるんですよね。私の場合、ボーッとするって難しいんです。決まった時間の中でたどり着きたいゴールがあり、そこに向かって何かをやると、不安ってあまり訪れないんですよね。やりたいことに夢中になってるから。そういう生き方をしてきたので、大人になってもなかなかのんびりできないと言いますか。
のんびりしようとして、南の島になんか行ったこともありますが、ビーチサイドでゆっくりしているとだんだんメモしたいアイデアが出てきて、頭の中が忙しなくなっていってしまい……。のんびりするのもひとつのスキルで、修練を積まないとできないことのように思うんですよね。
渋谷のサウナ施設「渋谷SAUNAS」にあるMUSTA SAUNA。照明を抑え、落ち着いた空間でセルフロウリュを愉しむ、THE フィンランドサウナ。
五感を満たし「半強制的に思考停止」させるサウナ
── この取材をご依頼したときに、「サウナは“のんびり”するために行くことはない。強いて言えば、計画的な非集中」という言葉をいただきました。計画的な非集中とはなんでしょう⁉︎
簡潔に話すと……、サウナ室ってすごく暑いですよね。暑くて、血がグワーッと巡って、思考ができなくなるんです。「暑い」「水風呂に行きたい」それしか考えられなくなります。
水風呂に入ると、最初は気持ちいいんですけど、だんだんと、「ああ、もう出ないとやばいな」って感じになる。そして外気浴をするんですけど、そうしたら血がものすごく巡り出す。そのときもほとんど思考ができない。ゆっくりと元の状態へ戻っていく中で、ようやく物事を考えられるようになるんです。
そういう意味じゃ、サウナって半強制的に思考を停止してくれるものなんです。強制的に情報から遮断できる唯一の時間という意味で、私はサウナを使っているんですね。とはいえ、そんなことを考えてサウナに行ってるわけではなくて、楽しいからなんですけどね。
── その時間を生活の間に入れないと、考えすぎちゃうということですか?
ずっと考えちゃいますよね。なんかバランス良くないなって思うんです。サウナに限らずとも、たとえば筋トレとか、何か夢中になってできることがあれば、それをやっている時間は思考から解放されると思います。
そういう時間がないと、うっすら情報がずっと流れてきて、ずっと考えているという状態になっちゃう。もう慢性的な情報過多みたいな状態になって、それが脳疲労を起こしてしまうというのが、現代の病の代表なんじゃないですかね。
── 朝起きてから眠りにつくまで、ショート動画や電子コミックを日がなスマホで見ているような「スマホ依存」も珍しくない昨今、知らず知らずのうちに脳疲労を起こしている人は多いような気がします。
マンガや映画の楽しみと、サウナの楽しみって同じ「楽しみ」なんですけど、どこで楽しむかが違うんです。マンガというのは脳の中で思考を巡らせる楽しみ。サウナは、はだかになって、カラダが気持ちよくなって感覚を満たす遊び。副産物として健康になっちゃうという。
だからマンガや映画のようなエンタメと、サウナのようなリラクゼーションは、同じ楽しみでもちょっと分けて考えたほうがいいと思っています。これは「脳疲労」なのか「五感の満たし」なのか。「一時的な気休め」なのか「リラクゼーション」なのか。自分のライフスタイルを設計する上でも、意識して調整したほうがいいんじゃないかと。もちろん、脳疲労を取ったならば、エンタメはエンタメで楽しいものですから。
それで、いいですか。ちょっと渋谷SAUNASのお話を。
SAUNASは、アートが過去担った役割を体現する場
渋谷のサウナ施設「渋谷SAUNAS」 外観にある「サ」の字が目印
── ここまでのお話と渋谷SAUNASがつながるんですね⁉︎
近年サウナブームと言われてますけれども、サウナの楽しみ方も大きくふたつに分かれているんです。テレビやゲームコーナー、カラオケ、マンガなど、エンタメ、レジャーな楽しみ方。それが昭和・平成のサウナ観です。
一方、ここにきてのサウナブームというのは、エンタメの楽しさだけじゃなく、瞑想効果や心も体もリセットするような効果を感じる人たちが現れ出したことが大きい。落ち着いた雰囲気の館内で、いい香りが漂っていて、テレビがない薄暗いサウナ室で緩やかに温まっていく……そういったサウナ施設が増えたのは、それだけ今、みんな疲れちゃっているってことだと思います。
キャンプブームにしろ、猫ブームにしろ、今の流行りは五感を満たすサービスだと思うんですよね。五感の満たしが脳疲労を和らげ心と体をリセットしてくれて、明日の意欲につながる。
なので、このSAUNASでは文字情報が、ほとんどないんです‼︎
── なるほど! 情報が脳を支配しないように。
館内にはマナー啓発の貼り紙やサービス案内、 広告ポスターも貼ってないです。シャンプー、コンディショナーという文字もすごく小さくて、文字情報が視覚に飛び込まないようになってます。だから使いづらいんです(笑)。
でも使っているとだんだん慣れてきて、わかるようになってくる。「こっちがシャンプーだな」とか、「ここがトイレだな」とか。脳を使わなくても行動できるようになっていくので、脳がとてもラクなんです。
SAUNASは、脱衣所もサウナ室内も含め、館内のあらゆる場所で極力、文字情報が排除されている
で、ちょっとアートの話をしてもいいですか。
── お願いします。
アートに触れることは、私たちが情報から切り離されるひとつの手段だったと思うんです。「窓のない部屋にひとつの風景画を飾ると心が安らぐ」のように、何も情報を持っていなくても、ただ触れるだけで心を満たしてくれるものでした。
ところが昨今は、「いつ頃、誰によって、どんなふうにつくられたか」っていう情報が先に来る。感覚的に作品を楽しめないケースがあるように感じます。もちろんアートの文脈を楽しむというのは面白いことですけれどもね。
── そうですね。だからこそ、まさに本日お話を伺いたかったテーマがあるように思います。
とはいえ、美術館や博物館に行くと、気持ちいいんですよね。それはアートを楽しんでもらうために、綺麗なフロアに高い天井など気持ちのいい造りにしているから。そういったスペースで絵画と向き合うと、やっぱり心がすごく豊かになる。美術館だけじゃなくて、たとえば神社も心や体を豊かにする場所ですよね。神社も、手を洗って参拝すると、ちょっと汚れが落ちたような気持ちになる。
そういう場所って、ダラダラできないんですよね。鳥居をくぐって、ちょっと背筋が伸びるからこそ、脳疲労が鎮静するという。
そういうふうにアートが担ってきた役割を果たしてほしいなと、SAUNASもちょっと緊張感のあるつくりにしていて、ラウンジにはかなりの数の現代アートを置いているんです。
── まるで美術館や神社のような場にきたかのように感じさせるために。
そうですね、はい。美術館や神社に行くみたいにサウナにきてもらうと、心が静かに広がっていくような体験ができるという提案なんです。そして、サウナで得たそういう気持ちを持って、美術館に足を運んでもらうと、「ああ、アートってサウナみたいに楽しんでもいいのかも」って思えるんじゃないかと。あぁ、気持ちが良いなぁとか、快適だなぁと感じられる場所がもっと身近に必要なんじゃないかと思います。
DOORS
タナカカツキ
マンガ家
1966年、大阪生まれ。1985年に小学館『週刊ビックコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。著書には『オッス!トン子ちゃん』『サ道』、天久聖一との共著『バカドリル』などがある。カプセルトイ「コップのフチ子」の企画原案。2022年に、「渋谷SAUNAS」を総合プロデュース。
volume 06
「余白」から見えるもの
どこか遠くに行きたくなったり、
いつもと違うことがしてみたくなったり。
自然がいきいきと輝き、長い休みがとりやすい夏は
そんな季節かもしれません。
飛び交う情報の慌ただしさに慣れ、
ものごとの効率の良さを求められるようになって久しい日常ですが、
視点を少しだけずらせば、別の時間軸や空間の広さが存在しています。
いつもより少しだけ速度を落として、
自分の心やからだの声に耳を澄ませるアートに触れる 。
喧騒から離れて、自然のなかに身を置く。
リトリートを体験してみる。
自然がもつリズムに心やからだを委ねてみる……。
「余白」を取り入れた先に、自分や世界にとっての
自然なあり方が見つかるかもしれません。
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