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- 自愛の秘訣は「よいものを日々使うこと」ウエディング&ライフスタイルプロデューサー・黒沢祐子の小さな喜びを積み重ねる暮らし / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.37
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2025.07.09
自愛の秘訣は「よいものを日々使うこと」ウエディング&ライフスタイルプロデューサー・黒沢祐子の小さな喜びを積み重ねる暮らし / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.37
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Madoka Akiyama
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは、ウエディングプランナーの黒沢祐子さん。約25年のキャリアのなかで特別な日の空間づくりを数多く手がけ、現在はライフスタイルプロデューサーとしてインテリアやファッションの提案、「自愛」をテーマにしたオンラインサロンも運営されています。そんな黒沢さんのアートの入り口は、幼少期に見た酒井田柿右衛門のお皿や祖母の着物でした。
うつわや椅子など、日常で触れるものにアート性を見いだし「自分にとってよいものは、使うことで愛着が生まれていく」と、“用の美”の考え方を大切にしている黒沢さん。愛しいものたちに囲まれながら暮らす喜びについて語ってくれました。
伊藤まさこ / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.36はこちら!
# はじめて手にしたアート
「使ううちに愛着が増したセブンチェア。色違いで購入し、ミックスを楽しんでいます」
私は絵画のような美術品だけではなく、うつわや花器、椅子やテーブルなどの家具などもアートのひとつだと捉えています。
「はじめて手にしたアート」としてご紹介したいのが、フリッツ・ハンセンのセブンチェアです。

購入したのは15年ほど前。転勤先として住んでいた神戸を離れ、東京に戻ってきたタイミングで、新しい生活を始めるために選んだ家具のひとつです。
そのときにいろいろな家具を見ましたが、目に留まるのがどれも北欧のものでした。この椅子は、曲線的なフォルムの美しさに惹かれ、「家に馴染みそう」と思って購入しました。ブランドには特にこだわっていなくて、使っているうちにどんどん愛着が湧いてきた感覚です。

壁一面の食器棚には、夫婦で持ち寄ったうつわが混じり合って置かれている
私は同じものを揃えるよりも、異なるものをミックスするのが好き。だからセブンチェアも、白・黒・ベージュ・ブラウンを購入しました。ミックスする楽しみは、ウエディングの仕事から気づかされたことかもしれません。
結婚生活とは、異なる個人と個人の掛け合わせでつくり上げるもの。だから結婚式のプランニングでは、それぞれの好きなものや人間関係についてまで、細かくヒアリングしていきます。
すると、どんなふたりであっても共通項が見えてくる。それをテーマに式を演出するんです。ものの組み合わせも、同じように考えています。
# アートに興味をもったきっかけ
「子どものころ、お正月料理が盛られた柿右衛門のお皿にときめいていました」

自分にとってのアートの原体験を思い返したときに浮かんだのが、子どものころのお正月の景色です。
家族のお手伝いをしてつくったお料理が、酒井田柿右衛門のお皿に盛られていく様子を今も覚えているのですが、絵付けの色の鮮やかさに子どもながらに惹かれていました。
祖母が着ていた着物の色や柄の美しさも印象に残っています。譲り受けてからはお直しして、お呼ばれの際などに着ることも。

こうして振り返ってみると、私のアートへの入り口は和のものだったんだとわかります。最近は漆の奥深さに気づき、輪島塗の塗師・赤木明登さんが営む宿坊兼レストランの「杣径(そまみち)」で三つ揃えの椀を購入しました。漆はシミができたり取り扱いが難しいと言われるけれど、私は気にせず、好物のくず切りやお蕎麦を入れて毎日のように使っています。
私にとってのアートは、“用の美”が原点にあるんです。うつわでも着るものでも、自分にとってよいものを使ってこそ意味があると思っています。使うことで、もののことがわかるし、愛着が生まれる。「飾っておく」「しまっておく」という言葉は私の辞書にはないんです。
# 思い入れの強いアート
「日常使いできる作品を入り口に、気になる作家さんの表現の世界を追いかけています」
作家さんの作品を買うときも、日常で使えるものから購入することが多いです。気になる作家さんなら、そこからさらに展示会に足を運んで、その方の表現が詰まったアートを購入することもあります。作家さんを追いかけて、全国を旅をしているような感じです。
たとえば、高知県でウッドアーティストとして活躍する高橋成樹さん。友人の紹介で出会って、最初は花器や帽子置きなどを購入しました。

その後、今のパートナーと東京で新しい生活を始めるときに「家にオブジェがあったら素敵かもね」と話して購入したのが、こちらの作品です。

これは、塗装をしていない素の木材なので呼吸をしていて、自然にヒビが入っていきます。こうした経年変化を楽しみながら自然を身近に感じられるところもいいですね。
私は突飛なものではなく暮らしになじむものが好きなんです。お部屋に心地よく溶け込んでくれる、和紙職人のハタノワタルさんの作品もお気に入り。
ハタノさんの作品も、最初はお菓子などを置く敷板を手に取りました。

最初に購入した、ハタノワタルさんの敷板

# アートのもたらす価値
「アートは私と一緒に生きているもの。それに気づいた鎌倉暮らしでした」

好きなものや心地いいもの、「自分の幸せってなんだろう?」ということを突き詰めたのが、2020年から3年半ほどの鎌倉での暮らしでした。
それまで興味の方向は、新しいスポットや素敵なレストランなど、自分の外側に向いていたんです。年齢的にそういうお洒落さに浸りたかったし、ミーハーなところもあったと思います。都心に暮らしていたのも大きかったかも。
でもコロナ禍になり、前のパートナーとの離婚も経験し、ふと「ここじゃなくてもいいな」と思って。鎌倉の家では長い時間をひとりで過ごしながら、ものとの対話を繰り返していました。たとえば、「このうつわは何を盛ってほしいのかな」と考えたり「このお花を今日はこっちの花器に移してみようか」と試行錯誤したり。

対話の中で、自分が“用の美”の考え方を大切にしていることや、家にお花があることで心が安定すること、少し使い込まれたような風合いのものが好きということなどが、はっきりとわかっていきました。

鎌倉に住んでいた際に迎え入れたヴィンテージの食器棚
だから、私にとってアートとは、「一緒に生きていくもの」。常に何かを感じとって、対話を重ねていくことで、日々が豊かになっていく。また、日常で美しいものに囲まれていることでインスピレーションが湧いたり、パワーをもらえたりもすると思っています。
# 愛おしい暮らしをつくる「自愛の心得」
「ダメな自分も許せるように、完璧を目指しすぎず、日々小さな喜びを積み重ねていく」

三澤亮介さんの作品《エターナルサンシャイン》はふわっとした優しい色合いに惹かれて購入
鎌倉暮らしでの一番の気づきは、「自愛の大切さ」でした。私の考える自愛とは、自分の好きなところだけじゃなく、嫌いなところも含めて、赦し愛すること。それはつまり、人と比較せず自分の暮らしを大切にするということです。それを心がけることで、自ずと自分を愛せるようになりました。
やっぱり、日々の積み重ねが自分をつくっていくものだから、毎日小さな喜びで心を満たしてあげたい。他者から喜びをもらうのもいいけれど、まわりの環境や関係性は変わっていくものだから、自分で自分の気持ちを満たせたほうがいい。
自分が喜ぶことならなんでもよくて、朝においしい紅茶を淹れて飲むことだけでも十分、自愛になる。好きなものを身近に置いてどんどん使うことも、日々の小さな喜びを生んでくれる行為だと思っています。

ガラス工芸作家の山野アンダーソン陽子さんの作品も、黒沢さんが日常的に愛用するお気に入り
ただ、そうは言っても沈んでしまうことってありますよね。今って情報があふれているから、スマホで見たくないものを見てしまったり、無意識にほかの人と比較して落ち込んでしまうことも多い。
気持ちが波立ってしまうのが人間なのだけれど、せめて、「ダメなときの自分を赦せるようでありたい」と思っています。
そのためには、完璧を目指しすぎないことも大切。自分のことが120%大好きじゃなくてもいい。ミスをしたり、言ってはいけないことも口走ってしまうのが人間なんだって割り切って、ファジーなところも認めてあげる。そういうふうに生きていきたいと思っています。
DOORS

黒沢祐子
ウエディング&ライフスタイルプロデューサー
会場探しから伴走し、新郎新婦の思いを大切にしたコンセプトのある結婚式を提案するウエディングプランナー。これまでにおよそ1500組もの結婚式を手がける。2016年、YUKOWEDDINGを設立し、現在はライフスタイルプロデューサーとして、インテリアコーディネートや洋服のディレクションも行うなど幅広く活動中。2022年からは自身のオンラインサロン「Y’s room」を主催。「自愛」をテーマに、自分で自分を満たし幸せに生きるための考え方についてシェアしている。
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