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- 三つの部屋、三人の作家〜DDDART苑&ADDA〜 / 小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ” Vol.6
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2025.06.25
三つの部屋、三人の作家〜DDDART苑&ADDA〜 / 小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ” Vol.6
Photo / Tomohiro Takeshita
Edit / Maki Takenaka(me and you)
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』などの著作で知られている小原晩さんが、気になるギャラリーを訪れた後に、近所のお店へひとりで飲みに出かける連載、「小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ”」。「アートに詳しいわけではないけれど、これからもっと知っていきたい」という小原晩さん。肩肘はらず、自分自身のまま、生活の一部としてアートと付き合ってみる楽しみ方を、自身の言葉で綴っていただきます。
第6回目は、下北沢にあるDDDART苑で開催していた架菜梨案、齋藤春佳、鈴木由衣による三人展『いったり・きたり』を観たあと、下北沢BONUS TRACK内にあるスリランカとインドカレーのお店「ADDA」へ。古民家の三つの部屋を巡りながら三人の作家の絵と陶器を見て、はじめてのスリランカカレーを食べた、ある午後のこと。
下北沢にいる。ここにはよく来る。もともと近くに住んでいたから、あっちにいけばああ、こっちにいけばこう、というのが、だいたいわかる。今日はあっちへ、バーミヤンのほうへいく。
バーミヤンを通りすぎて、すこし歩いて左へ。角を曲がると、古い家が見えてくる。目的地「DDDART苑」である。夏の気配で、すっかり汗をかいた。

ここは、もともとシェアハウスだったらしい。コロナで人の出入りがむずかしくなり、どうしたものかと考えた末に、ギャラリーになったという。二〇二二年のことだそうだ。古民家は改装されているけれど、木の柱も、畳の部屋も、ちゃんと残っている。縁側もあるし、庭もある。風が通る。そんな場所が、いまは現代アートのための空間になっている。一見ちぐはぐなのに、調和している。
展示は三人展『いったり・きたり』。
架菜梨案さん、齋藤春佳さん、鈴木由衣さん。
絵と、陶器と、両方が並んでいる。

入ってすぐの黒い部屋には、わりとわかりやすく、三人の作品が、それぞれの壁に並んでいる。
それぞれが個性的なのに、喧嘩することなくそこにいて、けれど手をとり合いもせず、ふつうにそこにいる。名前も説明もないけれど、こんにちは、わたしはこういうものです、と挨拶されるような感じである。

その先にあったのは、いちばん広い畳の部屋。
天井には蔦がまきついている。
白くて、雲のようで、少し傾斜がついている、スケートボードでもできそうな、幕のようなかたちの壁がある。そこに、鈴木さんの絵「パスタ咲きクリームスプラッシュ」があった。バスルームに置かれた植木鉢と植物を描いたものである。隣には、絵の中からぬけだしてきたような植木鉢の陶器「古星図鉢」がある。きちんと植物も入っている。おもしろくて、立ったまま、じろじろと見る。やわらかだけれど、どこか神聖な気配もある。植木鉢に描かれているのは、星座みたいなひとたち。神話に出てきそうなひとたち。

鈴木さんの作品からは、好きなものを好きなように、という自由のにおいがする。それは、きっと、遠くへ行こうとする自由ではなくて、手のひらのなかにある小さなものをずっと見ていられるような自由。そして、気づけば、それは宇宙だったのだ、というような、ごく自然な表現だと思った。


反対側には、架菜梨案さんの絵「Papillonner」と三匹のうさぎの陶器「うさぎ#13」「三つ耳うさぎ#6」「お尻あげうさぎ#2」。そのなかに、ひとつだけ、男のひとのかたちをした陶器「男の子」があった。うさぎたちは、とくに気にしていないようである。区別はいらないのだ。

架菜梨案さんの作品で、ひとはいつも裸だ。動物や植物、野菜と同じようにひとを見つめるとき、やっぱりひとというのは、裸になるものなのか。一匹のうさぎの目線の先には、土からにんじんの生えた陶器「YUMMY CARROT」があった。

齋藤さんの作品には、文字が書かれているものがある。読めたり読めなかったりするけれど、よいところが読めるようになっている。
「おうち」と子が言うので「そう、おうちだね、いろんなひとがいきていて、いろんなおうちにすんでいるんだね」と発語したら短歌だった。
(作品「平らな空」からの引用)
ノートがひらかれたような絵。左のページには日記のような言葉があり、右のページにはその日の情景がある。ノートの割れ目から、太陽があたたかく、まぶしく、光っている。日常の光景に、近づいたり遠のいたりしながら、つくられたことがわかる。

廊下と、部屋の真ん中に、三人の陶器作品が置かれている。大きさがそろっていたり、色のあわせがいい。きちんと考えられているはずなのに、そうは見えない。もうずっと前からそこにあったもののように、楽な感じでそこにいる。ながめているとだらだらしたくなる。しゃがんだり、あぐらをかいたりして、時間を忘れていたくなる。

その先には白い部屋。真っ白の部屋。
つい見てしまうのは、赤ちゃんの陶器「赤ちゃん」。架菜梨案さんの作品だ。ご自分の赤ちゃんをモチーフにしてつくられたそうである。背中とお尻の感じのありあまるふくよか。これもひとつのにんげんのかたちなのかとまじまじ見る。幼なじみの赤ちゃんを抱かせてもらったときのことを思い出す。小さなからだに詰まっていた、ずっしりとしたいのちの重さ。手のひらに残っていた感触がよみがえる。

三人の作家は、たまたま、みんな母親なのだという。
新しいものと古いもの。私事と仕事。生活と創作。そういったちがう性質のものたちが、行ったり来たりしながら、自然にまざりあっている。
その様子は、母であることと、つくることが、ひとつのからだのなかに並んでいることと重なる。古い家が、現代アートのギャラリーになっているということもそうだった。その両方が、無理なく同じ場所にある。そういう空間は、わたしにはとても心地よかった。

こんどはこっち、とタクシーに乗る。
「ボーナストラックまでお願いします」
ついたのは、何度か来たことのある広場。友だちとお茶をしたことがある。元同居人がごはんのイベントをしていて、そこに食べにきたこともある。そういうことを思い出す。けれどなにより、本屋B&Bさんでトークイベントをさせてもらう前、おなかがいたくなるくらい緊張したことを思い出す。初回のイベントでは、ビールを飲めば飲むほど饒舌になりましたね、とお客さんに言われたことを思い出す。

今日は「ADDA」でスリランカカレーを食べる。スリランカカレーを食べるのは、はじめてのことである。インドカレーはある。バターチキンにチーズナンで経験済みだ。スープカレーはある。高校の入学式のあと、両親と食べたことがある。欧風カレーはある。いちばんよく食べる。神保町で食べる。家庭のカレーはある。バーモンドの甘口で、ひき肉だった。
せっかくなのでビールも飲んだことのないものを飲んでみようと、ライオンラガーを注文する。ライオンのラベルがかっこいい。飲んでみると、しっかりとしている。うまい。飲む前より、眉毛が太くなった気がする。感想はひとそれぞれだ。ひとそれぞれでいい。
スリランカカレーがやってくる。いい佇まいである。キリッとしていて、でも力はぬけている。ライスの山をくずして、チキンカレーの湖をすくう。大きなひとくち。うまい! スパイスと聞くだけで身を引いていたころもあったけれど、これはたしかにいいものだ。どんどん食べすすめる。半分までくる。

まわりにあるものたち――ダル、ポルサンボル、ナスのモージュ、水菜の和え物、赤玉ねぎのアチャール――それらと混ぜて食べるのもいいらしい。ほんとうに? と思いながらも、カレーと味噌汁はふところが深いのだったと思い出す。思いきりよく混ぜる。迷いのある混ぜ方はだめだ。決めたなら、潔く、一気呵成に。ひとくち。うまい。いろいろな味がする。甘い。にがい。とろとろ。しゃきしゃき。なんておもしろいたべものなのだ。
食べたことのないものを食べることを長年恐れてきたけれど、いいものだ。知らないものを食べるって。成長するとか、そういうのじゃないけれど、ただたのしいのだと知る。
お腹いっぱい食べ終わり、まだまだ昼間の下北沢を歩く。最後はそっちへ、駅のほうへ。家に帰って昼寝しよう、ともう決めている。
本日のアート
DDDART苑
三人展「いったり・きたり」架菜梨案、齋藤春佳、鈴木由衣
(キュレーター:内藤理子)
◼会期 : 2025年5月10日(土)〜 6月1日(日) ※会期終了
◼住所 : 東京都世田谷区代沢4-41-12
◼休館日 :月曜日・火曜日
◼入館料 : 無料
本日の宴
ADDA
◼住所 : 東京都世田谷区代田2-36-14 BONUS TRACK SOHO 4
◼電話 :070-3155-7178
◼店休日 :SNSを随時確認
◼営業時間 :平日11:30〜15:30(ランチ)/17:30〜20:30(ディナー)、土・日・祝11:30〜20:30
公式Instagramはこちら
Information
2022年に自費出版した『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が、新たに実業之日本社から商業出版されます。
私家版の23篇にくわえ、新たに17篇のエッセイが書き足されています。
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』
著:小原晩
2024年11月14日発売
価格:1,760円(税込)
DOORS

小原晩
作家
1996年、東京生まれ。作家。2022年3月、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。
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