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INTERVIEW

2023.09.29

雨のパレード・大澤実音穂がディープ・ルッキングを体験。長野県の【フェンバーガーハウス】に行ってみた

Text / Yuka Akashi
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Naohiro Kobayashi

長野県、佐久市。北アルプスの雄大な自然が視界に広がる山道の途中に、「Fenberger House(フェンバーガーハウス)」という建物があります。

フェンバーガーハウスは、2014年にアートキュレータであるロジャー・マクドナルドさんによって開設された、アートセンター兼個人美術館。完全予約制で、季節ごとにロジャーさんがキュレーションしたアートの展示をたのしむことができるほか、アートにまつわる合宿やワークショップなども定期的に開催されています。

このフェンバーガーハウスが、今回の目的地。3人組ロックバンド「雨のパレード」のドラマーであり、アートやヨガなどを趣味として楽しむ大澤実音穂(おおさわ・みねほ)さんが、ロジャーさんのもとを訪ねました。ロジャーさんが提唱する観察方法「ディープ・ルッキング」を体験した、大澤さんの感想とともにレポートします。

INTERVIEW

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自分を掘り起こす「道具」として、アートを使ってほしい。ロジャー・マクドナルド×雨のパレード・大澤実音穂

  • #ロジャー・マクドナルド #大澤実音穂 #特集

山道を車で走っていくと、フェンバーガーハウスの看板が見えてきます。

緑いっぱいの木々が見渡せる素敵なロッジの階段を上り、ドアをノックすると、ロジャーさんが出迎えてくれました。

「ようこそ!」とロジャーさん。フランクなお人柄とその笑顔に、思わず気持ちがほっこり。部屋の中にお邪魔すると、お香の香りが広がります。「いい香り……!」と大澤さん。

こちらの部屋は「HOUSE」と呼ばれる、普段はカフェやラウンジのような役割で使われている場所。アート作品について話し合ったり、瞑想したり、ゆっくりと過ごされる方が多いのだとか。ロジャーさんお手製のドリンクやお菓子もメニューにあり、一緒にたのしむことができます。

部屋の中には、ロジャーさんが今まで集めてきたアート作品のコレクションがずらり。ロジャーさんの気分に合わせて、アートは定期的に入れ替わるのだそう。

壁には、メキシコのウイチョル族をはじめとした部族芸術が飾ってあるコーナーも

HOUSEでは、座りながらじっくりとアートを鑑賞できるように、あえて低い位置に作品が飾られています。「現代の美術館は座れないところも多く、深く鑑賞することに向いていない。美術館側が、ゆっくり鑑賞してくださいという態度を示すことも重要だと思っています」とロジャーさん。

さらに部屋の正面には、「ディープ・ルッキング」のための大きな絵画をひとつ飾ることにしているそうです。

ディープ・ルッキングとは、ロジャーさんが提唱する、ひとつひとつの作品にたっぷりと時間をかけ、できるかぎり深く観察するアートの鑑賞方法。深い観察をすることで、自らの内面に集中し、自分自身の本当の気持ちに立ち帰れるのです。

取材時に飾ってあったのは水墨画の立派な絵。この作品は一体……?

「この作品は、中国の宋時代に、郭煕(かくき)という山水画の絵師によって描かれた名画です。本物は台湾の台北国立美術館にあって、これは日本の出版社によって1980年代に作られた複製画。原寸サイズで、掛け軸の作り方まで全部オリジナルと瓜二つなんです。本物はあまりに古く、さらにはシルクでできているので、7年に1度、台湾でしかお目にかかれないんですよ」

墨というひとつの画材だけで、色の濃淡、そして奥行きのある表現をする山水画が大好きなのだというロジャーさん。せっかくなので、この作品で大澤さんにディープ・ルッキングを体験してもらうことになりました。

大澤さんに、ロジャーさんが丁寧にレクチャーしていきます

ディープ・ルッキングにはいくつかのプロトコルがあり、参加する人に合わせてロジャーさんがカスタマイズして提案をしてくれます。

今回は、下記のような流れで進めることになりました。

①作品のフォルムを目で追い、どのような作品なのか、全体像を確かめる
②近づいて、ハグするような感覚でディテールまで観察する
③観賞している作品から一回離れ、今まで得た感覚を否定する
④ふたたび作品に出会い直す
⑤それぞれの工程で感じたことをノートに書く

本来であればそれぞれに5分ずつ時間を取りますが、今回は限られた取材の中での体験だったため、時間は2分間ずつで行うことに。

まずは瞑想して気持ちを整えてから、順番に各工程を実践していきます。

瞑想で心を無にしてから始めることで、よりディープ・ルッキングの効果を高めることができるそう

こんなにたくさんの時間をかけて、ひとつのアート作品に向き合ったことはないという大澤さん。さて、はじめてのディープ・ルッキングの感想は?

フェーズを重ねていくごとに、先入観みたいなものがそぎ落とされていく感覚になりました。作品と仲良くなって、心も近づいていく感覚。最後は、自分が絵の中に入り込んで、この山道を歩いているような感覚にもなりました。ただ、プロトコル③の、今までの感覚を否定して離れるのが難しい……!」

ロジャーさんは、深く物事を観察するためには、すぐに判断して結論を出すのではなく、不思議さやわからなさの中に身を委ねる「ネガティブケイパビリティ」が必要だと言います。そのためにも、自分の感覚を一度疑ってみる③の工程は欠かせないのです。

「何度かやっているうちに、慣れてくると思いますよ」とロジャーさん。

続いて、もうひとつの建物に案内してもらうことに。先ほどのロッジを降り、小道を歩いていくと……

ドーム型の建物が!

このドーム型の建物は、2020年にオープンした展示スペース。常設のアートに加え、コンセプトに沿った期間限定の展示を楽しんでもらいたいという思いから作られた場所です。

今回は、9月から始まっている展示「DOME TEMPLE」を一足先に見せていただきました。「目に見えないものを描こうとした画家たち」というコンセプトで、人間のオーラを写し出そうとした写真、患者のカルテを独特の方法で描き出した作品など、さまざまなアートが並びます。

なぜ、ロジャーさんは今回「目に見えないものを描こうとした画家たち」をコンセプトに据えたのでしょうか。

「ここ数年で、人類はコロナという大きな体験をしました。それだけじゃなく、原発問題、気候変動など、今の時代に起こる危機は目に見えないものばかりです。そういう時代だからこそ、アートの中で、見えないものを追究した人たちの作品から見えてくるものがあるんじゃないかなと思って」

そんなロジャーさんの説明を聞きながら、ぐるりとドーム内を回る中で大澤さんが惹かれたのは、アレックス・グレイの作品。アメリカを代表するサイケデリック・アートの巨匠のひとりです。

アーティスト名をテキストではなく写真で見せているのは、「遠い世界のように思える作品も、生きている人間が作っていることを伝えたかったからです」とロジャーさん

「これを選ぶとは、さすがですね(笑)」とロジャーさんは感心している様子。こちらのアートでも、大澤さんにディープ・ルッキングを実践していただくことになりました。

今度は、それぞれの工程を初回よりも長い4分間でディープ・ルッキングを体験。さて、2回目の感想は?

「最初にやった時よりも、③の否定する感じもうまくできた気がします。最初はこのアートに対して生命の象徴のように思っていたんですけど、そうではなく、命ってあやふやなものなんだなと感じる瞬間がありました。最後にはどんどん動いているように見えてきたり」

同行した編集部も一緒に体験し、それぞれの感覚を大澤さんと共有しました。「自分の内側から光が出ているように感じた」「この人がいる場所が、地獄なのか天国かについて深く考えてしまった」など、人によって感じていることがまったく違い、盛り上がりました。

「ディープ・ルッキングで感じたことで、人と対話をするのも重要な時間です」とロジャーさん。ただ、対話をメインに置くのではなく、あくまでも「自分の内側から湧き出る体験を重要視すること」がディープ・ルッキングの目的であり、鑑賞中に話してはいけないのはそのような理由からだと言います。

そのあとも、たっぷりとロジャーさんにアートの説明をしていただきました。

大自然の中でアートに囲まれ、自分とじっくり向き合う時間を持ち、大澤さんも大満足の様子。最後にはこんなコメントもいただきました。

「都会で普通に生活をしていると、いろんな情報が入ってきて、自分の感情もごちゃごちゃしてしまいます。ディープ・ルッキングでは、先入観や情報が削ぎ落とされ、本当に自分が純粋に感じてるものがわかる感覚を味わいました。もうこれを知っちゃったら、アートを見てさらっと通り過ぎるなんてできないです(笑)。東京でも友だちと一緒に実践してみたいですね」

長野の自然豊かな場所で、アートを堪能できるフェンバーガーハウス。ぜひみなさんも、ディープ・ルッキングを体験してみては?

information

Fenberger House(フェンバーガーハウス)(〒384-2202 長野県佐久市望月2179−177)

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営業時間:12:00-16:30
開館日:金・土 ※各日6名まで、完全予約制
ご予約はこちらから

DOORS

ロジャー・マクドナルド

フェンバーガーハウス館長

東京都生まれ。幼少期からイギリスで教育を受ける。『アウトサイダー・アート』の執筆者ロジャー・カーディナルに師事し美術史を学ぶ。1998年より、インディペンデント・キュレーターとして活動、2001年よりNPO法人AITのファウンディングメンバーとして国内外で様々な展覧会を企画・開催。長野県佐久市に移住後、2014年に実験的なハウスミュージアム「フェンバーガーハウス」をオープン、館長を務める。

DOORS

大澤実音穂

ミュージシャン

1991年鹿児島県生まれ。新感覚のメロディを奏でる3人組ロックバンド「雨のパレード」でドラムを担当し、ビートを織り交ぜた型にハマらないスタイルが持ち味。アートやヨガ、コスメなど趣味も幅広く、ミュージシャンとしてはもちろん、そのライフスタイルにも注目が集まる。

volume 06

「余白」から見えるもの

どこか遠くに行きたくなったり、
いつもと違うことがしてみたくなったり。
自然がいきいきと輝き、長い休みがとりやすい夏は
そんな季節かもしれません。
飛び交う情報の慌ただしさに慣れ、
ものごとの効率の良さを求められるようになって久しい日常ですが、
視点を少しだけずらせば、別の時間軸や空間の広さが存在しています。
いつもより少しだけ速度を落として、
自分の心やからだの声に耳を澄ませるアートに触れる 。
喧騒から離れて、自然のなかに身を置く。
リトリートを体験してみる。
自然がもつリズムに心やからだを委ねてみる……。
「余白」を取り入れた先に、自分や世界にとっての
自然なあり方が見つかるかもしれません。

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