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- 【前編】日常を侵食する「ホラー」に取り憑かれて / 連載「作家のB面」Vol.14 岸裕真
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2023.07.28
【前編】日常を侵食する「ホラー」に取り憑かれて / 連載「作家のB面」Vol.14 岸裕真
Photo / Ryo Kawanishi
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
第14回目に登場するのはAIを駆使したアート作品を制作する岸 裕真さん。話のテーマは猛暑が続く季節にぴったりな「ホラー」です。今回は話題のホラー映画を観た後に、岸さんが取り憑かれたように観てきた作品の話をしてきました。
十四人目の作家
岸裕真
人工知能(AI)を用いてデジタル作品や彫刻を制作する現代美術家。西洋とアジアの美術史の規範からモチーフやシンボルを借用し、美学の歴史に対する我々の認識を歪めるような試みをしている。AI技術を駆使した岸の作品は、見る者の自己意識の一瞬のズレを呼び起こし、「今とここ」の間にあるリミナル(あいまいな境界)な空間を作り出す。2023年、作家自身によりチューニングされた自然言語処理モデル「Mary GPT」をキュレーターに見立てた展示「The Frankenstein Papers」が話題に。
《The Brides (divided and rebuilt)》(2020)
「The Frankenstein Papers」(2023/DIESEL ART GALLERY)の展示の様子。不穏な絵画や立体作品が並ぶ
「The Frankenstein Papers」で発表された《The Riddle of the Sphinx, Unriddling the Puzzles #2, 7, 5》
話題のAI✕ホラー映画を観た後に......
子供の教育者であり、最高の友達として開発されたAI人形の「ミーガン」が惨劇を引き起こすサイコスリラー。2023年にアメリカで公開して大ヒットとなり、今年の6月から日本でも上映し話題に
ーー今回は「ホラー」をテーマに岸さんに語っていただくということで、アメリカを中心に話題になったホラー映画 『M3GAN/ミーガン』を一緒に観てきました。率直なご感想をお聞かせください。(一部、映画のネタバレを含みます)
小学生ぐらいのときにVHSで観てトラウマになった『チャイルド・プレイ』シリーズと重なるところがあり、怖かったです。でも『チャイルド・プレイ』シリーズでは殺人犯の魂が乗り移った人形・チャッキーが登場しましたが、『M3GAN/ミーガン』は自律型AIの搭載された人形・ミーガンが主役だったということもあり、自分の制作と重ねながら観ることができました。 僕は観終わった後に嫌な気持ちになったり、じんわりと日常が浸食されるみたいなホラーが好きなんですが、『ミーガン』でもラストで若干そういった演出があり、全体的にもエンターテイメントというか、サスペンスとしてよくできていたので面白かったです。
ーー岸さんはAIを駆使して作品を制作されています。『ミーガン』のなかでAIを上手く使っていた設定などはありましたか?
機械学習に関する諸分野の研究が発展し、AIが人間の知的活動を代替することがリアリティを持ち始めている昨今の状況下において、『ミーガン』はもしAIが“教育”を代替するようになったら、どんな未来があり得るのかを人々がイメージするために必要な、来るべきホラーコンテンツなんじゃないかと思いました。交通事故により両親を失った少女・ケイディが、ロボット研究者でありミーガンの開発者でもある叔母のジェマに預けられ、子供の良き理解者として与えられたAIロボットのミーガンの方に、人間よりむしろ心を開いていき教育されていく様子は、これまでの人類が培ってきた「子供を育てる」という過程に異質な他者が突如介入する異物感があり、怖かったです。何をするかわからないAIの持つ不気味さをうまくホラーの演出に使っていたと思います。
『M3GAN/ミーガン』
ブルーレイ+DVD 8/30(水)発売
4K Ultra HD+ブルーレイ 10/11(水)発売
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
価格:ブルーレイ+DVD (税込) ¥5,280
4K Ultra HD+ブルーレイ (税込) ¥7,260
© 2023 Universal Studios. All Rights Reserved.
左がAIのミーガンで、右がケイディ
AIに関する演出で他に自分が面白いなと感じたのは、ミーガンがユーザーの子供を守るという目的のためには手段を選ばないという点でした。これはAI界隈では良く知られた思考実験が下敷きになっているような気がします。例えばとても優れたエアコンAIができたと仮定して、AIに部屋の温度を2度上げるよう指示すると、そのために近所の林を全部燃やしてもいいかという返答が返ってくる、みたいなお話です。劇中でミーガンには「子供のいちばんの理解者であり親友」という目的が与えられており、そのためにミーガンは考えられる中で最適なパフォーマンスを実行します。だからもし子供がいじめっ子と喧嘩すると、ミーガンは子供の安全をなんとしても守るための行動として殺人を犯すわけです。
映画『M3GAN/ミーガン』より
でも、そういったAIのある意味での不器用さに関する演出に関して個人的に少し残念だったのは、物語の最後でミーガン自身が子供を差し置いて生き延びようとしたことです。最後まで子供への愛(プログラムされた目的)を突き通してほしかった。ああなってしまうと、人間VSアンドロイドという構図になってしまう。『ターミネーター』シリーズみたいで、これまでの映画との違いがあまりなかったかなと思います。だから、あくまでAIではなくて人間の気持ちで作られた映画という感じがしました。
ただ、観ていて部屋の温度のために林を燃やすという先ほどお話した思考実験だったり、自ら意志を持って思考する、いわゆる「強いAI」(*1)を題材にしたりと、昨今のAIに関する懸念を踏まえていたように見えました。それを子育てとか、教育に落とし込みつつ、『チャイルド・プレイ』シリーズという過去のホラー映画の流れも汲みながら上手くまとめた作品だったなというのが感想です。
*1.......「強いAI」とは、人間と同等またはそれ以上の知能を持ち、理解、学習、意思決定、問題解決などの複雑な認知タスクを自立的に行うことができる人工知能のこと。一方で、あくまで特定のタスクのみを効率的に遂行するために設計された人工知能のことを「弱いAI」と呼ぶ。
ホラーのネガティブな想像力
ーー他の好きなホラー作品についても教えてください。
子どもの頃にJホラーブームがあり、当時よく親に近所のビデオレンタル屋に連れてってもらってホラー映画のVHSを観ていました。王道ですが、中田秀夫監督の『リング』(1998年)や清水崇監督の『呪怨』シリーズ、白石晃士監督の『ノロイ』(2005年)あたり(*2)はレンタルビデオ屋でも異様な存在感を放っていて、特に印象に残っています。
*2……『リング』は観たら7日後に死ぬ呪いのビデオを巡るJホラーの金字塔。怨霊・貞子がテレビから出てくるシーンが話題に。『呪怨』は住むと怨霊・伽椰子の呪いで死ぬ家を舞台にした作品。『ノロイ』は、『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズなどモキュメンタリー作品を数多く手掛ける白石監督の代表作。
また、同じ頃に家にパソコンが導入され、親からガラケーなども持たせてもらえるようになったことも関係して深夜にホラーサイトを廻ったり、パケット負荷の少ないテキストサイトを閲覧していました。2chオカルト版のスレッドである「洒落怖」(*3)や、超常現象の架空の作業報告書を投稿するコミュニティ「SCP財団」(*4)など、匿名の誰かが語る心霊体験に夜な夜な布団のなかで震えていたのが記憶に残っています。
*3......スレッド「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」で通称「洒落柿」。このスレッドで生まれた「きさらぎ駅」「樹海村」「ヒッチハイク」などが映画化されたことでも話題に。
*4...... 2008年に創作された共同創作コミュニティサイト。複雑な内容なため詳細は「SCP財団とは」にて。ホラー作家の梨などを排出した。特に岸さんが好きなエピソードは「SCP-173」(元々加藤泉の作品の画像が無断使用されていたが、いま削除され当時の雰囲気は失われている)「SCP-161-JP」「カンテサンス」など。
こういった当時のJホラー作品やインターネット怪談は、日常的なモチーフ(『リング』にとってのビデオテープや、『呪怨』にとっての家など)を恐怖体験への入口として機能させていて、本編を観終わったあとでもそのモチーフを生活の中で見ると恐怖を感じてしまうことが魅力の一つだったと思います。日常が侵食されてしまうような、自分の物事の捉え方が観る前とはちょっと変わってしまうような。こうした体験が僕にとってのホラーなんです。日常的なインフラやメディアが恐怖のトリガーとなって、想像力を働かせるということはアートにも通じると思うんですが、ホラーはその想像力をネガティブに作用させていると思います。
『ミーガン』にもそういう部分がありました。近年、AIは急速に発展しつつあり、また身近なものになりつつある。でも世の中に登場したばかりだから、一体どんなものなのか大衆のイメージが固まりきっていない。日常的なモチーフになりつつある一方で、認識のブレを発生させやすいため、新しいホラーコンテンツの種になるんです。
これは歴史的にも言えることかもしれません。テクノロジーとオカルトはとても深く関係しているんです。例えば心霊写真は、写真を現像するときのエラーがその起源だといわれたりもする。さらにもうちょっと抽象化すると、カメラが切り取る一瞬は、人間的な視覚とは異なる、機械的に写されたイメージです。なのでこのことを反転させると、カメラには私たちが見えていなかったものが写されているということになります。このような視覚の外部化が、見えていなかったものがあるんじゃないかという想像力として働いて、心霊写真へとつながっていくんです。そして次に映写機が登場し映画が発達すると、記憶の外部化、つまり瞬間的なイメージから連続的なイメージ(映像)のなかで私たちが見えてなかったものとはなんだったんだろうという問いが現れて、それが心霊ビデオになります。更に情報の伝搬技術が発達してインターネットが登場すれば、情報伝達の外部化、つまり個人単位から共同体単位で、私たちがどんな情報を伝えそこねてしまったのかという問いが生まれ、誰かが残した記録映像という体裁のファウンドフッテージ(*5)ものが流行ったりするんじゃないかと思います。
*5.......撮影者が行方不明になるなど何かしらの原因で埋もれてしまった映像、という設定のモキュメンタリー映像を指す。代表的な映画は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)など。近年では台湾映画『呪詛』(2022年)やYouTube『フェイクドキュメンタリー“Q”』、テレビ東京『このテープもってないですか?』など、同ジャンルの人気ホラー作品が数多く生み出されている。
もう人間の都合なんて関係なくなってしまう
ーー最近のホラーで印象に残っている作品はありますか?
いわゆる直球のホラーではないですが、最近日本で公開されたA24の『aftersun/アフターサン』(2022年)は怖かったですね。そして機能としては、Jホラーのそれに近いものがあると思います。要約してしまうととある家族のホームムービーなんですが、いつまで経っても過去の思い出にとらわれてしまうという広い意味での「呪い」をテーマにしているように見えて、言語化できないなにかがずっと残ってしまう。観た人にそういったなんらかの想像力を残し続けるという意味では、少し前の台湾映画『呪詛』にも似ていると思います。
11歳の夏に父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、父親と同じ年齢になった娘の視点から回想するヒューマンドラマ。随所にホームビデオの映像が用いられ、その懐かしい質感は観るものの琴線に触れてくる
あと、『NOPE/ノープ』(2022年)はここ最近観た映画の中でも、1、2を争うくらい好きな作品です。どんな話かと言うと、映画撮影用に馬を貸し出してる黒人家族がいて、彼らが経営している牧場にUFOが出るようになるんです。それを撮影して一攫千金を狙うというのが大まかなストーリーです。
『ゲット・アウト』『アス』などで社会派ホラー作品を制作したジョーダン・ピール監督の作品。
この作品が興味深いのはテクノロジーや、映画のメディア史を意識した作りになっていることです。映画の起源に関連する実際の話で、エドワード・マイブリッジが撮影した馬の連続写真があるんですが、馬に乗っていたのは黒人でした。『ノープ』では、その子孫が牧場を経営していたという設定にして、そこを舞台に物語が展開されます。そしてUFOという超常的なものに対して、手回しカメラというテクノロジーで迫っていくアナログな感じも好きでした。
ただ一方で、技術というものに対する捉え方が西洋的だったなとも思います。ギリシャ神話にプロメテウスの物語があるじゃないですか。プロメテウスが天界から火を盗んだことによって、我々は火を、つまり技術を手に入れたわけです。ここには人間という存在は不完全で、それを補うために技術を与えられたという世界観が根底にあります。『ノープ』でもそういった価値観が根っこにはあって、超常的な存在(UFO)を観測するためのハシゴのようなものとしてテクノロジーを描いているなと感じました。『ミーガン』もそうですよね。人間と人形というヒエラルキーがあって、AIという技術を使って人間的な問題を解決しようとしている。
──岸さんが先程「Jホラー」が好きとおっしゃっていましたが、西洋と東洋ではホラーの作り方も違うのでしょうか?
西洋絵画を観てても思うんですけど、そもそも僕は宗教的価値観への下地が抜け落ちてるんだなということを自覚して、最近は日本とか東洋のホラーってどんなものだったのかな、みたいなことを考えています。例えば能楽には、現実の世界と夢や幻の世界を描く「夢幻能」(*6)というジャンルがあります。能は神様に捧げる神事の側面もあったので、そういった形式を使って人間界と神様の世界を並列化していたのではないだろうか、夢幻能はそのための「おまじない」だったんじゃないかと思うんです。
*6……主人公(シテ)が.神・霊・精など超現実的存在の作品。主な作品に「高砂」「老松」「清経」「胡蝶」など。
東洋の考え方だと、人間の世界と神様の世界は並列です。「八百万の神」とか言いますし。その世界観のほうが、テクノロジーを神から、つまり上から与えられたものとして認識する西洋より面白い。『リング』とか2chの怖い話は、ふとテクノロジーを使うと、異界に繋がってしまう。それで穴が空き、日常が飲み込まれてしまうようなところがある。怪異が近くにあって、ふとした瞬間に見てしまったら、もう人間の都合なんて関係なくなってしまうんです。そういったところにJホラーとか、東洋のホラーの面白さを感じています。
──そういった東洋的な「ホラー」の中で、最近お気に入りの作品はありますか?
最近、池袋で黒沢清監督の特集をやっていて観てきたんですが、『カリスマ』(*7)はとても怖くて面白かったです。一本の木を元に世界が異世界にシームレスに呑み込まれていく様子が、当たり前のように淡々と描かれていてとても不気味でした。もっと最近出た作品だと、背筋さんの『近畿地方のある場所について』や、梨さんの『かわいそ笑』もすぐ身近にある不条理にアクセスしてしまう感覚があり、とても好きでした。
*7……『CURE』(1997年)、『降霊 KOUREI』(2001年)、『岸辺の旅』(2015年)などを手掛ける映画監督、黒沢清。主役は役所広司で、休暇中に森で見つけた木「カリスマ」を見つけることで、謎の若者や植物学者とのこの木を巡る争いに巻き込まれていく。
写真左、背筋『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)はインターネットのサイト「カクヨム」に連載されて、SNSでもバズったモキュメンタリー作品の書籍化。写真右、梨の『かわいそ笑』(イースト・プレス)は筆者自身がこれまでに収集した情報をもとに怪談を読み解く、読者参加型のモキュメンタリー
前編で話した日常に侵食してくる「ホラー」が、なぜ「アート」に通ずるのか? 後編では岸さんの前回の展示「The Frankenstein Papers」などの話を踏まえながら「ホラー」「アート」「AI」、そして......「ボクシング」(?)の話が展開していきます。
ARTIST
岸裕真
現代美術家
2021年、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻修了し、その後、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻入学、現在も在籍。人工知能(AI)を用いてデータドリブンなデジタル作品や彫刻を制作し、高い評価を得ている日本の現代美術家。主に、西洋とアジアの美術史の規範からモチーフやシンボルを借用し、美学の歴史に対する我々の認識を歪めるような制作をしています。AI技術を駆使した岸の作品は、見る者の自己意識の一瞬のズレを呼び起こし、「今とここ」の間にあるリミナルな空間を作り出す。主な個展に「Neighbors' Room」(2021/BLOCK HOUSE)「Imaginary Bones」(2021/√K Contemporary)「Moon?」(2022/HARUKAITO by island)「The Frankenstein Papers」(2023/DIESEL ART GALLERY)がある。
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