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2026.03.25

【後編】描くことで自分の暗闇に光を当てる。身体と思考を線に乗せて / 連載「作家のB面」 Vol.40 川内理香子

Text / Yu Ikeo
Photo / Kyouhei Yamamoto
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。

「食べる」という行為への関心から、食べ物がモチーフとして登場する作品も多い川内理香子さん。モチーフとしてのパンの魅力やその根底にある身体や食をめぐる問題意識について話していただいた前編に続き、後編ではそうした問題意識とも深く関わる自身の作品制作について話をうかがった。

心身の動きを線に乗せる

ーードローイングから立体まで幅広い表現に取り組まれている川内さんですが、作品制作の軸になっているものはなんですか?

どんな作品においても線が基盤にあると思っています。自分の中にあるものを一番出しやすいのが、私にとって線なんです。理由としてはまず、身体の動きをもっともストレートに感じられる描き方だというのがある。書道などが良い例だと思っていて。作者の身体がどういうふうに動いたのか、どういう呼吸をしながら書いたのか、どれくらいのスピードで線を引いたのか、といった細かな身体の動きを、鑑賞者は線から感じとることができますよね。

ーー完成した作品から、作者の動きを多角的に伝えてくれるもの。それが、川内さんにとっては点や面ではなく、線なんですね。

ペインティング作品では、油絵の具を何層にも塗り重ねた後にペインティングナイフを使って描く、ということをよくやっているんですが、その場合の下地にあたる部分もやっぱり線の集積だと思っているんです。べったり塗ったものは面のように感じられるけど、やっぱりそれも何度も筆を走らせたその動作の結果。その意味では、線と同じような要素を多分に含んでいると思いますね。針金やネオン管などの作品についても、イメージの立ち上がり方や身体の現れ方はそれぞれ違いますが、それでもやっぱり線というものが土台としてあるというふうに捉えています。

《bed time story》(2022, oil on canvas, 2273 × 2273 mm)©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM

《Catch》(2025, watercolor and pencil on paper, 240 × 332 mm) ©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM

――表現の最小単位にも思える線の中に、制作する身体のあらゆる情報が詰まっている。そう考えると、スケール感がすごい。

そうした作り手の身体性に加えて、線には思考的な、精神的な部分もダイレクトに表れると思っていて。意図せずとも、どちらも如実に表れてしまうというか。そうした意味で、私にとって線は、自分の中にあるものをもっとも乗せられる表現であり、また完成した作品からもそれがもっともよく感じとれる表現だと思います。

――身体性や精神性が意図せずとも表れる、というのが興味深いです。

そうですね。でもそもそも、私たちが生きている上で、こうして動いている身体の中のことって、自分でどうにかしようと思ってやっているものではないですよね。何かを思考するように、一つ一つの動作を行っているわけではないと思うんです。心臓などは動かそうとせずとも勝手に動いていますし、もしかしたら勝手に止まることもあるかもしれない。呼吸だったり、消化や排泄などの内臓的な部分だったりの働きもそうですよね。自分の意思でやっているものでもなければ、ましてや目に見えるものでもなく、状況を理解できるものでもない。すべては身体が勝手に行っているもの。なんですが、それらが自分という存在をもっとも根底から成り立たせている。それって一体どういうことなんだろう、と。先ほどの身体と思考の話(前編)にも通じますが、そこへの興味はずっともっています。

《Sitting》(2025, wire and pin on panel, mounted in acrylic frame, 525 × 665 × 140 mm) ©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM

写真左から、《snake》(2025, stone, 990 × 225 × 75 mm)、《stand》(2023, neon light, 150 × 170 × 400 mm)©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM

 

言語化の手前で描く

――理想の線を表現するために、具体的にはどんなことを大事にしていますか?

制作では、その時に起きていることが大事、という考え方を基本としてもっています。なんとなくこういう世界観のものを描きたい、など漠然としたものから始まって。で、描いていくと、それまで頭の中になかったものが画面の上にどんどん見えてくることがある。それからは、その見えてきたものを描いて追いかけていく感じです。なので、初めにイメージしていたものとは全然違う作品が出来上がることもよくあります。描いている時に自分の思考がどういうふうに展開していくのか、そこで何が見えてくるのか、といったそれらの瞬間がやっぱり大事。なので、綿密なスケッチはあまりしませんし、こういう線を描こう、とも思いません。むしろ、線を描こうとしていない、という言い方が一番近いかもしれないです。その時々の身体の動きやイメージや思考が線や絵の画面に凍結される、というか。制作にはそういうイメージをもっています。

――予想外のものが出来上がってビックリすることもありますか?

ありますね。やっぱり日々いろいろなことを考えていたり見ていたりするので、そうしたものが描く時に引き出されていくような感覚はあります。例えば一つの画面の中で、神話のモチーフと、その意味合いから展開していった自分の思考と、それらとは全く関係のない、自分が少し前に目にしたものなどが、混ざり合って作品に集約されていたりします。そこで表れるのは、自分の無意識的な部分であることが多いですね。自分の身体も思考も、存在自体もわからない部分がものすごく多いけれども、描くことによって、自分の中の意識できていない部分が引き出されていくような感じがあって。暗闇に光を当てることで、その部分がちょっと見えてくるような。自分の中には存在していたけどまだ意識していなかった部分や、言語化できていなかった部分などが、描くことによって出てくる。なので、描き上げて時間が経って眺めていると、あの時自分はこういうことを考えていたんだって、後々気づいたり、言語化できたりすることはよくあります。

Solo Exhibition "The shape of water hardens into stone." (2025, Kurobe City Art Museum, Toyama) installation view, Photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!) ©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM, Photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)

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前編はこちら!

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【前編】描きたいのは「パン以上」のものを感じるパン / 連載「作家のB面」 Vol.40 川内理香子

  • #川内理香子 #連載

――個展に向けた制作の場合も、作り方は同じでしょうか?

私の場合、個展に対してあるテーマを決めて作品を描くっていうことは苦手で。普段描いているものの中から考えて選んでいく、という作り方をすることが多いです。その中でテーマが見えてきて新しく描き足すといったこともあるのですが、初めから個展のためにテーマを決めて描くということはしないです。

――完成形をイメージして向かっていくのではなく導かれるままに描いていく。そうした作業においては、自意識との葛藤のようなものもあったりするんでしょうか?

描いている時って無我夢中なので、そこまで考えられないというのが正直なところですが……多分、こういうふうに構成した方がいい、こういうふうに描いた方が決まるかも、と考えるのは、すごく言語的な作業だと思うんです。私はそれのもっと手前の状態で描きたいですね。その方が、ありのままの自分が出せるし、大きな自然に通ずるような美しさだったり、厳しさだったりが出ていて、豊かな作品になっていると感じられるので、そのポイントは大事にしています。とはいえ、その状態を目指すための特別な準備や操作はしていないですね。基本的には、自分が自然体で描ける、気持ちよく描ける、ということが大事かなと。

《The dung of the palm trees that grows from the feet becomes fruit and blends into the jungle. Everyone wants it very much.》(2024, oil on canvas, 2273 × 5454 mm)©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM

――言語化に抗う、というか。そうして表れた川内さんの作品が観る人に多くの示唆を与える理由が分かる気がします。

作品を1日のうちに仕上げる、というのはあるかもしれません。基本的には、寝たりその場を離れてしまうと自分の感覚が変わるので、作品はどんなに大きいものでも睡眠を挟まず1日のうちに描き上げています。やっぱりその時の自分を残したいという思いが大きいこともありますが、睡眠を挟んだり日が変わったりすると、作品について考えすぎてしまうというか、それこそ言語化していってしまうところがあって。そうなると、自分の理想とは違う形になっていきますね。

 

自己を切り離し、他者を手繰り寄せる

――今年もいくつかの展示を控えていますが、最近気になるモチーフがあれば教えてください。

星と天体をテーマにした企画展に参加する予定で、この頃は空について考えているんですが、空と海が自分の中でつながってきている部分があって。どれも流動的で地続きという点で共通しますし、人間が自然を手繰り寄せようとする中で同一化されてきたものでもある。有名なものでは、古くより日本人が池の水に映る月でお月見をしたように、水に空が映ると触れられるものになる、といった考えなどがありますよね。手の届かないものを自らの元に取り込みたい、という人間の意図のもと、空と海が同一のものになっていると捉えることができます。

《CACTUS》(2025, fabric and threads on wooden frame, 1940 × 2590 mm) ©Rikako KAWAUCHI, courtesy of the artist and WAITINGROOM

――人間と自然という観点では、前編でお話されていた自己と他者の問題として捉えることもできそうですね。

そうかもしれません。神話でもよく、人間を構成している一つの部位が、それだけで完結する個体として描かれていることが結構あります。例えば心臓がウサギのように森の中をぴょんぴょん駆け回る、というような描写などがそうです。身体を切り離せるものとして扱っていて、そこでは切り離された人間の自己が他者になっている、と言うこともできます。そういう自己と他者の境界が不透明になる感覚が、自分の思考とすごく重なるように思います。

Information

個展『Drift of Water』

■会期
2026年3月14日(土)~4月26日(日)

■会場
CAPSULE(東京都世田谷区池尻2-7-12 B1F)

詳細はこちら

個展『The Blade of the Forest Within』

■会期
2026年4月3日(金)~5月6日(水)

■会場
Gana Art Hannam / Gana Art Namsan(ソウル、韓国)

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川内理香子

アーティスト

1990年東京生まれ。2015年に多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻を卒業、同大学の大学院を修了。在学時に「第1回CAF ART AWARD 2014」や「ART IN THE OFFICE 2014」で選ばれるほか、「第9回shiseido art egg」(2015)を史上最年少で受賞。近年の主な個展に『Humans and Tigers』(WAITINGROOM/東京)、『The shape of water hardens into stone.」(黒部市美術館/富山)ほか、ドイツ、イタリア、台湾など国内外で発表の場を広げている。

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