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2026.03.18
見えるようになるには〜アート/YUKI-SIS&OMNIPOLLOS TOKYO〜 / 小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ” Vol.10
Photo / Tomohiro Takeshita
Edit / Maki Takenaka(me and you)
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』などの著作で知られている小原晩さんが、気になるギャラリーを訪れた後に、近所のお店へひとりで飲みに出かける連載、「小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ”」。「アートに詳しいわけではないけれど、これからもっと知っていきたい」という小原晩さん。肩肘はらず、自分自身のまま、生活の一部としてアートと付き合ってみる楽しみ方を、自身の言葉で綴っていただきます。
第10回目は、茅場町にあるYUKI-SISで開催していた小林知世さんの展示『暗闇で手紙を読む』を観たあと、スウェーデン・ストックホルム生まれのクラフトビールブランドが営む「OMNIPOLLOS TOKYO」へ。神聖さを思い出す作品に向き合い、ビールに笑顔がこぼれた、ある午後のこと。
うす曇りの街を歩く。はやくつきすぎたので近くにあった川を見て過ごす。すかすかとしている木も、それはそれできれい。ギャラリーという目的地があるおかげで、知らない街の知らない景色に出会えるのがうれしい。どれほど生きても知らないものに出会いつづける可能性は無くならないことがすごい。ひとつひとつをつぶさに見れば、きちんとちがう。大切なのはよく見ることだ。人といっても田中さんと渡辺さんがいるように、花と言っても椿と牡丹があるように、雪の結晶はひとつとして同じかたちのないように、知らないものはつねに無数に存在すること、それがうれしいこと。そして恐ろしいこと。

時間がきて、ビルに入る。階段を上がって二階にあるYUKI-SIS。やってきたのは小林知世さんの個展「暗闇で手紙を読む」。ギャラリーオーナーである寺嶋由起さんが迎え入れてくれる。良い気候の日みたいなひとだと思う。

これね、とはじめに紹介してくれた作品は、大理石の上に、種子や石、シルバーが置かれたもの。これは小林さんが幼いころに読んでいた絵本のなかの「妖精を呼び込むための装置」を再現したものであるという。妙な現実感がある。種をついばむ妖精のようすが、見えるような感じすらある。みんなにはどんな妖精が浮かんでいるだろう。わたしはホワイトロリータに羽の生えたような感じのもの。ルマンドみたいなのも、いると思う。どうしてわたしの中の妖精はブルボンのお菓子に似ているのだろう。それぞれの妖精感をきいてまわりたい。それによって「妖精を呼び込むための装置」の姿は変わるだろう。

それからね、と寺嶋さんがつぎに紹介してくれたのは、鳥がはばたく、そのほんの一瞬を描いた絵だった。その一瞬は、何カ月も反芻されたものなのだという。何度も思い出され、ほどかれ、また結び直された時間のことを思う。その絵は、「ステイニング技法」で描かれている。下地処理をしていない素地のキャンバスに、絵具を滲み込ませるやり方だそうだ。絵具は重力と水にまかせて流れ、筆のかたちはすぐに崩れてしまうので、思った通りにはとどまらないらしい。確かに、思い通りにならなさが、重要になるときはある、などと納得する。一枚の絵とは思えない奥行きを感じる。見る、ということ、見つめなおす、ということを、明くる日も明くる日も。そして描く、毎日、描く。日々見え方は変わるだろう。そうなれば、描き方も変わるだろう。小林さんは、そうすることで、自分のなかの、ほんとうのほんとうに近づこうとしているのではないだろうか。近づく日もあれば、離れる日もある、いやなものに見える日も、くるしく思う日も、きぼうのように感じる日もあるだろう。そのちがいに気づく目を持っていることは、わりとしんどいほうが大きいのではないかと思うのだ。さまざまなことに気づくようになると、いろいろ思うようになる、その思いが、ずっとからだの中でぐるぐるとするだろうから。しかし、それを受け入れ、使命のように描いている。そういった、ある種の神聖さを、小林さんの絵を見つめていると思い出すのだ。


小林さんは油絵も描く。制作のあいだは、いくつものキャンバスを壁に並べて、油彩とステイニングを同時に進めていくらしい。乾く時間も、においも、ちがうものが、同じ部屋に置かれている光景を想像する。
油絵にも、どこか神聖なところがある。きちんとしているのに、ほんの少しだけ、あらあらしい。そこが、かえって胸にひっかかる。


ほかにも、シルバーの作品や、木板に水彩で描かれたものがある。わたしたちは自然と、細部を見つめる目を借りることになる。小さな段差や、にじみや、光のかげりを、ひとつずつ確かめるみたいに。その世界は、どこまでも広がっていく景色を描かれようとしているのではないのだと思う。そうではなくて、たったひとつが、いまここにあるということ。そのたったひとつが、こんなにも、こんなにも確かな重さを持っているのだということ。


制作ノートが隅に置いてあった。ひらくと、びっしり書いてある。さまざまな紙に、さまざまな方法で。それは、たったひとりで作ったとは思えないような凄みがある。文献的なものから、日記のようなもの、生活のスケッチ。考え得る限りの、あらゆる方向から、たったひとつに向き合ったことがわかる。暗闇で手紙を読む。調べること、考えること、手を動かすこと、近づくこと、離れること、ピントを合わせること、ぼやかすこと、曖昧にすること、白と黒を分けること、言葉で考えること、感覚でとらえること。そのすべてが暗闇で手紙を読むための儀式であり、基本姿勢なのではないか、と勝手に思う。

YUKI-SISを出る。OMNIPOLLOS TOKYOまでは、ほんの少し。75年続いた鰻屋を改装した店だと聞いている。スウェーデンのブルワリーの、直営店らしい。
ちいさなうたげと称して、いつもビールばかり飲んでいるわたしにはうれしい。おいしいビールがあると思うと、すこしだけ足取りが軽い。そのカラフルな店内に入る。にぎやかな感じもあるけれど、クールな感じもあり、ビールを飲むときには、どちらの心もちでもいいのだと言ってもらっているような感じがする。


すっきりした飲みやすいもの、みたいなことを言って、店員さんに選んでもらう。実はどんなお酒の種類でも、「どんなものを?」と聞かれたときには、そう言っている。
調子にのって、ホットドッグも注文する。うきうきとしてくる。すぐさま店員さんが注いでくれる。所作に、ためらいがない。ほどなくして、グラスが差し出される。泡がすこぶるきれい。ていねいに注がれたビールの舌ざわりのなめらかさ、品のよさ、香りの立ち方、喉越しのいさぎよさ。両手をあげてよろこびたくなる。ホットドッグを待っているあいだに、うっかり飲み終えてしまう。ほほ、やや赤くそまる。口元、ほころびはじめている。もう一杯、注文する。

届いたホットドッグにはオニオンとディルがのっていて立派。香りがさわやかに立ちのぼる。添えられたピクルスも、ポテトも立派。ひとくち食べる。パンのやわらかさ、ソーセージの弾力、ディルの青い香り。こぼれそうになる笑顔をこらえる。そこへビールを流しこむ。うまい。ついに、わらいだす。こらえきれない。うれしくて。

いいことがあるときは有頂天であるのに、悪いことが起きると地獄にいるような顔をしてしまう。いいこともあり、悪いこともあり、なんでもないこともあり、なんでもなさそうで重要なこともある。どちらかだけ、ではない。どちらでもない、でもない。両方が、同時に、ある。それを、すぐに忘れてしまう。だから、見つめる。何度でも、見つめなおす。
小林さんの作品に向かう姿勢には、身がひきしまる思いだった。こんなにも誠実に生きて、大丈夫なのかと心配になるほどだった。
しかし、今日もどこかで、そうやって、作品に向き合っているひとがいるということが、わたしをこんなにも勇気づける。それは馬鹿げたことではないのだと、いつも本気で、本当なのだと、教えてくれる。
本日のアート
YUKI-SIS

「暗闇で手紙を読む」
◼会期:2026年1月31日(土)〜 2月14日(土) ※会期終了
◼住所:東京都中央区日本橋茅場町1-1-6 小浦第一ビル2B
◼休館日:日曜日・月曜日
◼入館料:無料
Websiteはこちら
本日の宴
OMNIPOLLOS TOKYO
◼住所:中央区日本橋兜町9-5
◼店休日:年末年始のみ
◼営業時間:平日・土曜日は16時〜23時、日曜日・祝日は13時〜21時
公式Instagramはこちら
Information
小原晩さんの初小説集『風を飼う方法』が河出書房新社より刊行されます。
『風を飼う方法』
著:小原晩
価格:1,650円(税込)
DOORS

小原晩
作家
1996年、東京生まれ。作家。2022年3月、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。
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