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2022.09.30

【前編】少女漫画にルーツを求めて / 連載「作家のB面」Vol.4 山本れいら

Text / Moe Nishiyama
Photo / Sakie Miura
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第四回目に登場するのは山本れいらさん。十代で渡米し、シカゴ美術館附属美術大学に進学。在米中に感じた文化間における価値観や歴史観の違いを起点に、フェミニズムをはじめ抑圧された思想や社会の構造を問うアーティストだ。そんな彼女が取材場所に指定してきたのはあきる野市の山奥にある「少女まんが館」。

その会場で話すのは彼女が敬愛する90年代-00年代の少女漫画・アニメについて。話を聞いてみると、平安時代の日本画「大和絵」に惹かれていた小学生時代、友人に貸してもらった『カードキャプターさくら』の初版本との出会いが化学反応となり、彼女のその後のアーティストとしての方向性を大きく決定づけたのだというが……。

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【後編】2つのマイノリティの視点で社会に問う / 連載「作家のB面」Vol.4 山本れいら

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友情の上に成立した「少女漫画」という対話

――今回の「作家のB面」の取材では少女漫画専門の私設図書館「少女まんが館」に来ています。今では絶版となっている単行本や漫画雑誌まで、約6万冊の少女漫画に圧倒されています……。こちらを指定された理由から教えてください。

今年の4月に開催した個展「Who said it was simple?」で『美少女戦士セーラームーン』をはじめ、自分の生まれた年代、90年代から00年代初期の少女アニメの表象を用いた作品を制作したのですが、ちょうど今、さらにその前、70年代から80年代の少女漫画をリサーチしていて。書店でも手に入らない少女漫画誌の資料まで豊富に揃っている「少女まんが館」は以前から訪れたいと思っていた場所でした。

2022年4月15日 から5月8日 までRitsuki Fujisaki Galleryで開催された山本れいら個展「Who said it was simple?」。《Who said it was simple?》《Flawless》《I hate flowers》の3つのシリーズを展示

――すでに何冊か手に取られていますね。膨大な少女漫画が並んでいますが、具体的にどのような基準で本をリサーチしているのでしょうか?

探したいと思っていたのは昭和24年生まれで「24年組」(*1)と呼ばれた天才女性漫画家たちの作品です。手塚治虫や石ノ森章太郎の作品を読んでいた世代がデビューしてきた1960年代から70年前後にかけては、革新的な少女漫画が次々に出てきた時代。当時は読者も少女、書いている人も少女だったので、少女による少女のための表現だったんですね。特に24年組の一人、竹宮惠子さん(*2)の『地球(テラ)へ』(中公文庫コミック版)はコンピューターによって人の生から死までがコントロールされ、完璧な社会を維持するために「健常者」以外が犠牲となる「エイブルイズム(非障害者優先主義)」による世界を描いている。今の時代に読んでも気づかされることがとても多いですね。

*1……青池保子、萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、木原敏江、山岸凉子、樹村みのり、ささやななえこ、山田ミネコ、坂田靖子、佐藤史生、岸裕子といったそうそうそうたる面々
*2……1950年生まれの漫画家。代表作に『風と木の詩』など。一時期、萩尾望都と共同生活し、その場所は「大泉サロン」と呼ばれ24年組の女性漫画家の交流の場となった

館内の至るところに少女漫画が並べられている。階段の裏スペースにもぎっしり

少女まんが館には貴重な漫画雑誌の資料ばかり。その中から竹宮恵子先生の「心の扉をあけて」を掲載した『リリカ(10号)』(株式会社サンリオ / 1977年)を発見

――これまでにも少女漫画については膨大なリサーチを日々続けられていると伺いました。山本さんにとってルーツとなっている少女漫画に惹かれるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

うちはもともと漫画を買ってもらえない家庭だったのですが、保育園・小学校の頃に親がアニメ関係の仕事をしているという友達と仲が良かったんですね。その子が貸してくれるアニメのDVDや少女漫画であればOKという謎のルールがあり、友達が私の誕生日に、女性漫画家集団CLAMPの代表作品でもある『カードキャプターさくら』(*3)の初版全巻を貸してくれて。めちゃくちゃ絵が上手いというのが第一印象としてあったのですが、舞台が西洋ではなく自分も生まれ育った東京で、主人公のさくらはお姫様のような現実離れした感じではなく、魔法を使いながらも自分自身の力で活躍していくという物語に一気に引き込まれて。とても新鮮に映りましたし、自分もさくらのように自由になってみたいなと思ってハマったところから少女漫画の世界にのめり込んでいきました。

その後初版本は返さなくてはいけなかったので、自分でお小遣いを貯めて書店で同じナンバーを買ったのですが、もちろん初版本とセリフや内容も若干変わっていたりするんですよね。それでお互いに回し読みしながら、「あれ面白かったよね」「これどうだった?」と話し合う。振り返ってみると、自分にとって少女漫画は友達とのコミュニケーションツールだったとも言えます。私の少女漫画の体験は、友情の上に成り立っていたものなのかもしれないと思いますね。

*3……漫画雑誌『なかよし』で1996年6月号〜2000年8月号まで連載した人気作。何度もアニメ化もされ、その都度人気を博す。そのため様々な世代に根強いファンがいる。

 

現代版の「大和絵」かもしれない?

――少女漫画に興味を持っていたところから、現代アートの道に進まれたのはなぜでしょうか。

そもそもアニメや漫画にハマる前から平面的な絵画表現、フラットな絵が好きで、幼少期は日本の古典絵画、特に「大和絵」が好きだったんですね。それと同時に女性による文化が栄えていたともいわれる平安文化に興味があり、もし自分が平安時代に生まれていたら『源氏物語』の挿絵を描いてやるんだと思っていた時期もありました。同じく平面的な絵画表現でも、「浮世絵」は作者が男性でマスキュリン(男性的)な要素が強く、違うなと。ただ年齢を重ねてから歴史的な観点で調べていくと、「大和絵」も結局は男性によって評価されることで後世まで引き継がれてきたものなのだということを知りました。「女絵」と呼ばれる絵画もあったそうなのですが、あまり遺っていない。ただ小学生の頃はそうした背景も知らずに大和絵に惹かれ、当時は画家になりたいと思っていて。そんなときに出会ったのが先程もお話した『カードキャプターさくら』です。もしかすると少女漫画は現代版の大和絵のようなものなのではないかと思ったんですね。そこから都内の芸術系の高校に進学し、ファインアートの道を目指すようになりました。

――『カードキャプターさくら』の作者CLAMPも女性4人のユニットですが、山本さんは制作においてもジェンダーバランスを意識されている?

意識していますね。現代アートの方向に進もうと思ったのも、中学生くらいのときに出会った鴻池朋子さんの作品が大きなきっかけになりました。知人に教えてもらった「高橋コレクション」のカタログで、当時すでに有名だった村上隆さんや会田誠さん、名和晃平さんたち、名だたる著名な作家さんの並ぶ中、掲載されていた鴻池朋子さんの作品にとても惹かれて。女性だから気になっているというよりも、結果的に女性作家で好きな人が多いかもしれないですね。現代アートの方向に進むにあたって、そもそも日本の伝統的な芸術の作品群の全体像が掴めていなかったので、それが知りたくて高校は日本画専攻に進学しました。ただ実際に進学してみたら、日本画の世界自体が西洋化していたことに気づきました。しかも、日本画を習う学生は女性の方が多いのに、活躍する作家は男性がほとんどで縦社会。伝統といいつつも私の知りたかった伝統の世界はそこにはなかったんですね。自分はこの縦社会の中でまなざしを向けられながらアートをやりたいわけではないと思いました。

 

「他者」との出会い。挫折から始まった「自己」の探求

――その後進学されたシカゴ美術館附属美術大学ではどのようなことを学んでいたのでしょうか。

それまでと全く異なっていて、アメリカの美大では「頭から上を教えて、手首から下を教えない」と言われることもあるくらいです。技術的な授業もあるにはあるのですが、それよりも歴史を学んだ上で、それをどう作品に反映していくのか。お互いの作品をどう鑑賞して、どう批評し合うのか。アートは長い歴史の中でどう形づくられてきて、今後どう変わっていこうとしているのか。そしてそういったことを学んだ上で、ただ視覚的に作品をつくるだけではなく、自分が何を表現しようとしているのか、その表現はどうシンボルとして機能して、鑑賞者に影響を与えるのか、そういった思考する技術を習得していったように思います。

シカゴ美術館附属美術大学の課題制作に取り組む山本さん

制作した作品たち

――山本さんの作品は、少女漫画や少女アニメの表象を作品に取り入れ具体的なモチーフを描きながら、フェミニズムや社会課題をテーマにされています。根底にある多角的な視点の原動力がどこからくるものなのか、気になります。

やはり一番は、明らかにわかり合えない他者との出会いだと思います。それが私が渡米した時に感じた挫折でした。作品を制作するときに必ず思い出すようにしているのが、シカゴの美術大学で過ごしたクラスルームでの光景。さまざまな国から留学してきたバックグラウンドの異なるクラスメートとお互いの作品を批評し合うのですが、話が全く通じない。日本であたりまえのように伝わっていたことも、アメリカでは全く伝わらなかったんですね。前提として共有している価値観があまりに異なっているのだと気がつきました。全くわかり合えない他者に囲まれてはじめて、そもそも自分が「何者」なのか全くわかっていないなと。そこから本当に発信したいことは何なのか、自分の立ち位置や軸を明確にしながらその上でどうしたら伝えていくことができるのかを考えるようになり、自らのルーツにもなっていた少女漫画や少女アニメというトピックにあらためて向き合うことになりました。

――わかり合えない状況が、逆説的に本当の意味で自己に向き合うことにつながったということでしょうか。

そうですね。わかり合えなかったからこそ、他者をわかるためにはまず自分自身を知る必要がありました。自身のルーツを主観的に掘り下げた上で、それを客観的にわかってもらうためにどうすれば良いのか。作品のテーマを考えるときも、もしあのクラスルームの中だったら、どう受け取ってもらえるだろうなと思い出しながら制作するようにしています。わかり合えない人がいたとき、そのわからない人をも自分の作品は対象にできているのかを考えること自体、作家活動の原動力のひとつになっています。

 

ルーツ、そして象徴としての少女漫画の表象

――そう考えていくと、ご自身のルーツを探る際に辿り着いた一つのトピックが少女漫画・アニメであり、同時にその表象はアメリカの大学クラスルームのように、より多くの人とコミュニケーションを生むきっかけとして用いられている、ということでしょうか。

どうしても作品をつくっていると、自分の使っている象徴は自分の提示したいコンセプトのためのシンボルとして機能せざるを得ない部分もあるのですが、記号ではありながらも、自分の幼少期からルーツになっている大切なものでもある。一方で親しい人たちだけに伝わるものではなく、より客観的に見たときに自分の扱っている少女漫画、少女アニメというモチーフが鑑賞者にどのようなイメージを届けることができるのかを常に考えています。

山本れいらの《I hate flowers 5》。アメリカのアーティスト、ジョージア・オキーフが制作した花のシリーズと、少女アニメのイメージをサンプリングして描かれた

――たしかに。立場の違いによって、同じく少女漫画という切り口があっても、どのように記憶されているか含め、受け取られ方も変わりそうですね。

特に西洋圏のアートコレクターの方たちの中には「MANGA」までは知っていても「少女漫画」までは触れてこなかったという人も多いと思います。それにゼロ年代以降、アニメを取り入れたアートの流れを見るとセクシャルな要素を内包していて、どちらかというと男性向けのコンテンツの方が輸出されやすい傾向にあると感じていて。アニメや漫画を引用している海外アーティストの作品の傾向を見ても、男性中心的な文脈を使いがち。もし、アートに親しんでいる人たちの中にもそうした無意識の偏見があるのだとしたら、いかに自分はその偏見に回収されないように、自分が幼少期から親しんできて、そしてエンパワーされたコンテンツを象徴的に使えるのか。少女に対する性的なまなざしを体現したものではなく、逆に成長していく少女たちに力を与えられてきたものであるということを作品を通じて伝えたいと考えていますね。

後編に続きます

information
少女まんが館

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東京都あきる野市にある少女まんが専門の私設図書館。1997年3月、少女まんが世界の永久保存を目指し、パソコン通信仲間たちと一緒に立ち上げ、その後、中野純+大井夏代の夫婦ふたりによる共同運営に。蔵書は全国の少女まんがファンなどからの寄贈で約6万冊強(2022年4月現在、主に2000年までの作品群)。
4~10月の毎週土曜日、午後以降に限り13時から18時まで、一般公開をしています。
詳細は公式HPにて

information
山本れいら

来年(2023年)の年始と夏頃にRitsuki Fujisaki Galleryで山本れいらも参加するグループ展と個展を予定。
最新情報は山本れいらのHPTwitterInstagram、もしくはRitsuki Fujisaki GalleryのHPTwitterInstagramでチェック。

ARTIST

山本れいら

1995年・東京都生まれの現代アーティスト。十代で渡米し、シカゴ美術館附属美術大学に進学。在米中に体感した日米の文化間のギャップを重要なテーマのひとつとして、原子力を巡る日米の政治的関係やフェミニズムなどの社会課題を問いかける作品を制作。現在は日本を拠点に活動中。

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