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2024.10.23
金沢駅前の大きなやかんの人気ぶりに工芸の街の歴史を見る / 連載「街中アート探訪記」Vol.33
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は金沢駅前の待ち合わせスポットとしても有名な大きなやかんの作品である。作者の三枝一将は工芸作家でもあり、工芸の文脈からパブリックアートを考える回となった。なぜここ金沢にやかんがあるのか。そこには街の成り立ちに由来する理由があった。
前回は富山の壮大なアートを堪能!
金沢にやかんあり
塚田:「金沢駅前にやかんがあって地元の方は待ち合わせに使ってるそうだから見てきたら?」と編集部から提案がありまして。
大北:リアルに見るほうの夢みたいな話だなあ、と思ったらちゃんとありますねえ、やかんが(笑)。
『やかん体、転倒する。』 三枝一将 2006年 JR金沢駅西広場
大きな大きなやかんを見る
大北:大きなやかんを見るとほがらかな気持ちになりますね(笑)。『やかん体、転倒する。』、やかん体?
塚田:やかんの本体ってことでしょうか。
大北:蓋もあるんだ。
塚田:思ったよりいい味出てますね。
大北:経年変化があるんですね。できたのは何年ですか。
塚田:2006年だから20年近くここにあるんですね。2006年か。もう成人したって感じだ。
大北:へー。金沢駅自体のリニューアルは2005年だそうで、その時期に色々変わったんですね。公募で選ばれた作品なんですかね?
塚田:そうです。国際的なコンペで選ばれてここに置かれています。
大北:それにしても全く人が絶えない。人気でいうと新宿のLOVE以上の人ですね。
塚田:子供も興味津々だ。大人気ですね。
大北:いや、これはすごい。腰掛けるスペースもあるし待ち合わせにつかう人がたくさんいますね。
塚田:これだけ親しまれてると今回取り上げることになったのもわかりますね。
大北:金属を使うアーティストの方なんでしょうかね。
塚田:そうですね、ただアーティストというよりは工芸って感じもちゃんとあります。実用的な仕事もアート的な仕事も両方あります。東京藝術大学の先生でもあるので、研究もされてます。
大北:鋳物の作家さんというのは作業としてはどういうことされるんでしょうね。
塚田:鋳造ってことです。
大北:型を作って金属を流し込んでってことか。こんな大きなものをどうやって作るんでしょうね。
塚田:いくつかのパーツに分けてる可能性はあります。
大北:本物を作るのは大変だから歪ませてる可能性もあるのかなあ。
日常が大きくなる異化作用
塚田:ゴミ箱の三島喜美代を取り上げた時にも話しましたけど、日常的なものもちょっと大きくすると、そのもの自体が異化されて、アートとしての存在感を帯びてくる例ですね。
大北:やかんの大きさじゃないぞ!?ってみんな驚くんですね。面白いですよね。
塚田:デフォルメの感じは「単に歪めました」っていう感じじゃないような、美的な感じがありますよね。やかんそのものというより、取っ手や注ぎ口といった記号的部分によってやかんとわかる感じで。
大北:球体を半分にしたようなものでもない、ぎゅぎゅって感じのマンガ表現みたいなおもしろい歪み方してますよね。
塚田:蓋が裏側にあったり、ちょっと物語性が感じられます。彫刻というよりかは、インスタレーション的にも見えてくるというか。
大北:そうか、ひっくり返ったような、なにか動きがあるんですね。
塚田:動きがありますね。
大北:これだけ大きいのに動いてる。蓋もなんか面白い感じになってるなあ。やかんの蓋をしげしげと見るの初めてだな。錯視みたいな変形してますね。目がおかしくなりそうな。
塚田:アナモルフォーシスができそうですね。形が歪んでる。
日用品を作る作家
大北:注意書きがありますね。
塚田:「作品(やかん)に登らないで」と書いてますね。
大北:やかんは作品っぽくないからかな。日常にありふれてますよね。
塚田:それこそ作者の三枝さんは実用品を作ってまして、スプーンとかそういったものも作ってるんですよ。
大北:そうなんですか。へえ!
塚田:奥さんと「みちくさ」というユニットを2002年から組んでいて、生活に根付いたアートというコンセプトで鋳物の日用品を作っています。そこから4年後の作品なんで確実にその流れの作品と言えるでしょうね。みちくさで作っているものも独特のデフォルメが加えられたものになっています。
大北:このやかんも変形してますからね、なるほど。
工芸の文脈で見るパブリックアート
大北:マンガの世界に入ってきたようにも思えてきました。
塚田:それこそポップアート的と言ってもいいかもしれないですけど、それより現代美術に隣接するものとしての工芸の動きで捉えてみるといいと思います。この連載では京都に行って清水九兵衛をとりあげたじゃないですか。
大北:お皿とか作ってた職人の家に迎えられた作家さんだ。
塚田:そこで「オブジェ」という合言葉で、用途から解放された工芸が戦後出てきたって話をしましたよね。素材と向き合い、その結果生まれてきた造形を、用途と一旦切り離して物体として提示する、みたいな。
大北:お皿とか作ってた人たちがグループで抽象的な作品を作り始めたときですね。
塚田:実は60年代とか70年代とかに出てきたそうした傾向からの揺り戻しが現在ありまして。今年の3月に武蔵野美術大学出版局から『わからない彫刻 みる編』というユニークな彫刻の「教科書」が出ましたが、そこで木田拓也さんという研究者の方が、技巧を凝らしたり、写実的だったり、模倣的な表現もアリになってきたと指摘しています。
大北:「細かい!」みたいな、工芸にはそもそもそういう技術のすごさがあるじゃないかと。
塚田:おっしゃる通りです。そうした技巧だとか、模倣とかを再評価する流れの中にこの作品を位置づけることもできるでしょう。
大北:揺り戻しかあ。そういえばこの前塚田さんとなんとなく舟越桂が話題になったときに、色を塗らなくなってきた彫刻の歴史において舟越が「逆に」色を塗ってきたと聞きましたね。
塚田:そうそう、そういう意味では舟越同様このやかんもモダニズム的な考え方が排除してきたものをもう一度拾い上げた作品とも言えるかもしれません。
大北:芸術を歴史で見ていくと揺り戻しってずっとあるんでしょうね。
金沢が文化的な街である理由
大北:金沢は工芸の街でもあるんですかね。
塚田:そうです、工芸の街ですよ。その経緯は結構複雑なものがありまして。石川県や金沢の街を治めていた加賀藩はあの有名な前田利家の前田家ですよね。江戸時代って、幕府が安定するまでは、戦争が起こる危険性も高かったんです。実際に大坂冬の陣・夏の陣があったり。そこで前田家はいい刀をいつも作れるようにしとかないといけないと考えたんです。
大北:武器の生産のために。
塚田:刀鍛冶だとか兜職人だとかそういった武器を作る金工、木工職人を前田家のお抱えの職人集団にする。それによって有事のときにも、質のいいものを作れるように工芸の人たちを囲い込んだんです。最初から文化的なことをしましょうよってことじゃなくて。軍事的な戦略があったんですよね。
大北:まず最初に物騒な理由があったんですね。
塚田:そうそう。そして江戸の幕府による統治以降、今度はかつて徳川と競っていた前田家がこの金沢でプライドをどう維持するのか。そのヒントになったのは朝廷でした。その頃の朝廷では後水尾天皇が、文化や伝統を重んじ、工芸の振興に力を入れてたんですって。そして、その同時代に加賀藩を治めていた3代目当主・前田利常はこれにかなり感銘を受け、かつては武器職人だった金工、木工、漆工、染色の職人たちを工人集団にシフトチェンジし、金沢は工芸が盛んになっていったという経緯があります。幕府にカルチャーで対抗する。文化立国みたいな感じですね。
大北:幕府が権力ならこっちは文化でいくよと。それが歴史的に成立したんだ。そう考えると文化の力はすごいですね。
やかんのやかん性
大北:そうしてやかんがここにあると考えるとおもしろいですねえ。
塚田:鋳造も金属を扱う技術ですからね。
大北:「金沢ってなんだか立派だなあ」という印象があったんですけど、それは昔の前田家自体がそうで、その延長線上にやかんがある。金沢の人にとってもこういうものを飾るのは親しみがあるんですかね。
塚田:うーん。たしかにこれだけ親しまれているのは、見た目のポップさだけでなく、この土地に流れる物作りの精神にフィットしてるのからなのかもしれませんね。
大北:「うちの町はやかんでいくから」って言われたら、ポジティブな感情になりそうな気がするんですよね。例えば「でかいサンダルでいくから」って言われたらひるむんですけど(笑)、やかんならなんか面白いしやってみたらどうだって気がしますよね。
塚田:実際コンペで選ばれてるわけで、審査でも評判が良くて、置かれて今どんどんいい味を出していると。
大北:やかんの人徳がすごい。やかんってちょうどいいですよね。川崎徹という名CMクリエイターはバケツに説教するCM作ってたんですけど、それはバケツじゃないといけないんだと話してたそうです。バケツのバケツ性というか、やかんにもやかんならではのキャッチーさがありますよね。
塚田:そうですね。
大北:変な形でプリッとしてて面白くて可愛いみたいな。親しみやすさと考えてみれば変な形してて異物だなというのと両方ある。
駅前に大きなやかんがあるということ
塚田:周りに腰かけてもいいような感じの作品だからこれだけ人が集まってるんでしょうね。
大北:触ってもいいようなこの親しみやすさはすごいですよね。
塚田:これが抽象的な彫刻とかだったら子供もわざわざ登ったりはしないでしょうし。
大北:やかんの偉大さなのかな。おもしろい形してるものなー。
塚田:日用品が持つ親しみやすさっていうところもありそうです。
大北:みんな触ってるわけではないですよね。
塚田:多分触られたからこういう経年変化の味が出てると思うんすよ。ビリケンさんの足じゃないけれど。
大北:そうだ、触るタイプの置物ありますね。これもなんか遊具みたいな質感もありますね。
塚田:衝撃の発見。お賽銭がされている。
大北:ほんとだ!「ご縁が」の五円玉が。いかに人々に馴染んで民俗になっているかがわかりますね。
塚田:お賽銭っぽいものもあれば、ゴミ箱にしちゃってる人もいる。聖から俗まで。
大北:駅前にでかいやかんを置いたときの人々の捉え方の振れ幅がすごい。いやあ、おもしろいなあ!
大北:やかん、ポップですよね。
塚田:有無を言わさぬポップさがありますね。
大北:そうそう、子供の反応とか見てると子犬とか子猫に近いレベルでやかんは人気者なんじゃないかなと。そう考えるとちゃんと現実を再現してくれればいいし、工芸でやる理由があるってことですよね。
塚田:うん、ありますね。
大北:うん。歴史的な文脈もあって、納得のクソデカやかんが金沢にあると。
美術の評論をする塚田(左)とコントの舞台を作る大北(右)がお送りしました
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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