• ARTICLES
  • 【後編】過去のフィルムを発掘して、アートとして映写する/ 連載「作家のB面」 Vol.29 志村信裕

SERIES

2024.12.25

【後編】過去のフィルムを発掘して、アートとして映写する/ 連載「作家のB面」 Vol.29 志村信裕

Text/Daisuke Watanuki
Photo/Sakie Miura
Edit/Eisuke Onda
Illustration/sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。

今回登場するのはアーティストの志村信裕さん。東京・京橋にある国立映画アーカイブで待ち合わせて、前編では彼が映写技師として働いていたときの話を訊いた。そして後編では、その当時の体験が今現在の制作活動に与えた影響について、フォーカスしていく。

SERIES

前編はこちら!

前編はこちら!

SERIES

【前編】未来にフィルムをつないでいく、映写技師という仕事 / 連載「作家のB面」 Vol.29 志村信裕

  • #連載 #志村信裕

 

映画って木漏れ日みたい

前編と同じく国立映画アーカイブで取材スタート

──これまで映画と関わりのない人生を送ってきたという志村さんが、映写技師になろうと思った発想が気になります。脈絡がないようにも感じるのですが。

みんなにびっくりされましたよ。でも自分の中ではつながっているんです。これは後に気づいたことですが、もともと僕は映像のソフトよりもハードの方に関心があるんだなと思ったんです。つまり何か撮りたいものがあるとか、こういう世界を表現したいから映像を作るのではなくて、映像を使って何ができるのかというところから僕は制作をしていたので。映像メディアの源流であるフィルムの映写を自分でやってみるという考えは、僕の中では自然なことだったんです。

──YCAMで映写技師をされていたころの印象的なエピソードはなんですか?

もう全部が新鮮でした。フィルムが重いとか、缶を開けたら酸っぱい匂いがするとか、こんなに傷があるのに上映して大丈夫かなって心配したけどなんとかなったりとか。フィルムに触れるということ自体が本当に面白かったです。投影される映像って光じゃないですか。質量もないから。だったらどんなところでも自分の作品を展示できるなと気づいて、あえて階段に映像を映すとか、お風呂場の水槽に映像を映すとか、映像でしかできないことをそれまで次々にやっていたんですけど、フィルムでの映写を通してフィジカルに触れられるものとしての映像に出会えたのが体験として大きかったです。

──映写室からどんな光景を見ていましたか?

映写室からフィルムを映写していると、映画が動く写真だということがよくわかるんです。連続する写真に光を通して真っ暗な部屋に投影しているんですけど、その光景がまるで木漏れ日みたいだなって思っていました。フィルムという半透明の写真に光があたって、像が影のようにスクリーンにあらわれる。映画とは、その影のゆらぎであって、影の動きを観客は没入して観ているんですよね。映写室から見ると、本当に木漏れ日の中に観客がいるように見えました。その視点は、客席からでは気づけなかったと思います。

そうした経験から自分の作品にも影響が出たことがあります。たとえば古書に木漏れ日を映した映像インスタレーション。そして「森の芸術祭 晴れの国・岡山」で発表した、昔のフィルムに木漏れ日を重ねた作品。これらの作品は映写をしていた経験が作品制作につながっていると感じます。

書物を日光や風にさらし虫食いやカビから守る「曝書」に着想を得た作品《光の曝書》(2014) Photo: Ken Kato

「森の芸術祭 晴れの国・岡山」で発表した《記憶のために(津山・林野)》(2024)。岡山県の津山市で1873年創業の江見写真館に眠る1932年に撮影されたフィルムを用いた作品

──ほかにアーティスト活動への影響はありますか?

それまではインスタレーションだけだったのが、ある程度尺のあるドキュメンタリーの作品を作るようになったのも、映写の仕事をしてからですね。そもそも映像ってすごくドキュメント性が強いメディアだと思うんです。そうした映像の記録性を活かした作品に重点を置き始めるきっかけとなりました。

──その変化について、周りの反応はどうでしたか?

今までの作品を観てきた人はすごいびっくりしていました。ポジティブな意見だけではなかったです。インスタレーションで作家性みたいなものを積み重ねていたので、それをもっと深めた方がいいんじゃないかと助言する人もいたんですけど、アート作品ってその作家の人生の物語を反映するものでもあると思うんです。それまで僕はそういった実人生が作品に結びつくタイプではなくて、どちらかというと地域にあるものや身の回りにあるコモンなものを利用して制作をしていました。だけど山口に行ってからは、自分の映写技師としての体験が反映できるような作品制作ができたらいいなと考えていました。ただ周囲に理解してもらうにはすごい時間がかかりましたね。あれから10年くらい経って、今は素直に当時の体験が現在の制作スタイルにつながってますと言えるようになってきました。

《見島牛》(2015)

──山口では離島を舞台に和牛が辿った歴史を題材にした《見島牛》を制作されていましたね。

作品のために中古の8ミリフィルムカメラを買って、それで制作しました。あえて白黒の8ミリフィルムで撮影して、それをデジタルスキャンして、編集はデジタルですが。作品制作で初めてフィルムを扱ったのも映写をしていた経験からですね。

 

土地土地に眠るフィルムをサルベージする

『香取・アート・タイム』(2024) の展示風景 Photo: Shunta Inaguchi

──最近ではその土地土地に残された過去のフィルムを用いた作品を制作されています。どのようなことを心がけながら過去の記録を作品にしていますか?

千葉県誕生150周年記念事業『香取・アート・タイム』で僕が着目したのは、香取市で撮られた古いフィルム。かつて写真館を営んでいた故人の方が個人的に撮っていた16ミリフィルムを見つけて、それを自分のインスタレーションと混ぜて展示しました。特に制作で意識しているのは、その土地のことを調査して、歴史を反映させる「リサーチ」としてではなくて、僕がやってることは「サルベージ(救出)」だと思って制作していることです。フィルムが運よく残っていても、眠っているだけではどんどん劣化していくばかり。それをデジタル化して、展覧会の空間のなかでアート作品として甦らせる。そしてそれを観た人に、こんな景色があったんだという記憶を引き継いでもらう。そこに価値があるんですよね。過去の貴重なフィルムを見せないともったいないし、見せるなら今しかないというのが分かっているので、まさに「サルベージ」していると自分では思っています。

──その思いは使命感にも近いのでしょうか。

端的に言うと、職能として僕にしかできないことなのかなって思うんです。自分は映像を扱うアーティストとして展示の経験もたくさんあるので、映像を美しく見せる技術がある。貴重なフィルムに出会うと、何とかしたいって思うんです。古いフィルムって、記憶だけでなく夢とかロマンがあるんです。だからこそ、過去に撮られたフィルムを再び現代の人に向けて、いい形で見せることも重要なんですよ。役割としては、ある種現代の映写技師なのかもしれない。

山口にかつて存在した映画館についての記憶と記録をテーマにした展覧会「Afrernote 山口市 映画館の歴史」(2023-2024) Photo: Kazuma Yoshiga Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

──《Afternote》もその色が強い作品です。

YCAM開館20周年記念事業の一環で、映画館を題材にした企画を僕に依頼してくれたこと自体が、壮大な伏線回収だなと思いました。他の映像作家がやるよりは自分がやった方が絶対いいものができる自信もありました。2年以上かけた制作では、最初の1年は月に1回、1週間くらい滞在して、総勢200名以上の方の話を聞いて、最終的に20名以上の方を撮影しました。その取材中に、山口市で最古の映像なんじゃないかという1929年に撮影されたフィルムに出会ったんです。これは絶対展示しなきゃいけないと思い、展覧会に取り入れることをすぐに決めました。映像作品の中にもインサートとして、かつて山口市にあった映画館が映ってるシーンや、市の全景を取り入れてます。文化的財産として当時の風景は見せたいと思っていました。

かつてあった映画館の歴史を扱う本作ですが、本当は書けたはずのあとがきを書く人がいないまま、忘れられようとしている。そんなタイミングで、僕らが映画館のあとがきを書かなきゃいけないという思いで制作しました。それで降りてきた言葉がタイトルとなった「Afternote」です。

映画館での体験を思い思いに語る人々。映画《Afrernote》のシーンより

──話を聞く方はどうやって決めていったのでしょう。

まずは古い地図を手に入れるんです。映画館が一番多くあった1960年の住宅地図を頼りに、映画館周辺の地図に残っているお店を訪ねる。要はその地域にずっと続いている老舗のお店から訪ねて、映画館にまつわる記憶を一人ずつ聞くというところから始まりました。

──お話を聞く際に気づく、相手の変化を教えてください。

記憶を思い出すのって身体的に人をすごく活性化させるなと思いました。パッと当時の顔になるというんでしょうか。どんなにご高齢の方でも、子どもの頃こうしてたっていう話をするときは、子どものような顔になるんですよね。それはすごく印象的で、その様子は映像でしか表現できなかったことかもしれません。

 

映画とアートの間で考えること

──《Afternote》は60分の映像作品として制作されてから、79分の映画版も制作しています。世間的には、ドキュメンタリーとシネマ、あるいはアートとシネマといったようにくっきりと棲み分けがなされることが多い印象です。これらのジャンル分けについて、どのように意識されているのか教えてください。

美術館やギャラリーで映像を展示すると、観客は自由に動けるんですよ。一方、映画館だと座ったら動けない。だから、時間の流れ方が全然違いますね。やはり映画館のほうがゆったり観せられます。《Nostalgia, Amnesia》という45分の作品を、一度だけフランスの映画館で上映したことがありました。美術館ではすごい長尺に感じるんですけど、映画館で観たら、すごく速いテンポの映像に見えてびっくりしました。映像は、見せる場所や環境に合わせて作ることを特に意識しています。

近代から現代における羊毛産業に焦点をあてた映像作品《Nostalgia, Amnesia》(2019)

──映像の撮り方で普段から意識されていることはありますか?

写真じゃなくて映像なので、間(ま)が重要なのかなと思っています。撮り方よりも、何をどのくらい見せるかという編集にこだわっています。自分にしかないリズムっていうんですかね、自分の時間感覚で映像をつなぎたいと思って、毎回自分で撮影・編集しています。

──国際交流基金シドニーでの個展「Afternote: In the Shade of Cinema」は2025年の3月1日まで開催。「Afternote」のあとにサブタイトルがついていますね。

「In the Shade of Cinema」は、直訳すると「映画館の影に」。一方で「In the Shade of a Tree」というと、「木漏れ日の中」となることや、「Shades of ~」で、「思い出させるもの」という意味にもなるので、複数の意味を込めてます。普段は日の当たらない、それぞれの人の記憶の中にある映画館の思い出にフォーカスしていることもあってこのサブタイトルを考えました。すごくローカルな作品なんですが、国や地域を超えた普遍的な作品でもあると思うんです。山口の後に、シドニーで発表することになったのは偶然ですが、《Afternote》をこれから他の地域でも観せることができたら嬉しいです。

Information

「Afternote: In the Shade of Cinema」

住所:The Japan Foundation, Sydney Level 4, Central Park 28 Broadway, Chippendale NSW 2008
会場:国際交流基金シドニー
会期:2024年9月13日(金)~2025年3月1日(土)
開館時間:10:00~18:00 ※土曜日は11:00~16:00
休館日:日曜日、祝日

上映情報などの詳細はこちら 

bmen

ARTIST

志村信裕

1982年東京都生まれ。2007年武蔵野美術大学大学院映像コース修了。2016年から2018年にフランス国立東洋言語文化大学(INALCO)客員研究員としてパリに滞在。現代美術作家として、身近な日用品や風景を題材にした映像インスタレーション作品を各地の美術館、芸術祭で発表する。これまで国内外のアーティスト・イン・レジデンスにも多数参加し、拠点を移しながら制作スタイルを更新させてきた。2013年から2015年まで山口市に滞在し、山口情報芸術センター[YCAM]のシネマで35mmフィルムの映写に携わった経験から、ドキュメンタリーの手法を取り入れた映画/映像作品を制作するようになる。忘却された土地の記憶を喚起させるような主題を扱い、綿密なフィールドワークを元に、独自の視点で歴史を編み直すようなプロジェクトを手がけてきた。近年では特に、地域に残されたフィルムなどのアーカイブをインスタレーションに取り込むなど、映像メディアが孕む記録性や時間性に焦点をあてた試みを探求している。近年の主な展覧会に「森の芸術祭 晴れの国・岡山」(岡山、2024)、「Afternote 山口市 映画館の歴史」(山口情報芸術センター[YCAM]、2023-2024)など。

新着記事 New articles

more

アートを楽しむ視点を増やす。
記事・イベント情報をお届け!

友だち追加