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2022.06.10
【前編】テクノを聴いて、アーティストの道へ / 連載「作家のB面」Vol.2 村山悟郎
Edit / Eisuke Onda
Photo / RAKUTARO
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
第二回目に登場するのは村山悟郎さん。自然界に存在する貝殻の模様、タンパク質の配列などから着想を得て、綿密なドローイング作品を発表し続けるアーティスト。そんな彼が取材場所に指定してきたのは渋谷パルコにあるライブストリーミングスタジオDOMMUNE。その会場で今回話すのは彼が敬愛する音楽「テクノ」について。話を聞いてみると、学生時代にその音のループに取り憑かれたことで、アーティストの道を志したのだとか……。
DOMMUNE
現代美術家の宇川直宏が立ち上げたライブストリーミングスタジオ<DOMMUNE>。恵比寿で2010年にスタートし、2020年に渋谷に移転。ときにはダンスミュージックの大物DJがプレイを重ね、ときにはカルチャーにまつわるディープなトークが繰り広げられる。
テクノと出会った中学時代
――今回、インタビュー場所として村山さんはDOMMUNEを指定されました。その理由を聞かせてもらえますか?
今回は「テクノ」をキーワードにさせてもらったわけですけど、そのテーマについて話す上で相応しい場所はどこだろうと考えた時、浮かんだのがDOMMUNEだったんです。もちろん候補として他のクラブも考えましたが、僕は20代の頃こそクラブによく通っていたものの最近はあまり行けていないし、かつて自分が好きだったハコも今はなくなってしまっています。その点、DOMMUNEという場はクラブカルチャーの文脈から出てきて、現在はウェブ上で展開されている。実際、リスナーとして自分もよく聴いたりするし、時にはアーティストとして出演させてもらうこともあって、音楽やアートあるいは社会問題など幅広いカルチャーのハブとしてのDOMMUNEを選ばせていただきました。
これまで村山はDOMMUNEのアートにまつわる企画で度々登場。また、今回の取材で聞き手を務めたライター / 編集者の辻陽介(DOZiNE編集人/写真右)も、文化人類学やタトゥー、ストリートアートにまつわる企画でこの場所に出演している
――村山さんにとってDOMMUNEという場にはどういった印象があるんでしょう?
やっぱりウェブ上でクラブミュージック的なものを楽しむ先駆けという印象がまずありますよね。海外にもBOILER ROOMのようなメディアはあるけど、BOILER ROOMの場合は色々なパーティへ出かけていって配信するという現場のドキュメント的な形式が取られています。その点、DOMMUNEの場合はスタジオがハコでもあって、そこからブロードキャストする形式を取っている。そういう意味ではオンライン空間にクラブカルチャーを拡散させてゆく場としても見てきました。
――村山さんは1983年生まれなので、村山さんが実際にクラブに通われていたという20代にあたるのは2000年代前半から2010年代前半にかけての時期ですよね。当時はどこらへんのハコに行かれていたんですか?
西麻布のYellow(現在は閉店)ですね。Yellowはサウンドシステムが独特、原音に忠実とはいえないけど、めちゃくちゃ巨大な業務用冷蔵庫のようなスピーカーからベースが深めに鳴っていて、さらに音にコンプレッサーが掛かりまくってるんです。同じレコードを掛けていても他とは全然違う曲に聴こえていました。それがすごく気持ちよくて、音を浴びに行ってましたね。
――Yellowと言えば1990年代後半から2000年代の東京を代表するクラブの一つ。あるいは、ディープハウスやテクノの聖地としても知られています。今回、村山さんは「テクノ」をキーワードに選ばれたわけですが、テクノへの関心はいつ頃からあったんですか?
10代の頃からですね。僕は5人兄弟の四番目で、兄が二人いたんです。兄弟はそれぞれ音楽の趣味を持っていたんですが、長男はメタルとかハードロックが好きでした。一方、次男は長男への逆張りで、メタルとは対極にあるテクノが好きだった。最初、僕はその両方の影響を受けていたんで、メタルとテクノの両方を聴いていたんです。それこそ中学生くらいの頃からですね。
「なかなか音楽の取材を受けることないので、話してて楽しいっすね」と村山さん
――中学生からテクノというのは早い(笑)。学校の友達とは話が合わなかったんじゃないですか?
誰とも共有できませんでしたね(笑)。だから密かな楽しみでした。みんなが聴いていたようなポップスには伴奏と歌があって、さらにAメロ、Bメロ、サビがあるみたいな感じじゃないですか。そこからすると、まずテクノには歌がない。一曲を通して展開が余りなくメリハリのある構成にもなっていない。だから友達に聴かせてみても「なにこれ?」みたいな感じで話になりませんでしたね。テクノに限った話ではないと思うけど、やっぱり音楽を聴くためには結構トレーニングがいると思うんですよ。外国語をずっと聴いているとだんだん意味がわかるようになってくるみたいな。
僕自身、最初にテクノに開眼するまでには少し時間がかかりました。最初は兄のCDなどを借りて適当にオムニバスMDを作って流してみていたわけです。アーティストが誰かもよく分からないまま聴いていると、次第にいくつか気に入る曲ができてくる。さらに聴き込んでいくと「あれ、このオムニバスの3曲目と6曲目は同じアーティストじゃないか?」みたいに歌声がなくても曲の構成とか音色の出し方とかで曲がアイデンティファイ(同一であること)されてくるようになってくる。その内にだんだん曲ごとの違いとか自分はこのアーティストの音色が好きなんだといったようなことが認知できるようになってくるんです。
村山が当時よく聴いていたのがイギリスのアーティストのAphex Twin。テクノ、アンビエント、エレクトロニカ、ドラムンベース、アシッド・ハウスと多彩なジャンルに影響を受けたダンスミュージックを作っていた
――そうしたトレーニングを経て、村山さんが最初に好きになったアーティストがAphex Twinだったわけですね。
一番最初にアイデンティファイできたのがAphex Twinでした。あ、この人の曲はなんか違うぞ、みたいな感じです。Aphex Twinはクラブ系といってみてもギークっぽさがあるんですよね。テクノオタクみたいな感じで、どことなく暗さがある。クラブに行くとアゲアゲで周りと一緒に楽しんでいる人がいる一方で、ずっとスピーカーの近くで孤独に音を楽しんでいる人たちもいるじゃないですか。どちらかというと後者向けの音楽なんです。実際、イギリスのWARPというレーベルによって「ベッドルームテクノ」というブランディングと共に売り出された人でもある。家で一人で聴く人のためのテクノですよね。実際、当時はまだクラブに行く年齢でもなかったし、その感じがしっくりもきたんです。
フジロックで感動し、美大へ
――テクノキッズだった村山さんが現代美術家を志したのはどういう理由だったんですか?
実はそこにもAphex Twinが関係してます。さっきも話したように10代の頃は音楽の趣味をシェアできる友達が誰もいない中で一人で部屋の中でテクノを聴いていたんです。ただ、高校生になって、そろそろ生の現場を体験してみたいという気持ちになってきた頃に、ちょうどフジロックでAphex TwinがDJすると聞いて見にいくことにしたんですよ。そしたらまあ感動してしまったんですね。その時に「これは自分も何かをやらねばならない」と思ったんです。
――何かを。
そう、何かを(笑)。ただ、音楽の道に進むということに対してはリアリティがなかった。子供の頃にピアノを習い始めて挫折した経験もあったし、自分の性分的に楽譜に向き合うことができなかったんです。楽器の種類にもよりますが、音楽にはある程度ディシプナリー(規範的)な感じがあるじゃないですか。僕はそこに全く耐えられなかった。それで絵がもともと得意だったこともあり、美大に行くことにしました。まあ初めは軽い気持ちですよね。
制作中は音楽を聴いていることが多いという村山さん。「一個の作品につき、一枚のアルバムとか、その時にハマっているプレイリスト、多くてもせいぜい二つか三つくらいをずっと繰り返し聴いてたりしますね」
――結果的に現在、村山さんは現代美術作家として活躍されてるわけですけど、そのキャリアの上で村山さんは作家活動の初期より「オートポイエーシス(*1)」という言葉で表されるような、自己生成していくパターンやドローイングを一つのテーマとした制作をされてきていますよね。そうした美術家としての村山さんの作家性にもテクノミュージックは関係しているんですか?
大いに関係していますね。美大に入って最初のテーマが音楽のような時間芸術における時間性を絵画のようなビジュアルアートの中にどうやって持ち込むかということでしたから。その際にヒントにしたのが貝殻模様でした。貝殻模様は年輪のように時間と共にパターンが生成されていくんですが、僕にはそれが音楽的に感じられたんです。この貝殻模様の生成過程を参考にすることで、ビジュアルアートの中に時間性を持ち込むことができるぞと思って、そこから徐々に作品が展開していきました。
*1……「チリの生理学者マツラーナとバレラによって提唱された、生命システムを特徴づける概念。自己生産を意味し、システムの構成要素を再生産するメカニズムをさす」(大辞林より)。
村山さんの作品『学習的ドリフト(カラー&モノクローム)』。時間を絵画で表現するために、上から下に向かい1つのパターンを描き、同じパターンを今度は白黒にして描いていく。一人が手描きしたドローイングが微妙にずれることに自己生成の可能性を村山さんは見出す。2014 パネルに和紙、アクリリック / 各120cm×225cm(二点組) / 高橋コレクション蔵 / 撮影 岡野圭
それに音楽体験の中でも特にテクノには自己生成的な要素が強いと思うんです。テクノをあまり知らない人に聴かせると「ずっと同じじゃん」といった反応を起こしがちなんですよね。実際のところ、そこには変化が起きているには起きているとはいえ、他の音楽に比べると確かに「ずっと同じ」ではあるんです。じゃあそうした「ずっと同じ」な音楽をどう楽しむかというと、聴き手が音へのアテンションを移動させていくんですよね。たとえば最初はドラムにアテンションして聴いていく。すると、ドラムに対して他の音がどういう風に絡まっているかという音像が気になり始め、やがてベースとか他の音を軸にしたアテンションへ移動していく。こんな感じで、ずっと一つのトーンを持続しながら音の出し入れをする楽曲構造に誘導されるように、こちらのアテンションが自己生成していくんです。
それこそ良いDJというのは、そういうアテンションを引き出し続けられるDJのことでもあると思うんです。一つのトーンをずっと維持し続けながら、同時にそこに変化を生み出し続けていく。この持続と変化を両立できなければ良いDJにはなれない。この「持続と変化」というポイントは、僕の作品制作においても重要なテーマの一つになっています。
――より具体的に村山さんの作品とテクノの関係を深掘りは、後編でお届けします。
information
Painting folding -『これと合致する身体を構想せよ』2019
photo by Shu Nakagawa
ICC アニュアル 2022 生命的なものたち
新しいメディア・テクノロジーの動向に伴って、現代の社会におけるテクノロジーのあり方を、メディア・アート作品をはじめ、現代のメディア環境における多様な表現によって別の見方でとらえていく展示「生命的なものたち」。こちらの展示では村山さんの新作『Painting Folding 2.0』を発表。この作品はタンパク質の生成をテーマにしていると村山は語る。
「オートポイエーシス理論は自己組織化していくシステムを理論化したものだけど、そこには遺伝子のような仕組みは組み込まれてないんです。その点、たんぱく質の生成というのは基本的に鎖状になったアミノ酸配列が遺伝情報によって決定されている。遺伝情報によって指定されたアミノ酸の鎖が、生体環境に入ると折れ曲がって一つの立体構造、つまりタンパク質を作り出すんです。ここでは遺伝子によって系列化される情報系と、物質がある状況に置かれたら必ず同じ反応を起こすという物質系との二つの系が連動してある一つの立体構造が作り出されるということが実現してる。その情報と物質の両義的な状態から一つの立体が作られるということにこそ驚くべき自然の造形を認めることができるわけですが、今回はそうしたタンパク質生成のあり方をモチーフに新作を発表します」
会期:2022年6月25日(土)〜2023年1月15日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーB , ハイパーICC
展示の詳細は公式HP:https://hyper.ntticc.or.jp/
ARTIST
村山悟郎
アーティスト
東京都出身。2009年に東京藝術大学 美術研究科博士後期課程 美術専攻 油画(壁画)研究領域 修了。その後はウィーン大学の哲学科 研究員、武蔵野美術大学、東京藝術大学などで非常勤講師を務める。作品は自己組織化するプロセスやパターンを、絵画やドローイングをとおして表現している。
DOORS
辻陽介
編集者・ライター
アートやタトゥー、ストリートカルチャー、文化人類学など様々な文化を耕すメディア『DOZiNE』の編集人。共編著『コロナ禍をどう読むか』(亜紀書房)。現在『BABU伝—北九州の聖なるゴミ』をDOZiNEで連載中。
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