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- 一番のアートは窓。クリス智子の「対象との間(あいだ)」をおもしろがる視点 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.25
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2024.07.10
一番のアートは窓。クリス智子の「対象との間(あいだ)」をおもしろがる視点 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.25
Photo / Kei Fujiwara
Edit / Quishin
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは、長年J-WAVEでナビゲーターを務め、現在は『TALK TO NEIGHBORS』でゲストと濃密なトークを繰り広げるラジオパーソナリティのクリス智子さん。築80年の邸宅をリノベーションしたご自宅では、アートのある暮らしを能動的に楽しんでいます。
空間づくりには特別な思いを持っており、「気のないものは置けないんです」とクリスさん。心の平静を保ち、暮らしの充実感を高めるために、どんな視点で身の回りのモノを選んでいるのでしょうか? 自宅にアートを迎えるときも、ラジオでアート情報を届けるときも、「自分と対象との間(あいだ)に流れる目に見えないもの」を大切にする、クリス智子さんの言葉をお届けします。
瀧本祐作 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.24はこちら!
# はじめて手にしたアート
「『もっと空間を能動的につくっていこう』と思って最初に購入したアートは鳥の絵でした」
いわゆる“アート”と呼ばれるものでなくても、「飾り方ひとつでアートになっちゃうよね」という感覚があって、アートとアートでないものの境目は私の中にはあまりないんです。また、アートは幼少期の頃から身近な存在だったので、本当の意味での「はじめて手にしたアート」は曖昧なのが正直なところ。
だけど、ひとり暮らしを始めたのをきっかけに「空間をもっと能動的につくっていこう」と思って最初に購入したアートについては、よく覚えています。リチャード・スペアの《Song of Love》という版画です。今もリビングにあるキャビネットの上に飾っています。
リチャード・スペア《Song of Love》
20代後半の頃、都内のマンションの2階か3階に住んでいて、ちょうど窓の高さに木があって、いつも鳥の鳴き声が聴こえていたんです。「部屋の中にも鳥の絵があったら、絵からもさえずりが聴こえる感じでいいかも」と思って、ずっと鳥の絵を探していたんですよね。
いろんな作品を見て回っていたとき、とあるギャラリーでこの作品を見つけ、「これだ!」と購入しました。
私はそういうふうに、「アートの力を借りて、外の世界と家の中を少し混ぜる」という行為をしていることが多い気がします。物事の間(あいだ)を曖昧にしている感覚。アートを選ぶときも、「家の周りにある自然を汲みとるアートって何かな?」という視点で手に取ることが多いですね。
# アートに興味をもったきっかけ
「“自分だけの場所”をつくりたいという思いが、アートへの関心が高まっていったきっかけだと思います」
父方の祖母はアメリカでアンティーク店を営んでいて、家にティファニーのランプや絵画が飾られていた記憶があります。子どもの頃からアートを身近に感じていたのは、祖父母の影響ですね。
また振り返ってみると、幼い頃から半年単位で引越しを繰り返していた時期もあり、そういった経験がアートへの関心を高めたきっかけのように思います。
引越しによって出会いと別れを繰り返す中で、「『自分だけの場所』と言えるものを持てていれば、あとは何が起きても大丈夫」という心構えのようなものが、私自身の中で育っていきました。私にとって家というのは自分をチューニングする場所なんです。
だから家の中には、気のないものは置けないんです。気のないものを置くと、かえってそれが気になっちゃうから。家の中のモノは、「私とそのモノとの間が気持ちいいと感じられるモノ」がほとんどで、機能性だけで置いているモノはあまりない。
間というのは、なぜそれを買ったのかという物語であったり、そこに置きたいと思った理由であったり。
「間が気持ちいいこと」が私の中では一番大切なことで、自分とアートとの間、家の外と中との間などにおいても、「間が綺麗」と感じられることが一番いい。目には見えないものだけど、見えないことに尊さを感じますし、そこに意識を働かせることが好きなんです。
ラジオでアートを紹介するときも「見えない」という媒体の特性を活かして人柄や思考など見えない部分を伝え、リスナーと価値観を共有することを意識しています。
お子さんの絵。「まだ幼稚園児だった頃にもらったクリスマスプレゼントです」と、笑顔でストーリーを語ったクリスさん
# 思い入れの強いアート
「私にとっての一番のアートは、窓」
自分との間に物語のあるアートと言えば、たとえばアメリカのガラスメーカー・STUBENの動物シリーズの置物。
20代前半のときに祖父が亡くなったのですが、形見分けで家族みんなにSTUBENの動物が行き渡ったんです。妹はクマで、私のもとにはペンギンがやってきました。
そして数年前、祖母が亡くなったのですが、そのときに自分でもうひとつペンギンを購入しました。祖父からもらったペンギンの隣に並べています。
また、今年(2024年)3月には鎌倉の森の中に「Cafune(カフネ)」というアトリエ・活動拠点をつくったのですが、そこには先ほど紹介したリチャード・スペアの《Song of Love》のようにアトリエの外と中が混ざり合うような作品を飾っています。
Cafune外観。「アートに音楽や器、料理など、さまざまなものをつくっている人と一緒に発信していくための拠点としてつくりました」とクリスさん
皆川明《石の歌(リトグラフ)》「アトリエのすぐ目の前が崖になっていることから、石の絵を探していたんです」とクリスさん
「田中健太郎さんの絵は、生命力を感じるのに気配はないようで、とても不思議」
アトリエはずっと誰も住んでいなかった築90年の空き家をリノベーションしてつくったのですが、それだけ人が住んでいなかったということは、やっぱり自然のほうに強さがある。自然がもっとも力強いアートであることを改めて実感します。
そういったこともあり、窓は特に意識してつくっているんです。よく「窓が好き」と口にしているんですけど、私の中では窓が一番のアート。
窓から見ている景色と、窓を飛び越えてその景色の中に身を投じて見る光景は、同じ対象を見ているはずなのに全然異なるものに見えたり、違うことを感じたりする。それがすごくおもしろくて。
窓、というのは間の象徴のようですね。
# アートのもたらす価値
「他者の意見が入るって大切なことで、そういった“会話”をアートに求めている」
自宅もアトリエも、落ち着ける場所をつくりたいという思いで日々手を入れているのですが、だからと言って「好きなものばかり」を集めて置いているわけじゃないんです。ザラっとした感じのアートもあえて飾っています。
自分の意見ばかりが入っている空間って、私自身はあまり求めていない気がします。それはやっぱり、自分とは異なる何かと対峙したり、雑多な場所に身を置くことではじめて、「自分」というものの輪郭がわかってくるものだから。また、何もかも自分に同調してくれるものばかりだと「怖いな」と感じるというのもありますね。
他者の意見や息吹が入るってとても大切なことで、私はそういった“会話”をアートに求めているような気がします。アートを通じて自分が引き出されるような感覚があるんです。映画などでも同じことが言えると思います。私自身はその小さな積み重ねで、次の自分を生み出しているような気がするんです。
だから、好きなものばかりではなく、気になるものを手に取ることを大事にしているんでしょうね。ちょっと「なんだろう?」と気になることってあるじゃないですか。そういうものを自分の空間に取り込むと、すごく後になって、良さがわかることがあるんです。
#アートと近づくために
「自分から反応していくことで、もっとアートをおもしろがれるようになる」
私自身は中学生の頃からネックレスをつくったり、描いた絵を飾る額縁も自作したりしていて、アートは「見るもの」よりも「つくるもの」という意識が強かったのですが、そうやって自分から“反応”していくともっとおもしろさを感じられると思うんです。
たとえば、海に落ちていた石を見て綺麗だなと思ったら、拾ってみる。そして飾ってみる。自分から反応する、というのはラジオでゲストと会話するときにも通じることですね。Cafuneをつくった理由も、もっと暮らしに能動的にアートを取り込んだらおもしろいかも?という提案を私自身がしていきたいという思いからでした。
そして、反応することを続けていると「終わり」がこないんですよね。人との会話も、空間づくりも、自然に終わりがくるまでは、区切りをつけることに興味がないんです。家の中ではいつも何かをつくっていたり、移動させたりして、ずっと空間が動いているような状態です。
「花瓶に花を飾るとその周りが片付いたりするように、アートも何か飾ってみることから生まれる作用があると思うんです」とクリスさん
アートって見るもの、あるいは買うものという線引きがされがちだけど、「そればかりが楽しみ方じゃないのかも?」とちょっと意識してみることから、もっと暮らしに作用していくのかもしれないですね。
DOORS
クリス智子
ラジオパーソナリティ
大学卒業時に、東京のFMラジオ局 J-WAVE でナビゲーターデビュー。暮らし、デザイン、アートの分野を得意とし、長年ナビゲーターを務めた平日お昼のワイドプログラム『GOOD NEIGHBORS』では2,000人以上のゲストを迎え、心地よいトークを届けてきた。2024年4月からは『TALK TO NEIGHBORS』で、より時間をかけてひとりのゲストと濃密なトークを繰り広げる。
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