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2025.12.17
代々木駅高架下ロッカクアヤコの壁画は何を見ているのか / 連載「街中アート探訪記」Vol.47
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは代々木駅前の高架下にあるロッカクアヤコの巨大壁画である。今年3月に公開され間もないこともあり、鮮やかな色彩と人気作家ロッカクアヤコの作品であることに通りがかる人が歓声を上げるほど。そんな一瞬で心を掴まれるような作品を立ち止まってじっくり見て本質に迫る。
前回は大田区役所の中岡慎太郎作品を鑑賞!

大北:3路線ぐらい交差してる代々木駅前の高架下。ここにロッカクアヤコさんの作品があるんですね。
塚田:以前森山大道を取り上げたときと同じ、災害時の一時避難場所を知らせるシブヤアロープロジェクトの一作です。
大北:ということはどこかを指し示して…はいないですね。大きな絵です。
塚田:指さないパターンもありみたいですね。プロジェクトの中では最近の作品です。

『Untitled』ロッカクアヤコ 2025 @代々木駅高架下 渋谷アロープロジェクト
色の激しさと繊細さが同居する
大北:印刷ではありますが元に描いたものも相当大きそうですね。一枚の絵なのかな?
塚田:つながってはないから4枚描いたってことなんでしょうね。

大北:原色に近い色の強いものがババババッと連なってすごいインパクト。そしてたまにキャラクター的な顔が入る。
塚田:顔がちょこちょこありますよね。魂みたいな状況の顔もある。

大北:魂? あ、白いおばけみたいに。変なのもいるな。
塚田:人間じゃないような雰囲気。揺さぶりをかけてきてますね。
大北:変な、じゃないですね(笑)。揺さぶりをかけてくると言えばいいのか。
塚田:すごく綺麗な色の移り変わりをしてますね。真ん中の女の子の下の青色とか。
大北:ほんとだ。隣り合わせたものの色の組み合わせとか注意しながら描かれてるんですかね。
塚田:色の隣り合わせによって、絵の中に奥行きが生まれています。

大北:青色の内側のぐちゃったところもそれとしての良さがありますね。
塚田:こういう感じは絵画ならではですね。
大北:色の境界があいまいってことですね。混沌としてちょっと怖い印象を生むようなところもあれば、全体で見ればお菓子のパッケージみたいなきらびやかで、ポップさもあるっていうのはすごいですね。

大北:人の頭の中とかこんな感じなんじゃないですか。あれやんなやきゃとか色んなこと考えたり。
塚田:次々にタスクが生まれてるような?
大北:ですね、タスクでなくても無意識に次、また次、ってなにか考えてて言葉になるものもあれば言葉未満のものもあるみたいな。
ロッカクアヤコはどこから来たのか
大北:ロッカクアヤコさん。カタカナ名前でポップな作風。どんな方なんですか?
塚田:とても人気のある作家さんです。通りがかる人の様子を見るとロッカクさんのことを知っている人も多いみたい。元々はデザインの専門学校に行かれてましたが、このスタイルは独学で作り上げたものです。ロッカクアヤコさんが最初に作品を発表し始めたのはデザフェスなんですよね。
大北:へえ、手作りアクセサリーとか買えるコミケみたいなイベントがありますよね。あれってどういうものなんですか?
塚田:オリジナルであればなんでもオッケーという「自由に表現できる場」です。アートに限らず、クラフト系の方もいたりストリート系の方もいたりいろんな人が集まるのが特徴です。
大北:原宿にもデザインフェスタという場所が常設でありますが関係してるのかな。
塚田:そうです。そのデザインフェスタギャラリーがやってるイベントです。ロッカクさんはそこから出発し、世間の注目を集めたのは2006年のGEISAI(※1)でした。
※1…村上隆がプロデュースし、東京ビックサイトで開催する公募展。

大北:GEISAIも行ったことなくて。村上隆セレクト展みたいな?
塚田:いえ、出展料さえ払えば出れるんですけど、ロッカクさんはそこでスカウト賞という賞を受賞して、そこからアート方面で本格的に活躍し始めます。村上隆さんもポップだったり、アニメとか漫画っぽい画像表現をしている作家だからそういった場所で、ロッカクさんのスタイルが受け入れられたという背景があります。
大北:あのポップな絵からの流れなのはなんか納得です。
手で描く身体性とライブ性
大北:写真を撮られてる方も多いですね。
塚田:「何だろうな?」って注意を引きますよね。カラフルですし。
大北:いろんな塗り方をしてますね。タッチが壁の落書きっぽくて合ってるし。
塚田:そうですね。ロッカクさん、手で描いてるんですよ。
大北:えっ! 手で!?
塚田:筆とかはあまり使わないんです。
大北:アクションペインティング(※2)って言うんでしたっけ?ああいう要素もあるんですかね。
塚田:そういう系譜の中で捉えることもできる作品ですよ。つまり絵画を「行為する場」として捉えている。こういった身体的な痕跡もロッカクさんの作品の見どころです。
大北:そっか、これはまるまるロッカクさんの手の痕跡とも言えますよね。
※2…絵の具を垂らしたり飛び散らせたり、絵を描くという行為自体を芸術的な表現として見せる手法。1940年代後半ジャクソン・ポロックを中心に抽象絵画からの流れで生まれた。

大北:手で描く利点は、タッチに独特のものが出るってことですかね。
塚田:そうです。ロッカクさんにとって手は気持ちが乗るっていうか、一番違和感がない方法だったそうです。
大北:直接触れることでやってる側の楽しさも変わりそうですね。
塚田:キャリアをスタートさせたデザインフェスタやGEISAIはとにかくいろんな人が出品するじゃないですか。そこで目に留まるようにライブペインティングをしてたんですって。
大北:「うわ、この人手で描いてるんだ!」ってなりますよね。
塚田:それが作品の力強さも含めて、いろんなところに拡がっていったんですね。

2000年代のGEISAIの功績
大北:デザフェスは絵や工芸のコミケみたいな場所みたいなイメージなんですけど、GEISAIってどういうところなんですか?
塚田:今はもうやってないんですけど、2000年代の日本のアートにとって重要なイベントです。
大北:へえ!
塚田:当時の村上隆さんは日本に欧米的なアートがなかなか根付かないことに問題意識をもっていました。
大北:絵を売ることについてよく発言してますよね。
塚田:そこでいっそのこと日本独特の「アート」を制度として作ってしまおうという野心的なプロジェクトがGEISAIだったんです。
大北:もう和式でいったれと。どんな感じでやったんですかね?
塚田:モデルになったのは美大藝大の文化祭、いわゆる芸祭やコミケ的なものでした。芸術大学には工芸学科とかもあるから、デザインフェスタみたいにクラフトを売ってたりフリマがあったりもするんですよ。
大北:そうか、日本は工芸品が買える場所が人気あるんですよね。
塚田:そこに同時に美術作品が展示される。とてもバラエティーに富んでいて、活気のある空間を村上さんは作り上げたんです。そしてその状況を、そのまま日本のアートマーケットとして立ち上げようとした。
大北:なるほど。日本におけるアートマーケットとはこれだと。高校生スポーツが人気あったりする日本独特の国民文化とも関係してそう。
塚田:そうした中でロッカクさんが出てきた。2010年代に入ると世界各国で展示を経験し、グローバルな存在へと成長します。実はロッカクさんが世界で有名になったのも、ヨーロッパのアートフェアで、同じようにライブペンディングをして、その場で売ってたんですね。
大北:おお、GEISAIやデザインフェスタの現場経験を生かさない手はないと。

大北:実際、よく売れてるんですか?
塚田:めっちゃ売れてます。世界の1980年以降生まれの若手アーティストの売り上げランキングでもランクインするほどですね。
大北:すごいですね!
塚田:2006年に参加したスイスのアート・バーゼルのセカンド・フェア「ヴォルタvolta」でのライブペインティングでは、その場でたくさんの絵を売り上げて知名度を上げました。そしてロッカクさんはそこで掴んだチャンスを、その後の活動に見事に繋げることに成功しました。
大北:ライブ性があるのか。即興性といえば音楽が思い浮かびますが、美術界隈においてもありますかね。
塚田:結構ありますよ。例えば現代音楽ですがジョン・ケージの存在は美術にも影響を与えています。彼のように即興性を取り込んで、いろんな作家が実験的な手法にチャレンジしています。
大北:サイコロ振って偶然性に委ねるみたいなやつですね。
塚田:ロッカクさんの場合はそこまで複雑なコンセプトはありませんが、アクション性があるので即興的な側面のある作品だといえます。
大北:手で描く身体性やライブの即興性がここに宿ってるのかあ。欧米ではダンスが人気だったりするからたしかに人気出そうですね。


少女はどこを見ているのか
大北:少女はキャラクター的な絵ですよね。かわいいキャラを使った絵手紙みたいな形式の系譜がありますよね。私の世代だと326さんという方が。
塚田:その次は一期一会シリーズとかもありますよね。
大北:そういった、若者人気で有名になったのかなと思いましたが。
塚田:おそらく最初はそういう受容もあったかもしれませんが、ロッカクさんはいわゆる若者文化、ユースカルチャーからコンテンポラリーアートに発表場所を変えていきました。
大北:ロッカクさん自身のスタイルは変わんないんですかね。
塚田:画面の抽象度が上がっていってるような感じはありますけど、大きくは変わらないですね。
大北:村上隆さんやアニメの影響を受けた作家さんもユースカルチャーが近いイメージがありますが。その辺りから出てきたわけではないんですよね?
塚田:アニメやマンガが好きということではないそうです。ロッカクさんはそれまでの生活で日常として触れてきたマンガやアニメっぽい要素を自然体で導入してるという感じですね。彼女にとってキャラクターは、絵画に命を吹き込む表現として選択されたものです。

大北:女の子だけの絵とかもあるんですか?
塚田:たまにありますがそういった場合でも背景の色彩がすごく賑やかになってます。
大北:少女みたいなもものがたくさん出てきます。
塚田:この少女のようなキャラクターの目線は面白いですよね。ロッカクさんの描く少女は正面を見てることがほとんどないんですよね。
大北:お、言われてみれば。
塚田:視線は人物画を見るときの見方の一つだと思います。「目は口ほどにものを言う」という言葉がありますが、描かれた人物の目からいろいろ読み取れることも多いんですね。フランスの評論家であるジャン・パリスは『空間と視線』っていう本を書いたんですけど。この本では、絵の中の人物の視線を分類したりしてるんですね。
大北:へえ、人物画における視線の歴史が。
塚田:キリストとかのある種の絶対性を感じさせるような視線だとか、あるいは登場人物同士で会話してるような目線とか。

大北:演劇やドラマでもよく視線について語られますね。ロッカクさんのはその先に人がいなさそうなとこ向いてますね。
塚田:ちょっと明後日のほうをみていて、こちらとコミュニケーションがとれるような感じではないですよね。
大北:ディスコミュニケーション性がある。
塚田:ロッカクさんの目線に対しては、何かを追いかけてるようにも何かから逃げてるようにも見えると指摘されてます。
大北:現代の問題がどんどん紐づいていきそうですね。
塚田:ロッカクさんの他の作品にも比較的共通して言えるんですが、そんなちょっと正体不明な不思議さがあります。目線に関して言うと、奈良美智と比較して考えてみるのもいいかもしれません。
大北:あ、そうだそうだ、こうした特徴的な目をしたキャラクターっぽい少女の絵というと奈良美智作品があるんだ。
塚田:でも奈良さんはまっすぐ鑑賞者を見返してくるタイプのものも作ってるんで。目線の扱い方に違いがあります。

大北:通りがかった人が「ロッカクアヤコだよ、有名だよ」って言ってましたね。
塚田:認知されてますね。キャリアを固めたのは海外での実績ですが、3、4年前に千葉の美術館でも個展をやって、非常に順調な人です。まだ40歳ちょっとですし。
大北:それにしてもデザフェスに出る人からしたら夢のある話ですよね。
塚田:もちろんいろんなハードルを乗り越えてきたと思うんですけれども。夢はありますよね。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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