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- 「受け継いだ作品に、会話や空間の記憶が詰まってる」わざわざ・平田はる香が語る、アートのもたらす体験価値 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.16
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2023.09.29
「受け継いだ作品に、会話や空間の記憶が詰まってる」わざわざ・平田はる香が語る、アートのもたらす体験価値 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.16
Edit / Quishin & Miki Osanai
Photo / Naohiro Kobayashi
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
今回お話を伺うのは、長野県東御市でパンと日用品の店「わざわざ」を営む平田はる香さん。平田さんは「わざわざ」を含め4つの店を経営されていて、そのひとつが「問tou」という喫茶と本とギャラリーのお店。店内にはこれまで平田さんが集められてきた作品が多数展示されています。
全国各地のギャラリーを巡るほど、アートが大好きだという平田さん。はじめて手にしたアートやお気に入りのアートを聞いていく中で見えてきたのは、「作品を大切にしてくれる人たちに受け継いでいきたい」という、アートに対する思いでした。
渡辺有子/ 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.15はこちら!
# はじめて手にしたアート
「その時は買えなかったけれど、のちに迎え入れた船山滋生さんの絵」
今までかなりたくさんのアートを買っているので、実ははじめて購入したアート作品の記憶は曖昧なんです。でも、「購入したい」とはじめて明確に感じた作品は覚えています。
それは、船山滋生(ふなやま・しげお)さんの絵画。東京から長野県の東御市にうつられて彫刻や画家としての作家活動をされていた方で、私が32歳のとき、ふらっと立ち寄った作品展でこの絵に出会いました。
船山滋生さんの絵画
船山さんの作品は「問tou」のカウンタースペースに飾られている。取材は問touで行った
それまでは、人の顔が描いてあったり、テーマがはっきりとしている絵ばかり見ていたのですが、船山さんの作品を見た時に、抽象的なのに本当に雨が降ってるように見えて。雨が降って霞んでいる情景がぱっと目に浮かび、吸い込まれるような気持ちになったんです。
出会った瞬間、絶対にほしいと思ったのですが、価格が数十万円で当時は買えませんでした。でもずっと忘れられなくて心に残っていて。船山さんが2011年に亡くなり、そのあとに奥さまとお会いする機会があって、この作品を含めて3点購入させていただきました。すべて問touに飾っていて、どれも大切にしています。
船山さんの絵画は、問touの入り口から入ったところの壁にも飾られている
# アートに興味をもったきっかけ
「フェルメールがきっかけで、アートを見るよろこびに気づきました」
アートに興味をもったのは、20代の頃にBRUTUSの特集「君はフェルメールを見たか?」を読んだことがきっかけです。当時雑誌の編集部でアルバイトをしていたこともあって、その特集の濃さに感動し、ボロボロになるまで読み込みました。
実際に雑誌で紹介されていたフェルメールの展覧会にも足を運び、そこからいろんな美術館に通うようになりました。
それまでは、美術館に行ったとしてもアート一点一点を凝視したことはなかったんです。さーっと見て通り過ぎたり「すごいな」と思うくらい。でも、光の当て方や細かな描写にまで目を向け、耳を傾かせてじっくり観察することの素晴らしさに気がついて。今では、近づきすぎて美術館の人に怒られるくらいじっくり見ちゃいます(笑)。
いろんな美術館に通ううちに、自分でもアートを手に入れたいと思うようになりました。それで、まずは手頃な値段でアートを買えそうな骨董市に通うようになったんです。でも知識がないと、本物かどうか、どんな価値があるかの真偽がわからないんですよね。わかりたいから勉強するようになり、本や雑誌、テレビなどでアートについて学び、また見に行く。それを繰り返しているうちに少しずつ知識が増えていき、いろんなジャンルのアートを購入して楽しむようになりました。
# 思い入れの強いアート
「ギャラリーの思い出が詰まっている」
思い入れのあるアートは、こちらの3点。それぞれ、全国各地のギャラリーでの思い出が詰まっている作品たちです。
たとえば一番左は5年ほど前に、ふと歩いていて見つけた岡山のギャラリーで購入した、吉村昌也さん制作のお皿です。もうなくなってしまったのですが、ドローイングや陶器など、幅広い作品が20点ほど置かれていて、センスがよく本当に素敵な場所でした。
唐津にある隆太窯さんの作品も置いてあり、それに気づいたのをきっかけにオーナーさんと盛り上がって。近くの本屋さんを紹介してもらうなど、3、4時間は話し込んでいたと思います。
その方に言われた「ギャラリーは、大切にしてくれる人たちに作品を受け継ぐためにある」という言葉は、今でも忘れられない大切な言葉。その言葉を聞いたときに、私もアートを継いでいこうと決めました。
ほかの2点も、語り出すと止まらないほど思い出があります。中央の陶器は、銀座のギャラリーで出会った中国の唐時代の置物。右は同い年の木彫作家・クロヌマタカトシさんの彫刻です。
どれもアートを見るだけで、当時の会話や空間の記憶を思い出します。私は作品を「もの」としてだけではなく、自分とはまったく違う視点を持った方々のお話を聞ける「体験」の価値を含めて購入しているのだと思います。
問touはギャラリーと言っていますが、私が店頭にあまり立っていないこともあり、まだお客さまたちと「作品を受け継ぐ」ためのコミュニケーションは取れていません。いつか私の集めた作品を本当に大切にして継いでくれる人と出会うための場所を開きたいなと思っています。
# アートと近づくために
「素直さと学ぶ姿勢。そして実際に買ってみることがオススメです」
ギャラリーに入った時、「こんなことを聞いてもいいのかな」とか、「何かを知っていなきゃ話しちゃいけないんじゃないかな」と思うかもしれませんが、臆せず話してみてほしい。素直さや学ぶ姿勢があると、きっと受け入れてもらえると思います。
……と言いつつも、多少の受け答えができることがギャラリーの人が信用してくれるポイントだと思うので、素直さに加えて勤勉さも大切ですね(笑)。
あとは、実際にいいなと思う作品に出会ったら、買ってみることをおすすめしたいです。購入は、「自分がそれに価値を見出している」という気持ちの何よりもの証明。相手に好きだという気持ちを伝えているようなものですから。そこから始まることもあると思いますよ。
# アートの飾り方
「混在させて飾ることで、自分になる」
問touにも家にもアートはたくさん飾っていますが、特に飾り方を決めているわけではありません。ただ、ポツンとひとつだけ置くよりも、いろんなものを混在させて飾ることが好きですね。
ミックスすることで「自分になる」という感覚があるんです。裸の像が好きなんだなとか、抽象画と人間が好きなんだなとか、集めることでわかる自分がいる。
問touの一角。置物、絵画、写真集、花器などさまざまな作品が飾られている
平田さんのご自宅
でももしかすると、カオスにしたいのは純粋に恥ずかしいからなのかも。一個だけ置いておくのって、「これが好きです」「これが一番だ!」って言っているようで恥ずかしいんです(笑)。ごちゃっとした空間のほうが安心できる性格なのかもしれません。
# アートのもたらす価値
「より自分の美しいと思う感性を大切にできるように」
アートに出会ったことで、物事への見方の深度が生まれたように思います。ものの歴史を知りたいとか、それを作った人のことを知りたいとか、アートにはなぜかそう思わせる力がありますよね。
あとは、アートについて学んでいるときに出会った、随筆家の白洲正子さんの「見立て」の概念(※)や、美術評論家のジョン・バージャーさんの「美しいものは美しい」といった考えにはすごく影響を受けています。
(※)見立ての概念……置物を花器として使うなど、本来とは違う用途を自ら見出すこと。
その言葉に出会ってからは、知識だけではなく、自分の感覚をより大切にするようになりました。何を好きでもいい、どれを美しいと思ってもいいというのはアートが肯定してくれたことですね。
私は最近、「美しい経営がしたい」とよく口にするのですが、その美しさの価値観を支えてくれているのもアートなのかもしれません。自分の中にこんなにも深くアートが存在していたことに、あらためて気が付く最近です。
〈問tou〉
開館時間:10:00 - 17:00
休館日:火曜日・水曜日
住所:長野県東御市八重原1807-1
公式HPはこちら
〈パンと日用品の店 わざわざ〉
開館時間:9:30 - 16:00
休館日:月曜日・火曜日・水曜日 ※イベント期間中は変更あり。
住所:長野県東御市御牧原2887-1
公式HPはこちら
DOORS
平田はる香
パンと日用品の店「わざわざ」代表取締役社長
パンと日用品の店「わざわざ」代表取締役社長。2009年、長野県東御市の山の上に趣味であった日用品の収集とパンの製造を掛け合わせた店「わざわざ」を一人で開業。2017年に株式会社わざわざを設立した。2019年東御市内に2店舗目となる喫茶/ギャラリー/本屋「問tou」を出店。2020年度で従業員20数名で年商3億3千万円を達成。2023年度に3,4店舗目となるコンビニ型店舗「わざマート」、体験型施設「よき生活研究所」を同市内に出店。初の著作「山のパン屋に人が集まるわけ」がサイボウズ式ブックスより出版。
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