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- 猪飼尚司の「リノベした空間で、アートを飾る暮らし」/ 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.8
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2023.02.17
猪飼尚司の「リノベした空間で、アートを飾る暮らし」/ 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.8
Text / Miki Osanai
Photo / Takako Iimoto
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは、デザインジャーナリスト・編集者の猪飼尚司さん。2度リノベーションしたこだわりの住まいに暮らす猪飼さんは、アートと日用品のプロダクトを境目なく愛でる人です。そんな猪飼さんがはじめて手にしたアートとは? アートを含め、こだわりのアイテムのある部屋で暮らすことで訪れた生活の変化まで話が広がっていきました。
ギャラリー巡りがアートの扉を開いた
アートが飾られた、猪飼さんご自宅のリビング
──デザイン、アート、建築分野中心に取材・執筆を行う猪飼さんは、どういったことがきっかけで、アートの世界へと近づいていったのでしょうか?
大学生の頃、雑誌『Weeklyぴあ』で編集のバイトをしていたのですが、そこでアート欄のギャラリー担当になったことがきっかけです。
情報誌なので、どこで何が開催されるかという情報を載せるのですが、そのためにギャラリーの位置情報を毎回マッピングしないといけなかった。ネットがない時代にギャラリーの住所から地図を開いて、1番、2番、3番と番号を振らないといけないのが自分はもう、面倒くさくて(笑)。
そこで、「都内だったら場所を覚えちゃえばいい」とギャラリー巡りをするようになったんです。それがたぶん、自分の中でのリアルな“アート体験第1弾”かな。
──ギャラリー巡りの経験は、猪飼さんのアート観にどのように影響しているのでしょうか。
やっぱりアートって、どうしても見た目の美しさやすごさみたいなことを語られがち。でもその裏に、アーティストの思考や感情、生きてきた人生の全部が収まっているものなんです。そういう話を聞いたり、自分で調べていったりすると、いろんな形で作品を読解できるようになるんだと思えました。
芸術家の草間彌生さんに初めてお会いしたのも、その頃。草間さんの作風はよく、その尋常じゃなさみたいなことが際立たせられるけれど、お会いしたときにとても美しい日本語を使う方だと感じたんです。だから作品づくりに置いても、じつはすごく緻密なことをされているんじゃないかと思った。のちに取材させていただく機会があったとき、それは確信に変わりました。
また、アーティストだけでなく、ギャラリーの人にもおもしろさを感じていましたね。
──ギャラリストにも?
大学生の頃、不思議だったんです。「オープニングパーティーに、なぜこんなに人がたくさん来るんだろう?」って。90年代は大きいギャラリーがなかったのですが、こんなに小さなギャラリーに誰が何を求めて来ているのか、とても興味深く思っていました。
大きな会社が世の中を動かすというのはわかりやすい話ですけど、そこでは、ギャラリストの行為が社会を動かしているように見えました。
ちょうど大学生で、周りは就職を考えていたりもしていたけど、自分はギャラリーでアウトサイダー的な人たちと出会ったから、自分の人生もどうにでもなると生きてきたのかもしれない。当時はジャーナリストになりたかったので、その後、アートジャーナリストを志してフランスへ行ったんです。
──フランスではどんなことを?
現地で仲良くなったアーティストたちがつくっていた雑誌を、一緒に制作していました。最初は作品集だったのですけど、途中から記事もつけるようになって雑誌のようになりました。家の中にも飾っています、あの赤の敷いてある表紙の冊子ですね。
雑誌をつくっていたメンバーとはほぼ毎日会って、「あれがおもしろいんじゃないか」「あの人に取材に行こう」みたいなことを話していました。自分たちで印刷から製本、手売りまでして、ミュージアムショップやレコードショップなどに置かせてもらっていました。
リノベと額装店との出会いから、飾りはじめた“第1号のアート”
──20代の若い頃から、国内外で広くアートと関わってきた猪飼さんがはじめて手にしたアートについて教えてください。
友人や知人からもらったものも多いので、本当のはじめてのアートは曖昧なのが、正直なところ。つながりなく購入したものは、アートも、家の中の家具も、あまりないかもしれません。ちょっと作家さんや場所とのつながりがあったり、取材の機会で知ったりなどから、購入したり、もらったりしたものが多いですね。
そういった前提がある中で、Antoine+Manuel(アントワーヌ・エ・マニュエル)のリトグラフは、意識的に手に入れたアートの第1号かもしれません。
Antoine+Manuelはフランスのグラフィックデザイナーで、ふたり組で作品をつくっているんです。会ったのは、一緒にご飯を食べたのが最初ですね。そのあと彼らの自宅に取材をしたときに、この作品を気に入りました。それを伝えたら、後日自宅に送ってくれたんです。
Antoine+Manuelのリトグラフ
──猪飼さんが惹かれたポイントは?
当時、とても可愛い作風だと思ったんですよね。それまで可愛いという視点でアートを意識したことがなかったことと、Antoine+Manuelのふたりのバランスがおもしろかった、というのがあったかな。
作品については、すごく可愛いけれど、よく見ていくと怖い要素や気持ち悪いような要素も入っていて。当時好きだったサブカル的な魅力もありましたね。
でも、2000年前後にもらってからずっと、ロール缶の中にしまったままだったんです。
──自宅の中に飾ろうと思ったのには、どんなきっかけが?
自宅をリノベーションしたことと、目黒八雲にあるnewtonという額装屋さんに出会ったタイミングが重なったことも、きっかけですかね。
newton・オーナーの鷹箸廉さんは、アート展を開催したりなどギャラリー的なことをやられている方なんです。オリジナルでフレームをつくることから、フレームと作家の作品を一緒に紹介している。
取材をさせていただいたときは、そもそも額をオリジナルでつくれることからおもしろいと感じました。newtonと出会ったことで、完成しているフレームに当てはめるのではなくて、木の種類から、色、マウントの仕方も全部選べる楽しみができたんです。
アートとデザインを境目なく愛でる
──額装へのこだわりだけでなく、ご自宅のお風呂場にもアートが置かれていたりと、猪飼さんからは「飾る楽しみ」を大切にされている印象を受けます。
今みたいにたくさんアートを飾るようになったのは、この10年くらいです。というのも、家を購入してリノベーションしたというのが大きくて。やっぱり、家を購入してちゃんとセッティングができるようになってようやく、飾りたい欲求が出てきた。
それまで、アートを飾らないという強い意志があったわけじゃないんです。でも、借り物の中に、本物を置くと、何か違和感がある気がして飾っていなかった。購入した家をさらにリノベーションして、空間自体が借り物じゃない感覚に変わったのかな。
それは家具も同じ。デザインの仕事をしている割には、家具もあまり持っていなかった気がします。仕事柄、情報はたくさん入ってくるし、欲しいものはいっぱいあったのですけど。
──欲しいものを手にしてからそれを飾る空間を考えるのではなく、空間を考えてからアートやプロダクトを購入したり飾ったりするという順番に、猪飼さんの感性が現れている気がします。
つい最近も欲しいものがあったのですけど、サイズを測ったら大きくて、置きたいところに置けないと分かったんです。2回ほど見に行ったけど、買わなかった。置くとしたら、まずは場所をつくらないといけないと思っちゃうんですよね。だから、コレクター的な選び方ではないんです。
よく、「アートとデザインの違い」みたいなことも聞かれるのですが、自分の中ではそこの違いはまったくなくて。
バスルームにもアートを置いている猪飼さん。バスルームも含め、玄関周りの扉を取り除いてキッチンと一体にするなど、自宅の空間も境目なく扱っている印象を受ける
例えばこのキャンドルホルダーはアーティストのタカノミヤがつくったものですけど、穴のサイズがバラバラ。
使うためにキャンドル自体を削らないといけないから、機能的じゃないんです。でも可愛いから使っている。機能的なものと感覚的なものが同じレベルなんですよね。「飾れるか飾れないか、自宅のこの場所に置きたいかどうか」で、購入している感じかな。
──アートって購入するのもそれを飾るのも、ともすると特別な感情みたいなものが入りがちだと思うのですけど、猪飼さんは特別視せずにフラットな視点で関わっているのだなと感じます。
親の友人に画家がいて、その方の絵が家に飾られていたり。母が美術館巡りが好きだったり。子どもの頃からアートが身近にあったと言えば、そうだった気がするんですよね。だから特別なものとは思っていなかったのかもしれない。
それから、実家が日本家屋なんですよ。一緒に住んでいた叔母がお花をやっていて、仏間にはお花と掛け軸があった。そこで祖母がお茶を立てる光景が日常でした。それを意識的に見ていたわけではないけれども、何かそういう風景も、周り回って自分の中に残っているのかな。
アートはリミッターを外す、いい装置
──アートや家具をこだわりの自宅に置くようになって、ご自身に訪れた変化はありますか?
家の中のいろんなところにいるようになったかもしれないです。常に“入れ替え戦”をしているからですね。例えば、今はリビングの一角に絵が5点飾られているけど、そのうちの数点をバスルームに置いたり、棚の上に置いたりしていた時期もあるんです。
いろんなところにいるようになった理由は、家具にもあると思います。椅子の数は、友人に「ひとり暮らしなのにこんなにいる?」と言われるほど座り替えては、家の中のいろんな方向をぐるぐる見渡しています。
──模様替えのように常に入れ替え、決まったところで過ごさないのは意識的にやっていることですか?
うーん……。何か、同じ場所にいると思考が固まっちゃう気がするんでしょうね。だから照明の位置も固定できないんですよ。ここ、って固定しちゃうと机も照明の下に置かないといけないし、そうしたらそこにいなきゃいけないと思っちゃうから。
──アートを飾ることには、思考を柔らかくする側面があるのかもしれないですね。
そうですね。だからアートって何か、リミッターを外すためのいい装置なんじゃないかな。例えば、「この空間は書斎です」「ここはリビングです」と決めちゃうと、型通りの空間セッティングに収まってしまって、自分らしさが見えてこない。こうじゃなきゃいけないって思考を外すものが、アートなのかもしれないですよね。
DOORS
猪飼尚司
デザインジャーナリスト/編集者
大学でジャーナリズムを専攻後、渡仏。帰国後フリーランスとして執筆、編集活動を開始。デザイン誌の専属編集者を経て、『Pen』『Casa BRUTUS』等で執筆。デザイン分野を中心に、建築、アート、工芸まで取材活動を行う。企業コンサルティングや、展覧会の企画なども手がける。2023年5月に開催するセシリエ・マンツの国内初個展のキュレーションも担当する。
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