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- 臨床心理士の東畑開人が巡る、建築家・金野千恵が手掛ける「春日台センターセンター」 / 「居場所のかたち」対談 ―前編―
INTERVIEW
2022.07.01
臨床心理士の東畑開人が巡る、建築家・金野千恵が手掛ける「春日台センターセンター」 / 「居場所のかたち」対談 ―前編―
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
神奈川県の愛甲郡愛川町に今年3月にオープンした「春日台センターセンター」(社会福祉法人愛川舜寿会運営)は、高齢者介護や就労支援、障害児への福祉サービス、さらにコインランドリーや寺子屋など、いくつもの機能をもった地域の拠点です。地元の人に親しまれたスーパーマーケットの跡地を利用した横長の建物には、行政的な区分を超えた複数の「ケア」の現場が混在。高齢者から小学生、障害のある方や外国ルーツの方まで、さまざまな人が時を過ごしています。
世代も背景も異なる人たちが、自然体で「ともに居る」ことのできる空間とはどのようなものなのか? 今回は、『居るのはつらいよ』や『心はどこへ消えた?』などの著作で知られる臨床心理士の東畑開人さんが、この施設を訪問。建物の設計者で、過去に多くのケア施設を手掛けてきた建築家の金野千恵さんと一緒に建物を巡りました。さまざまな人々にとっての居場所となる春日台センターセンターのデザインを紐解きます。
都心から車で約60分。緑豊かな神奈川県の愛甲郡愛川町にオープンした春日台センターセンター。
今回の対談前に金野さん(写真右)と、施設を運営する社会福祉法人愛川舜寿会の馬場拓也さんに施設を案内してもらった東畑さん(写真左)。
春日台センターセンターの介護施設。街のコミュニティスペースからも皆さんの様子を望むことができる。
建物2階にある寺子屋。障害のある人の軽作業のほか、外国にルーツを持つ子どもたちや不登校の子どもたちの学習支援、相談などにも使われている。
建物1階にあるコインランドリー「洗濯文化研究所」。若い単身者からお年寄りまでが利用する。
春日台名物のコロッケバーガー。この建物が出来る前にこの場所にスーパーマーケットがあり、子どもたちが大好きだったコロッケが名物だったことからコロッケバーガーとして復活したのだとか。
「居られる場所」のヴァリエーションを増やす
――今日は対談の前に、金野さんや、施設を運営する愛川舜寿会の馬場拓也さんのご案内で春日台センターセンターを見学させていただきました。東畑さん、回られてみていかがでしたか?
東畑:めっちゃ楽しかったです。(金野さんに)どうもありがとうございました。
金野:いえいえ、遠方はるばる来ていただいてありがとうございます(笑)。
東畑:僕、見学しながらずっと感じていたことがあって。それは、「あ、これは村を作っているんだ」ってことなんです。
この施設では、個室が極力減らされています。僕の普段の暮らしでは、周りは個室だらけです。カウンセリングルームも、自室もみんな個室。そもそも僕はできるだけ個室に閉じこもっていたい人間なんですが、でもそれって僕がまだ30代で、いろんな意味で元気だからできることなんですよね。それに対して、この施設におられる子どもやお年寄りの方々は、個室では栄養が足りなくなってしまう人たちです。つまり、他者との関係性という栄養を得るために、ここでは村の広場のような空間が作られている。
見学中、グループホームに入居されているバレーボールのコーチだった男性が、以前の施設では問題が多かったのに、この施設では放課後に集まる子どもたちに触れ、生き生きしているというお話がありました。周囲がうるさいというのは、人と一緒に居ることの証拠なんですね。そこから栄養がもたらされる。そんなコミュニティづくりに挑戦されていることに、非常に感動しました。
村的な場所を設計するうえでは、どんなことに気を使われたんですか?
金野:村的な場所、嬉しい表現ですね。ケア施設の設計に関わっていると、個々の施設でまるで事情が異なるし、その場所の環境も特色があり、関わる前には見えなかった利用者さん一人一人への解像度が高まり、現場ではいろいろ起きていることがわかってきました。一方、いわゆる建築計画学に基づいて設計されるプランでは、誰だかわからない標準型の人間がモデルにされることが多いんです。
――「30代男性」「60代女性」のような?
金野:そうです。だけど、ケア施設に関わると、その「標準型」って一体どこにいるの?って気持ちになるんです。私の中にも、アクティブな日も、落ち込んでいる日もある。個人の中でもこれだけ幅があるのに、人間を同じ型に入れるのは不可能だよなって。
そうしたなかでこの建物では、明るい/暗い、狭い/広い、人が近くにいる/いないといった場所の種類を豊かに作ることを目指していたので、施設というよりも、村やまちの風景を目指していた、という方が近いかもしれませんね。
建物の2階にあるバルコニー。人の視線が行き交う1階スペースに比べて、ここは人の気配も少ない。ちなみにこのデッキの近くに月額で利用できる個室コワーキングスペースがある。
東畑:建物の裏側に、学校だったら不良が隠れてタバコを吸うようなバルコニーがありましたよね(笑)。あれも良かったなあ。
金野:そういう風に、ある人がそのとき欲しい居場所を見つけられる、その場所の種類をたくさん作ることが大事なんだと、このプロジェクトを通して学びましたね。
春日台センターセンターを設計するにあたっては、「あいかわ暮らすラボ」というコミュニティを立ち上げ、近所の方たちと6年にわたり交流してきました。下は中学生から、上は80代まで、地域の幅広い世代の人たちと対話を始めた最初の頃は、この人たちが一緒に居られる空間とはどんなところか、と悶々考えていました。でも、これは「町」と「一人の居場所」を同時に作ることなんだと徐々に見えてきて、設計が始められました。
――金野さんは、設計するにあたってケア施設に寝泊まりされたそうですね。
金野:そうなんです。やっぱり自分が実感が沸かないと設計ができず、寝泊まりしてその環境を感じてみることもありました。具体的な現場に入ってみると、どんな大きい組織でも、スタッフの人を動かしているモチベーションはたった一人の障害のある子や、一人のお年寄りの存在だったりする。そして、ある場所で生きている人たちの中には、ほかのものでは代替できないことや、持続している問題意識、その土地ならではの人の関係性など、「確からしさ」を感じさせる何かがある。どこでもありうる平均的な場ではなく、そうした個別具体的な感覚から設計することを大切にしています。
春日台センターセンターのすぐとなりにある春日台会館で「あいかわ暮らすラボ」は行われていた。地域住民が集いこの場所にはどんな機能が欲しいのか対話を重ねた。
「開く」と「閉じる」の共存
建物内を通る一本道から2階を望むと、共用デッキにいる人の気配を感じることができる。
――さまざまな人がお互いの気配を感じたり、関わったりすることもできるし、一方で自分自身としてしっくりする場所を見つけることもできる。そうした場所性の共存がどのように可能なのかも気になりますね。
東畑:ただの物理的な個室をつくるのは簡単そうだけど、「一人でいられる場所」をつくるのは難しいですよね。つまり、隠れ家的な場所が必要なわけで。ただの個室だと、監禁部屋みたいになってしまいがちです。
金野:そうなんです。とくに福祉の世界では、個室って「何平米以上」「採光が取れる」という風にすごくドライに定義されるので、決して個室=個であるための空間ではないんですよね。もちろん福祉の制度上、個室は作るんですけど、より重要なのは、「静かな日陰にいたい」とか、「背中をつけて座りたい」とかいった、アフォーダンス的な身体の受け止めのヴァリエーションを増やすこと。実際、この施設では、昼間に個室にいる方はほとんどいないんですよ。
東畑:あ、でも2階の中央では個室をワークスペースとして貸しておられて、見学中も生産年齢のプログラマーの方がお仕事をされていました。あれを見ると、やはり個室というものが、労働と深くかかわっていることを感じますね。
金野:そうですね。あるサイズの空間を自分でオーガナイズして仕事場にするのは、生産年齢の世代の空間へのアプローチだと思う。対称的に、先ほどの元コーチの男性はこの土間の椅子によく座っています。日陰で少し安全だけど、子どもたちが見えるから。そういう風に個人によって自分のスペースの作り方、感覚のオーガナイズの方法が違うんだなと感じます。
土間スペースの隣にある日陰の椅子。
東畑:遠くに人が感じられることに安心を覚える人もいますよね。ここではグループホームの1階と2階が小さな網の開口部でつながっていました。あれも素晴らしかった。一人でいるんだけど一緒にいる感じ、つながりつつ一人でいられる工夫が至る所にありました。
金野:賑やかな空気は好きだけど、自分がその場にいない方がいいと感じる人もいて、そういう人は2階から下の気配を感じたり。それは利用者だけでなくスタッフも同じで、一人で休憩する人も、学習室をつかってる高校生に混じってお弁当を食べる人もいるんですよ。
土間スペース、高齢者介護スペースの間に通る一本道。様々な人々の営み、生活の気配にあふれる。
――1階と2階をつなぐ吹き抜けや網の隙間のほかにも、一応機能ごとに分かれている建物を一本の通路が貫いていたり、建物の各所で視線が行き交うようになっていましたね。
東畑:そうやって空間が混じりながら、区切られていることが大事な気がするんです。だから、居場所を見つけられるんじゃないかなと。全部つながっていて、ただの広間だと、やっぱり……。
金野:居心地が悪いですよね。なので、じつは結構死角も多くて。ただ、それをケアや管理という観点で、ここの法人さんから否定されたことはないんです。それも長い年月をかけて話してきたからこそ、そうした価値観をみんなで共有できたということがあると思います。
後編はこちらから:“アート” “ケア” “つながり” を臨床心理士・東畑開人と建築家・金野千恵が考える / 「居場所のかたち」対談 ―後編―
ふんわり引き込もれる居場所
1階にあるだれでも利用できる土間スペース。お昼は高齢者が、放課後は学生たちが勉強で利用する。
――いまのお話は、居場所には、「閉じる」ことも必要だということなんですか?
東畑:そう思います。心理学的に言えば、例えば被害妄想や幻聴というのは、「自分」というものの境界に穴が空いて、侵入されたり漏れ出てしまっている状態なんですね。それがうまく包まれて自分の境界が安定すると、安心できる。引きこもらなくてはいけなくなるのは、この境界をうまく閉じられないときです。とはいえ、引きこもれば引きこもるほど、逆に外の世界が怖くなってしまう。だから、ふんわりと引きこもることが重要で。
金野:なるほど。ふんわり引きこもる。
東畑:ケアの文脈では、それは関係性によって生まれる状態です。その安定性は、頼れるんだけど侵入してこないという人間関係が積み重ねられるなかで出てくる。ここではそれが空間の中で体現されているように見えて、非常に印象的でした。
金野:「ふんわり引きこもる」で言うと、じつは土間の後ろにあるこの引き戸も、半分透けているんです。
東畑:本当だ! 障子みたい。
金野:雰囲気で向こうにいるなと分かるけど、完全には見えない。気配だけを感じられる、空間的な工夫です。
設計をしつつスタッフさんにお話を聞くと、当たり前ですが、みなさんすでにとても頑張っている。だから、建築でサポートできる部分を見つけたい、という思いが強かったですね。
土間スペースにある引き戸。少し透けいているためここに誰かがいるのか感じ取ることができる。
後編では東畑さんと金野さんによるアートとケアの話などさらに展開していきます。
DOORS
金野千恵
建築家
神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。2005-06年 スイス連邦工科大学奨学生。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)。2011年より神戸芸術工科大学助手。2015年一級建築士事務所tecoを設立。2018年より東京藝術大学非常勤講師、2021年より京都工芸繊維大学 特任准教授に就任。住宅や福祉施設の設計、まちづくり、アートインスタレーションを手がけるなかで、仕組みや制度を横断する空間づくりを試みている。主な作品に住宅『向陽ロッジアハウス』(平成24年東京建築士会住宅建築賞金賞、2014年日本建築学会作品選奨 新人賞ほか)、高齢者幼児複合施設『幼・老・食の堂』(SDレビュー2016 鹿島賞)、ヴェネチア ビエンナーレ建築展2016 日本館 会場デザイン(特別表彰 受賞)、『カミヤト凸凹保育園』など。主な著書に『WindowScape窓のふるまい学』(2010、フィルムアート社、共著)。
DOORS
東畑開人
臨床心理士
1983年生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。臨床心理士・公認心理師・博士(教育学)。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学で准教授として教鞭をとった後、現在白金高輪カウンセリングルーム主宰。著書に『野の医者は笑う―心の治療とは何か』(誠信書房2015)『日本のありふれた心理療法―ローカルな日常臨床のための心理学と医療人類学』(誠信書房2017)「居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書」(医学書院 2019)「心はどこへ消えた?」(文藝春秋 2021)「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」(新潮社 2022)など。訳書にDavies『心理療法家の人類学―心の専門家はいかにして作られるのか』(誠信書房 2018)。2019年、『居るのはつらいよ』で第19回大佛次郎論壇賞受賞、紀伊国屋じんぶん大賞2020受賞。
volume 02
居場所のかたち
「居場所」はどんなかたちをしているのでしょうか。
世の中は多様になり、さまざまな場がつくられ、人やものごとの新たな繋がりかたや出会いかたが生まれています。時にアートもまた、場を生み出し、関係をつくり、繋ぐ役目を担っています。
今回のテーマではアートを軸にさまざまな観点から「居場所」を紐解いていきます。ARToVILLAも皆様にとって新たな発見や、考え方のきっかけになることを願って。
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