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2023.07.14
山口晃が描く名所絵の現在を見に日本橋駅へ / 連載「街中アート探訪記」Vol.20
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は東京メトロ日本橋駅にある山口晃による日本橋を描いたステンドグラス作品である。江戸時代からつづく商業地としての日本橋に伝統絵画の手法を取り入れる山口はどんな作品を制作したのか。
前回は東京メトロ溜池山王駅近くを探訪しています!
大北:ありました。ネット上には古い情報もあり迷いましたが日本橋駅B1出口に今あるみたいですね。
塚田:よかったよかった。
大北:うわー、すごい。昔の日本橋? あれ? たいめいけん?
塚田:洋食屋さんの。これ布団の西川ですね。
大北:じゃあ現代なんだ。 そうか建設現場のクレーンとかも描いてますね。
ステンドグラス『日本橋南詰盛況乃圖』 原画・監修:山口晃 東京メトロ銀座線日本橋駅B1出口付近
場所と歴史が交錯する山口晃の名所絵
大北:解説文がありますね。「江戸から現在まで様々な街並みが混在している」「当時の街区の様子がわかるように書かれたところもあり」へえー
塚田:ぼくたちはこの絵で言うとここから入ってきたわけですよね。
大北:ほんとだ「You are here」って書いてますね。
塚田:めっちゃ細かい!
大北:ウォーリーを探せみたいな気持ちになりましたね。
塚田:こうやってみるとやっぱり水の街だったんですね、水路が至るところにあって。
大北:物運ぶのに便利だったんでしょうね。
塚田:そういえば路面電車もあったんですね。
大北:美術よりもタモリさんみたいな視点になってしまいますね。
塚田:銀行もあって大工町っていうのは大工さんが結構いたみたいですね。金融もあり、商店もあり…こんな街だったんですね、日本橋って。
大北:いやー、これもうめちゃくちゃファンの多い作品ですよ。地図、地理、歴史ファン、ウォーリーを探せ的な要素もあるし。
塚田:ウォーリーは来てみないとわからなかったですね。
大北:ちっちゃいところを見ても面白いし、でっかく見ても面白いしこれは人気が出ますな……
塚田:江戸時代から「名所絵」って呼ばれるジャンルがあるんですよ。
大北:あ、名所絵、東海道五十三次。
塚田:もそうだし、鉄道が発達した大正時代にはパンフレット代わりにこういった上から見た鳥瞰図を描く人気の画家で、吉田初三郎さんっていう人もいたりだとか。
大北:へえー。
塚田:こういう名所を描いて人気を博す人って、江戸時代からポツポツいるんですけど、現代において、そういうことをやっているのが山口晃さん。
大北:名所を描く系譜があるんですね。
塚田:山口さんがブレイクしたのは、六本木ヒルズができた頃ぐらいの『東京圖 六本木昼図』っていう作品がきっかけです。ヒルズを中心にして周囲を空からの視点で描いた絵で一般的な認知を得たんですね。
大北:えー、すごい。まんまこれってことでもありますね。
時代を混在させている
塚田:なのでその延長線上でこういったお仕事も舞い込んでくると。
大北:時代をごちゃ混ぜにしてるのも六本木ヒルズの時から?
塚田:そうです、時代をごちゃ混ぜにするのは山口晃の特徴です。さっき見つけて可笑しかったんですけど、現代のところを描いてるはずなのに馬に乗ってる人がいるんですよね。こんな細かいところまで時代を混在させてる。
大北:あ、これ三輪の自動車だ。でも周りにあるものは現在っぽいし、本当に混在させるんだ。へえー。
塚田:信号に屋根瓦があって、こんなのがあるわけないとは思うんですけど、こういうユーモアがおもしろいです。
大北:そっか「あるわけない」も混ざってるんだ。
塚田:遊び心がすごい。
ステンドグラスに職人の技
大北:ステンドグラスの定義ってなんですか。この区切られている太い黒い線があるってことですかね。
塚田:一般的なイメージだとそうですよね。線で区切られて色面(色が塗られている面)に分かれているものがステンドグラスって呼ばれてます。
大北:線で色が区分けされてるもの、たしかに。
塚田:区分けされてる内部でも色が違ってるところ(※↑の馬の画像)がありましたが、こちらはガラスの質も違いますね。
大北:ほんとだ、古いガラスみたい。
大北:検索をしていて「この作品は3年の月日を費やした」とちらっと目に入ったんですが。
塚田:それだけ詳しく調査されてますよね。一つ一つのお店の名前とかね。しかもそこから実際に下絵を描いてステンドグラスを作る職人さんに指示をしなきゃいけないわけですから。
大北:ここにこの色を入れてくれっていう指定が1つずつあるってことですよね。この大きさだと気の遠くなる作業だ。
塚田:それは3年もかかりますね。
塚田:前回紹介した日比野克彦の陶板が作られたのと同じ工房で作られています。熱海にクレアーレ熱海ゆがわら工房というのがあって、パブリックアートのステンドグラスとか陶器とかを作る職人さんが常時15~20名くらいいる工房なんです。浦島茂世さんという美術系のライターさんが書かれた『パブリックアート入門』という本が最近出たんですが、そこに書いてありました。ちなみにこの本は作品だけでなくパブリックアートの歴史もコンパクトにまとまっているので僕たちの連載を読んでくれてる人にもおすすめです。
大北:へー。
塚田: 地下鉄のパブリックアートを多く受注しているところなんですが、腕は相当のものなんじゃないかなと思います。
大北:いずれそこにも行かないと……
塚田:たしかにこの連載で取り上げてきた作品が生まれた場所という意味でも良いかもしれませんね。
細かく描かれた山口作品
大北:それにしてもなんでステンドグラスなんでしょうね。
塚田:あれじゃないですか、耐久性が見込めるからじゃないですか。
大北:山口晃さんは毎回ステンドグラス?
塚田:全然違います。普通に手描きの作品もあります。
大北:こういう描く対象が一つの絵にいっぱいある作品なんですか?
塚田:そうですね。抽象的な処理をしているところがあったりするのは山口晃にしては珍しくて、ステンドグラスを使ってることが影響してると思います。基本は、割と全部細かく描いちゃうので。
大北:六本木ヒルズの時も依頼された作品ですか?
塚田:たしかあれも依頼でしたね。
大北:こういう作家がいるってなったら、各地からオファー殺到ですよね。
塚田:他にもいくつか名所絵を描いてます。
大北:頼まれてない時は鳥瞰図描かないんですか。
塚田:鳥瞰図以外のものも描いてます。仏さんの絵とか、あと普通に立体作ったりだとか、この絵にもそれっぽいものがありますけど、馬とメカが合体してるみたいなやつとかも描いてます。
大北:昔とテクノロジーがミックスされたようなものが。
日本の伝統技法で現代を描く
大北:雲で区切られてますね。
塚田:でも雲は適当に置いてるところもあると思います。槍霞(やりがすみ、すやり霞とも)って言うんですけど、巻物とかで使われてるあの雲は割と空間と空間の間を分断しつつ繋げるようなことをしていて、例えるならマンガで言うところのコマ割りみたいなものですね。
大北:へえ! 絵巻物に雲ってありますね。
塚田:雲で遮られている部分は関係が変わってるかもというサインです。
大北:あー、なるほど、
塚田:あとこれは山口さん独自の雲の使い方なんですけれど、雲の中に昔のものを描いてますね。
大北:ほんとだ、これもう江戸時代だ。雲の内部は古いんだ。へえー。
大北:ここの空間はどうなってるんだろう。ビルの上が街になってる。
塚田:そこは整合性をあえて外してやってるかもしれませんね。元々絵巻物の表現で、異時同図っていう違う時間の出来事を同じ画面に書き込むっていう方法はあるんですけど。
大北:手法として昔からあるんですね。
塚田:でもそれはキャラクターがいて、次の場面ではここに移動したよくらいのものなんです。
大北:ありますよね。そういう表現の延長線上だとも考えられるんだ。
塚田:何百年ぐらい単位で時間の幅を広げてそういう日本の美術の伝統的なテクニックを至るところで使いながら、 日本橋周辺の歴史をひとつの画面に描いています。
その場所の象徴が描かれている
塚田:それにしてもテーマが日本橋っていうのは味わい深いですよね、日本橋vs銀座って話知ってます?
大北:知らないです。
塚田:江戸時代には商業の地域のトップとして日本橋がもう突っ走ってたわけです。でも明治の中頃ぐらいから、銀座の方に舶来品を扱うお店が出店し始めて徐々に人気が持ってかれるんですよ。
大北:日本橋から銀座時代へ。
塚田:江戸時代はお店の人と喋って希望のものを出してきてもらう「座売り」っていう売り方が主流だったんですけど、銀座が成功した理由には、お店の中に誰でも自由に入れるようにして、商品並べて自由に見ていいよっていう陳列方式に変えたことにあったんですよ。
その延長線上でショーウインドウってのができて、ウィンドウショッピングと呼ばれて、銀ブラという言葉が流行った。そして日本橋は銀座にどんどん押されていったわけです。
高島屋あるいは三越も日本橋にありますけど、三越は呉服屋だったのをやめて同じ日本橋で陳列方式のデパートメントストアにした。日本橋という土地をリニューアルさせたという経緯がある。つまり日本橋の街の変化には、小売業の歴史が詰まってるんですね。
大北:なるほど小売業の変遷が。この絵をメトロに寄贈したのは高島屋さんだそうですね。
塚田:ずっと日本橋で小売業をやってきた歴史を作品を通じて表現したいという意図があったと思います。
大北:ここはたしかにデパートが象徴する街でもあるんですね。
塚田:日本橋高島屋は建物が重要文化財にもなってるくらいですからね。
大北:へえー、東京大空襲でも残り。
塚田:当時としてもかなり話題になった大きな建物なんです。
大北:さっき日比野作品は首相官邸のそばにありましたが、権力とアートが近い。
塚田:権力っていうか、経済ですね。
大北:経済が発展しなければアートも発展しない。
大作を描く
大北:絵って、ここにこの色を置いたらバランスが良いとかみんな考えてやるんですよね。これだけでかいと大変ですね。
塚田:それもありますが逆にこれだけでかいとあんまり考えすぎなくても良くなるんですよ。
大北:あー、そういうもんですか、
塚田:中心がそんなにないじゃないですか。だからそこまで考えすぎなくてもいい。でもこの絵の場合は均等に黄色い雲を全体的に配すことによって統一感を出しながら、赤をポイントポイントで散らしてますね。それで全体を支えて、細かい色はその全体感をこわさないように考えているんじゃないかな。
大北:なるほど、本当だ。建物にもありますね。
塚田:そういう風にいろんなテクニックを使いながら、過去と現代を繋いでいる。
大北:建物の様式もバラバラだなあ。
塚田:高層化がどういう風に進んでいったかというのがわかって面白いですね。木造のものはやっぱりそんなに高くない。
大北:はいはい。
塚田:江戸時代って建物の高さにも規制があったことが関係してると思います。
大北:火事的なリスクですかね。
塚田:それもあるかもしれませんが、史実としては節約を奨励するような「御触(おふれ)」が度々あって華美な建物はやめよう、高すぎるのは良くないってことがあったので、江戸時代はニ階建て三階建てまでが多いんです。
大北:あ、でも三階建てがあるんですね。
塚田:それで明治以降になって、だんだんと近代的な高い建物が登場してくるわけです。ちなみに日本橋高島屋は昭和8年に建ったものがそのまんまずっとあるんですよ。
大北:へー、昭和初期の。
塚田:それが現代のものになると、もう絵に入りきらないぐらいの高さになってる。
大北:現代のものが混じると面白いですね。雲とかに混じるとね。
塚田:視覚的には不思議な感じに見えるんですけれども、全部考証に裏打ちされてる。
塚田:「迷子シルベ」ってなんだろう?
大北:検索すると迷子になった子の名前をここに書く江戸時代の石だそうで。調べてておもしろいなと思って入れたんですかね、このレベルだと調べるのは大変だろうな。
わが街に山口作品があってほしい
大北:いやー見がいが。
塚田:日本橋を図解しきってますね。絵を説明に振り切ると、すごすぎてアートとしても成立する。
大北:めっちゃ見れる地図でもありますよね。
塚田:説明かと思えば、想像もたくさん入ってるし。普通の作品鑑賞とはちょっと違いますね。「今いる場所ここだ!」みたいな見方もできるし。
大北:いやーすごい。現代を絵に描くと、こういう道路ばっかりで、あんまり面白くなそうですね、混ぜてあるから面白い。
塚田:そうですね。
大北:これは時間が潰れますね。
塚田:本当に。描いた山口さんは3年潰れたわけですしね。見る方も時間かけなきゃ。
大北:ここでなら待ちがいがあります。人を待てる。待ち合わせ場所にぴったり。
塚田:毎日通る人はこれ見て楽しいでしょうね。
大北:俺ここで働いてるんだなとかね、そうそうありますよね、住んでる人は、
大北:山口晃さん、うちの近所描いてくんないかな、ってみんな思いますよね。
塚田:商工会議所の偉い人とかはガチで考えそうですね。
美術評論の塚田(左)とコントの舞台を作る大北(右)でお送りしました
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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