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2023.06.09

日本の中心部に飾られた段ボール的な作品 / 連載「街中アート探訪記」Vol.19

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は東京メトロ溜池山王駅近くにある日比野克彦作品を見に行く。首相官邸や国会議事堂に近い高級ホテルに、日比野克彦といえばの段ボールモチーフの作品が飾られている。日本の中心部とも言える場所と段ボールがどのように調和しているのだろうか。

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メッセージの強いアートが駅前にあること / 連載「街中アート探訪記」Vol.18

  • #大北栄人・塚田優 #連載

 

質感に混乱する

塚田:今日は取材に大丸松坂屋百貨店の方も同行されているので、さっき大北さんの名刺を拝見したんですが、ずいぶん分厚くて、重たそうですね。
大北:「見た目より質量が重いと高級感がある」という話を聞いて、ぼくは名刺を重くしたんですよ。
塚田:今回取り上げる作品もちょっと重いか軽いかわかんない感じがあって面白いですよ。

『泡沫 utakata』 原画・監修:日比野克彦東急キャピトルタワー

大北:確かに。これは陶器? 陶板か。なのに段ボール風。
塚田:そうです。原画が段ボールだから段ボールの質感でこのアートも作ったということなんですよ。
大北:原画っていうのは日比野克彦さんが描いたやつですね。
塚田:そうですね、絵の具とかで。
大北:すごい段ボールっぽい見た目だ。
塚田:職人さんの技術はすごいんですね。リアリティがあります。日に焼けたような感じとか、テープで剥がされたようなディティールとか表情がめちゃめちゃあります。

塚田:検索で見たプレスリリースではここの一部分が原画の段ボールの状態で紹介されていたので、他もそうやって作ってると思われます。
大北:同じ感じで作ってそうですよね。
塚田:もちろん段ボールそのままではなく、釉薬とかをつけたりアレンジされていると思うんですけれども。こういった色の深みは陶器ならではの質感です。
大北:テカテカした陶器っぽさもありますね。

塚田:段ボールという非常に軽い、しかも日常的な素材を陶器に移し替えてるところに面白さがある作品ですね。
大北:たしかにそのこと自体が面白い。
塚田:この連載で以前取り上げた三島喜美代さんの大きなゴミ箱も同じような形で質感を模倣するというか、陶が持つ表現力を作品にしていました。
大北:そっか、あれも陶板でゴミを再現していてその中には段ボールもあったしよく似てますね。

 

素材の新しさは美術の推進力

大北:これを聞くのは野暮で忍びないんですが…意味的なものはあるんですかね。何を描いてるんだとか。
塚田:そこまではっきりとはないんじゃないですかね。もちろん作者的にはあるかもしれないですけれど。
大北:パブリックアートで駅前にドデーンと彫刻作品があったりしますよね。もう本当に訳がわからないんですよ。形も素材もよくわからなくて、抽象的なタイトルがついてたりしてとっかかりさえわからない。この作品名も『泡沫』? わかんねーってなります。

塚田:僕も陶芸に詳しいわけじゃないんですけれども、普通に陶の作品を作ろうとしたら、こういう質感にはたどり着かないんじゃないかなって思うんですよ。段ボール感を再現しようとした結果が、この表情なんじゃないかなって思うんです。ちょっとした折り目のところとか、再現度がすごい。

大北:薄く塗られた感じとかすごい。大塚製薬が陶板だけで世界の名画を再現する美術館みたいなのを四国でやってると聞きましたよ。どういう理屈で陶に再現性があるのかは分からないですけど、
塚田:(検索して)これですね。ああ~、確かに名画が再現されてます。
大北:名画を陶に焼く、なんでそんなことになってんの? って思うんですが、陶の技術は今やすごいんですね。
塚田:陶もそうですし、絵を版画にするっていうこともありますし、いろんな素材と技法でもって実験を繰り返してきたのが美術の歴史です。新しい技術や素材があったらそれを使ってみたくなるもの。美術を駆動させているひとつの欲望といってもいいでしょう。
大北:この場合は素材をミックスさせてるんですね。
塚田:物理的にミックスされているわけではないですが、コンセプトとしては陶と段ボールの質感を同居させようとしていることは確かです。それとこの作品の場合、もう一つミックスさせようとしている文脈があるんです。これね、何かの形なんですよ。配置というか…わかりますか?

大北:なんだろう……飛び石ですか?
塚田:そうです。特定の飛び石を移し替えてるってことじゃないですけれども、モチーフにしているんですね。
大北:……すいません、今ぼくめちゃくちゃブラタモリみたいじゃなかったですか。
塚田:たしかに(笑)

 

自然を目指す日本の庭園の考え方を借りる

大北:ミラクルで正解を言い当ててしまったんですけど、そもそも飛び石ってなんですかね。日本庭園にあるものですよね。
塚田:微妙に左右に蛇行しながら石を置いて、鑑賞者を誘導していくようなものです。
大北:はいはい、通路代わりに。
塚田:なんで蛇行してるかって考えたことあります?
大北:いや、全くないです。
塚田:フランスのベルサイユ宮殿の庭園だと通路自体は直線的なんですよ。
大北:なんとなくイメージがつきます。ヨーロッパの庭園は通路がまっすぐで直角。
塚田:いっぽう日本の庭園って基本的には自然を模倣するっていう思想があるんです。だから蛇行して曲がりくねってるし、高低差もちょっとあったりするんです。
大北:あー、枯山水は風景を作るためにあるんだ、とかありますよね。
塚田:風景を象徴的に表現するのが枯山水ですね。一直線の道があったら人為的に見えちゃうじゃないですか。だからこう、徒然なるままに、みたいな置き方をしてるんです。
大北:川が流れてるぐらいの蛇行具合。

塚田:自然が色々な表情を見せるように、石を左右に微妙にずらすことによって、色んな視点から庭を楽しんでもらえるようにするための不規則さでもあるんですよ。
大北:飛び石に乗っかって見ていくと、庭にある自然をより自然らしく見せるってことですね。それを日比野克彦さんもやってみたと。でもモデルとなった飛び石があるわけじゃないんですね。
塚田:飛び石の考え方を導入したということですね。鑑賞者の視線を誘導するものでもあり、飛び石自体も見られる対象としてある。2つの役割を果たしてるんですよね。
大北:2つの役割……すいません、おさらいしてください。
塚田:人を誘導するための役割と、風景として見られたときに自然さを演出する役割。
飛び石にはそういう役割があるからこそ、その考え方を抽出して、本来は地面にあるものをこうやって垂直に持ってきてみても美しいんじゃないかっていう考え方が多分あったと思うんです。

美術評論の塚田(左)とコントを書く大北(右)でお送りしてます

大北:こっち側の四角も飛び石的なものなんですか。
塚田:どうでしょうか。四角い石も日本庭園にあって、敷石って言うんですよ。敷石と飛び石、2つあって。敷石は点字ブロックみたいな敷き詰め方をします。

 

置かれた場所との調和

塚田:元々飛び石に着目した理由はもう一つあって。このホテルが日枝神社に隣接しているんですけど、隣接するまでの散策路とかもこのビルが作ったんですって。
大北:ああ、日枝神社ってありますよねここに。
塚田:そうです。日枝神社にも日本庭園があって。そういった周囲の環境の特色に合わせる意図があって、飛び石をモチーフとして取り上げてみようと。日本庭園と隣り合うホテルの門を飾るアートとして、コンセプトを一貫させてるんです。
大北:やっぱり作品が置かれる場所に、コンセプトも近づけるんですね。
塚田:そうですね。

 

アーティスト日比野克彦とは

大北:飛び石を借りてきたり段ボールなのに陶を使ってみたり、変わったことやってますね、日比野克彦さんは。
塚田:元々日比野さんは段ボールのスペシャリストなんで。
大北:日比野さんが段ボールを使うのはよく聞くなと思いながらも、 実際どういう作品なのかってよくわかってなくて。
塚田:これを目に焼き付けてもらえば。日比野克彦のパブリックなイメージとしてはそんなに間違ってはないと思いますよ。
大北:これを見とけば大丈夫。
塚田:いつもは本物の段ボールを使って作品を作るんですけれども、これは再現度が高く、本物の段ボールみたいなので全然大丈夫です。
大北:段ボールより持ちそうですしね。
塚田:むしろ日比野克彦のオリジナルよりも長く生き残るかも。

 

ポップアートの系譜としての日比野克彦

大北:日比野克彦さんはなにで有名になったんですかね。キャラクター?
塚田:ADC賞っていう広告の賞をとったり、デザインや広告方面で最初注目を集めた人なんですよ。大賞を受賞した日本グラフィック展もアートとデザインの中間的な表現を受け入れていたコンペティションでしたしね。その後、テレビ番組にも出たりして。若者が語り合う「YOU」という番組がNHKの教育テレビでやってたんですが、それの司会とかやってたんですよ。
大北:ああ~若者の数がめちゃくちゃ多かった時のオピニオンリーダー的な人なんだ。段ボールに描き始めたのはセンシーショナルだったんでしょうけど、今でもずっと段ボールなのはなんでなんですかね。
塚田:最初は画材でないものをあえて使うというところから始まったようです。でも客観的に見ると、段ボールという日常的な、ありふれた素材を使うのはポップアート的とも言えそうです。

大北:身近な素材に描くと面白いよねって、価値観が転倒してることがおもしろいんですかね。
塚田:そうですね、それが作品になるってことがおもしろいですよね。
大北:そういう事例は結構あるんですか。
塚田:全然ありますよ。ウォーホルでも段ボールではないですけど箱を作品にしたのもあるじゃないですか。たわしのパッケージをそのまま作品にした「ブリロ・ボックス」というのもありますよね。
大北:ああ、キャンベルのスープとかそういう系譜ってことですね。

塚田:あと日比野さんは文字を入れたりもするのも当時の日本のアートとしては、新しかった部分はありますね。絵の中にそういうデザイン的な要素も入れて。デザインとしても、アートとしても受け入れられるような作品だったところが驚きを持って当時受け入れられた部分かなと思いますね。
大北:なるほど、そんな日比野さんは今、東京藝術大学の学長さんで、芸術系のアカデミズムの頂点にいると。
塚田:そうですね。若者の代表から随分遠くまで来ましたね。もうデビューから40年ぐらい経ちました。
大北:日本芸術界の一つのトップにこの段ボールが来てるわけですよね。身近な素材がえらいとこに。

 

作品をきっかけに、場所を鑑賞する

塚田:この連載でも大竹伸朗がそうでしたけれども、建築との関わりみたいな話をしましたよね。あとは国立新美術館の玉山作品もそうです。これは建築じゃないですけれども、庭という景観と結びつけて考えることができるアートだと言えると思います。
大北:なるほど、90度傾いてますけどそうですね。
塚田:なのでその庭やこのビルの周りがどうなってるのか行ってみましょうか。

大北:ここはやっぱり高級ホテルってことなんですかね。国会議事堂や首相官邸の近くだし。
塚田:要人とかも泊まるんですかね。
大北:やっぱり日比野克彦さんは大きな力が指名しやすいポジションに今いるんじゃないですか。
塚田:任されやすいというところはあると思います。
大北:日本サッカー協会の役員とかもしたり、ポップスター的なアーティストなんですかね。
塚田:そういう雰囲気があったのは80年代じゃないかな。2000年代以降はもっと着実に作品を作っていくという方向にシフトしてます。

塚田:こっちが日枝神社ですね。階段が急で高低差がすごい。
大北:急峻な崖の上に神社があるイメージ。手すりやらなにやら現代的な神社ですね。
塚田:エスカレーターありますもんね。
大北:エレベーターでなくエスカレーターあるんだ。どんだけひっきりなしに来るんだ。結婚式場がありますね。庭園もあるのかな。神社本殿に多くの人出が。人気があるなあ。
でもホテルから歩いてきてみましたが、たしかに全体としてなんとなく調和してますね。神社も、エスカレーターがあったりして現代的ですし。
塚田:先に作品を見てしまいましたが、今回取り上げたパブリックアートは、こういう周囲の環境のなかでも機能していると言えそうです。

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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