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2023.05.05

メッセージの強いアートが駅前にあること / 連載「街中アート探訪記」Vol.18

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は大阪の南茨木駅前にあるヤノベケンジ作品《サン・チャイルド》である。福島の原発事故を踏まえた作品が作者の出身地の大阪に設置されている。私達はメッセージとどう向き合っていくのか。見に行ってきた。

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前回は大阪の心斎橋を探訪しています!

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大阪人に影響を与え続けるアメリカンポップアート / 連載「街中アート探訪記」Vol.17

  • #大北栄人・塚田優 #連載

 

地元出身アーティストの作品が駅前にある

 

大北:あ、見えました。ドーンとある。完全にこの駅のシンボルですね。
塚田:ロータリーのいいところに置いてありますね。
大北:「茨木市教育委員会」へえ、茨木市の持ち物なんですかね。
塚田:そうですね、ここは作者であるヤノベケンジさんの出身地なんですよ。そういう縁もあってここに設置されてるってことですね。

 

一見、マンガに影響を受けたポップアートだが…

大北:かわいらしいキャラクターですね。
塚田:ヤノベさんは1960年代の生まれで、ポップアートの流れをくんだ作家といえるでしょう。こういう丸みを帯びた形が多く、ディズニーだったり、手塚治虫だったり、あとはSFから影響受けたような造形物を作っています。前回のリキテンスタインの場合は、マンガであることはそんなに重要ではないと話しましたけれども…。
大北:今回はマンガでやるぞ!という選択があった?
塚田:そうです。ヤノベさんは子供時代にマンガとかから受けた影響の延長線上で制作を行っている作家です。
大北:ヤノベケンジさんってロボットみたいなのを作ってるイメージもあったんですけど。
塚田:ロボットみたいなの作ってますよ。SFっぽい造形のものを作ってますよね。

塚田:これぐらいの大きさの立像だととても存在感がありますね。
大北:電車からも見えましたね。道頓堀では立体看板を見てきましたが、大阪の人は像が好きなのかな。
塚田:看板も面白いですが、そういうものに比べると、造形的にも完成度があるし、迫力もありますね。
大北:づぼらやのふぐでは塚田さんは物足りないんですね。
塚田:(笑)。もちろんこの作品のためにスペースを開けてあったりするので、そういう見やすさも関係していると思います。

 

ストレートすぎるメッセージがそこにある

大北:背負ってるのはランドセルですかね。
塚田:どうでしょう。それはわかりませんが、黄色い服は防護服なんですよ。
大北:あ、そうか。これ防護服着てるんですよね。
塚田:もちろん防護服そのものではなくて、インスピレーションを受けた、ということなんですけどね。そもそもこの作品は東日本大震災が起きた時に、ヤノベケンジが復興を祈るためのモニュメントとして作ったものです。防護服を着た少年がヘルメットをとって、胸にガイガーカウンターをつけている。数値は「000」と表示されてますね。放射能の汚染がなくなった未来を目指すような、つまり復興・再生への願いを込めた作品なんです。

大北:え~…ほんとですか? ストレートすぎる。すごく意地悪なメッセージだったりする可能性もあるんじゃないですか?
塚田:震災から10年以上経ちましたが、現状ではまだ立ち入ることのできない区域もあるので、この作品の提示するストーリーはナイーブすぎるという見方もできると思います。
大北:ナイーブは純真すぎるとか、世間知らず、的な意味ですね。

 

サブカルチャーをモチーフにするヤノベにとっての原子力

塚田:そんなシンプルなメッセージ性をもっている作品なのですが、元々ヤノベケンジは昔から原子力がもたらす災害だとかをテーマにしていた人なんです。
大北:長年追ってきたんだ、すごいな。
塚田:1991年に美浜原発の事故があるんですけど、それをきっかけに関心を持って。マンガ『アキラ』では「第3次世界大戦で核が…」みたいな話から始まってるじゃないですか。核の問題ってポップ・カルチャーでもしばしば取り上げられてるんですよね。
大北:言われてみれば、マンガでも特撮でもなにかといえば核や核戦争が題材になってきたとも言えるか。
塚田:そういった文化的環境のなかで育ったからこそヤノベケンジは関心を持ち、実際にチェルノブイリに行くアトムスーツプロジェクトというのを始めたりして、継続的に問題提起をしてきたんです。
大北:たしかに手塚治虫の鉄腕アトムは原子力ですね。その時代からマンガはずっとそうだ。
塚田:ヤノベさんは警鐘をずっと鳴らしてきてたんです。
日本でメルトダウンという最悪レベルの事故が2011年に起こってしまったことをきっかけに、それまではこんな鮮やかな色じゃなかったり、もっとシニカルな表現の仕方だったんですけれども、一気に恥ずかしいぐらい前向きな方向に転換してたのがこの《サン・チャイルド》なんです。

大北:あ、そうなんですか! ここに書いてあるのは「みんなで頑張ろう」「こういう未来を目指そう」っていう感じですけど…。
塚田:そういうわかりやすいメッセージに変えたんです。
大北:いきなりドーンと出したわけではなく、一周回ってきたんだ…。
塚田:そうなんです。
大北:じゃあマジで言ってるんだ。いやー、おもしろい。ヤノベケンジとしては「だから言わんこっちゃない!」的なところもあるし「もうこんな事態になったら直接的に言わんと仕方ない!」でもあるのか。
塚田:91年から、2011年の時点ですでに20年間ずっと原子力を重要なテーマとして、作品を制作してきたわけですからね。
大北:そう背景があると「ヤノベケンジは東日本大震災の後に何を作るんだ?」って周りはなりますよね。わーすご、それで真っ正面から来て……アリーナがうおおおってなる瞬間だ。なるほど、そういう作品なんですね。こっからヤノベさんはまた2周目に入っていくのかも。

 

この物語に乗るかどうか

大北:この説明として書かれている文章自体は市の教育委員会が掲げそうな「誰が見ても正しそうな」ものではあるなと思うんですけど、それが一周回ってきたものであると考えると、すごいなあ。
塚田:でも、その一周回ってきたものを知ってる人って、ほとんどいないじゃないですか。だからこそこんなふうにメッセージが強いと誤解が大きくなってしまう危険性もあるんですね。こういう物語性とか、意味性が前面に出てきちゃって。
大北:意味性めっちゃめちゃ強いっすよね、物語性、メッセージ性、全部同じか。
塚田:ヤノベケンジが提示しているのは、(残念なことではありますが)一つのフィクションなんですよね。その物語に乗っかれるか乗っかれないかで議論が分かれてきてしまう。例えば「000」って書いてあるのも本来あり得ない数字なんですよ。自然にも放射線はあるので、ガイガーカウンターが完全に0になることってありえないんですよね。でもヤノベさんがさすがにそのことを知らないわけではなくて、あえて分かりやすくするためにしてるとヤノベケンジ自身ブログで補足しています。
大北:メッセージ性の強いパブリックアートに出会うことが今までなかったですね。あ、でもパブリックアート自体には「世界平和を狙って」とかたまに書いてるイメージありますね。意識したことないけどあるかー。
塚田:でもこの作品はそういう紋切型なものとは違って、福島の原発事故という具体的な問題を扱ってるからメッセージ性が強くなっています。

大北:太陽のあれはなんなんですか。太陽の手に持ってるやつは。
塚田:ヤノベがチェルノブイリに行った際に廃墟となった保育園に描かれていた太陽マークから引用していて、未来の希望を象徴しています。
大北:顔が男性とも女性ともとらえられない形ですね、
塚田:そうですね、目が大きいですし。あと写真で見るよりも、ほっぺたの傷が生々しくて、ちょっとそこは怖いですね。
大北:そうだ。この少年は傷ついてるんですよね、少年少女子供は。
塚田:そう傷ついてるんです。やっぱりそれぐらい大変だったっていうことを物語りたいんでしょう。
大北:そっか、それが子供という設定だと、それは表現として強いですよね。

塚田:でもその一方で、未来を子供に託して表象することへの批判もあったりするんですよ。

現状では子供って、男性と女性の双方がいないと生まれないじゃないですか。なのでヘテロセクシャルがマジョリティな現在において、子供は現状のシステムが維持された結果生まれてくる存在とも言える。だからまだまだ様々な制度や社会的な配慮の足りなさに満足することのできないセクシャルマイノリティの立場からすると、子どものイメージを使うことで問題を見えにくくし、未来の可能性を排除しているんじゃないかというふうにも受け取れるんです。
大北:全ての人にとっての未来ではないよねってことですかね。

塚田:つまり子供をそういうふうに現在の社会規範を維持したいという(すでに既得権益に浴している)大人側の欲望で使うのは良くない、ということをクィア・スタディーズなんかでは言ったりするんです。それは「再生産的未来主義」と言われていて、その観点から大槻とも恵さんという方が『彫刻2』という本に寄せた論考のなかで《サン・チャイルド》を検証しています。とにかく本作の持っている物語性は明快であることも関係してか、様々な観点から考えることができるんですね。
大北:物語、そうか。これ自体虚構の物語ですもんね。1つのメッセージであると同時に、その物語にはフィクションも含まれていて、そこに乗っかるかどうかが鑑賞する人には問われてもいる。
塚田:そうなんですよ。
大北:すいません、時間差でやっとわかりました(笑)。

 

撤去された福島の一体

塚田:《サン・チャイルド》は3体作られてるんですけど、そのうちの1体が2018年に福島市の施設の前に置かれたら、炎上して撤去されたということがありました。
大北:2018年だと事故から7年後。それは未だセンシティブだという話で?
塚田:福島市って、防護服を着なきゃいけないような帰宅困難区域に一回もなったことはないんです。なのに防護服を着た少年の大きな像が置かれると、震災当時、福島市はこんな状況だったんだみたいな、事実とは異なる認識に繋がるんじゃないかという指摘があったそうです。
大北:それはたしかにな~。
塚田:やっぱりすごくセンシティブな問題なんですよね。
大北:いくらずっと原子力を扱ってるヤノベケンジだといえども….。
塚田:本作は一度福島市の芸術祭で2012年に展示されていて、その時は好意的に作品が受け入れられているんですよ。でも公共の場所に置いたら、そうではない反応があった。そういった違いはなんで起こっているかというと、芸術祭の場合はゾーニングされた空間じゃないですか。みんなそもそもがちゃんと作品を見に行こうって人が来るわけですから。
しかしそうじゃない通勤とか通学に使うような公共の通りに置かれた場合、通りすがりの人が目にするとそこまでのことは読み取ってくれなくなっちゃって、結果騒ぎが広がっちゃうわけです。
大北:「そこまでのことは読み取ってくれない」まさにそうだなあ。
塚田:行政側も説明をして、これからも設置を続けたいという姿勢がちょっとあったんですけど、その後一転してしまって、説明もそんなになく撤去されちゃったってことがありました。この作品を通じて、置かれる場所がどれぐらいその作品に影響するのかっていうことは考えさせられます。
大北:なるほど。じゃあ大阪では撤去されていないということは、ここの人の問題意識はそんなに高くないということになるんですか?
塚田:高い低いじゃなくて、問題の捉え方が違うといったほうがいいでしょう。大阪の人でも原発事故のこととか、帰宅困難区域があるってことは知ってるじゃないですか。だからそんな日本の歴史を踏まえた表現として理解してると思うんですけれども、福島に置かれると県内の全域がこういう服を着なきゃいられない場所だったのかみたいな受け取られ方にもなってしまう。
大北:うおう、うおう、芸術のあり方よ~。

大北:でも一方では、ここにある作品は南茨木の駅を利用する人からしたら地元の一つの誇りなんですよね。
塚田:自分の住んでいる町からこういったアーティストが出てきたのは好ましいことだと思ってる人は当然いるでしょう。

 

通過する駅前にあるもののさらにその先を知る

大北:物語ってのもあるし、ただでっけえというのもあるなー、でかい子供がいて面白えなーって。
塚田:パッと見は可愛かったりもしますしね。
大北:ですよね。前回のリキテンスタインもかわいいというかファッショナブルなものでしたけど。
塚田:電車から見えたとき、「おお、あった!」って思わず言ってしまいましたね。
大北:そうですよね、大阪と京都を阪急で移動する人はみんなこれ見てるんだ。「なんか南茨木通過するときにあるな~」って思ってるでしょうけど、その段階から先にはもっと多くの段階がありますね。聞いていくと。
塚田:そうなんです。モニュメンタルなものって言ってしまうと陳腐かもしれないですけど、いろんなことを考えるきっかけとしてここにあり続けるのは意味があると思います。福島にあったもう1個は撤去されちゃったわけですから。そういったことを忘れないきっかけになるっていうか。撤去に関しては比較的最近のことなんでネットに記事も出ているので、興味を持った人はいろいろ読んでほしいですね。街中アートの公共性や政治的な側面を考えるための事例として、重要なポイントがいくつも含まれています。

美術評論の塚田優(左)コントの舞台を作る大北栄人(右)でお送りしました。

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DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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