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- 【後編】私が私であり続けるために。子育てと制作、そのあいだで考えていること / 連載「作家のB面」 Vol.44 松井えり菜
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2026.07.29
【後編】私が私であり続けるために。子育てと制作、そのあいだで考えていること / 連載「作家のB面」 Vol.44 松井えり菜
Photo / Ichiko Uemoto
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_ku
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
前編ではドールコレクターの関口泰宏さんのコレクション部屋で「おもちゃ」をテーマに語ってくれた松井えり菜さん。後編では場所をデパートの屋上に移し、最近の作家活動について語る。20代でデビューし、現在は子どもを二人育てながら作家活動に向き合っている。家族も絵も大事だけれど、制作と生活のバランスの難しさに直面している松井さんが思う、「私が私であるための」糸口を一緒に探っていく。
憧れの場所だったデパートの屋上遊園


親交のある植本一子さんとの撮影のため「ウーパールーパーエア着ぐるみ」を新しく作ってきてくださった松井さん
──関口さんのドールコレクションから移動して、上野の松坂屋百貨店の屋上にやってきました。デパートの屋上は、松井さんにとって思い出の場所だと伺いました。
子どもの頃、あまりゲームセンターや屋上遊園で遊ばせてもらえなかったんです。生まれ育った岡山のデパートの屋上にもあったんですけど、乗れないから屋上で鳴っている乗り物の音楽だけすごく記憶に残っています。心地良くて、憧れの気持ちも強いのかもしれません。なので、大人になったときに、恋い焦がれていた屋上遊園のおもちゃを大人買いしてしまいました。
──そんな大きなものを!?
綿菓子を作れる機械がアトリエにあります。たまに近所の子供が綿飴を作りにくることもありますね。

松坂屋上野店の屋上にいるパンダと一緒に。かつて、松坂屋上野店には屋上遊園があり、現在もパンダ像が並んでいる

──だんだんと、屋上遊園が減ってきているというお話も聞きますよね。
消防法が厳しくなり、さらにメンテナンスも大変で採算が取れないという理由で減ってきていると聞きます。名古屋の松坂屋の屋上にはあるらしいので、今一番行きたいですね。やっぱり、どんなに素敵な場所だとしても継続することは難しいですし、アーティスト活動を“続ける”ことについて、よく考えています。
──それこそ「おもちゃ」は松井さんにとって、アーティスト活動を続けていくための大切な要素だと思います。「おもちゃ」に魅了されたきっかけは?
小さな頃からたくさんのおもちゃにときめいてきたので、今でも実家は思い出の箱のような場所です。おもちゃをコレクションし始めたのは、美術予備校に通うために上京してから。私が住んだのは、予備校生に推奨されるなんの変哲もないワンルームマンションで寂しく感じてしまって、新しく住む場所を私らしさで満たしたくなったんですね。それで、自分の部屋を居心地の良い空間にするために、思い出のおもちゃを少しずつ買い集めました。

《両人曼荼羅》Photo: Yoshinori Mido Courtesy of ANOMALY
──松井さんの作品において、「おもちゃ」が重要なエッセンスとなった経緯は?
私が通っていた美術予備校には立美祭という文化祭があって、自由に自分の好きな作品を作っていいよという時間がありました。それで、私は自分の顔とおもちゃを組み合わせて描きました。おもちゃは、自分自身の中にうずまく小宇宙を象徴する存在として絵の中に出てきます。
初めて海外で個展をしたときに、私の絵に出てくるおもちゃを見た海外の方が「僕もこれで子どもの頃に遊んでいたよ」と言ってくれたんです。言葉で通じ合うことはできないけれど、おもちゃを通じて意識がつながる瞬間を感じて、それから「おもちゃ」を絵に描くようになりました。今でも、私を構成する大事なエッセンスの一つです。
ただ、おもちゃは権利関係が難しいので、私も最近はなるべく正面を向かないように描いています。おもちゃとの思い出を持った人がギリギリわかるラインを攻めて、子どもの頃の記憶との架け橋になったら嬉しいです。
作家業と子育てのそれぞれの山場が被ってしまう


ウーパールーパーの中に入っているのは松井さん。口の下部分から、顔を覗かせて、外の様子を見ることができる
──前編の関口さんとのお話で、おもちゃを手放すことは自身の作家性を手放すことにもつながるのではないかと仰っていました。仕事と子育てのバランスについて、どう思われていますか?
仕事と子育てのウェイトをどうするのか、というのは私にとって今一番大きな課題です。子どもにも気持ちを向けたいですし、仕事も楽しみたいですし、どちらもうまくいくかわからなくて動けなくなっている時期がありました。もっと若ければ、どちらかに振り切ってもいいんですが、今は仕事も子育ても同時進行せざるを得ない状況なんですね。実家が岡山で頼る先も限られるので、今はファミリーサポーターさんや保育園に助けられながらどうにか作家活動ができています。
思うのは、一般的に作家として注目を集めるタイミングと子どもを産む適齢期がほぼ被るんですよね。作家としては、20代からキャリアを積んで、うまくいけば35歳前後で個展や展示ができて、チャンスが生まれてくる。コンペも40歳までのものが多いのが実状です。私も海外研修に申し込みたかったのですが、ちょうど息子の出産と被ってしまい、最後のチャンスを見送ったことがありました。それから作家活動に戻るタイミングを見計らっていたのですがコロナ禍となり、遠く離れた親にも頼れず、子育てをしながら作家活動を続けられるのかという不安が大きくなった時期もありました。
──同業で同じ悩みにぶつかっている方もいらっしゃいますか?
多いです。美術業界でも、美大は女性比率が高いのに作家の比率は男性の方が高くて、やはり女性の方がライフステージによる変化が大きいので作家活動を続けていくことが困難であると考えています。ただ、最近は少しずつ業界の働き方も変わってきていて、非常勤として働いている大学の先生は、出産の後に大学にもどってきて良いよ!と言ってくださいました。産後の作家としての居場所に不安を抱いていたので、すごくありがたかったです。

《ネバーランドへの窓》Photo:Yoshinori Mido Courtesy of ANOMALY
──松井さんの近作を拝見していると、家族やお子さんのことをテーマに扱った作品も多く、ご家族から受け取っているものが多いのだろうな、と勝手ながら思っていました。しかしながら、作家と母親の両立は難しいものですよね。
家族から受け取るものは本当に多いですし、子どもを通して、社会と接点ができたことは良かったと思います。ただ、アーティストは浮世離れした職業なので、社会とのギャップに苦しむ場面もあり、どうにか社会に適用しようと振る舞いを変えている自分もいます。
保育園へ送迎する私、市役所で手続きする私、油絵を描いている私……それぞれ異なる「私」のレイヤーが増えれば増えるほど、私と言う輪郭がぼやけていく感覚があります。
──自分が自分ではなくなる、ということに非常に恐れを感じていらっしゃるんですね。
“作家”としての私がなくなってしまう、という危機感だと思います。私が子供に自信を持って見せれる大切な側面で、手放したくないという想いは強いと思います。子どもにとっていいお母さんかどうかと問われると、なんとも言えないです。絵を描く面白いおばさんだったり、良いお母さんでもありたいのですが、両立に難航しています。

──そう思うと、作家と母が入り混じるところにある「おもちゃ」は、拠り所なのかもしれませんね。
そうだと思います。思えばおもちゃを集めるという行動は居場所づくりであり、作家としてのアイデンティティを高めてくれていたのかもしれません。ただ、今は家族それぞれの居場所を求めた結果、物が増えすぎてしまい、だんだんと制作と生活のバランスが崩れていってしまっている気がします。
最近だと、上の子の居場所を作るために学習机を用意して、娘が遊ぶ場所にはぽぽちゃんハウスを用意しました。それぞれが安心できるスペースを居住空間の中に収めようとした結果、入りきらなくなってしまった。じゃあ、私のおもちゃを他の場所に移動させようかと思うのですが、そうすると私の心の安寧をどうすべきかと思ってしまい、なかなか移動させられない。突然、「全部いらないのかも!」と思う瞬間もあるのですが、限界が来ていますよね(笑)。
──作家活動を続けるための、おもちゃをコレクションできる方法が見つかると良いのですが……。
一つの妥協案として、子どもに私がコレクションしているおもちゃで遊んでもらっています。好きなものを分かち合うことで私の思い出も含めたパーソナルなスペースも共有できる。今でも根強い人気のタカラの人形や、ポケモンのモンコレを渡して、遊んでもらっています。

左《マダムオーバーラン》 Photo:Keizo Kioku Courtesy of ANOMALY、右《インベーダー!?》Photo:Yoshinori Mido Courtesy of ANOMALY
──冒頭のお話に戻りますが、“続ける”ためにはある程度の妥協が大事なのかもしれませんね。
先日岡山にあるブラジルをテーマにした鷲羽山ハイランドに行ってきました。今年で50周年で私が子供の頃からずっとある遊園地なので、続けていくことのヒントがあるかなと思って見に行きました。遊園地ではブラジリアンダンスショーがありサンバの格好をした人たちが踊ってくれて、盛り上がったのですが、終わって控え室から出てきた方々がそのままアトラクションの運営もしていて(笑)。
──スタッフも兼務されているんですか(笑)。
あんなに派手な格好で激しく踊っていた方々が、ふつうにアトラクションのスタッフもしていて、無理なく続けていくためには多少の許容と緩さが必要なのかもしれません! 今回の取材もせっかく一子ちゃんに撮影してもらえるので少しでも綺麗にしておかないと!とダイエットしようと思ったんです。それで、1食抜いたら自分の機嫌がめちゃくちゃ悪くなってしまって周りの家族に迷惑をかけてしまいました(苦笑)。反省して、昨日は五右衛門でおなかいっぱいになるまで食べました。クリームソーダも我慢せず飲みました。そうやって、自分の機嫌をコントロールして自分らしく居られるようにすることが家族の平和につながり、息の長いものづくりにも大事なのかなと思います。
急には作家兼母親にはなれない

ヘッドアクセサリーは、松井さんが尊敬されているオートクチュールデザイナーのマウリツィオガランテさんの作品
──今は、仕事と生活のバランスについて、ご自身の中で正解は見つかりましたか?
まだ、見つかっていないです。ロールモデルが少ないこともあるのですが、子育ては未知のことだらけでたくさん失敗をしました。時には私の経験不足が子どもの悪い評価にもなってしまったり、申し訳なかったと思いますね。急には完璧な母親にはなれなかったんだと思います。
──子どもが生まれた瞬間に、母親という役割を与えられますが初めてのことだらけですもんね。
私はどこかで、子どもが生まれた瞬間に母になれるものだと勘違いしていました。そうではなくて、子育てを続けるうちに母になっていくのだと思います。画家であることも続けていきたいなら手放さないことなんだと気づきました。だから、おもちゃのコレクションも大事。コストはかかりますが、持ち続ける、描き続ける覚悟を持ちたいです。

《夢みるベクトル》Photo:Yoshinori Mido Courtesy of ANOMALY
──これから制作したいものは、どのようなものですか?
東京都現代美術館での展示が、コロナ禍での近作が多く家族のテーマに偏ってしまったので、今度は違う表現で自分の絵が凝り固まらないように努めています。私が私であるためには家族もおもちゃも重要で、大切なものをないがしろにはしたくない。ただ、それだけじゃないとも思うので、今は新しい表現方法を模索しています。ただ、チグハグなところもあって《風呂上がりのプリマヴェーラ》や今描いている同じく風呂上がりがテーマの作品で、すりガラス越しにプライバシーが保護されつつも裸で待っている子供を大きなタオルケットで拭こうとしてる作品など日々の実感に基づく着想は描いてて楽しいですし、画のインパクトが強いなぁと感じています。

《風呂上がりのプリマヴェーラ》Photo:Yoshinori Mido Courtesy of ANOMALY

最近描いているという「風呂上がりにバスタオルで出迎える絵」(作品部分)。「『ヴィーナスの誕生』のイメージと磨りガラスでプライバシーが保護されたドアをモチーフにしました」
私の場合は自画像で「今」を表現したいので、どうあるべきか迷ってばかりですが、常に描くことを諦めない心持ちでいたいと思っております。

ARTIST

松井えり菜
画家
1984年岡山県生まれ。東京都在住。 松井えり菜にとって、自画像はコミュニケーションツールであり最も身近なモチーフである。GEISAI6にて金賞を受賞した『エビチリ大好き』に代表される変顔作品は、濃厚な実体験を通して、他者と笑いや感情を共有したいという想いをキャンバス上に体現するものである。 デビュー時より自画像表現の可能性の模索を続け、近年は直接的に顔を描写する表現に留まらず、幼少期に油絵に触れるきっかけとなった西洋画と少女漫画をコマ割りで繋ぎ合わせる「古典回帰」シリーズ、今を生きる女性の感情を可視化する層を描いた「レイヤー」シリーズ、自身の分身ともいえる「ウーパールーパー」をモチーフにしたシリーズなど、幅広く制作に取り組んでいる。 主な展覧会に「アストラル・ドリーマー」(ANOMALY、2024)、市原湖畔美術館子ども絵画展「市原じがぞうの国」(市原湖畔美術館、2024)、カルティエと日本 半世紀のあゆみ「結 MUSUBI」展 ― 美と芸術をめぐる対話(東京国立博物館、2024)、「 日本・バングラデシュ外交関係樹立50周年記念企画展覧会」(Zainul Gallery、2022)、「 アトリエ ドゥ マツイ エリナ」(鹿GINZASIX 蔦屋書店、2021)、「令和おとぎ草子 桃太郎 KAMISHI By 松井えり菜」(岡山県立美術館、2020)など国内外で精力的に活動している。
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