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2026.07.29
【前編】手放したら、私を諦めることになる。おもちゃと生きる理由 / 連載「作家のB面」 Vol.44 松井えり菜
Photo / Ichiko Uemoto
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_ku
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
今回のゲストは自画像を描き続けるアーティストの松井えり菜さん。訪れたのは、以前から交流のあるドールコレクター関口泰宏さんのコレクション部屋。同じくおもちゃを蒐集し、自身の作品のモチーフとして描いている松井さんにとって尊敬するコレクターのひとりだという。この場所で、母でありながら、作家であり続けることの難しさに直面している松井さんが、関口さんに相談を持ちかけた。
四十四人目の作家
松井えり菜

最も身近なモチーフである「自画像」を描き続けるアーティスト。自身の体験やライフステージの変化とともに移り変わる環境を作品に映し出してきた。近年は顔を直接描くだけでなく、西洋絵画や少女漫画、自身の分身として捉えるウーパールーパーなどもモチーフに取り入れながら、自画像の表現を広げている。

《エブリデー審判デイズ》Photo:Ichiro Mishima Courtesy of ANOMALY
「30周年記念 MOTコレクション マルチプル_セルフ・ポートレイト 中西夏之 池内晶子 一形とカテナリー」展示風景、東京都現代美術館、東京、2025 Photo:Yoshinori Mido Courtesy of ANOMALY
ドールコレクター関口さんと驚異の部屋


こちら、関口泰弘さんのドールコレクションが収蔵されているお部屋。1人しか通れない通路を挟んで、ドールが所狭しと並ぶ
──本日は、ドールコレクターである関口泰宏さんのコレクションが収蔵されているお部屋にやってきました。なぜ、B面の取材で、関口さんとお話されたいと思われたのでしょうか?
松井:関口さんと初めてお会いしたのは10年ほど前です。浅草にある老舗のおもちゃ屋「あかねや」さんを通じて、ご紹介してもらいました。浅草には昔ながらのおもちゃ屋さんがたくさんあったのですが、「あかねや」の店主さんはとても面倒見が良い方で、一番仲良くなったんです。
関口:僕も一番仲が良かったですね。とても良い人ですよ。
松井:私もドールなど子どもの頃に夢中になったような「おもちゃ」が好きで、自分の思い入れのあるおもちゃを絵の中に込めたい、という気持ちで20代の頃からコレクションしていたんですね。中には、販売が終わっていたり工場がなくなって作れなくなったりして希少なものも多いので、「今、買わなきゃ!」という衝動にかられることも。在庫をあるだけ抱えようと大量に買ったり大きなものを買ったりしてしまい、先日は幻の人形と呼ばれるジェニーちゃんの友だち「白人エリー」をカートンで買ってしまいました。ただ、結婚をして子どもが2人産まれ、ライフステージが変わったことでコレクターであり続けることの難しさに直面していまして。


自慢のコレクションを見せてもらい、驚きの松井さんと慣れた様子で解説する関口さん。「写真は1970年前後につくられたドール。寝かせると目を閉じる。『スリープアイ”と呼ばれる仕掛けが施されています」(関口さん)
関口:たとえばどんな悩み?
松井:あまり広いお家ではないので、子どもの物が増えてきておもちゃを置けるスペースがなくなってきてしまいました。上が小学生で下がまだ小さいので、上の子が勉強に集中できるように学習机を最近買ったんですね。置く場所を確保するために本棚を一つ動かさなければいけなくなり、本棚をクローゼットの中に入れようとしたら、今度はクローゼットに入っていた私のおもちゃの行き場がなくなってしまって……。
関口:コレクターは、場所を確保するのが大変ですからね。僕もこの部屋以外にも、別でおもちゃを収蔵している場所と自宅にもたくさんあります。
松井:おもちゃを整理しようかと思ったんですが、それは作家としての自分が薄くなっていくような気がしました。母でありながら作家であるためにもコレクターであり続けることも大事だと思っているのですが、集めて残すことの難しさを最近特に感じています。なので、日本を代表するファッションドールコレクターのひとりである関口さんにお話を聞きたいと思いました。

一度も空調を切ったことがないお部屋。「冷蔵庫に大事なおもちゃを仕舞われていると聞いたこともあります」(松井)
──コレクションしたドールをいい状態で保存することは大変ですか?
関口:集めるのは自分の好きでやっていることで、情熱さえあれば続けられるけれど、集めたものをどうやっていい状態で保存するのかというのは非常に難しい。僕の場合も、このコレクションを長く大事にしてもらいたいので、協力してくれそうな方にチラッと相談しています。
松井:関口さんはおもちゃの“延命”がお上手ですよね。若い頃の私は、日焼けや経年劣化などのおもちゃの寿命に気づけていなかったので、初めて関口さんのコレクションルームを拝見したときは衝撃を受けました。
コレクションを継続する秘訣

──そもそも、関口さんがドールを集めることになったきっかけについてお伺いしてもいいですか?
松井:バービーの恋人の「ケン」ですよね。
関口:そうそう。僕はファッションが好きで、その中でもトラッドな洋服が好きなんですけど、ケンがそういう格好をしていたんです。当時流行ったファッションが精巧に再現されていて、夢中になりました。
バービーは59年に生まれたんだけれど、当時の日本はまだ大変な生活をしていたので、人間よりも価値の高い洋服を着ているおもちゃっていうのは他になかったと思います。洋服の縫い目も、使われているパーツも、子どものおもちゃとは思えないくらい丁寧ですからね。「こんなものを着てみたい」と思ったし、理想を重ねていました。だから、いい服を見つけて、着せ替えることが今でも一番の楽しみです。
──子どもの頃は、ドールを買ってもらうことはなかったですか?
関口:まだ、高度経済成長の過渡期で、生活もままならなかったから人形を買う余裕はなかったですね。親は何も食べずに、子どもにだけ栄養あるものを食べさせようと生活をやりくりしていたような時代ですから。よく覚えているのが、ツイッギーが来日して、マクドナルドの日本一号店が銀座にできて、世の中がどんどんアメリカナイズされていく中で、だんだんと子どもも自分もおしゃれをして街を歩こう、というムードになっていきました。頑張れば、こういうお洋服が着られるかもしれないという憧れは、生活の励みになりましたよね。

関口泰弘さんの著書『Barbie & Ken 50th Anniversary』を読む松井さん
松井:こんな素敵なお洋服を着てみたいって、今の女の子がアイドルに憧れる気持ちと一緒ですよね。
関口:そうそう、こんなウェディングドレスで式を挙げたい、振り袖が着たい、というドールへの憧れが自分の頑張る原動力になっていた時代だと思います。ただ、時代は変わってきて、今は3Dやバーチャルでいろんなことができるから、人形にこだわる必要はないわけですよね。ドールの展示をやっても僕と同年代の歳を重ねた人ばかりで寂しいですね。
松井:コレクターの世代交代がどうあるべきか、というお話も聞きたかったです。美術の分野においても同じことが言えるんですが、終活の一環で個人がお持ちの作品を美術館に寄贈してくださる方も増えてきていて、ドールだとどうでしょう?
関口:以前、BOUCHERONという世界的なジュエリーブランドが、新作コレクションと一緒にバービー人形を飾ったことがあります。そのときに、バービーはハイブランドとも肩を並べる存在なんだと知りましたし、全く引けを取っていなかった。これまでも、ディオールやジバンシィ、ケイト・スペードなどあらゆるブランドとコラボレーションをしていますから、価値も高かったんだと思います。でも、昔ほど世間に認められているかどうかはわからないですね。実際にモノとしてかさばるので、コレクションも難しいですし。

松井:私は西洋の骨董ドールを集めているんですが、世代交代がうまくいっていない印象があります。人形自体がボリュームもありますし、壊れやすいので扱いが難しいです。
関口:松井さんは保管場所をどうしているの?
松井:自宅とアトリエの一角、作品を収蔵しておく倉庫にもおもちゃを入れています。ただ、20年くらいかけて集めてきたものがだんだんとパンクしてきました。

関口:だから、コレクションしたいものを絞らなきゃダメですよ。厳選しないと大変なことになるよ……って、言っている本人がこんなことになっているけれど(笑)。
松井:ほんとですよ(笑)。
関口:でも、最近は洋服を着せることに集中しようと思って、集めるものは「現代ファッション」と決めています。やっぱり着せ替えが好きだから、いろんな洋服を買ってきて、全部一気に袋を開けるんですよ。もともと人形が着ていた洋服のイメージを捨てて、どの洋服とドールの組み合わせが一番いいか考えるのが楽しいです。最近はSF的なファッションに惹かれます。
手放したら、私を諦めることになるのではないか

関口さんのドールコレクションをバックにして。関口さんが手に持っているのは、雑誌の懸賞でしか当たらない貴重なドール
──コレクターとして大事なことは、何だと思われますか?
関口:まずは情熱ですよね。「もう、全部持っているでしょ」と言われるんですけど、マニアになると同じドールでも3体は欲しい。一つはコレクション、もう一つは触ったり遊んだり、もう一つが展示ですよね。不思議なことに、欲しいものを念じると自分の手元にやってくることがあります。
松井:関口さんのところに、大事なおもちゃを持ってくる方もいると聞きました。
関口:私なら大事にしてくれるだろうから、という理由で持ってきてくれる人はいますね。でも、自分の思いを込めて手に入れたものでないとコレクションとは言えないかなと思います。もちろん、譲ってくれたおもちゃは大事にしますけど、別物かもしれない。松井さんは、子どもの成長とおもちゃのコレクション、どっちが大事かなとか考えちゃう?
松井:子どもの成長は絶対大事ですけど……ピーター・パン症候群みたいなところがあり、子ども心がないと作品がつくれない、というジレンマがあるんです。私が私であるための繋ぎ止める要素が「おもちゃ」だと思っているので、おもちゃを手放したら私を諦めることになるんじゃないかと思うんです。
関口:そうだね、それはできないね。

《イミテーションサパー》Photo: Yoshinori Mido Courtesy of ANOMALY
関口:おもちゃは松井さんの絵の原点なんだね。
松井:そうですね。ですが、スペースの問題もあって、おもちゃを手放さなきゃいけないのかなと悩んでいます。関口さんのコレクションをご家族は継がないのですか?
関口:継がないね。怖くて人形部屋に入れないみたい(笑)。
松井:最近、生前親交があった方の遺品整理にお呼ばれしたんです。そこで、彼が集めたものを見ながら、いつか私のコレクションもこうなるのかなって思いました。亡くなったあと、コレクションの行き場がなくなってしまうのは怖いです。
関口:僕は、自分で買ったものは亡くなるまで持っておこう、と決めています。死んだ後は破棄するなり知り合いに譲るなり、家族の好きにしていい。自分の思い出を人に渡しちゃいけないって、いつも思いますよ。
松井:でも、関口さんのコレクションは東京おもちゃ文化遺産なので大事に守り抜いてほしいです!

ARTIST

松井えり菜
画家
1984年岡山県生まれ。東京都在住。 松井えり菜にとって、自画像はコミュニケーションツールであり最も身近なモチーフである。GEISAI6にて金賞を受賞した『エビチリ大好き』に代表される変顔作品は、濃厚な実体験を通して、他者と笑いや感情を共有したいという想いをキャンバス上に体現するものである。 デビュー時より自画像表現の可能性の模索を続け、近年は直接的に顔を描写する表現に留まらず、幼少期に油絵に触れるきっかけとなった西洋画と少女漫画をコマ割りで繋ぎ合わせる「古典回帰」シリーズ、今を生きる女性の感情を可視化する層を描いた「レイヤー」シリーズ、自身の分身ともいえる「ウーパールーパー」をモチーフにしたシリーズなど、幅広く制作に取り組んでいる。 主な展覧会に「アストラル・ドリーマー」(ANOMALY、2024)、市原湖畔美術館子ども絵画展「市原じがぞうの国」(市原湖畔美術館、2024)、カルティエと日本 半世紀のあゆみ「結 MUSUBI」展 ― 美と芸術をめぐる対話(東京国立博物館、2024)、「 日本・バングラデシュ外交関係樹立50周年記念企画展覧会」(Zainul Gallery、2022)、「 アトリエ ドゥ マツイ エリナ」(鹿GINZASIX 蔦屋書店、2021)、「令和おとぎ草子 桃太郎 KAMISHI By 松井えり菜」(岡山県立美術館、2020)など国内外で精力的に活動している。
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