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2026.01.14
「ツルツルよりザラザラが好き」作家・徳谷柿次郎が語る、自分の意思を選び取る生き方 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.43
Photo / Naohiro Kobayashi
Interview & Edit / Quishin
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは、長野を拠点とする株式会社Huuuuの代表で、自身も長野県信濃町に暮らしながら作家・編集者として活動する徳谷柿次郎さん。2015年のウェブメディア『ジモコロ』立ち上げ時から日本中を飛び回り、多くの地域でいろいろな人々と交流してきました。柿次郎さんは旅先で、たくさんのお皿や器、工芸品・民芸品、郷土玩具、雑貨、そして、アートまで、本当に様々なものを購入してきたと言います。
それらにある共通点は「ツルツルよりも、ザラザラしているほうが好き」という感覚。ザラザラが好きという感覚は、柿次郎さんが惹かれるという「クセの強い人」にも通じるものであり、自身の生き方にも色濃く反映されていることがわかってきました。
# はじめて手にしたアート
「応援しているラッパーが売れたときに近いうれしさがあるんだなって」

柿次郎さんの暮らす、長野県信濃町の自宅前から見える景色
アートを購入し始めた頃からの作品のなかでも、特に思い入れがあるのは、Sablo Mikawa(サブロミカワ)さんの油絵ですね。
37歳くらいのときかな。その頃はサブロさんもたぶん、本格的なご活動を始められてまだ数年くらいのタイミングで。なのでこの作品、ナンバリングが「1」なんですよ。

展示会に足を運んだのは、もともと自分がラッパーの田我流さんが好きで、アートワークを手がけるサブロさんのSNSをフォローしていたことから。SNSで展示会のことを知って訪れたんですけど、この絵と出会ったとき、「めっちゃ自分っぽい」って思ったんですよね。
まず、顔が似てる。それから、風船のように膨らんでいる体も。自分の体を大きく見せて「やってこ!」って無理矢理にでも鼓舞してる自分の感じと重なるなって(笑)。額装も長野県内の職人さんに依頼して、ちょっとクセのある、特殊な加工をしてもらいました。
サブロさんは今では売れっ子ですが、そういった作家さんを初期の頃から知っていて、足を運んで作品を購入させてもらったというのが、単純にうれしいことだなって思ってます。応援しているヒップホップのラッパーに抱く感情と近いものがあるかも。「俺、あいつの音楽、初期の頃から聴いてたんだよね」って言えるようなうれしさを、サブロさんと、この作品から教えてもらいました。
# アートに興味をもったきっかけ
「30歳くらいまでアートは縁遠いものと思っていたけど、『ジモコロ』によって距離が近づいていきました」

僕は大阪のマンション育ちなんですけど、父親が借金して極貧生活を送っていたというのもあり、「アートというのはお金があって、余裕があるヤツじゃないと買えないもん」とずっと思っていました。
10代の頃はハードコアな社会派の映画『アメリカンヒストリーX』が好きで映画のポスターを壁に貼ったりもしていたので、たぶんそれが最初のアート的な体験。でも、自分が購入するなんてことはまったく想像できなかった。
衝撃だったのは20代後半で上京して、ウェブメディアの世界に入って編集や出版に携わる人たちとの交流が増えていくなかで、周りのみんなが「アート」や「建築」を通っていると知ったこと。「こっちがずっとプロレスや格闘技の動きを追ってるときに、みんなアート見てたんだ?」みたいな(笑)。
そうやって30歳を過ぎるくらいまで、アートは自分とは縁遠いものと思ってきましたが、32歳でウェブメディア『ジモコロ』をつくってからちょっとずつ距離が近くなっていった気がします。
全国を取材で回るなかで、民芸品や郷土玩具に触れるようになったり、ローカルのギャラリーに足を運ぶようになったり。イラストやデザインを依頼する流れのなかで、友だちや仕事仲間の個展に行くような動きも増えていきました。
# 思い入れの強いアート
「すごくいい本棚がツルツルとした家に合わなくて、『ハードを変えなきゃハマらん!』と気づいたんですよね」
ジモコロ取材のなかで手にしたアートで言えば、ひとつは、秋田県象潟町(現にかほ市)出身の木版画家・池田修三さんの作品。

編集者の藤本智士さんが秋田のフリーマガジン『のんびり』で特集したのをきっかけに、再評価された作家さんです。そんな藤本さんと一緒に「池田修三を辿る旅」をして、ジモコロで記事にさせていただきました。後日、藤本さんからもらった作品が、この木版画です。
僕はわりと木版画が好きで、友人からもらった大谷一良さんの作品もお気に入り。すごい作風だなあと感じます。

お仕事でつながった作家さんで言うと、丹野杏香さんの作品も大切に飾っています。書籍の表紙を依頼したことをきっかけに、購入しました。切り絵っぽいイラストだけど、日本的すぎないところに惹かれます。

会社を立ち上げてからは、自分でも意識して作品を購入するようになりました。出会って、いいなと興味が湧いたものは、とにかく買う。アートを受け取った自分がどんなふうに変化していくのかを観察してみる、ということをやってましたね。
そんななかでひとつ、明確な変化があって。
まだ信濃町に移り住む前、長野市内のふつうの賃貸住宅に住んでいたときに、空き家や古材を活用した空間やプロダクトデザインを手がける 「ReBuilding Center JAPAN」の東野唯史くんに、本棚をオーダーでつくってもらったんです。古材を活用した、すごくいい本棚にしてもらいました。
ただそれを、一般的な賃貸住宅特有のツルツルとした質感の自宅に迎え入れたとき、「ぜんっぜん、合ってないな」と感じちゃって。本棚だけじゃなく、旅先や取材先で購入した作家さんのうつわも、ほかの大量生産された食器類と並べたときに、違和感を感じるようになってきて……。
それで、気づいたんですよね。「これはもうハードのほう、空間というキャンバスから変えないと、いくらいいものを買ってもハマらん!」と。その気づきがあって、信濃町の住まいはリノベーションして、土っぽい感じにしたんです。

# 作家としての意識
「自分の行為に主体的である人は、陰影が深くて、ザラザラしていて、おもしろい」
自分が手にしてきたものや、それらを飾る空間をどうつくってきたかを振り返って思うのは、僕は、ツルツルよりも、ザラザラしているほうが好きなんだってこと。
それは「質感」の話でもあるんだけど、つまりは「手触り」が感じられるものが好きだということでもあるし、「陰影が深いもの」に惹かれるということです。
髪を金髪にするのでも、アートのなかでもあえて木版画を買うのでも、なんでもいいんですけど。「わざわざ、こうする」という個人の意思が反映されたものだったり、そうしている人に、ザラザラを感じます。逆に、個人の意思が介在しないで合理的に、あるいは無意識的に、「別にこれでええやん」って選ばれたものには、ツルツルした感じを覚える。
僕がツルツルアレルギーなのは、自分がずっとツルツル育ち、文化無し、金無し人間だったからかな(笑)。

こんなふうに言葉にできたのは、現代アーティストの岡本亮さんとの会話がきっかけでした。最近、岡本さんに、「クセが強いってなんなんですかね?」と聞いたんです。僕はいわゆるクセが強いと言われるような人に惹かれるし、好かれやすいという自覚があったから。すると岡本さんは、「人生のなかで、これがいい・悪い、これが好き・嫌いという一つひとつの判断を積み重ねた人が、クセが強い人」と即座に答えられた。
つまり、自分の行為に主体的である人は、そのぶん陰影が深くて、ザラザラしていて、おもしろいんだってこと。僕が「クセが強い人」に惹かれるのは、その人が意思を持って判断を積み重ねてきた結果、ザラザラとした深みが出ているからだとわかったんです。

僕は今、43歳ですけど、この先の50代を見据えたときに、自分自身がもっと作家的に振る舞って何かを残していきたいと思っています。
これも、「ザラザラの話」とつながっていて。やっていくことは、これまで通り「なんでこれが好きなんだろう?」を言葉にしていくだけかもしれない。でもそれを、編集者として少し俯瞰したところからではなく、「私」が前に出てやっていく。そうすることで、世の中に対して、よりザラザラとしたものを出せるはずだと思っています。
そういう気持ちから、『徳谷柿次郎の作家になりたい!』というPodcastを、2025年から始めました。これも、あえて「作家になる」と意思表示しているのが、めっちゃ重要なことだと思ってます。宣言すればおのずと身体が動きますからね。
# アートと近づくために
「理屈じゃねえ、とにかくまずは、買え!」

30歳過ぎまでアートに疎かったという話から、そんな自分が作家として進んでいく決意をするまで、いろいろと話してきましたが、何よりもまずは買うことですね。買わないことには何も始まらない。僕がアートをまだ買ったことのない人に何か言えることがあるとしたら、買え!まずは買え!ということ。
アートを買うという行為は、相場価格を見て損したくないからとか、得したいからといった動機からくる購入体験とは全然違うものだと思います。たとえば、自分がいいなって思ったものを買っていくことを、1年間で10回くらいやってみる。そうすると、町のお店の見え方も、世の中の見え方も絶対に変わってくるんです。
たとえば、僕は長野でお店をやっているからわかるんですけど、店内に置いてあるアート作品にお客さんが反応してくれると、一気に距離が縮まる。「あっ、この作品があるってことは、こういうスタンスなんだ」って、言葉を交わさなくてもわかり合える。好きな作品を飾ってみることは、自分のスタンスを表明することでもあって、それだけでコミュニケーションの質が変わったりするんです。
でもそれも、買ってみないことには、体験できないこと。なので、「いいな」と思った出会いに対しては、とにかく行動を起こしていく。それを僕自身も大切にしていきたいし、アートにちょっと距離を感じている人にこそ、意識してみてほしいですね。

DOORS

徳谷柿次郎
作家 / 編集者
1982年、大阪生まれ。株式会社Huuuu代表取締役。新聞配達と松屋のアルバイトでコツコツと積み上げる労働の原点を培う。二度目の上京で編集プロダクションに拾われて、社会人の喜びを知る。その後、ウェブ系のコンテンツ制作会社の創業期に転職。35歳で独立。長野県に移住をして、全国47都道府県行脚がスタート。主な仕事に『ジモコロ』『サストモ』『SuuHaa』『OYAKI FARM』『DEATH.』など。40歳の節目で『風旅出版』を立ち上げて自著『おまえの俺をおしえてくれ』を刊行。長野市では『MADO / 窓』『スナック 夜風』『パカーンコーヒースタンド』を営んでいる。
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