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- 情報の波に飲み込まれないために、自分の「純粋な好き」にいつでも手が届くようにしたい / 坂口涼太郎の自分の感覚に立ち返らせてくれるアート本5選
INTERVIEW
2026.01.14
情報の波に飲み込まれないために、自分の「純粋な好き」にいつでも手が届くようにしたい / 坂口涼太郎の自分の感覚に立ち返らせてくれるアート本5選
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Naoya Ohkawa(Booklist only)
SNSを開けば、数多の情報にあふれている時代。日常生活から遠く離れた世界の話や、多くの人が“いいね”をつけるものばかりを見続けているうちに、気づけば、自分が本当に好きだったものが見えにくくなっていませんか?
幼少期から本とアートに親しんできた俳優の坂口涼太郎さんは、そんなときこそアートの本を通じて、「『これが素敵』と思ったときの自分に立ち返ることができる」と言います。そんな坂口さんに今回、「自分の感覚に立ち返らせてくれるアート本」を5冊ほど紹介してもらいました。
「あきらめることは、自分をあきらかにすること」2025年夏に発売された自身初となるエッセイに綴ったこの言葉は、自分の性格や環境を知り、本来手が届かないものには手を伸ばさず、自分の足元を大切にするという意味。情報の波にのまれ、視野が狭くなっているとき、静かにページをめくる時間は「純粋な好き」へとあなた自身を連れ戻してくれるはずです。
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「自分をあきらかにできるから、ひとりの作家を深く掘り下げた展覧会が好きです」
話題のドラマや映画に出演するほか、歌やダンスなど幅広く活躍し、個性を光らせる坂口涼太郎さん。本好きとしても知られ、2025年には初のエッセイ本『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』(講談社)を出版し、その豊かな文才にも注目が集まっています。
坂口さんの幅広い表現力の礎となっているのがアート。幼い頃から両親に連れられ、舞台や美術館に足繁く通っていたそうです。
「物心つく前からキラキラしたものや、歌ったり踊ったりすることが大好きな子どもで、両親はそんな私のためにバレエやミュージカル、美術館にもよく連れて行ってくれました。世界には美しいものがあると知れたし、たくさんの本物に触れることができた。それが自分のボキャブラリーにつながっていると感じるし、宝物のような体験です」
さまざまな作品に触れていくなかで、「自分はなぜこの作品が好きなのか?を、深く知りたい」という思いを強めていったと言います。
「好きなアートを深く知ることは、自分自身をあきらかにすることでもあると思うんです。たとえばモネの作品の色にずっと惹かれていましたが、フランスのオランジュリー美術館で『睡蓮』の実物を観たときにその理由がわかりました。
絵の解説に、『戦争でボロボロになった人たちが、睡蓮の絵がある部屋にいるときだけは瞑想しているような気持ちになれるように思いを込めて描かれた絵』と書かれていて。その想いを細胞レベルで感じていたから、自分はモネの色が好きだった。作品を知ることで、自分のことも知れた気がしたんです」
自分をあきらかにすることは、情報にあふれた現代で生きるうえでも大切なことだと考えているのだそう。
「今は、SNSでなんでも知れてしまう時代。もちろん自分と周りの人たちが理不尽にツラい目に遭ってしまわないように、情報を取り入れていくのは大切なことだけど、これって本当に必要なのかな?と考えないままに、自分と接点のない世界の話や多くの人がいいと言っている情報を浴び続けていると、自分の好きだったものや大切なものが見えにくくなってしまう。
そういうときにアートブックや作家の本を手に取ることで、そのアートや本を素敵だと感じたときの自分に立ち返ることができるんです。それが“家にある”から、いつでも自分に戻ることができる。無意識にでも視界に入って、手が届く場所にそういった存在があることが、とても大切じゃないかと思っています」
坂口涼太郎さんが選ぶ「自分の感覚に立ち返らせてくれる」5冊のアート本

坂口さんが今回セレクトしてくれた5冊の本は、「自分の感覚に立ち返らせてくれる」アートの本。
ひとりの作家について理解を深められる本から、アーティストの言葉の強さを感じられる本、眺めて幸せな気持ちになれる絵本までバリエーション豊かなセレクトになっています。
命懸けで自由と向き合った芸術家の美しい生き様に励みをもらう

①『堀文子の言葉 ひとりで生きる』堀文子(求龍堂)
「日本画家である堀文子さんが、過去にインタビューで残した言葉を再編集して綴った本です。書店で見つけたとき、『ひとりで生きる』というタイトルが目に飛び込んできて『私もです!』という気持ちで手に取りました。
1ページに一言だけ掲載されている構成で、言葉がすごく響いてきます。なかでも『自由とは命懸けのこと』という言葉にはハッとさせられました。ひとりになるって、ラクなようにも見えるんだけど、実はすごく厳しいこと。自分と向き合うことが一番苦しいわけですから。それを堀さんは実際になさって素晴らしい作品を残してくれた。人生の先輩でこんなにも美しくかっこよく、ひとりで生きた方がいたということがすごく励みになる。そんな本です。
この本を読んでから、堀さんの展示も観に行きました。まずお人柄を知ってから作品を観に行くという、いつもとは逆の順序でのアート鑑賞でしたが、自分が素敵だと思う人の作品はやっぱり素敵なんだと信じさせてもらったような体験になりました」
直線を描くように煩悩を断ち切ってくれる「滝行」本

②『これでおしまい』篠田桃紅(講談社)
「こちらも堀文子さんの本と同じく、かっこいい人生の先輩の言葉が詰まった一冊です。篠田桃紅さんは書から墨を使った抽象表現という新たな芸術を切り開いた方ですが、この本を読むと、邪念や煩悩がバッサバッサ成敗されて滝行と同じくらいの効果があると思っています。
桃紅さんの言葉には、言い切る潔さと強さがある。そうじゃないと書道はできないものなのかも。直線の作品を多く残されていますが、信念をもって線を引いているというのが、言葉からも作品からも伝わってきます。
言葉の間には、桃紅さんの少女時代からの年表やご本人の随筆なども掲載されているので、作家の人生を深く知るという意味でもおすすめです」
「個性ってなんだろう?」を考えさせられるアートブック

③『個性的な人』オルガ・トカルチュク・文、ヨアンナ・コンセホ・絵、小椋彩・訳(岩波書店)
「私の最近のおすすめで、アートブックのようなつくりも読んでいて楽しい気持ちにさせてくれますが、なにより惹かれるのは、ストーリー。だれもが認める魅力的な顔を持つ“個性的な人”が、SNSに自撮りを流し続けるうちに、自分の顔の輪郭がだんだんぼやけてくる……という物語なのですが、これだけSNSが発達した社会で、“なりたい自分”が果たして本当にそうなのかを考えさせてくれます。
私もコンプレックスだらけの子どもで、昔は『二重になりたい』なんて思っていましたが、今やこのつぶらな瞳がおしゃれだって褒められたりして、短い時間軸でこんなにも美醜の感覚も変わってしまうものだと思わされます。
そうだとしたら、社会に合わせてうまく生きていくことにどれほどの価値があるのか。それよりも自分の個性をどんどんあきらかにして、その自分を認めて、居心地のいい場所を見つけることが“個性的であること”の真髄なんじゃないかと思うんです」
現代社会の哀しさと愛しさをユーモアで描いた作家の生涯を知れる名編集

④『別冊太陽 石田徹也』(平凡社)
「石田徹也さんの作品が大好きなんです。四角い箱の姿になって電車に積み込まれるサラリーマンや、ガソリンを入れるように牛丼を食べる人々など、日本社会が抱えてきた哀しみと愛しさがユーモアを込めて表現されていて、心は強く揺さぶられるんだけどいやな気持ちにはならない。私はそういうアートに惹かれるのかもしれません。
2005年に31歳の若さでお亡くなりになられましたが、このムック本では作品とともに日記やアイデア帖に書かれた言葉も収録され、作品を手がけた背景にある作者の考えの断片を知ることができます。巻末には石田さんの親友が寄稿されているのですが、石田さん自身が芸術そのものだったのだと感じさせる素晴らしい内容でした。
そうやって人柄を知ってから作品を観直すと、なんだか胸が締め付けられるような気持ちになる。まるで展覧会に行ったかのような体験ができる、私にとってはそんな一冊です」
心の中にある風景を想起させる、幸せにあふれた絵本

⑤『あさになったので まどをあけますよ』荒井良二(偕成社)
「アートには、心の中にある記憶を呼び覚ましてくれるような一面もあると思っています。荒井良二さんが手がけるこの絵本は、まさにそんな作品。
世界中の子どもたちの家の景色を描いた作品で、窓を開けている子どもを外から描いた様子と、その子どもが窓から見ている景色が淡々と交互に描かれていきます。
この本を見ると、世界中のどこに住んでいる人でも『これ、あそこの景色みたい』と自分の記憶と通じるような絵が必ずあると思うんです。そういう意味で、世界にボーダーがないような、幸せな気持ちになれる。あざやかな色彩も本当に美しくて、一点一点がまさにアートだなと思います」
アートを生活に取り入れると、感性のバロメーターになる

「アートの楽しみ方は、美術館に行くことだけではなく、生活に取り入れてこそだと考えています。意識して鑑賞しようと思わなくても、日常の中で自然と視界に入るところに、美しいと感じるもの、心地いいと思えるものを置いておくことが、心身にとっていいことだと思うから。
反対に、置いてあるアートに目がいかなくなったら自分が疲れている合図。視野が狭くなっているなとか、生活に追われているなとか、今の自分の状態に気づくことができます。
私の場合は、よく展覧会でポストカードを買ってきて、冷蔵庫の上に飾ったり、季節ごとに替えたりして楽しんでいます。『今月はモネ展にしよう』とかね、プチ展覧会を家でやっちゃう。スマホの待ち受け画面を好きなアートに替えてみるのもアリだと思いますよ」
アートは、自分の“純粋な好き”を思い出させてくれるもの。大切なものが見えにくくなっているような気がしたら、身近なところに好きなアートや本を置いてみてください。
DOORS

坂口涼太郎
俳優
1990年兵庫県生まれ。2010年に俳優デビューし、映画『ちはやふる』シリーズや連続テレビ小説『おちょやん』や『らんまん』など話題作に出演。中学生の頃からダンスに親しみ、振付師やダンサー、シンガーソングライターなど幅広く活躍する。2025年には初のエッセイ『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』を上梓。自作の短歌も収録されている。
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