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- 【前編】銀座を巡りながら考えた、私が旅に出る理由 / 連載「作家のB面」Vol.16 遠藤薫
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2023.10.20
【前編】銀座を巡りながら考えた、私が旅に出る理由 / 連載「作家のB面」Vol.16 遠藤薫
Photo / Kaho Okazaki
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
今回は工芸をベースにさまざまな作品を制作する遠藤薫さんと銀ぶら。晴天の休日、歩行者天国になった銀座通りを歩きながら影響を受けた「銀座」という場所の話からスタート。そこから、遠藤さんの作品には欠かせない「旅」にまつわる話に展開していきます。
十六人目の作家
遠藤薫
沖縄や東北をはじめ国内外で、その地に根ざした工芸と歴史、生活と密接な関係にある政治の関係性を紐解き、主に染織技法を用いて、制作発表。雑巾や落下傘、船の帆などを制作し、「使う」ことで布の生と人々の生を自身の身体を用いてパフォーマティブにトレースし、工芸の本質を拡張することを制作の核とする。
沖縄県立美術館『琉球の横顔』(沖縄、2020)で展示した琉球ガラスの作品《Molotov cocktail/ Coke/ Okinawa/ 1945》
青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC) 『いのちの裂け目- 布が描き出す近代、青森から』(2020)の展示シーンより。青森を含む全国各地から着られなくなった着物を譲り受けて、津軽裂織の技術を用いて制作したパラシュート
銀座って神社のようだなと思うんです
今回の取材場所として「銀座」を指定した遠藤さん。お気に入りのスポットを回ります
ーー今回の撮影の舞台は銀座です。遠藤さんは「東京ビエンナーレ2020」で、47都道府県にある“銀座”と名のつく場所を巡り、そこで見つけた何かを東京銀座のギャラリー47軒に展示するプロジェクトを行っていましたね。とてもおもしろい試みでした。
思い返せば、日本のことをあんまり知らないと思ったんです。特に近代のことが。プロジェクトを始めたのは東京オリンピック開催前というタイミングだったこともあり、1864年のこと(*1)、そして改めて明治維新あたりから戦後の歴史を調べていたんです。ちょうどその頃、そういえば全国に「銀座」と名のつく場所(金座や銅座もあります)があるということが気になって、そこを聖火ランナーのように回ってみたいと思ったのがきっかけです。その土地土地で調べたことや、地元の人から聞いたことなどをまとめたらおもしろそうだなと思いました。なぜ銀座に注目したかというと、一つはどの美術史を調べても絶対出てくるワードであること、そして近代日本における資本主義の象徴である(かつて銀座に銀の鋳造所があった)ことから興味を持ちました。
*1…….幕末、新撰組による池田屋事件や、幕府の第1次長州征討、四国連合艦隊が下関を砲撃するなど、明治維新に向けてさまざまな事件が各所で起きる。
森岡書店で行われた遠藤薫展「銀座」の様子
ーーそもそも東京の「銀座」という場所をどう見ていましたか?
東京に住む父の友人に案内をしてもらう形で、20歳の頃に初めて訪れました。当時は沖縄の大学に通っていたのですが、金髪に全身チェックの洋服という一番のおめかしをして行きました。その頃は辺野古の移設反対デモなどに参加していた側なので、お高くとまったイメージのする銀座をうがった気持ちで見ていました。でもそのときに連れて行ってもらったところが大衆的な酒場で、こういう場所もあるんだと驚きました。
それから10年後に銀座で個展をすることになり、さらにいろいろと調べました。銀座は資生堂や三越、民藝たくみ、画廊などを始め、近代の工芸史を語る上で重要な地。棟方志功や柳宗悦など、私の好きな名だたる先達たちもこの地に関わりがあることを知り、さらに好きになりました。銀座って神社のようだなと思うんです。人の気持ちが行き交っていて、「ハレ」の気配を感じます。
今では東京に住みはじめました。都会は苦手なんですが、どうやったら好きになれるかなって、そんな気持ちで。
おもしろい人達が集まる社交場
太宰治など名だたる文豪たちが通った〈銀座・ルパン〉に立ち止まる遠藤さん
ーープロジェクトで全国を回った際のエピソードも気になります。
たくさんあるのですが、たとえば島根のスナック〈ニュー銀座〉。場末のスナック風情なのですが、店内にたくさんの絵が飾られていました。ママ(2代目)は70代の御婦人。どうやらママになる前は丸の内で働いていたらしく、よく銀座にも通われていたそうです。絵も銀座のギャラリーで買われたとか。「お金に困っても絵は買う」とおっしゃっていたのが印象的でした。「美術は役に立たないって言われがちだけど、私はそうは思わないよ」と語ってくださって、私もここにいてもいいよ、と言われたような気になったりして。そんなふうに、とりとめもなく街の歴史や市井の人たちの声を拾ったりして旅していました。
〈ルパン〉の看板
ーー地方の銀座と東京の銀座がつながる瞬間がちゃんとあったんですね!
結果的に地方の銀座を歩きながら、近代の芸術や工芸、ゆかりの人物、文学、歴史などを学ぶ旅になったと思います。今日訪れた〈ルパン〉も、最初に訪れたきっかけは青森にありました。コロナ禍に青森で展示をしていたのですが、青森ゆかりの作家といえば棟方志功や太宰治(*2)などがいますよね。私は共に大好きな人達なので、青森での生活の中で彼らにまつわる場所を訪れたりもしていたんです。実は銀座は、棟方や太宰などを中心とした青森県人会が行われていたことがある場所。青森でも〈ルパン〉で撮影された彼らの写真をみていてずっと気になっていたのですが、正確な場所は知りませんでした。しかしあるとき銀座をさまよっていたら偶然たどり着いて。そのとき、現金1200円しか持ち合わせていなかったのですが、これで飲めるお酒はありますかとお願いしてお酒を飲ませていただきました。太宰が好きだと伝えると、太宰も飲んでいたであろう当時のショットグラスで、当時の海外のウイスキーを出してくれて。そのときたまたま隣にいた方が太宰の研究をされている方で、一杯だけではかわいそうだともう一杯おごっていただいたのもいい思い出です。太宰の、悲しくて恥ずかしくて、でも笑っちゃう感じが好きです。
*2…….版画家の棟方志功は1903年、小説家の太宰治は1909年に青森で生まれる。二人共、東京で活躍しながら地元・青森にまつわる作品を残した。
〈森岡書店銀座店〉が1階に入った鈴木ビルは1929年に建てられた
タイルやレリーフなど至るところに大正〜昭和のデザインが残る
鈴木ビルも、
続いて入ったのは1917年創業の〈月光荘〉へ
1940年、世界の標準色ルリの青、コバルトブルーの製造技法を国内で発見し、顔料からはじまる原料すべての自社製造に成功
遠藤さんもよくこの場所で画材を買い求めているのだとか
ーー〈月光荘〉はどうですか?
純国産絵の具の開発など、アートとは切っても切れないお店ですよね。上野駅に飾られている猪熊弦一郎さんの絵画(*3)も月光荘の絵の具を一部使用して描かれています。それに戦時中は軍にも絵の具を提供していたようで、そう思うと、藤田嗣治も月光荘の絵の具で戦争画を描いていたのかもしれない。その歴史背景などを考えても、やはり興味深いなと思います。古い建築をそのまま利用した月光荘の絵の具工場も、〈月のはなれ〉(月光荘がオープンしたカフェバー)も何度でも訪れたい場所です。
*3……JR「上野駅」の中央改札上に設置されている《自由》(1951)のこと。
私は「どこかの人」になれるのか
ーー全国各地、ときには海外までと、さまざまな場所を訪れ制作されている遠藤さんにとって、旅とはどういう存在なのでしょう。もう生活の一部になっているのでは?
元々「あわい」に住んでいたんです。出身は大阪、と言っても一駅で奈良県の山際でした。 私自身のルーツが樺太だとか四国だとか奈良だとかで、だから”大阪の人”という認識も薄いものでした。それからいろんなところに行くようになって、余計に自分がどこの誰だか認識しづらくなってきています。 沖縄に行けば沖縄の人になれるものだと思って沖縄の芸大に行っても、結局そうはなれなかった。いろんな場所で自分が何者であるかが試されている気がします。たとえばアイヌの民芸品について学ぼうとしても、アイヌではない私がそれをするにはどうしても摩擦が起こることがある。芸大時代に沖縄で紅型染め(沖縄がかつて琉球王国だったころに生まれた伝統的な染色技法)を学ぶ際にも、同様の苦労がありました。なんで大和の人がそれをするのかと問われてしまうことがある。「どこかの人」にならなければいけないのか。そして私は「どこかの人」になれるのか。そんなことをずっと考えていました。
沖縄県立美術館『琉球の横顔』(沖縄、2020)より、写真上が琉球ガラスの作品《Molotov cocktail/ Coke/ Okinawa/ 1945》の制作風景、下が展示に使用したパラシュートを沖縄の浜辺で飛ばす遠藤さん(動画作品より)
答えを求めて大阪の染め物工場にも出向き、お願いして働かせてもらいました。しかし、地元の注染であるにも関わらず全然しっくりこなかった。それでいろいろな歴史を調べてみたのですが、やはりよその目というものがその土地の良さを発見したり、別の目線で何かを汲み取るということがあるんですよね。それからは私はもう、「移動こそすべて」だと思うようになりました。どこかに居続けるということは何かに偏ることでもある。だとすれば、常に移動を続けて、どの場所にでもありうる普遍的な「不二」を求めてはどうか、と思い至りました。あらゆる物事の面が二つで一つであるような気がすること。分かちがたい明暗や善悪、裏表がぐるぐる回って言葉にしがたいこと。そのような事物のありようにもっと触れていたい、と。それが今の私の大切なテーマになりました。
沖縄県立美術館『琉球の横顔』(沖縄、2020)の展示シーンより、遠藤さんが手掛けたパラシュートなどが並ぶ。「身体の初期設定により、いつでもどこでもY字バランスができます(遠藤)」
ーー自分のアイデンティティを作品に昇華する作家さんも多いですよね。作家性がそこに表れる、ということもあると思います。遠藤さんは、あくまで部外者であり続けながら表現することを決めているところがおもしろいですね。
そうですね。表現するものに対して「確固たる私自身」の意思や信念はなくてもいいのかなと思っています。それは作品に対してもそうです。ありもので成るように成る造形。そこに私の趣味はできるだけ託さない。それから私の作品は、壊れてもいいと思えるものしかないんです。そしてそれは、必要があれば修復してもいい。たとえば美術館などに収蔵するときはたいてい、「壊れたらダメ」というルールが発生するんですけど、私は「壊れてもいい」というルールを立てて収蔵してもらったことがあります。修復もしてもらっていいし、使ってもらってもいい。そういういろんな条件で。とはいえ、全ての美術館がそういう風に対応できるわけではないので、できる範囲でお願いしていますが。綺麗なまま残すってなんだか少し不自然じゃないですか。それに、そのままで変わらずにいることって、私には気が重く感じられます。物や、自分自身の肉体、心の有様などに恒久性みたいなものを求められたら嫌だろうなと思って。損なわれても壊れてもいいと思えた方が気が楽ですよね。また繕って修復できる可能性が担保されていると、安心します。それはもしかしたら根なし草、ストレンジャー的な考え方なのかもしれないですけど。
ーーなるほど、固執しないような考え方もストレンジャー的なのかもしれないですね。ではいつも旅をする前に準備していることや大切にしていることはありますか?
偶然しか頼りにしてないです。前もっての準備などはほぼ何もしていません。事前のリサーチもほぼなしで回っています。あれも行かなきゃ、これも行かなきゃっていうより、その場所に居て、人と話して、時間をかければ自ずと何か立ち上がります。急かすとなぜか立ち消えちゃうので、いつもぼんやり、出来る限り、ぼーっとしています。
取材中、森岡書店の森岡督行さんとばったり。次回は遠藤さんの作品制作にとって切っても切り離せない、工芸と旅についてお聞きしました。
〈森岡書店 銀座店〉
「一冊の本を売る本屋」をコンセプトに2015年に鈴木ビルの1階にオープン。
住所:東京都中央区銀座1−28−15 鈴木ビル1階
営業時間:13:00〜19:00 月曜休
電話:03-3535-5020
展示の情報はInstagramにて
〈銀座・ルパン〉
1928年(昭和3年)に開店以降、名だたる文豪たちに愛されているバー。
住所:東京都中央区銀座5-5-11 塚本不動産ビル地階
営業時間:17:00~23:30 (L.O.23:00) 日曜・月曜休
電話:03-3571-0750
詳細は公式HPにて
〈月光荘〉
1917年の創業以来、画材の制作と販売を行う。アーティストのコミュニケーションを大切にしながら、商品開発も行い、対話を元に商品開発も行ってきた。
住所:東京都中央区銀座8-7-2 永寿ビル1F・B1F
営業時間:月曜~金曜は11:00~18:00、土曜・日曜・祝日は10:00~17:00
詳細は公式HPにて
〈月光荘サロン 月のはなれ〉
月光荘の原点であるさまざまなクリエイターたちが集まるサロン、自由な交流を持てる場を目指して2013年12月にオープン。連日ライブなども行われている。
住所:東京都中央区銀座8-7-18月光荘ビル5階
営業時間:月曜~土曜は14:00~23:30(L.O.22:30)、日曜・祝日は14:00~21:00(L.O.20:00)
ライブなどの詳細は公式HPにて
Information
「美術の中のかたち―手で見る造形 遠藤薫『眼と球』」
会期:2023年9月9日(土)〜12月24日(日)
会場:兵庫県立美術館 常設展示室(1階、2階)
住所:兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1
詳細は公式HPにて
「Material, or 」
遠藤薫さんの蚕を使ったテキスタイル作品を展示中
会期:2023年7月14日(金)~ 11月5日(日)火曜休
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
住所:東京都港区赤坂9-7-6
詳細は公式HPにて
ARTIST
遠藤薫
アーティスト
1989年大阪府生まれ。2013年沖縄県立芸術大学工芸専攻染織科卒業。2016年志村ふくみ(紬織, 重要無形文化財保持者)主宰アルスシムラ卒業。 最近の主な展示に『第13回 shiseido art egg』(2019年,資生堂ギャラリー /東京)、『Welcome, Stranger, to this Place」(2021年,東京藝術大学大学美術館/東京)、『琉球の横顔 ― 描かれた「私」からの出発』(2021年,沖縄県立博物館・美術館/沖縄)など。 『第13回 shiseido art egg』ではart egg大賞を受賞した。
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