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2023.08.18

【後編】正しさでは定義できない、曖昧な感情を求めて/ 連載「作家のB面」Vol.15 冨安由真

Text / Shiho Nakamura
Photo / Saki Yagi
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

前編では鳥、ワニ、シカなどの動物の剥製や、世界各地のお守りを見せてもらいながら「蒐集」というテーマで話を聞いてきました。後編では蒐集する上で影響を受けた「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」や作品制作の話に、踏み込んでいきます。

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【前編】現代アーティストが世界各地で蒐集して築いた“驚異の部屋”へ / 連載「作家のB面」Vol.15 冨安由真

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正しいものも、正しくないものも、等価

――後編では、冨安さんが以前運営されていた〈アーティストランスペース〉についてお聞きしていきたいと思います。その場所の名前にもなった「ヴンダーカンマー(Wunderkammer)」ですが、直訳すると「驚異の部屋」という意味ですね。15世紀から18世紀頃にヨーロッパで流行した、動物の角や牙、計量装置、絵画、陶磁器、地球儀から神話に出てくる生き物のミイラまで……さまざまな蒐集品を陳列した部屋のことですが、そこに着想を得られたそうですね。

どこでヴンダーカンマーのことを知ったのかあまり覚えていないのですが、イギリスにいるときから興味はあったんです。でも特に意識していたわけではなくて、日本に帰ってきて豊島園にあった古い家に住んだことがきっかけになりました。ここの前の家なのですが、昔、大学の先生が住んでいたそうで、立派なガラス棚が残されていたんですよ。それが博物館の展示棚のようで、ヴンダーカンマーのイメージに繋がって、ヴンダーカンマーをテーマにしたアーティストランスペースをやろうと思いついて。その時点で自分の蒐集品がかなりあったので、その棚を使って8畳ほどのスペースを常設展示室と呼んで公開していました。それとは別に、14畳の和室の畳を取り払って展示スペースにして、個人的にいいなと思った若い作家さんに声をかけて企画展も開いて。2014年から3年ほど続けていました。

アーティストランスペース〈Space Wunderkammer〉の入口

コレクションなどが並ぶ常設展示室

――自宅の中で展示をされていたのですね。

ええ。当時、私は東京藝大の博士課程にいたのですが、ギャラリーやキュレーターが声をかける作家さんにはちょっと偏りがあると感じていたんです。また、学生を見ると、すごく内気だったり、自己アピールが苦手な人も多いな、と思っていました。いい作品を作ってはいるけど、見つけてもらえないという。すごくもったいないと感じていたし、同じアーティストの目線だからこそ気づけることもあると思って、基本的には大学や大学院を卒業したばかりの方を中心に声をかけて、(非営利のため)無料で展示をしてもらっていました。

展示室

でも、私自身も無名に近かったので、展示スペースを持ったところであまり人は来なかったので申し訳なかったです。もっと他のやり方があったと今は思うのですが。

――ご自身のコレクションを見せるという目的もありつつ、日本のアート界の在り方にも思うことがあったのですね。

そうですね。学生までは大学という機関に所属しているので機会はいくらでもあるものです。先生とも話せるし、誰かに作品を見せることができる環境があって。一番問題なのは、卒業してすぐ行き詰まってしまう作家さんが多いと今も感じています。だから、非営利のスペースだし、本当に自由にやってくださいと作家さんには伝えていました。

冨安さんのご自宅の絨毯の上には木製の蛇の玩具

――博物館的な見せ方ではなく、どうしてヴンダーカンマーを目指したのでしょう。

ヴンダーカンマーの良さは、価値があると言われているものとないと言われているものが同等に扱われて飾られていることだと思うんですよね。例えば、科学的なものとして説明されるであろう鉱物も、人魚のミイラとかユニコーンの角といったいわゆるフェイクだと言われているものも、同じように並べられている。正しいか正しくないかで分けられていないのですよね。蒐集者が純粋に「面白い」と思ったものを集めているのがいいなと。

また蒐集の話に戻りますが、その話にも繋がるので、古い写真のコレクションもお見せしたいと思います。

蒐集している写真のコレクションを見せてくれた

――肖像写真が多いようですね。

前編でもお話ししましたが、イギリスでは骨董市がしょっちゅう開かれていて、毎週のように通っていました。その中に、19世紀くらいの白黒写真がどさっと安く売られているんですよ。

ロンドンで毎週開催されているアンティークマーケットで購入した写真

有名な誰かというわけではなくて、名もなき庶民の人たちが写っているものです。他にも、ネットでも1990年代とかの写真が出品されていたりして、最近はワールドトレードセンターが写っている写真を買いました。

――それにしてもすごい数ですね。今ならネット上でいくらでも画像は見つかりそうですが、プリントされているものに意味があるのでしょうか。

ものとしての存在感が強いので、そこからインスピレーションが湧いてくるんですよね。以前からこういった肖像写真をもとに描いています。最初の頃はわりとそのまま描くという感じだったのですが、最近は顔やポーズなんかも結構変えて描いています。

《Multiple Eyes (Sweet Bug)》(2019)/パネルに油彩, 撮影: 加藤健

《Girl with Rainbow Triangles (rooted)》(2012)/木板に油彩・木炭・鉛筆

――制作はもともと絵画からスタートしているのですか?

家が芸術家系だということもあり、幼少期から芸術環境で育っていたと思います。それもあって、子どもの頃から絵を描くのはすごく好きでしたけど、本格的にデッサンや油絵を学び出したのは高校生の頃に通っていた美大予備校からですね。中高生の頃は、音楽をやったり演劇をやったり詩を書いて文集を制作したり、興味のあることはなんでもやっていたんですが、予備校に通ってからは油絵など絵画作品を制作することが多くなりました。

《The Doom》(2021)/個展「The Doom」展示風景/ART FRONT GALLERY(東京), 撮影: 西野正将, Courtesy: ART FRONT GALLERY

《かげたちのみる夢 Remains of Shadowings》(2022)/「瀬戸内国際芸術祭2022」展示風景/豊島 甲生地区(香川), 撮影: 木奥恵三

――冨安さんは、絵画作品だけで構成された展覧会もされていますが、近年はインスタレーションによる展覧会を多く開かれています。インスタレーションへと制作が変化していくことになった理由とは?

徐々にではありますね。絵画ではない映像などのメディアにもずっと興味はあったのですが、特にイギリスにいるときは生活が大変だったこともあって、絵以外に制作する余裕がなかったんです。チェルシー・カレッジ・オブ・アーツの大学院の修了制作のときに初めて、絵を絵だけで見せるという方法ではなく、壁にドローイングを描いてその上に絵を設置するというやり方で見せました。そのあたりから少しずつ空間への意識が広がって。帰国後、東京藝大の博士課程に入ってからは、絵画をインスタレーションでどう見せるかということにチャレンジして、次第にこういう形になりました。

 

曖昧な中で、思考を巡らせること

心霊写真をまとめた写真集『The Perfect Medium : Photography and the Occult』などが並ぶ

――最後に、〈原爆の図 丸木美術館〉で開催中の個展「影にのぞむ」についてお聞きしたいと思います。展示では、被爆3世である冨安さんが、おばあ様から聞いたお話についても書かれていますね。

祖母はもう亡くなりましたが、広島での被爆体験の話を聞いたのは私が中3のときでした。後にも先にもその一度しか話を聞いたことはないので、彼女もあまり話したくなかったのだと思います。

ちょうど祖母からその話を聞いた頃、中学の課外活動の一環で丸木美術館を訪れる機会があって、《原爆の図》には本当に衝撃を受けました。当時から創作活動をしたいとぼんやりと思っていたのですが、いつか自分も広島の原爆に向き合った作品を作りたいと考えるようになりました。そのときは、それがいつになるかもどこで展示するのかもわからなかったのですが。

原爆の図 会場風景 原爆の図 丸木美術館

原爆の図第1部《幽霊》 原爆の図 丸木美術館

母校はその課外活動を毎年続けているので、あるとき、丸木美術館の学芸員さんが学校の美術の先生から、「卒業生に現代美術をやっている人がいる」という話を聞いたそうで、私の名前を知ってくださっていたこともあり、一度お話をさせてもらうことになったんです。丸木美術館には非常に思い入れがあるということをお伝えして、今回の展示が実現することになりました。

《影にのぞむ》(2023)/原爆の図 丸木美術館(埼玉), 撮影: 冨安由真

――今回、被爆者の方々に話を伺ったそうですね。展示室にはその方々の手をかたどったオブジェクトが吊るされています。

さらに、天井には小さい光の球がくるくる回る演出をしているのですが、あれは人魂をイメージしています。それは被爆者の人々の証言に、「遺体から光が浮き上がっていた」「人魂を見た」という話がとても多く残っているためです。私も子どもの頃に自分の部屋で人魂を見た体験があるので、その人魂に近い形で光の演出をしています。

《影にのぞむ》(2023)/原爆の図 丸木美術館(埼玉), 撮影: 冨安由真

――普段、展示を通して、見る人にはどんなことを受け取ってほしいと考えていますか?

曖昧な領域というものを大事にしたいと思っているんです。ですから、見てくれたお客さんが単に「怖い」という気持ちで終わってしまうのではなく、もっと何か曖昧な感情を発生させたいな、と考えています。怖いけれど何か懐かしいとか、落ち着くけれどどこか心細いといった、簡単には言えない複雑な感情というものを感じてほしいと思っていて。

展示ではステートメントにする必要もあるので言語化しますが、本来は、言葉にしづらいなんとも言えない感情を思い出すことや、それこそ霊的なものも含めて「あるのかもしれない」ということを感じたり、子どもの頃って暗闇が怖かったなということを思い出したり、そういうことを促すものをつくりたい。

――そういった曖昧なものを思い出すことは、今、簡単に情報や答えにアクセスできてしまうからこそ大切だと思います。

そうですね。なんでも結論づけてしまわずに、そうではない曖昧な部分というものを心の中にとどめておくこと。とどめられるようになったらいいな、と思います。

bmen

 

ARTIST

冨安由真

アーティスト

1983年東京都出身。2005年に渡英し、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ、ファインアート科にて学部と修士を学ぶ。2012年に帰国。2017年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻修了、博士号取得。心霊や超常現象、夢など、不可視のものや科学的に解明されていないことをモチーフに、現実と非現実の狭間を鑑賞者に意識させる作品を、没入型のインスタレーションや絵画、立体など多様なメディアを横断しながら、数多く発表する。 主な展覧会に「瀬戸内国際芸術祭2022」(豊島/2022)、個展「アペルト15 冨安由真 The Pale Horse」(金沢21世紀美術館/2021-22)、個展「漂泊する幻影」(KAAT 神奈川芸術劇場/2021)、個展「くりかえしみるゆめ Obsessed With Dreams」(資生堂ギャラリー/2018)、個展「guest room 002 冨安由真:(不)在の部屋――隠れるものたちの気配」(北九州市立美術館/2018)など。主な受賞に第21回岡本太郎現代芸術賞特別賞(2018)、第12回 shiseido art egg入選(2018)など。

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