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REPORT

2025.01.29

不在の中で響く、現在の音━━音楽家・蓮沼執太がレポートする『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く | 展覧会』

Text / Shuta Hasunuma
Edit / Eisuke Onda

現在、東京都現代美術館で開催中の音楽家・アーティストの坂本龍一の国内最大規模の個展「音を視る 時を聴く」。生前に坂本自身が遺した展覧会構想をもとに、構成された没入&体感型のサウンドインスタレーションを鑑賞するために、連日多くの人々が訪れている。

坂本が追求していた美術館で音を展示することに対する思考、「時間とは何か」という問いを、目や耳を通して体感できる作品の数々。その見どころを、音楽家でアーティストの蓮沼執太にレポートしてもらった。

坂本龍一さんの個展が東京都現代美術館で開催されています。音楽を中心に、あらゆるメディアを横断してきた坂本さん。今回の大規模な展覧会は、アーティストとのコラボレーションで制作されたインスタレーションを中心に構成されています。

展覧会は、1982年に出版された坂本さんと哲学者・大森荘蔵さんの対話集と同じく『音を視る 時を聴く』です。英語タイトルは”seeing sound, hearing time”。タイトルから、目に見えない音が空間に広がり、そこに付随するように可視できる映像や物質的なメディウムが、空間に設置されることで音響作品が展開されると想像できます。

始まりがあって終わりがある、というような西洋的音楽概念とは異なる手法で「時間」というテーマに挑戦してきた坂本さんのひとつの集大成と呼べる展覧会かもしれません。坂本さんはどのように「時間」を捉え、作品に落とし込んでいったのか、とても興味深い要素がたくさんあります。

写真左は大森荘蔵、坂本龍一『音を視る、時を聴く』(朝日出版社)、写真右は大森荘蔵『時間と存在』(青土社)

大森荘蔵さんの『時間と存在』という書籍の中に「線形時間の制作」という時間解釈があります。私たちの身の回りにある日用品の存在がすでに過去・現在・未来、という三つの時間的様態であり、その存在がすでに時間である。つまり、「時間が存在」とも言える、と唱えます。さらに時間とは人間が生活する上で必要だから制作したものであって、言語や自我と同じように人間によって作られた、と続けています。線形時間が過去から現在、そして未来へと順序を成して繋がっているのは、人間の三種の経験(意図、想起、知覚)のあり方から必要だったのでしょう(詳しくは本書を読んでみてください)。つまり、時間は人間から独立して存在しているわけではない、と綴っています。

坂本龍一+高谷史郎《TIME TIME》2024年 ©2024 KAB Inc. 撮影:福永一夫

では、坂本さんの展示を観ていきましょう。展示室一階へ入っていくと暗闇が待っています。奥の方から邦楽器の笙の音色が聞こえてきます。高谷史郎さんとのコラボレーション作品《TIME TIME》(2024)です。2021年初演のシアターピース『TIME』を基にした新作インスタレーション作品。

坂本龍一+高谷史郎《water state 1》2013 撮影:山本倫子

同じく高谷さんとの共作《water state 1》(2013)では、まるで鏡のように張られた黒い水面が展示されています。そこに、展覧会の開催場所を含む地域の降水量データを抽出し凝縮した数字を用いて天井の装置から雨を降らせることで、音や光が変化していく作品です。坂本さんの作品の中でも、自然とのインタラクティブな関係性を扱ったものの代表作といえます。

坂本龍一 with 高谷史郎《IS YOUR TIME》2017/2024 ©2024 KAB Inc. 撮影:福永一夫

《IS YOUR TIME》(2017)では東日本大震災の津波で被災した宮城県農業高等学校で出会ったピアノが世界各地の地震データにより音を発します。ピアノという人間の知恵が作り上げた楽器が、自然の営みである津波によって「ひとつのモノ」に還り、展示空間では、それらの時間を経た音として存在しています。天井に映るビジュアルを眺めながら、意識を解放していくように、ピアノの打点と徐々に減衰していく響きを聴きます。

カールステン・ニコライ《ENDO EXO》2024 音楽:坂本龍一

カールステン・ニコライの初長編映画『20000』のためにカールステンが書いた脚本24本のうち2つを映像化した『PHOSOHENES』『ENDO EXO』は、坂本さんのアルバム『12』から2曲サウンドトラックとして使用されています。

展示室地下二階へ進むと、まずは坂本さんのアルバム『async』を起点にした立体的な映像作品が展開されます。

本展では《Durmiente》2021とあわせて展示されている / 坂本龍一+アピチャッポン・ウィーラセタクン 《async–first light》2017年「Ryuichi Sakamoto | SOUND AND TIME」展示風景、成都木木美術館(人民公園館)、2023年
画像提供:成都木木美術館

タイの映画監督でアーティストでもあるアピチャッポン・ウィーラセタクンによる、非常にインティメイト(親密)な質感の映像インスタレーション《async–first light》(2017)は、この展覧会でも際立ち異彩を発揮しているように感じました。監督自らの親しい人が撮影した映像で構成された本作は、映像表現における他者性が、坂本さんの「不在」という現実と交わることで、新たなフィクションを作り上げています。過去や未来という時間軸にとらわれず、フィクションと現実の間を行ったり来たりする映画メディアの本質を再認識できたこと、アピチャッポンの手腕に感服しました。

坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》2024年 ©2024 KAB Inc. 撮影:浅野豪

高谷さんとのコラボレーション作品《async-immersion tokyo》(2024)は、「AMBIENT KYOTO 2023」で発表したバージョンよりも身近に映像と音響を感じ取れる設計になっていました。場所性に依存することなく、作品が持つ「地の力」を存分に感じ取れるバリエーションになっています。

坂本龍一+Zakkubalan《async–volume》2017年
「Ryuichi Sakamoto | SOUND AND TIME」展示風景、成都木木美術館(人民公園館)、2023年
画像提供:成都木木美術館

Zakkubalanによる《async-volume》(2017)は坂本さんがクリエーションされたニューヨークのスタジオなどの風景が映し出されます。スタジオの微細な環境音やアルバム楽曲などが混じり合い、干渉し合う空間設計です。ドキュメンタリー映画のような距離感で映し出される情景は、坂本さんの「不在」を顕在させていきます。

坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》2007 ©2024 KAB Inc. 撮影:丸尾隆一

《LIFE- fluid, invisible, inaudible...》(2007)では霧が発生する9つの水槽に映像が投影されます。その水槽を見上げながら歩き回ります。素材となっているオペラ作品『LIFE』を脱構築した断片的な映像とサウンドピースは、坂本さんが20世紀に行ってきたメディア・パフォーマンスを解体・再構築することで、21世紀の坂本さんのアート領域でのリクリエーションとして投影されている作品のように思えます。

『坂本龍一アーカイブ』では松井茂さん監修による坂本さんが生きた時代背景やクリエーションの断片や思考を垣間見ることができます。テクノロジーやメディアの発展と共に生きてきた坂本さん像をメディア学の観点からも捉えることができ、中でも小さいファイルに収められていたであろう短いメモが気になりました。例えば、「GODARD」と太文字で書かれたテキストには作品を観て感じた事柄やコンセプトがメモとして記載されています。思考の断片が、音楽として作られていくプロセスを感じられます。

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屋外のサンクンガーデンでは、「霧の彫刻」 の新作も。内覧会では、舞踊家・田中泯による場踊りが披露された / 田中泯 場踊りat 坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE−WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662 Photo: 平間至

坂本龍一×岩井俊雄《Music Plays Images X Images Play Music》1996–1997/2024 ©2024 KAB Inc. 撮影:丸尾隆一

アーカイブ特別展示として、岩井俊雄さんとのコラボレーション《Music Plays Image × Images Play Music》(1996-97/2024)が展示されています。1996年に水戸芸術館で初演された音楽と映像のコラボレーションであり、「アルスエレクトロニカ97」での演奏と映像記録データを使った再展示を試みています。こうした生前のデータが使われ、リクリエーションされていくことも坂本さんは意識的であったと思います。

坂本龍一+真鍋大度《Sensing Streams 2021–invisible, inaudible》2021年「seeing sound, hearing time」展示風景、木木美術館(銭糧胡同館)、北京、2021年
画像提供:M WOODS photography team。画像は参考図版

屋外に設置されている真鍋大度さんとのコラボレーション作品《センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴(MOT version)》(2014)は電磁波を用いた都市空間においての生態系を扱った作品です。今回は展示されていませんが、真鍋さんが、坂本さんの演奏データを使用した作品を展開されていることも非常に興味深いです。

20世紀、坂本さんのメディア・パフォーマンスが発展していき、21世紀には空間芸術として結実し、今回の展覧会『音を視る 時を聴く』をかたちづくっていきます。絵画や彫刻とは異なり、固定化されない作品群は、まるでコンサートのように「現在」を基調としています。現代の作曲家は、1秒の1000分の1くらいのミクロな時間の音を聴き分けられます。とても微細な時間に触れながらも、コンサートやライブ・パフォーマンスならば2時間ほどの時間の設計も行います。このような創作においての時間感覚が展覧会体験に取り入れられています。美術館という「過去に作られた作品を展示する」という機能に捉われず、現在の音の響きや鑑賞者の感じる響きを展示空間で創出することで、音楽家だからこそ可能にする現在性が詰まった展覧会だと感じました。

最後に、音やマシンの調整や設置というのは、人間の手仕事によるものです。多くのエンジニアの知恵と技術の結晶でもあります。展覧会クレジットに記載されていた「Team Sakamoto」という高い技術力を持ったエンジニアチームをはじめ、キュレーターの難波祐子さんとともに、坂本龍一さんのクリエーションが作られて、現在にプレゼンテーションされていく。それが未来につながっていくプロセスだと実感できました。

Information

「坂本龍一 | 音を視る 時を聴く」

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音楽家・アーティスト、坂本龍一の大型インスタレーション作品を包括的に紹介する、国内初の最大規模個展が開催。90年代からはマルチメディアを駆使したライブパフォーマンスを展開し、2000年代以降は様々なアーティストとの協働を通して、音を展示空間に立体的に設置する試みを積極的に思考、実践してきた坂本。本展では、生前坂本が同館のために遺した展覧会構想を軸に、未発表の新作と代表作からなる没入型・体感型サウンドインスタレーション作品をダイナミックに構成、展開します。

 

■会期
2024年12月21日(土)〜2025年3月30日(日)

■場所
東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F ほか

■住所
東京都江東区三好4-1-1

■公式サイトはこちら 

DOORS

蓮沼執太

音楽家/アーティスト

1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して、国内外での音楽公演をはじめ、多数の音楽制作を行う。映画、テレビ、演劇、ダンス、ファッション、広告など様々なメディアでの音楽制作を行う。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス、プロジェクトを制作する。最新アルバムに『unpeople』(2023)。 東京2020パラリンピック開会式にてパラ楽団を率いてパラリンピック讃歌編曲、楽曲「いきる」を作詞、作曲、指揮を担当。近年のコンサート・パフォーマンスに「unpeople 初演」(草月プラザ石庭『天国』/ 2024)、「ミュージック・トゥデイ」(東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアル / 2023)など。 主な個展に「Compositions」(Pioneer Works 、ニューヨーク/ 2018)、「 ~ ing」(資生堂ギャラリー、東京 / 2018)などがある。また、近年のプロジェクトやグループ展に「Someone’s public and private / Something’s public and private」(Tompkins Square Park 、ニューヨーク/ 2019)、「FACES」(SCAI PIRAMIDE、東京 / 2021)、など。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

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