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2022.06.17

動いても、無くなっても彫刻。霧の彫刻を見に行く / 連載「街中アート探訪記」Vol.7

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。

パブリックアートといえば彫刻作品であるが今回はなんと霧の彫刻である。中谷芙二子による霧のアート『NAGI 凪』(2015)が品川シーズンテラスにて見られるそうだ。

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前回は、ファーレ立川にて作品を鑑賞。vol.6もぜひご覧ください。

前回は、ファーレ立川にて作品を鑑賞。vol.6もぜひご覧ください。

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パブリックアートはその街に痕跡を残す / 連載「街中アート探訪記」Vol.6

  • #大北栄人・塚田優 #連載

商業施設の品川シーズンテラス2階から公園が見える。ここで霧の彫刻が始まる。

東京の公園で霧が一時間おきに発生していた

品川駅から徒歩7分程度、品川シーズンテラスでは9時から18時の間、一時間おきに霧のアートが始まる。だけど春分の日から10月末までしかやってないし、雨が降っていると中止になるそうだ。

私達が訪れた日も天気が良くなかった。雨が上がっていた15時の回も結局始まらなかった。施設の管理の方に聞いてみると、湿度が90%以上だと発生しないように設定されているそうだ。

この日は荒れ模様

塚田:いよいよ16時になりますね。出ますかね……。

大北:なんとか出してください、ってめっちゃアピールしておきましたから。

塚田:機械で設定されてるんですけどね。

そこに「これから中央で霧のアートが始まります」と場内アナウンスが入った。お子さんから手を離さないでとか足元が見えなくなるから気をつけてと注意喚起も入る。そんなに出るの!? と塚田さんと顔を見合わせる。そしていよいよ……!!

木陰から霧が発生し始める

大北:あー、出たー!

塚田:出た出た!

大北:すごい! 出てますね。楽しい!

塚田:だんだん霧が近づいてきますね。

驚くほどの量が出ている

塚田:かっこいいですね~。映像的にも見えますね。一個一個の霧の動きが濃いところから段々拡散していく感じとか。

大北:なるほど、アニメーション見ておもしろいな~と思う感覚に近いところあるな。

塚田:モーショングラフィックスみたいですよね。

大北:だいぶ逆転した見方ですけどね。

大北:いやいやいや、すごい量が出てきたぞ……!?

塚田:もう向こうが全然見えないですね。これはたしかにお子さんの手は離さない方が良さそう。

大北:映画でありましたね、ミストだ。

塚田:思ったより細かいミストですね。もうちょっと涼しいのかなと思ってましたがそこまででもない。細かいんですね。

大北:ああ、公園とかに置いてある涼しいミストはもっと濡れますよね。

公園にある涼風用のミストよりも細かい霧で手が濡れない

 

近所の子どもたちにも人気がある

近くの保育園の方々が浴びに来た

「霧が出てるよ~!」と近所の保育園の人がカートを押してやってきた。こんなに霧が出ていれば子どもも喜びそうなものだけれども、テンションがそれほど上がっているというわけでもなく。なんでもここがお散歩コースらしくて、よく霧を浴びにくるそうだ。「夏は涼しいですしね~」と。この子たちは慣れている……! 毎日のように霧のアートの洗礼を受けるアーティストエリートたちがいた。

大北:どうやって霧を発生させているんでしょうね。

塚田:出所はうまく隠してますね。中谷さんは配置も気にされる方なんです。色んな場所この霧の彫刻を作られていますが、どう障壁を置いて霧をコントロールするかも気にしてるんです。うまく隠しつつ、かつどういう風に霧を出せばいいのかを考えた上で、多分この場所に設置したんでしょう。

風が強く、霧が出ている部分と出ていない部分がこの日ははっきりしていた

大北:出す方向によっても見え方が違いそうですね。

塚田:それもありそうですが風向きで相当変わりますね。

大北:そうですね! 今日は霧で風が可視化されてます。

塚田:霧って本当に風に左右されるので、濃いところと薄いところの差ができるとそれ自体の差が面白くも見えたりしますね。今日はそれを鑑賞するほどの余裕はなさそうですけど……。

大北:そうなんですよね、風が強い。

塚田:近くにいると怖いですよね。迫りくる感じがある。

大北:と言ってる間にすごい! 嵐みたいになってきました。普通に災害っぽい……!

怖さを感じている

大北:霧自体に別の意味が込められたりしてるのかな?

塚田:余計な意味合いはそんなにつけられてないと思います。

大北:おもしろいでしょ、霧! ってことか、なるほど。

 

科学と芸術が融合したもの

大北:しかし不穏ですね。

塚田:自由に表情を変えるんだろうなとは思ってましたけど、風が強いとこんなになるんですね……。


大北:すごいですよね。鑑賞する絵画と災害みたいな自然現象とが地続きになってるのがすごい……。

塚田:自然現象だけれども、これを発生させるのことは人為的でもあるわけです。そもそもこの霧の彫刻を作り始めたのって大阪万博の時なんで、科学との結びつきも深いんですよ。

大北:え~っ! 古い!

塚田:そうです。中谷さん自身も1933年生まれです。

発生装置の近くにあったキャプション

大北:あ、ここにも書いてますね。大阪万博のペプシ館で!? へー!

塚田:大阪万博って科学技術のデモンストレーションみたいなところもあったので、この霧を発生させるノズルはその時開発されたものだそうです。面白いことにこの技術はその後、農業用に実用化されました。

大北:へえ~、この細かさで水とか農薬散布してるのかな、、おもしろい!

塚田:技術的側面は霧の彫刻と切っても切れない関係があるわけです。だからこの作品は神秘的に見えるようだけれども、実はとっても科学的なんですよね。

大北:なるほど。チームラボとかライゾマティクスの走りだ。

※後で検索をして知りましたがE.A.T.という科学と芸術を融合させるような運動がありその代表例としてペプシ館の中谷芙二子の霧の彫刻が紹介されていました。参考サイトはこちら

塚田:この方のお父さんって中谷宇吉郎という雪の結晶を研究していた科学者なんです。その辺りも科学との関連性を類推させます。

大北:父が雪を、娘さんが霧を。でもすごい長いことやってるんですね。大阪万博だと50年近く霧やってるんだ。

塚田:それも世界中で発生させてます。世界的な作家です。

大北:常設してやってると考えるとちょっとした自然の山以上に中谷さんは霧を発生させてきたのかもしれないのか……。中谷さんは霧以外もやってるんですか。

塚田:ビデオアートの方面でも有名です。

 

形を変える彫刻

大北:しかしこれ彫刻なんですね。

塚田:美術において、具体的な形を持たないものに対する関心は現代に近づくにつれて高まっていったという見方もできるんじゃないかなと個人的に思うことがあります。普通は絵画なり彫刻なりって静止したイメージを提示するわけですよね。例えばロダンっているじゃないですか。

大北:『考える人』の。

塚田:あれは静止しているところが作品化されたものですが、もう一つ有名な作品で『歩く人』というのがあります。それは運動をテーマにした作品なんですよね。

大北:人シリーズあるんだ。考える人と違って歩く人は動きますしね。

塚田:他に例えば絵画だとモネは太陽の光に関心があったから同じ場所で違う時間の絵を描いてたりするんです。あるいはターナーというイギリスの画家は走る汽車の蒸気に関心を持って絵に表したりとか。
そういう形を持たないものとか移り変わってしまうのをどう表現するかということは作家にとって挑戦でもあるんです。そういう延長線上でこの霧の彫刻を考えることもできそうです。

大北:どんどん形を持たないものに関心が向けられてきた歴史があると。

塚田:彫刻だからといって固定的なイメージを持つ必要はなく、周りの環境に作用されながらも一つのボリュームとして成立している。この場合は粒なんでかなり微細のボリュームですけど、そんな考え方であえて「彫刻」という言い方をしてるんじゃないかなというところがあるのではないかと思います。

大北:ぼくは塚田さんから何回か彫刻のお話を聞いて、いろんなものが彫刻のうちに入るというイメージがついてますが、うちの母親ならなんていうかな……。

塚田:そうですね。

大北:すいません、ヤザワならなんていうかな、みたいな言い方してしまって……。

塚田:いえいえ。その時にできる説明としては、部分部分に彫刻的なボリュームがあると同時に、それは水という物質でもあると捉えてみるといいと思います。つまりこれは物との関わりによって成り立っている作品であると考えると、ノミを持って彫るような木彫と同じような関わり方なわけです。

大北:ああ、なるほど。物のボリューム感を操作して表現していると聞くとすごく彫刻っぽい。

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この雲は美術の歴史を固めたもの / 連載「街中アート探訪記」Vol.8

  • #大北栄人・塚田優 #連載

 

動き始めたものも彫刻なのか

大北:彫刻の話ついでにちょっと聞きたいんですが、彫刻の歴史として静止している立体作品はずっとあるんですよね。

塚田:そうですね。それこそ土偶の頃から。

大北:そうするとその立体がどこかのタイミングで動き始めるわけですか?

塚田:はい。いわゆる動く人形、「からくり」なんかも含めるとなかなかジャンルとして線引きするのは難しいですが、美術史的にはキネティック・アートという言われ方をしている一群の作品がありますね。例えばカルダーのように天井から吊るして動くものだったり。

大北:動き始めたのも彫刻だなってなって、今や水の粒、霧に至っては動くどころか無くなりますよね。

塚田:そう。無くなるっていうのもすごいですね。作品の本体ってのはどこにあるんだっていう問題についても考えさせてくれる。

大北:あ~、それは面白いですね。例えば食べ物とかも無くなりますね。食べるアートもあります?

塚田:ありますよ。たとえばアーティストが料理を振る舞ってそれを鑑賞者に食べてもらうとか。そうなるとイベントに近づいていきますね。演劇とかも含む上演芸術っぽさも出てくる。

大北:なるほど、これも上演ですよね。毎回違う。

塚田:そういう一度限りの経験なんです。いつも同じものとしてあるというわけじゃなくて、今日みたいに風が強い日は獰猛な印象を受けたりね。

大北:そう考えると相当面白い彫刻ですね。

塚田:保育園のお散歩コースに組み込まれるのも納得です。

大北:あ、なんか「ギャーっ」て聞こえてきた。この不穏さだと人がどこかで死んだのかもしれない。あ、終わった!

塚田:無くなりましたね……。綺麗に無くなりました。

大北:恐ろしかったな……。わ~、きれい…! っていうよりすごいものを見た感が強いですね。

塚田:風の勢いが本当にすごかったですしね。

大北:50年前からあるけどこれは今後も残りそうですね。

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DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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