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- 「アートかどうかの線引きはしていない」“曖昧”を好むSraw・柳亜矢子の、自由なアートの飾り方 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.12
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2023.05.12
「アートかどうかの線引きはしていない」“曖昧”を好むSraw・柳亜矢子の、自由なアートの飾り方 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.12
Text / Yuka Akashi
Edit / Quishin
Photo / Takuya Ikawa
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
今回お話を伺うのは、代官山にあるヘアサロン「Sraw(スロウ)」のディレクター、柳亜矢子さん。サロンワークだけではなく、暮らしや生き方にも注目が集まる柳さんは、お店や自宅などの空間づくりにおいてアートが欠かせないと言います。
柳さんのはじめて手にしたアートやお気に入りのアートを聞いていく中で出てきたのが「曖昧さが心地いい」という言葉。その感覚は、お気に入りのアイテムを「アートかどうか」の境目なく飾る空間づくりにまで反映されていることが見えてきました。
連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.11 / 古谷高治 編 はこちら!
# はじめて手にしたアート
「曖昧さが心地よく、家に飾りたいと思った」
私がはじめて手にしたアートは、写真家である永瀬沙世さんの「THE VOID」シリーズのアクリルパネルです。2017年に表参道にあるGALLERY 360°での展示で購入しました。
永瀬沙世さんの「THE VOID」シリーズのアクリルパネル
「THE VOID」は、永瀬さんがそれまで撮り溜めたスナップ写真のコンタクトシートに写っている女性の脚を、顕微鏡のレンズで再撮した作品群。展示でこの作品を見たときに、宇宙なのか砂漠なのか一体何なのかがわからない「曖昧な感じ」に惹かれました。
これももしかすると、女性の脚の一部かもしれない。スカートなど衣類の可能性もありますが、そのわからなさも含めて好きですね。
それまで自分でアートを購入したことはなかったんです。見に行く展示も大きな美術館のものが多かったので、アートに対してそもそも「買えるもの」という認識がなくって。
でもこの作品は、家に置きたいと直感で思いました。値段が手に届く範囲だったことも購入の後押しになりましたね。
永瀬さんのことをはじめて知ったのは、15年以上前、写真集『青の時間』をたまたま手に取ったことがきっかけ。撮られる写真が素敵だなと思いました。それからお仕事をご一緒したり、髪を切りに来てくださったりと、ゆるやかな関係が今も続いています。
# アートに興味をもったきっかけ
「学生時代から、クリエイティブなものへの憧れが強くあった」
昔から、なぜかアートやクリエイティブなものに興味がありました。幼い頃から絵が好きで、最初は漫画家を目指したりして。「何かをつくる人になりたい」と漠然と思っていましたね。
その流れで、ギャラリーや美術館に自然と足を運ぶようになりました。雑誌の最後の方についているアート情報をチェックしては、いろんな展示に行って。チケットやパンフレットをスクラップするのが趣味で、今でも大切に取っています。
柳さんのスクラップの一部
弟は造形作家で、彼もものづくりを仕事にしています。でも、両親は普通のサラリーマンで、アートを好きになった明確なルーツはないんです。子どもたちだけこういう世界に興味を持っているのが、自分たちでも不思議なくらい(笑)。ただ、「やりたい」と言ったことに対しては、否定することなく応援してくれる両親でした。
美容師を目指すようになったのは高校生のとき。美大・音大コースがある高校に通っていて、クリエイティブな人たちが身近にいたので、なんとなく自分が「ふつうの会社員」になるイメージがつきませんでした。
漠然とファッション関係の仕事に就きたくて、ファッションの何がいいんだろうと考えたときに、美容師の「その場でつくって自分で完結できるところ」がいいなと思って。
実際に美容師になって、先輩方にアートをはじめとするカルチャーの情報や知識をたくさん教えてもらえたことも、アートへの興味が広がるきっかけのひとつだったように思います。
# 思い入れの強いアート
「身近な人たちの作品を、周りに置いておきたい」
私がよく購入するのは、身近な人たちの作品。自分の大切な人たちがつくったものに囲まれると落ち着きますし、やっぱり思い入れも強くなりますね。
たとえばこれは、田尾沙織さんの写真です。アンテロープキャニオンを撮影したもので、2011年に雑誌『BIRD』創刊号のカバーにもなっています。田尾さんの写真は、色合いがとっても美しい。
雑誌『BIRD』の表紙になった田尾沙織さんの写真
こちらは、モデルの花楓さんのコラージュ作品です。楓さんのヘアをずっと担当させてもらっていて、彼女が高円寺で展示をしていたときに購入しました。
花楓さんの個展で購入したコラージュ
身近な人じゃなくても、ロンドンの画家であるブリジット・ライリーの大きなこのポスターもお気に入り。ライリーの色彩感覚も大好きです。
写真右が、15年ほど前にロンドンの現代美術館テート・モダンで購入した、ブリジット・ライリーのポスター
私が好きになるアート作品は、どれも曖昧で抽象的なものが多いですね。抽象的な作品からは、インスピレーションを得られるし、想像力が膨らみ、ずっと見ていられる。普段の生活にすっと馴染んでくれるんです。
# アート観が見える空間づくり
「自分なりに見立てて飾ると、どんなものでもアートになる」
自宅にもお店にもアートをいろいろと飾っています。私が空間をつくるときには、「リラックス」というテーマを大切にしているんです。
特に「Sraw」というお店の名前には、“Slow(ゆっくり)×Raw(自然のまま、ありのまま)”という意味を込めているので、忙しい日々を過ごしているお客様が、ありのままの自分に戻れるような空間づくりを意識しています。
飾り方は、すっきりさせるよりはパラパラ散らす方が好き。なぜか整理整頓されてない方が落ち着きます。
空間をつくっていてよく思うのが、「アートってなんなのかな?」ということ。私が飾っているものの中には、アート作品もあるけれど、そうじゃないものもあります。
たとえばこれは、アメリカのショップで見つけたビンテージの香水の瓶。実用性があるもので、アート作品としてつくられたものではないと思うんですが、なんだか時を経て見るとアートに見えてくる。
柳さんの棚に並ぶ魅力的なものの数々は、ギャラリーだけではなく多方面のショップで買い集められている
アートかどうかの線引きって、すごく難しいですよね。どんなものでも、自分なりに飾り立ててみると立派なアート作品になるのでは、と思っています。
少なくとも私が空間をつくるときには、造形として好きなものを集めて飾っているので「“アート”を飾っている」という感覚はあまりなくって。
有名なアーティストの作品を美術館のように飾ることも素晴らしいけれど、その人の飾り方や見せ方によってものの価値が変わっていく。そういった飾り方が、私はおもしろくて好きです。
この考え方は、アメリカの画家であるジョージア・オキーフに影響を受けているのかもしれません。彼女も、家の窓際に動物の骨や石を飾っているのですが、そのセンスがとても素敵だなとずっと思っていて。尊敬するアーティストのひとりです。
# アートのもたらす価値
「視点が変わり、幸福感が得られる」
絵、写真、インスタレーション。どんな表現方法であれ、アートを見ると新しい視点が得られます。
「こんな見せ方があるんだ」「こんな表現があるんだ」といったふうに、アートにたくさん触れたことで、固定観念がなくなり自由な捉え方ができるようになりました。
「このアートを見たことがきっかけで、こんなヘアデザインを生み出しました!」といった直接的な例は挙げられませんが、バランス感覚、色彩バランス、写真の画角など、何かしらは絶対に影響を受けていると思います。クリエイティブな仕事をするにあたって、さまざまなアートに触れていてよかったなと思いますね。
あとは、私が好きになるアートは自分の好きな色や形をしているものばかりなので、身近な場所に置くことで無意識に心地よくなれることもアートの価値のひとつ。
視覚的に得られる幸福感と言うのでしょうか。視覚が日常にもたらす効果は大きいなと日々思っています。
# アートと近づくために
「アートは自由。堅苦しく考えず、身近なギャラリーから足を運んでみて」
アートをもっと好きになるためにおすすめしたいのは、いろんな小さなギャラリーに足を運んでみること。ギャラリーは、現存する作家の作品を展示していることが多いですし、その中には近い年代の人もいるだろうから、アートを身近に感じやすいと思います。
「ギャラリーは敷居が高い」と感じる人は、アート情報をたくさん知っていそうな人をSNSなどでフォローして、まずは知るきっかけをつくってみることもおすすめです。
アートについて、あまり堅苦しく考えなくていいと思う。中でも特に、現代アートは自由です。
何を感じるかが見る人に委ねられていることが現代アートの良さ。アーティストが伝えたい内容じゃなくても、自分の好き嫌いで判断してしまっても大丈夫です。「あ、なんかこれ好き」「かわいい」「かっこいい」とか、まずはそういうことでいい。
「やっぱりこの時代の、◯◯主義がいいよね」みたいな知識はいりません。私もあまりわからない(笑)。人それぞれの、自由なアートの楽しみ方が広がっていけばいいなと思いますね。
DOORS
柳亜矢子
ヘアサロン「Sraw(スロウ)」ディレクター
神奈川県出身。国際文化理容美容専門学校渋谷校卒業後、スタイリストとして経験を積みながらヘアメイクの技術を養う。broocHの立ち上げに参画。サロンワークだけではなく、ファッション誌などのヘアメイク、業界誌の撮影などでも存在感を発揮。クリエイティブコンテストの審査員も務める。2021年、代官山にSrawをオープン。
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