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INTERVIEW
2023.06.02
身体性でつながるふたりの作家が生み出す“余韻”。勝木有香と松岡柚歩のアート制作のはじまり
Text / Mai Miyajima
Edit / Miki Osanai
壁に架けられたふたりの作品。ふたりはどちらも1996年に関西に生まれ、京都の大学院を卒業した若手作家です。
アニメーションの映像をモチーフにシルクスクリーンで軽やかな動きを表現する勝木有香さんと、絵の具の立体感とレイヤー状に折り重なった色彩でキャンバスに独自の世界を生み出す松岡柚歩さん。
写真左が勝木有香さんとその作品、右が松岡柚歩さんとその作品
経歴には共通点も多いふたり。6月には、大丸心斎橋店で開催される展示販売イベントに出展します。
そんなふたりが京都の鴨川沿いにあるギャラリースペース「y gion」で初対面。特集「はじめていい。はじまっていい。」にちなんで、作家として歩みはじめた経緯や作品づくりのはじめ方など、それぞれのアーティスト活動にまつわる「はじめること」について聞きました。
一見すると作風は対照的。けれど、お互いの作品には「身体性」でリンクしている部分があることが見えてきました。
「動きのあるシルクスクリーン」「筆を使わないキャンバス絵」をはじめたきっかけ
――おふたりは初対面とのことですが、はじめに、お互いの作品の第一印象を教えてください。
松岡:勝木さんの作品は学生時代から見ていました。アニメのキャラクターをモチーフにしているのは、動きやスピード感というのをアニメのコマ送りみたいなイメージで表現しているのかなと、最初に観たときから気になっていて。
勝木:普段、美術館や展覧会での作品を鑑賞するとき、まず素材の質感や表面の凹凸などが気になってしまうのですが、松岡さんの作品は特にそれらを感じました。立体的なのに、筆跡もなく、フラットな表面をした作品は、まずどういうふうに描いているのかなとグッと近くで見たくなる印象を受けました。
松岡:シルクスクリーンはどういう経緯ではじめたんですか?
勝木:高校の美術部の展示で木版画の作品を観たときに、ただ紙にペタッとインクが乗っている質感が気になって「これは描いているのか?」って不思議に思ったのが版画に興味を持ったきっかけです。それで大学に進学し、木版画や銅版画、シルクスクリーンなどの版種などをひと通り授業の課題で体験したんですが、その中でもシルクスクリーンが一番刷る工程が簡単なのに全然上手に刷れなくて、それが悔しくて……。もっと習得したいと続けていくうちに、いつの間にか自分の制作テーマとシルクスクリーンの技法がリンクしている、ということに気づいたんです。
松岡:そのリンクしたっていうのは、どんなところですか?
勝木:制作研究として、動いているその一瞬にしか見えない一コマから線や形などを抽出し、一枚の画に表現するというテーマがあります。それらを木版画や銅版画で表現しようと一通り実験してみたのですが、刷るまでに木を彫ったり、銅を腐食させたりと、支持体に画が現れるまでに時間がかかるなと思いました。でも、シルクスクリーンならスキージーをザッとスライドさせるだけで、スキャナーのように一瞬に像が浮かび上がってくる。そのスピード感が、動いている像を見たときに直接頭に入ってくるスピード感とリンクしてるなと感じ、制作テーマと技法が自然と結びつきました。
松岡:なるほど、わかりやすいです。
勝木:制作のきっかけとして大切にしているのは、視覚で影響を受けたものや体験した感覚を、鑑賞する人にも体感してもらいたいというのがあります。その点、シルクスクリーンは手元で描いたA4くらいのドローイングをプロジェクターのように引きのばして印刷することができたり、壁や布にも刷れるので、さまざまな空間表現もできます。
――シルクスクリーンよりも筆を走らせた方が「動き」を表現しやすいんじゃないか?とも思いますが、そのあたりはどうでしょうか。
勝木:私も最初はフィルムに筆で絵を描いて、それを版にするという制作をしていたのですが、あるとき先生に「1回、デジタルで描いてみたら?」と言われて。
騙されたと思って試してみたら、悔しいくらい気持ちいい線が描けたんです。デジタルだと線をドットにしたり、太さを変える編集もすぐにできるので、動きを出すための表現が豊富だなと感じます。スタンプみたいにしていろんなところに刷ることで、目を揺るがすような効果も出せますし。制作する上では先に計算しすぎず、偶然に出るものを楽しみながらつくっています。
――松岡さんが今の制作スタイルに至ったきっかけは?
松岡:私はもともと油画専攻だったのですが、基本的に筆を使わずに制作しているんです。たったひとつの筆を通すことで、自分の頭の中にあるものがまったく違うものになってしまう感覚がすごくあって。自分の感触というか、手のひらで感じる温度感のようなものが画面上に出ないというのが、私にとっては煩わしかったんです。
松岡:それで、絵の具を直接流し込んだり、手で色をすり込んだりしながら制作しはじめたんですけど、そうしたら自分が絵の具を触っているときの感触や絵の具の重さ、質感だったりがより良く感じられるようになりました。鑑賞者にも自分が制作中に感じたリアルタイムな感覚を、見たときに感じてもらいたいと思っています。
インスピレーションのはじまりは、「予想がつかない動き」「手のひらで触れた感触」
――おふたりが生活している中で、作品づくりのインスピレーションが生まれるのはどんなときですか?
勝木:電車に乗って外の景色を眺めたり、交差点で行き交う人の流れを見たり、アリや蝶々が動く様子を目で追っていたり、特に何も考えずボーッと無意識で観てるなと思います。
松岡:そこはやっぱり動きなんですね。
勝木:そうですね。その予想がつかない動きの軌道が記憶のどこかに残っていて、そのまま作品の構図になったりします。
松岡:私の場合は、目で見るというより、なんでも触っちゃいますね。小さい頃からそうなんですけど、物の構造を知りたいという欲があって、なんでも触って分解しちゃう。そこで感じる温度感や質感に、すごく興味があるんです。重さとか大きさとか目で見るだけよりも触ったほうがわかる気がしているので、自分の手のひらから感じる感触をすごく大事にしています。
――実際に作品をまっさらな状態からつくるときは、どうやってはじめていくことが多いんですか?
松岡:私は前の作品の反省点から次の作品をつくります。前回たまたまできたザラッとした質感だったり、パッと目に飛び込んでくる視覚的な効果を、今度はもっと大胆に使ってみたい、とか。そのつくり続けている枚数がすごく大事で。この「outline」シリーズはこれまで150枚くらい描いているのですが、1作目と150作目を比べるおもしろさがあったり、そのときの自分が考えていたことがシリーズとして時系列的に並んでいることがおもしろいかなと思っています。
勝木:私も制作中の作品に終わりが見えてくると「次はこうしたい」という欲求が勝手に湧いてきます。たとえば、今回紹介している作品の前につくっていたのは布の作品で。展示したときに布が風で揺れ、焦点が前に来たり後ろに来たりと、どこを見ているかわからないような感覚になったんです。そこからインスピレーションを受けて、この作品は奥行きの関係を狂わせてみたり、ドットなどを使ってぼやけているイメージを出してみたりしました。
次の作品づくり、どこからはじめる?
――おもしろいですね。今後、挑戦していきたいことは何かありますか?
勝木:松岡さんみたいにカラーを使えるのがすごく羨ましいんです。私の場合、刷って写されたモノクロの線にあとから色を加えていくと、どこか装飾的になってしまう気がして。今までとは違う思考で、どう色を入れるか?ということを考えて、もう少し自然に色を使ってみたいですね。
松岡:それは楽しみです! 色をつかった勝木さんの作品を見てみたい。やっぱり黒があることで画面が締まって見えるので、それがなくなったとき、このシルクスクリーンで刷った動きはどういうふうに見えるんだろう?とすごく興味があります。
勝木:ありがとうございます。松岡さんは、次にやりたいことは?
松岡:私は、outlineシリーズのアイコンである後ろのチェックをほとんど隠す、みたいな作品をつくってみたいですね。実際、このチェック柄をつくるのにすごく時間がかかるんですけど、隠してみたときにそれでもたしかにそこにある存在感みたいなものの表現が気になっています。
勝木:このチェック柄はずっと使っているモチーフなんですか?
松岡:そうですね。ストライプも試したことはあるんですけど、やっぱりチェックというか線が交わっているっていうことがすごく重要で。いろんな角度から見れる絵画ってあまりないので、上下左右がないような画面をつくりたいと思っています。展示によっては置き方を変えることもありますし。これがストライプとか一方向の直線だと、時間の流れや視線の流れが生まれてしまうし、90度回転すると流れが変わっちゃう。
勝木:ああ〜、たしかに。
松岡:後ろがこのチェック柄であることで、より上下左右がないことを強調しているというのがあります。
「身体性」でつながる、対照的なふたりの作品
勝木:実際に描くときは、絵を回転させながら描いてるんですか?
松岡:自分が絵のまわりをグルグルまわりながら描いてます。
勝木:へぇ! 絵を平らに置いて描いてるんですね。
松岡:そうです。絵の周りをぐるぐると周りながら、手で絵の具をすり込んで、一番最後に「じゃあ今回はこの向きかな」と決める。最初から全体像を決めることができなくて、そのときの直感に従ってパズルみたいにつくっています。平面作品なのに、自分自身はすごく立体的な動きをしながらつくっているのもおもしろいし、でも最後はやっぱり絵画として壁に置いてるっていう矛盾もあって、「結局、私がつくっているのは何なのか」という自分への問いみたいなところもあります。
勝木:最終的には平面作品であることも重要だと考えてますか?
松岡:平面と立体物の境界線のようなところにもすごく興味があったので、捉え方としてはどちらでもいいんです。これを壁に架けるんじゃなくて平らに置いたら模型っぽく見えるかもしれないし。ものの捉え方って人によって違うのに、多くの人がそれぞれの眼差しでひとつの共通のものを捉えているということが、絵画に限らず、物事を見る上でおもしろいなとずっと思っていて。絵画でもそういうテーマを扱っている感じです。
たとえば友だちと、同じイベントを体験したにもかかわらず、感想がまったく違ったりとか。それぞれの性格やもともと持っている経験が作用して、同じものを見ても違う感情になったり、違う見え方になったりするのが、すごくおもしろいなと思っています。そこは一生分かち合えないということに好奇心があるんです。人の認識の揺らぎや曖昧さが、私はすごくおもしろい。だから必然的に自分の作品もそういうものになっているんだと思います。
取材は窓から鴨川が見えるギャラリースペース「y gion」で行った
――今日ここに入ってきたときに、作品を初めて見て、パソコン上で作品を見ていたときとはまったく異なる印象で、とても驚きました。
松岡:そのギャップはすごく大事にしていて。私ももちろんパソコンもスマホも使いますが、基本的に情報としてしか頭に入ってきていなくて、すべてを信じてはいないです。それよりも自分の手を通してでしかわからない感覚、感触を画面に残したいというのがあって、こういう作品に行き着いている感じはあります。
勝木:私もそのギャップは大切にしていきたいです。松岡さんってどうやって作品をつくっているんだろうというところがとても興味があったのですが、実際にお話を聞いたらリンクするところがあるなと感じます。その場、その場で即興的に作品をつくるというのは、私もよくやるスタイルなので、そういうところも似てますね。
松岡:勝木さんも制作のときはスキージーを何回もスライドさせるわけじゃないですか。その瞬間がすごく自分の制作と似てるなと思いました。シルクスクリーンだけど、作品からもすごく身体性が伝わってくる。同じ身体性というところから生まれているのに、アウトプットがこんなにも違うのかっていうのがおもしろいですよね。
ふたりの作品が影響し合い、“余韻”が生まれる
――ありがとうございます。心斎橋で、おふたりの二人展がありますが、どんなふうに楽しんでもらいたいですか?
松岡:見た目がすごく違う対照的な作品ですが、「身体性」や「手の動き」というテーマはリンクしているところがあるので、どう展示するかが見せどころかなと思っています。一緒に考えていきたいですね。
勝木:そうですね。私の作品は主に線で、松岡さんの作品は色や面なので、2人の作品を交互に見た人が、私の作品を見たときにも色が入っているように見えたり、逆に松岡さんの絵に線が入っていくみたいな、作品の残像のような、余韻によって自然とふたりの作品が合わさるようなことが起こるんじゃないかなと。
対照的な作品ですけど、画面がこちらに向かってくる感じというのは、お互いの作品それぞれにあると思うので。同じ空間に展示したときにどうなるのか、私たちもまだ想像ができないので、どういう空間になるのかが楽しみですね。
information
今後の展示スケジュール
余韻 勝木有香・松岡柚歩
■会期
2023年6月15日(木)〜6月20日(火)
※最終日は17時閉場
■会場
心斎橋PARCO 14F SPACE 14
〒542-0085 大阪府大阪市中央区心斎橋筋1丁目8−3
■主催
ARToVILLA
■企画
CANDYBAR Gallery
勝木有香と松岡柚歩による対談動画
ARTIST
勝木有香
ARTIST
1996年大阪府生まれ。嵯峨美術大学大学院芸術研究科造形複合分野を修了し、現在は多摩美術大学 版画専攻の助手を務める。2021年に京都文化博物館で開催された『Kyoto Art Tomorrow 2021 京都新鋭選抜展』にて読売新聞社賞を受賞。
ARTIST
松岡柚歩
ARTIST
1996年兵庫県生まれ。京都芸術大学大学院修士課程芸術研究科美術工芸領域油画専攻を修了。在学中から「ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI 2021」Proactive賞や「シェル美術賞2020」学生特別賞など、さまざまな賞を受賞。 (プロフィール撮影:岡はるか)
volume 05
はじめていい。
はじまっていい。
新しいことは、きっと誰でもいつでも、はじめていいのです。
だけど、なにからはじめたらいいかわからなかったり、
うまくできない自分を想像すると恥ずかしかったり、
続かないかもしれないと諦めてしまったり。
それでも、型や「正解」「普通」だけにとらわれずに
はじめてみる方法がきっとあるはずです。
この特集では「はじめたい」と思ったそのときの
心の膨らみを大切に育てるための方法を集めました。
それぞれの人がはじめの一歩を踏み出せますように。
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