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INTERVIEW
2023.06.16
「ライフステージの変化で何かを手放しても、それは“はじめること”につながっている」水引アーティスト・喜結
Photo / Takuya Ikawa
Edit / Miki Osanai & Quishin
「何かをはじめてみたい」という気持ちは、いつでも心を踊らせてくれるもの。ただ、年齢を重ねると「はじめる」ことに対して億劫になってしまうことがあります。仕事や生活は忙しいし、うまくいかなかったら恥ずかしい……。
けれど、正解のようなものに捉われずもっと軽やかに、はじめてみたっていいのかもしれません。
今回お話を伺うのは、祝儀袋など包み紙に飾られる帯紐を使って、水引アーティストとして「喜結-kimusubi-」のブランド名で活動する舟木香織さん。アパレル業界で働いたのち、結婚を機に水引をはじめた舟木さんは、趣味から仕事へとその活動の幅を広げていきました。
舟木さんは、一体どのようにして現在の活動へとたどり着いたのでしょう。舟木さんのお話からは、「はじめてみて無駄なことは何もない」という、はじめることをポジティブに捉えるためのヒントや、自分にとって「価値あるもの」を大切にし続ける考え方が見えてきました。
結納の水引に感動して、「つくってみたい」と思った
── 舟木さんは、現在「水引アーティスト」として国内外問わず活躍されています。水引をはじめた最初のきっかけはなんだったのでしょうか。
きっかけは結婚です。結納の際に見た、結納飾りの水引にとにかく衝撃を受けたんですよね。それまでは、ご祝儀袋などに飾られているシンプルな水引しか見たことがなかったのですが、その水引は立体的で本当に美しくて。「自分でもつくってみたい!」と強く思い、自分に合いそうな教室を開いている先生をネットで探して、習いに行くことにしました。
ただ、最初からプロを目指したわけではなく「趣味としてはじめられるといいな」くらいの気持ちからスタートしたので、水引をはじめることに高いハードルは感じませんでした。
── ご結婚される前は、どんなお仕事をされていたのですか?
もともとは、服飾の専門学校を卒業してから10年ほど、自分でアパレルブランドの運営をしていました。就職はせず、アルバイトしながら洋服をつくり、取り扱ってくださるお店を探して営業もして。やりがいがあって楽しかったのですが、アルバイトで稼いだお金で材料を買って新しいアイテムをつくって……というサイクルに、少し疲れてしまった自分がいました。だから結婚を機に一度すべてやめようと決意して、家にあった工業用ミシンや裁断台なども全部処分したんです。
── 水引を「はじめる」ことができた手前には、それまでの仕事を「やめる」という決断があったのですね。
まさに、それまでの「服をつくる」という仕事を手放し、手が空いていた時期だったからこそ水引をはじめられたのだと思います。私にとっては、「やめること」「はじめること」、ともに転機になったのが結婚ですね。結婚や出産のようなライフステージの変化は、何かを手放すことになるかもしれないけれど、同時にそれは、自然と「はじめる」ことに繋がっているのかもしれません。
2022年8月制作の「流水黄金海老(りゅうすいにこがねえび)」。苦難や厄災を流し去ってくれると言われている流水を背景に、おめでたい伊勢海老をあしらったエレガントな作品
趣味から仕事に変わるまで
── 水引をはじめられた頃の、お仕事や生活について教えてください。
結婚したあとは、スポーツアパレルの会社に就職して働いていました。なので、会社員をしながら、趣味の習い事として月に2回、水引を習うという生活サイクルですね。
私が師事していたのは、古典というよりも「ものづくりのたのしさ」を教えてくれる先生。たとえば水引を使ってブーケを作ったりするんですよ。毎回の課題は想像以上に難しく大変でしたが、つくれるようになった時の喜びはひとしお。学生の頃に戻ったような気持ちで、ひさしぶりに「つくることってたのしいな」と心から思うことができました。
── 今ではお仕事として水引をつくられていると思いますが、どのように趣味から仕事へ変わっていったのでしょう。
きっかけのひとつは、父親が病気になり介護のために実家に戻ったこと。その間はお稽古に通えなくなるので、忘れないように、家でキャラクターの水引をつくってInstagramにアップするようになったんです。すると、「水引でこんなものがつくれるの? すごい!」と、想像以上の反応をもらいました。
さらにそのあと、会社を辞めなくてはいけなくなってしまい……。本職を失い「じゃあ何で生きていく?」と選択を迫られた時、水引を本格的に頑張ってみようと思いました。会社員として働きながらでも、親の介護をしながらでも続けたい気持ちが強くあったということは、私は本気で水引のことが好きなんだと確信できたから。習い始めてから5年が経ち、それなりの技術も身についていました。
そこから、アクセサリーやご祝儀袋をハンドメイドのイベントやサイトで販売したり、ワークショップをしたりと、少しずつ仕事になっていきましたね。
価値を下げないための「アート」という選択
── 今では舟木さんはアーティストとして、パネル作品などの制作に力を入れています。ご自身のつくられるものを「アート」だと捉えるようになったのは、いつ頃からでしょうか。
アートだと意識が変わっていったのは、6年ほど前からだと思います。台湾でのハンドメイドマーケットに参加したことが大きかったですね。
はじめて海外で出店するということでいろいろ調べていたら、海外にもご祝儀袋があることを知りました。そこで、鳳凰の水引がついている立派なご祝儀袋を看板商品として持って行き、1万円で置いていたんです。すると海外の方が買ってくださって。「自分が感じている水引の価値は、人種を超えて伝わっていくんだ」と強く感じました。
同時に思い出したのは、水引の先生が言っていた、「価値があると思うのなら、それだけの値段をつけなさい」という言葉です。その頃から、自分が愛している「水引」というものの価値を下げる行為はしてはいけないと、強く思うようになりました。
── 自分が感じている価値を守ることは、すごく大切ですね。
私は、はじめて水引に出会ったときの感動が心の中にずっとあるんです。だから、水引が安く売られていると、「そんなに価値が低いものじゃない」と自然に感じていた自分自身に気づきました。でもアクセサリーやご祝儀袋だと、どうしても相場というものがありますよね。「自分が感じている価値」を届けるためのフィールドとしては適切ではないのかもしれないと思い、少しずつ、アートの方向性に舵を切っていくようになりました。
── 今つくられている作品を、ご紹介いただいてもよろしいでしょうか。
今は、パネル作品を多くつくっています。それもただ台紙に水引を貼るだけではなくて、背景も含めて物語をつくることで、水引の価値を最大限に伝えたいと思っています。
たとえばこちらは、「雲立涌(くもたてわく)」という作品。雲立涌とは、もともとは着物の柄などで使われる、蒸気が立ち昇り、雲がわき起こる様子を象ったおめでたい文様です。背景のゆらゆらと揺れる波線は蒸気を表していて、作品を通して、これからの成長に対しての願いを込めています。
私は和の文化がとても好きなんですよね。日本の文化を水引に落とし込み、「私」というフィルターを通して、物語のあるエレガントな作品を目指しています。
はじめることで、過去がつながっていった
── 水引をはじめてみて、よかったなと思うことを教えてください。
水引をはじめたことで、いろんな過去の出来事がつながって、意味のあることに変わっていきました。ブランドをやっていた頃の知識は、作品レイアウトや色の組み合わせを考える上ですごく役立っています。他にも、ずっと海外に憧れて中学生のときから英語を学んでいたのですが、水引をはじめたことで、海外へ行く機会が増え、その努力もやっと活かすことができました。人生においてはじめてみて無駄なことなど何もないんだと思います。
「何かを新しくはじめる」と聞くと、まったくゼロからのスタートを想像する方も多いかもしれませんが、きっとゼロなことはなく、それまでに積み重ねてきたものは活きてきますよね。たとえ新しくはじめることが別業種だったとしても、重なりはどこかにあるはず。
自分が積んできたスキルを活かせる場所を能動的に探すことも大事だと思いますが、一見つながってなさそうなことでも、予期せずつながっていくものではないでしょうか。
水引の文化を、海外に伝えていきたい
── 最後に、舟木さんがこれからはじめてみたいことがあれば教えてください。
アートとしての水引の作品制作に加えて、海外での文化交流にも力を入れていきたいです。私の根源にある思いは、「水引」というすばらしい日本文化を後世にまで伝えていきたいということ。水引は、素材がほとんど日本でつくられていることもあり、海外では触れられる機会がほとんどありません。だからこそ、ワークショップを開催したり、実際に素材に触れてもらえる機会を増やしていきたいですね。
その時に私がこだわりたいのは「本物」としての水引の価値を伝えていくこと。「ちょっとした飾り」としての水引ではなく、私がはじめて見た時のような感動をきちんと伝えていきたいです。水引という文化の価値を、正しく伝えていく。その活動にこれからは注力していきたいなと思っています。
Information
喜結 個展
挺功追風 ーTAKE OFFー
水引作品の展示販売会。
紙でできた水引と異素材の掛け合わせ。
伝統的なモチーフからポップでカラフルな作品まであなたの知らない水引の世界を存分に味わってください。
■会期
2023年6月28日(水)~7月4日(火)10:00~20:00(最終日は17:00閉場)
■会場
大丸梅田店11階 ART GALLERY UMEDA
〒530-8202 大阪府大阪市北区梅田3-1-1
■入場料
無料
ARTIST
舟木香織
ARTIST
1976年生まれ。アパレルのデザイナー等を経た後、自身の結納で その奥深さに魅せられ水引の世界へ。2016年6月に独立し、「喜結-kimusubi-」のブランド名で不定期の展示販売会の開催や、企業からの依頼で水引を制作する。
volume 05
はじめていい。
はじまっていい。
新しいことは、きっと誰でもいつでも、はじめていいのです。
だけど、なにからはじめたらいいかわからなかったり、
うまくできない自分を想像すると恥ずかしかったり、
続かないかもしれないと諦めてしまったり。
それでも、型や「正解」「普通」だけにとらわれずに
はじめてみる方法がきっとあるはずです。
この特集では「はじめたい」と思ったそのときの
心の膨らみを大切に育てるための方法を集めました。
それぞれの人がはじめの一歩を踏み出せますように。
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