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- 「大切にするのは、アートとのふとした出会い」 /詩人・水沢なおが、 カフェとアートが共に楽しめる〈Lurf MUSEUM〉
INTERVIEW
2023.01.27
「大切にするのは、アートとのふとした出会い」 /詩人・水沢なおが、 カフェとアートが共に楽しめる〈Lurf MUSEUM〉
Edit / Emi Fukushima
Photo / Shimpei Suzuki
いきなり街中のギャラリーに足を踏み入れるのは少し勇気がいるもの。
でも、カフェや書店、クラフトショップ……など展示空間だけではない機能を併せ持つスポットならば、気軽に気負わず楽しめるのではないでしょうか。扉を開けた先には、作品とともに新たな刺激や興味との出会いが待っているかもしれません。
この企画では、日頃からアートに親しむクリエイターや表現者と共に、アート+αの特徴を持つスポットを訪れ、その見方や楽しみ方を紹介していきます。
今回ナビゲートしてくれるのは、身体や生物をモチーフに美しく研ぎ澄まされた言葉をつむぐ、詩人の水沢なおさん。幼い頃から絵に親しみを持ち、詩を本格的に始める前は画家を目指していたというほどアートに造詣の深い彼女が今回訪れたのは、ギャラリーと上質なカフェが併設する代官山の〈Lurf MUSEUM(ルーフミュージアム)〉。彼女がリラックスしながらアートに向ける眼差しからは、自身が携わる詩の表現への思いも垣間見えました。
家具がリラックスへと誘い、絵画は風景になる広々とした展示空間
詩人の水沢なおさんが訪れたのは、2022年6月にオープンした代官山の〈Lurf MUSEUM〉。1930年代のデンマークヴィンテージ家具が揃えられたカフェスペースと展示スペース、アーティストグッズのショップがある1階と、面積70坪で天井までの高さが約4メートルという広さのあるオルタナティブ・スペースの2階という2つのフロアで構成された複合空間です。
この日はまず、2階で開催中の「北欧デンマークのヴィンテージ家具工藝展」へ。銀座にある北欧ヴィンテージのインテリアショップ〈Luca Scandinavia(ルカスカンジナビア)〉がセレクトした20世紀中葉のデンマーク家具と、アーティスト・谷﨑一心の油彩作品、谷﨑氏が所有している20世紀初頭から戦前ごろまでに作られたデンマーク家具のコレクションを組み合わせた展覧会です。家具と絵画の展示は〈Lurf MUSEUM〉でも初の試みとのこと。
「2階の扉を開けると外光が差す白い空間が広がり、作品にすっと入っていくような気持ちになりました」
2階でこの日催されていたのは「北欧デンマークのヴィンテージ家具工藝展」。
〈Lurf MUSEUM〉の「Lurf」は、ラテン語で光を「ルークス」ということ、さらに風を感じさせるような音の響きの良さから付けられた造語です。さらに、英語で発音すると「屋根」の意味に。1つの屋根の下に人々が集まってくる場所にしたいという思いが込められているのだといいます。そんな名前の通り、光が溢れるエントランスからメインの展示室に入ると、天井高約4メートルの空間が広がります。そこに、デザイナーごとに配置された北欧のヴィンテージ家具と、リビングやダイニング、書斎などの部屋をイメージする形で谷﨑一心氏の絵画が展示されていました。
空間内の家具を一つひとつじっくりと見ていく水沢さん。
「展示室は、絵画が窓のように透き通った風景となって展示室に広がっていました。家具があることで部屋の中で過ごす親密で穏やかな気持ちと、絵画と一対一になり鑑賞する緊張感が同時に存在していて、初めて味わうとても満ち満ちた時間でした」
窓のような趣の、谷崎一心氏の空と大地を連想させる写実的な絵画の前で立ち止まる。
数々のヴィンテージ家具の中で、水沢さんの視線が止まったのは、デンマークで1930年代に作られた美しいコーヒーテーブルでした。これは、デンマークの芸術家、Kay Simmelhag/カイ・シムヘイの作とされるモザイクテーブル。蛇紋岩やトラバーチン、ホワイトカラーラなど、様々な天然石を用いて鳥の外見的特徴や生態、動きが表現されており、石の配置や背景の構図、鳥の表現などには作家の特徴が表れています。
タイルが存在感を放つカイ・シムヘイの作とされるモザイクコーヒーテーブル。
「これまで詩を書くときの机にまで意識はしていませんでしたが、素敵な机で詩作したら、いつもとは違う感覚で言葉に向き合えるかもしれません。この机で詩を書いたら想像が膨らみそうです」
ショップやカフェを併設する1階に降りて、イラストレーター・グラフィックデザイナーのkilldiscoの個展「Happenstance」へ。〈Lurf MUSEUM〉では今回のように1階と2階で異なる作家の2つの展覧会を開催したり、ひとりの作家を2フロアに分けてテーマごとに展示することもあるのだそう。
カフェを併設する1階の一角では、killdiscoの個展「Happenstance」が開催されていた。
作品を一点ずつじっくり鑑賞したあとは、カフェスペースでコーヒーと、名古屋のカフェ・ギャラリー〈STILL LIFE〉のキャロットケーキをいただくことに。
水沢さんがチョイスしたキャロットケーキは程よく上品な甘さが特徴。
カフェでは、神保町のシングルオリジンにこだわったコーヒー専門店〈GLITCH COFFEE & ROASTERS〉の豆を使い、ハンドドリップで淹れられるコーヒーや、代官山のパウンドケーキ専門店〈Ennismore Garden〉のケーキなど、厳選されたメニューが提供されています。そして、カフェのテーブルやチェア、照明に至るまで、貴重な北欧ヴィンテージで揃えられ、音響設備は、真空管アンプにJBLのスピーカーというこだわりよう。
美術館モノとも言える貴重な北欧ヴィンテージ家具に触れることができるのも醍醐味。
「killdiscoさんの作品は展示数が多く、とても見応えがありました。一つひとつをじっくり見ているうちに、作品に隠れていたかたち遊びに気が付いたり、小さな発見があることが楽しくて。1階ではカフェでお茶を楽しみながら作品を見ることもできますし、より日常に近い雰囲気の中でアートを楽しむことができました。美術館でアート鑑賞しようとすると、どこか気構えてしまうところがありますが、カフェが併設されているとリラックスしながらアートと触れ合うことができますね。アートとのこんな関係性が生まれる空間は素敵です」
日常でアートに触れるように、詩に出会う機会を増やしたい
水沢なおさんは、高校と大学でアートを学んでいました。初めてアートに興味を持ったのは幼少期の頃。美大出身の母の影響で、小さな頃から絵を描くことを楽しんでいました。
「幼い頃、私がお絵かきをすると母が喜んでくれて。幼稚園で描いた絵を額装して飾ってくれたこともありました。それから、母が折り触れては、美大で学んだことや、そこでの出会いが人生を豊かにしてくれたと話してくれたので、美大は楽しいところだと刷り込まれたのかもしれません。高校は美術科に進学したのですが、あるとき、国語の先生が授業で『この世で一番美しいのは詩だよ』と教えてくれました。そのときは当然のように絵画が美しいものだと思っていたので、詩が『美しい』ということに衝撃を受けました。それで、すぐに詩を書き始めたわけではないのですが、心のどこかにその言葉が残っていたのだと思います。徐々に、私が表現したいことは絵では表現しきれないのではという想いが芽生えました。そして、自分なりの形で『美しい』という感覚を探ってみたいと、美大に入学してから詩を書き始めたのです」
絵から詩の世界へ。今は、アートとはほどよい距離感を保ちながら、美術館に足を運んだり、美術館を目的に旅をしたりと、純粋にアートを楽しんでいるそう。
〈Lurf MUSEUM〉内には展示作家に合わせて制作したグッズが並ぶショップコーナーも。
「展覧会を目的に美術館を訪れることもあれば、ふらっと立ち寄ることもあります。美術館という空間自体が好きなのかもしれません。美術館で絵を眺めていると、自分の感覚が希薄になって世界から消えてしまうのと同時に、世界が自分だけで満たされていくような感覚になることがあります。美術館でアート作品に触れると、自分の中に感覚のゲージが溜まっていくようで、書きたいという力をもらうことも。特に美術館の帰り道は、詩を書きたくなることがあります」
水沢さんが大切にしているのは、美術館で作品に対峙する時間だけではなく、日常の中で偶然アートに触れ合う瞬間。この〈Lurf MUSEUM〉でも、カフェやショップを利用する人が、アートと偶然の出会いをすることもあるのだとか。
「HAGISOというカフェに立ち寄ったとき、併設されているアートスペースで大仏の展示をしていました。アートと接点を持とうと意識していなくても、日常のふとした瞬間に出会うことがあるんだと嬉しくなりました。でも、詩は日常で出会う機会が少なく、詩に触れ合うことができるのはほとんどの場合、詩集の中だけ。もっと身近に感じてもらえるような詩を書いたり、詩に気軽に触れてもらえるような活動ができたらと思っています。アートもそうですが、詩には、一人ひとりに異なる解釈と感覚があるから、どんなイメージが広がっていても間違いではありません。もし、わからないと感じても、わからないままでいい。わからないまま好きでいられるのが詩なのではないかと思っています」
Lurf MUSEUM
開館時間:
Museum 11:00〜19:00 ※不定休
Café 11:00〜19:00(L.O. 18:30)
Store 11:00〜19:00
住所:東京都渋谷区猿楽町28-13 Roob1 1F・2F
詳細は公式HPにて
※時期によって展示内容は変わります。予めHPまたはInstagramでご確認ください。
DOORS
水沢なお
詩人
1995年静岡県生まれ。2019年の詩集『美しいからだよ』(思潮社)で中原中也賞受賞。2020年にはアーティストの布施琳太郎とともに、ネット上の展覧会『隔離式濃厚接触室』を実施。2022年『シー』(思潮社)刊行。
volume 04
アートを観たら、そのつぎは
アートを観るのが好き。
気になる作家がいる。
画集を眺めていると心が落ち着く。
どうしてアートが好きですか?
どんなふうに楽しんでいますか?
観る、きく、触れる、感じる、考える。
紹介する、つくる、買う、一緒に暮らす。
アートの楽しみ方は、人の数だけ豊かに存在しています。
だからこそ、アートが好きな一人ひとりに
「アートとの出会い」や「どんなふうに楽しんでいるのか」を
あらためて聞いてみたいと思います。
誰かにとってのアートの楽しみ方が、他の誰かに手渡される。
アートを楽しむための選択肢が、もっと広く、深く、身近になる。
そんなことを願いながら、アートを観るのが好きなあなたと一緒に
その先の楽しみ方を見つけるための特集です。
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