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- 他者を想う多様な形。現代アーティスト・山本れいらと行く「CLAMP展」
INTERVIEW
2024.08.14
他者を想う多様な形。現代アーティスト・山本れいらと行く「CLAMP展」
Photo / Kyouhei Yamamoto
Edit / Eisuke Onda
少女漫画、少年漫画という枠を越えて独自の表現を追求し続けてきた女性4人の創作集団CLAMP。彼女たちの活動の軌跡をたどる展覧会が、東京・国立新美術館で開催されている。
少女漫画に強く影響を受けたことから、少女アニメの表象を用いた作品制作でも注目を集める、現代アーティストの山本れいらさん。少女漫画にハマるきっかけとなったのがCLAMP作品だという彼女と「CLAMP展」を観ながら、いちファンの視点でCLAMPの創作の魅力を解説してもらった。
訪れた展示
「CLAMP展」(国立新美術館)
『カードキャプターさくら』『魔法騎士レイアース』『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』『xxxHOLiC』など、少年・少女・青年漫画といった枠を超えて名作を生み出し続けてきたいがらし寒月、大川七瀬、猫井、もこなの4人による創作集団CLAMPを紐解く大規模展覧会。デビューから現在にいたるまでの23作品を網羅し、会期の前後期合わせて約800点におよぶ漫画原稿・原画が展示される。CLAMPにまつわる7つのテーマを切り口にエリアが区切られ、本展オリジナルのインスタレーションなど、作品を横断して彼女たちの創作を広く紹介する。
訪れた人
山本れいら(アーティスト)
日米の政治的関係やフェミニズムなどの社会課題を問いかける作品を制作している現代アーティスト。幼い頃に読んだ『カードキャプターさくら』をきっかけに少女漫画から大きな影響を受けた。
画面の端から端まで徹底した画力と、物語に引き込まれて
スタイリストさんにオーダーして、CLAMP作品をイメージしたチャイナテイストのワンピースで来てくださった、山本れいらさん
──以前、ARToVILLAの連載「作家のB面」のインタビューで少女漫画がご自身のルーツにあるとおっしゃっていました。山本さんがCLAMP作品を好きになったきっかけについて、改めて教えていただけますか?
小さい頃、TVアニメで『カードキャプターさくら』が放送されていて、ものすごく大好きでした。劇場版も、必ず観に行くくらいで、小学校3年生のときに親がアニメ関係の仕事をしているという友だちが私の誕生日に『カードキャプターさくら』(講談社)の初版全巻を貸してくれたことで、さらにのめり込んでいきました。繊細な描写で、画面の端から端まで一切気を抜いていない画力と物語に引き込まれて、そこから漫画をよく読むようになりました。
続いて夢中になったのが、異能力者たちのサイキックバトルストーリー『X -エックス-』(角川書店)。「さくらとは全く違う方向性で、全体的に暗いし、キャラクターはどんどん死んでしまうのだけれど、次が気になるストーリー展開に夢中で読んだ記憶があります」
さくらに出会うまでは、もともと少女漫画の物語がちょっと苦手でした。図書館に『なかよし』や『ちゃお』が置いてあるような環境だったので、一応、目を通すんですけど、恋愛中心すぎる話が私には合わなくて。もっと、私は少年漫画にあるような冒険モノを読みたかった。ただ、少年漫画の絵柄は好みじゃなかったので、私の絶妙なニーズに応えてくれるのがまさにCLAMPの作品でした。
──特に好きな作品は?
ほぼすべての作品が大好きで選べないのですが……『カードキャプターさくら』は自分の原点として欠かせない作品です。あとは、『東京BABYLON』、『X -エックス-』辺りも好きです。『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』はお小遣いを握りしめて、頑張って単行本を買っていました。デビュー15周年の際に出版された『CLAMPノキセキ』(講談社)という解説集も、何冊か集めていました。コンプリートしたかったのですが、子どもだったのが悔しいです……。
世代的に一番身近だったのが90年代後半から2000年代の作品で、当時は漫画だけでなくアニメも放送されていました。配信がない時代だったので、放送に間に合うように急いで家に帰って、録画ボタンを押していました。『xxxHOLiC』は深夜放送だったのですが、夜更かしして。スガシカオさんによる主題歌「19才」が大人っぽくて素敵で、今でも大好きです。
CLAMPはどうやってあの美しいカラーを仕上げてきたのか
──展示はいかがでしたか?
まず、膨大な数の原画を観られて、なんて贅沢な展示だろうと思いました。どうやって描いているのか、幼い頃からずっと気になっていたので、じっくり見ていたら最初のエリアだけで30分かかりました(笑)。
第1エリア「COLOR」。デビューから全23作品のカラー原画が展示され、多種多様な画材の変遷や画風の変化を見ることができる。「CLAMP展」国立新美術館 2024年 展示風景
──展示はCLAMPの頭文字をとって「COLOR」、「LOVE」、「ADVENTURE」、「MAGIC」、「PHRASE」という5つのテーマを中心に、全7エリアで構成されていました。「COLOR」のカラー原画は圧巻でしたね。
色付けする際の手の動きを感じられる原画もあって見ごたえがありました。あとは、画材の変遷も興味深かったです。私はずっと、CLAMPはコピックメインではないかと推測していたんですけど、カラーインクからパステル、墨、アクリルガッシュなど作品世界に合わせて画材をセレクトしていて、挑戦的。でも、作品も違ければ画材も違うのに、ある程度統一感があることに改めて感激しました。
──特に好きだったカラー原画は?
個人的には、『カードキャプターさくら』は繰り返し読んで、何度も何度も模写してきたので、本物を見ることができてよかったです。あと、『xxxHOLiC』はどの作品よりも描き込みの密度が高くて感動しました。CLAMP作品って、カラー原画も通常の漫画用原稿も、人間の業とは思えないほど上手です。ベタが多いシーンじゃないと描き跡が見えないくらい、手の込んだ描写しかない。筆の流れは原画でなければわからないことなので、CLAMPの描き方を追うように観ることができてよかったです。
──媒体に合わせて作風を変えるCLAMPですが、統一感がある理由について、山本さんはどう思われますか?
画力が高い、というのは第一にあると思います。『東京BABYLON』、『X -エックス-』、『CLAMP学園』シリーズ辺り、80年代後半から90年代の絵柄がCLAMP先生の基だと思いますが、読者の年齢層の若い『なかよし』で96年に連載を始めた『カードキャプターさくら』でドラマチックに大きく作風を変化させました。以降、少年漫画なら丸みを帯びた線を鋭くするなど、媒体に合わせてかなり意識的に作風を変えているんじゃないかと展示を観ながら感じました。
──しかも、同時連載をしながら、それぞれ作風を変えていることに驚きました。
昔、とある番組で、CLAMPのスタジオを拝見したことがあります。みなさんアシスタントをつけないので、4人それぞれの作業場所がブースで仕切られていて、ブースごとに異なる種類の画材や資料が置いてあったんですね。ストーリーラインを大川七瀬さんが書いて、いがらし寒月さん、猫井さん、もこなさんがプロットを絵にしていく。週に何度も〆切が来る慌ただしい日々でも、きちんと工程を踏みながら仕上げていくストイックな姿勢を感じる仕事場でした。だからこそ、あれだけクオリティの高いものが、あのスピード感で出来上がっているんじゃないかなと思います。
漫画で描く、「他者を大切に想う」という人として大切な愛の形
第2エリア「LOVE」は、多様な愛の形が表現された漫画本編の原画を展示
──続いての展示が「LOVE」。「CLAMP先生が描く愛は、一つの言葉では言い表せないほど多様だ」と解説にあった通り、同性愛など様々な愛を描く先駆者的存在でした。
そうした作品に小学校低学年という、早い段階で触れることができたのはすごく良かったです。CLAMPが描いてきたのは、異性愛中心の紋切り型のロマンスに収まりきらない多様な「他者を大切に想う」という、人として大切な愛の形。そうした営みを、キャラクターたちを通して知ることができたのは自分にとって大きかったです。
「CLAMP展」国立新美術館 2024年 展示風景
──大人になってから読み返してみると、当時気が付かなかったやさしい世界の描写に感動するところがありますよね。
わかります。『カードキャプターさくら』のさくらのライバルの小狼(シャオラン)は男子高校生の雪兎に惹かれて、さくらも雪兎が好きで、っていうライバル関係についてもサラッと触れる程度なので、当時は深く理解していませんでした。さくらも、彼の気持ちを知ってもバカにしない。誰も、その人のアイデンティティを否定しないし、自然に受け入れてくれるというのが当たり前となっている世界が素敵でした。
ただ、わりとCLAMP作品は悲劇も多いので、LOVE度が高い原画を観ながら、結末を思い返して「……なんでだよ!」とひとり、悶々としていました(笑)。苦しい展開でもそこから学べることがたくさんあるとわかっているのですが……それでも幸せになってほしい!
「ADVENTURE」では代表的な6作品の漫画原稿が展示され、続く「MAGIC」はCLAMP作品のファンタジー要素を彷彿とさせる映像インスタレーション。「カラー原画は写真NGなので、キャラクターと一緒に写真を撮りたい人のニーズを汲んでくれていますよね」とファンらしい山本さんのコメント
最後のエリア「PHRASE」は、CLAMP作品の言葉の力に着目したインスタレーション
100種近くの言葉を引くおみくじも。「キャラクターの絵がなくても、言葉だけで作品を思い出せる力強さを感じます」
──一言で語るのは難しいかもしれないのですが、CLAMP作品のどんなメッセージ性に、心惹かれますか?
そうですね……自己犠牲はよくない、ということでしょうか。どれだけ相手を想っていたとしても、自分を犠牲にしてまで助けることは、結局自分を大事に想ってくれている人を悲しませる、というメッセージをあらゆる作品で伝えてくれています。なかには、亡くなった人への想いをずっと引きずっているキャラクターも。「LOVE」のエリアでも、そうした場面の原画がありましたが、CLAMP作品は「愛と死」がセットで描写されていることが多いんです。
──愛する人を亡くしたあとの心の回復や在り様など、愛と死は共通して描かれていますね。
今回の展示で過去作を振り返りながら、喪失の痛みの描き方がすごく上手だなと、改めて思いました。
あの完璧な構図を模写しまくった結果、自然と構図の取り方が身についた
──ご自身の創作において、CLAMP作品からどのような影響を受けていると思われますか?
もともと絵を描くことは好きでしたが、CLAMP作品に出会ってから「こんなイラストを描きたい」と思いながらも、同じように描けない葛藤がありました。漫画家、イラストレーターなどどんな仕事に就こうか右往左往していた時期があったのですが、どんな形であれ「絵を描く」根幹に、CLAMP作品の存在がある気がします。
具体的に影響を受けた部分といえば、画面の埋め方ですね。CLAMPは足し算もうまければ引き算もうまいので、あの完璧な構図を模写しまくった結果、自然と構図の取り方が身についた気がします。あと、私も様々な作風にチャレンジする姿勢を見習いたい。変化を恐れないとは、つまり、それまで築き上げた表現を一回捨てて、また人に見せられるレベルにまで表現のクオリティをあげるという非常に大変なことなので、そういうチャレンジを何度もトライされているCLAMPはすごいと、今回改めて思いました。
しかも、CLAMPは変化させた上で、ほぼすべての作品がヒットしているのが本当にすごいと思います。インタビューなどで4人であることの強みをよく話されていますが、ただ創作するだけじゃなくてお互いに批判的な目線を持ちながらストイックに作れる環境だろうと勝手に思っています。
──ご自身の制作環境で、参考にする部分はありましたか?
展示で過去作品を振り返りながら思ったのは、マネジメントがすごく上手ですよね。CLAMPは作品に関連するアウトプットに対して、すべてに関わっている印象があります。グッズデザイン、アニメのキャラクターデザインや脚本の監修など、ただ原作に寄せるのではなく、子ども向けアニメならキャラデザをやわらかくするなど、あらゆるアウトプットに作家の目が行き届いている感じがする。だから、どの媒体から入ってもおもしろいんですよね。私も、作品解釈はしっかり伝えたいので、解説文もきっちり書きますし、SNSでも発信して、できるだけ自分の創作を守る努力はしているのですが、まだまだだと思います。
漫画やアニメを美術館で展示するということ
今回の展示のために、特別に描き下ろされたイラストの前で記念撮影
──先ほど、学芸員の方に、創作の意図を伝える意味で展示会場の作り方について質問されていましたね。
来年、キュレーターとして参加する展示があるので、今気になっている部分です。今回は美術館での開催ということで、CLAMP作品を知らないお客さんも来ると思うんです。一方で、ものすごく読み込んでいるマニアックなファンも来るので、バランスが難しい。今回は見ごたえのある原画の数が膨大でしたし、展示の仕方も天井高のある美術館ならではだと感じました。
空間の使い方について質問する山本さん。「原稿のみだと単調になってしまうので、吊り下げるものやインスタレーションなど体験も構成に交えましたが、先生の画力に頼ったところは大きいです」と国立新美術館特定研究員 吉村麗さん
──最近は漫画に関連した展示が増えていますが、山本さんはどのように感じていらっしゃいますか?
漫画を現代アートの文脈で使われることを嬉しく思わない漫画ファンが、中にはいると思います。ポップアートの代表的な画家であるロイ・リキテンスタインがアメコミを引用した作品にも、一部批判がありました。NY在住のアーティスト、ダニエル・アーシャムがPokémonをモチーフに作品を制作していますが、日本発祥のコンテンツを作品化して展覧会が開けてしまうのは、順番が逆ではないかと個人的に思います。ポケモンが生まれた社会背景を知っていて、身近にある環境で生まれ育ってきた作家がもっといるはずだと思うんです。
──作品の背景にある様々な文化要因を知っているアーティストがいるはずだと。
もちろん、彼も調べたのかもしれませんが、ドメスティックな文化に対してはドメスティックな作家のリアクションを、まずはシリアスに取り上げるべきではないかと思います。というのも、アートとは、モチーフが生まれてきた文化、社会、政治背景を、作品を通してマクロな視点で伝えるクリエイティビティだと私は考えるので、批判的な目線込みでコンテンツを検証して現代アートにする必要がある。ただ、漫画やアニメを芸術表現に置き換えるだけでは何も言っていないのと同じです。用い方によっては反発も大きいと思いますが、衝突はアートをやる上で仕方がないと思います。
──山本さんも、『美少女戦士セーラームーン』をはじめ、少女アニメに関連する時代背景や表象を研究し、フェミニズムや社会課題をテーマに作品を制作されています。その根底に、CLAMP作品があると思うのですが、改めて山本さんが考えるCLAMPらしさとはいかがですか?
とても抽象的な言葉になってしまうんですが……練り上げられた世界観とキャッチーな絵柄に隠された難解な物語、だけど読ませるだけの力があるところです。
多くの作品がクロスオーバーしていて、別作品のキャラクターが登場するだけでなく、話がつながっていることもあるんですね。だから、全体像を理解するためには、CLAMP全作品を読み込まないとわからない。そこに、読者への信頼も感じます。読み進めながら謎を探って、もう一度別作品を読み直すと新たな発見があって……構造の複雑さが理解できたとき、心にずしんと響くような読み応えがあります。今回はビジュアルフォーカスの展示だったと思うので、欲を言えば、今度はぜひCLAMP先生の仕事術のような、作品をつくる過程でのやり取りや関連資料、スタジオの様子などがわかる展覧会も観てみたいです!
山本さんの原点にある『カードキャプターさくら』の原画の前で
「CLAMP展」国立新美術館 2024年 展示風景
©CLAMP・ShigatsuTsuitachi CO.,LTD.
©CLAMP・ShigatsuTsuitachi CO.,LTD./CLAMP 展製作委員会
Information
CLAMP展
■会期
2024年7月3日(水)〜 2024年9月23日(月・休)
※毎週火曜日休館
■場所
国立新美術館 企画展示室2E
東京都港区六本木7-22-2
■公式サイトはこちら
GUEST
山本れいら
1995年・東京都生まれの現代アーティスト。十代で渡米し、シカゴ美術館附属美術大学に進学。在米中に体感した日米の文化間のギャップを重要なテーマのひとつとして、原子力を巡る日米の政治的関係やフェミニズムなどの社会課題を問いかける作品を制作。現在は日本を拠点に活動中。
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