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2023.05.19
「韓国映画のポスターを手掛ける『Propaganda』のアトリエへ」/ 前田エマの“アンニョン”韓国アート Vol.2
この連載はモデル・前田エマが留学中の「韓国」から綴るアートやカルチャーにまつわるエッセイです。小説やエッセイの執筆でも活躍し、国内外の美術大学で学んだ経歴を持つ前田が、現地の美術館やギャラリー、オルタナティブスペース、ブックストア、アトリエに訪れて受け取った熱を届けます。
第2回でエマさんが訪れたのは、韓国映画のポスターを制作するデザインスタジオ「Propaganda」。代表のチェ・ジウンさんをはじめとしたスタッフの方々が手掛けたデザインや所蔵する韓国や日本の映画ポスターやチラシに触れてきました。
映画を語る “思い出” として残り続けるポスターたち
韓国のドラマや映画を観るようになって、驚いたことのひとつに“ポスター”がある。
この連載の第1回目でも書いたのだが、数年前まで私は「韓国ドラマとは一生縁がないだろうな……」と思っていた。冬ソナ時代から長きに渡り、祖母が一日に3本も韓国ドラマを観ていても、母や父、弟だっていくつか観ていたのにも関わらず、どこ吹く風だったのだ。その理由のひとつが、ピンクと水色で非常にポップに仕上げられたポスターから受け取るイメージだった。しかし、どうだろう。実際に韓国ドラマを見始めると、例えラブコメでも、人間の心の複雑さや家族愛、社会問題を描いており、とても上品で味わい深い話が多い。見終えた後も何度も物語を抱きしめたくなるような、そんな気持ちになるのだ。私の心の中は、ピンクや水色でキュートに彩られたりはしなかった。
私は一時期、韓国ドラマを見終わると、SNSに「〇〇を観終えました!」みたいなことを、自分のためのメモのように呟いていた。そのとき、観終えたドラマのポスターの画像も一緒に載せていたのだが、ここで驚いたのが、日本と韓国とでは同じ作品でもポスターのデザインが全然違うということだった。韓ドラファンには周知の事実なのだが、最近の韓国の映像作品のポスターは、情報量を絞り、極力シンプルにデザインされたものが多い。作品の世界観を重視して作り上げられており、俳優やアイドルの顔が全く写っていない場合もある。
独特のタッチで描かれるタイトルロゴ。余白が掻き立てる、想像力。そんなポスターデザインのブームを作り上げたのは、デザインスタジオ「Propaganda」(プロパガンダ)だ。
留学する前のこと。デザイナーをしている大学時代からの友人(韓国人)が、Propagandaの存在を教えてくれた。
「男性が3人でやっているデザイン会社で、エマちゃんが好きなBTSのデザインもやってるね。月に一度、アトリエを解放していて、お店みたいにしているから遊びに行ってみたら?」
Propagandaの入り口。これまで手掛けた『ペパーミント・キャンディ』『その年、私たちは』『犯罪都市』などのポスターがお出迎え
3月の半ば。
語学堂での授業を終え、そそくさとバスに乗り電車に乗り換え、Propagandaのアトリエがある、新沙駅(シンサ駅)に向かった。ここから歩いて10分ほどのところにあるという。
私は韓国語がまだまだなので、非常に心強いお姉さん・成川彩さんにアテンドしていただく。
成川さんは韓国の大学院で映画を学びながら、映画を中心とした韓国の文化について発信されている。書き物だけでなく、ラジオや講演会などへの出演、翻訳や通訳など活動は幅広い。
(私も寄稿している『OUT OF SIGTH!!!Vol.2 アジアの映画と、その湿度』という雑誌で、成川さんはPropagandaへのインタビューの通訳を務められた)
1年と少し前、私がBTSをきっかけに光州民主化抗争(光州事件/*1)に興味を持ち、もっといろいろ知りたいと思っていた頃、成川さんがご出演されていたYouTubeを拝見した。
*1……「光州民主化抗争とは1980年5月に光州で起きた民主化を求める運動と、それに対する軍事政権による武力弾圧のことだ。学生を含む多くの市民が軍によって虐殺された」(前田エマの“アンニョン”韓国アート Vol.01より)
そこで映画『ペパーミント・キャンディ』(1999)を知り、ここから私は韓国映画の世界へとのめり込んでいった。なのでPropagandaの扉を開けてすぐのところで『ペパーミント・キャンディ』のポスターがお出迎えしてくれていたことは、ものすごく胸に来るものがあった。
「アニョハセヨ~」
代表のチェ・ジウンさんとご挨拶をして、私がカバンから取り出したもの。それは、学生時代に集めていた映画のチラシだった。
通っていた高校がつまらなくて仕方のなかったあの頃の私にとって、名画座に通うことは大きな心の救いだった。その頃、よくチラシを持ち帰り大切に保管していた。ジウンさんが日本のデザイナー・大島依提亜さん(*2)のデザインが好きだとどこかで目にしていた私は、依提亜さんが手掛けられたものを含めた、2010年前後のチラシをどうしてもプレゼントしたかったのだ。私の手元にあるよりも、ここで多くの人の目に触れてほしいと思った。
*2……是枝裕和監督の『万引き家族』やウディ・アレンの日本版ポスターなど、数多くの名作のデザインを手掛ける日本のデザイナー。
Propaganda代表のチェ・ジウンさん。私が今回ソウルへ来る直前に『福岡三部作』(チャン・チュル監督)を観たと話すと、同監督の映画『慶州 ヒョンとユニ』のポスターを見せてくださった
私が高校時代に集めていたチラシたち。『めがね』『かもめ食堂』『トイレット』『空気人形』『女の子ものがたり』『色即ぜねれいしょん』『インスタント沼』など……いろいろお渡しした
するとジウンさんは、神保町へ行って集めたという、韓国映画の日本上映時のチラシを見せてくださった。
韓国では現在、映画のチラシは作られていないという。いつか日本でも作られなくなる日がくるのだろうか。
大好きで何度も観た『oasis』のチラシを見られるだなんて、感激……
幼い頃から映画を見るのが好きだったジウンさんに、大きな影響を与えたのは『グラン・ブルー』(88年・仏)のポスターだったという。韓国では93年に公開された。アトリエでポスターを見せてもらった。海の中でイルカと人間が向かい合い、静かな時間が流れる、とてもシンプルなデザインだ。
『グラン・ブルー』(88年・仏)の韓国版のポスター
映画のポスターは「この映画を観たい!」と人々を惹き込むことも大きな仕事だが、映画を見終えた後も、ポスターそのものが映画を語る思い出としてずっと残る、という部分もある。少ない言葉で、映画をいつまでも長く語るものでもある。
「世界中で『アメリ』のポスターが作られたが、日本のデザインのものが一番好き」だと言うジウンさん。その下に見えるのは、私が大好きな韓国の映画監督ホン・サンスのポスターではないか!! Propagandaはホン・サンス監督の作品ポスターもよく手がけている。
映画やドラマのポスターをデザインする際、多くの場合は映画制作チームから、既に撮影された写真を素材として提供してもらい、その中から選び制作する。 しかし、Propagandaがオリジナルポスターをデザインするときは、まず脚本を読み、自分たちでアイデアを出し、それに合わせて撮影を行い、デザインを進める。
Propagandaがデザインした『お嬢さん』(イ・チャンドン監督/2016)のポスターや、様々な映画ポスター、雑誌などが並ぶコレクションコーナー
Propagandaは韓国の映画だけでなく、日本を含む海外の映像作品のポスターのデザインも多く手がけてきた。大きなデザイン会社から独立しPropagandaを始めた最初の頃は、ミュージカルやアートハウス、独立系の映画のポスターを手がけることも多く、俳優の顔や名前で広告宣伝をしても仕方がないと言う環境もあった。それが、自分たちが本当にしたいデザインについて深く考え向き合うきっかけになったと言う。
Propagandaがデザインした日本映画『怒り』(2016)の韓国版ポスター
Propagandaはデザインの仕事だけでなく、本の出版もしている。
まず最初に見せてくれたのは、趣味で集めているというソウルオリンピック(1988)のデザインを集めた本『88Seoul』だ。
『88Seoul』(PROPAGANDA CINEMA GRAPHICS)
もう一冊は、韓国の映画看板の写真を集めた本『映画看板図鑑』だ。韓国で初めて公開された日本映画『HANA-BI』(北野武・1998)や、韓国で今もなお伝説的な人気を誇る『ラブレター』(岩井俊二・韓国公開1999)の看板も見ることができる。
ピンクの本が『映画看板図鑑』(PROPAGANDA CINEMA GRAPHICS)
左が『HANA-BI』、右が『ラブレター』の映画看板
最後にスタジオに所蔵している日本映画のポスターコレクションもたくさん見せていただいた。
現在、韓国の映像コンテンツ、並びに制作システムは世界中から注目を集めている。大手ドラマ制作会社の企画力や脚本制作方法。撮影の際の労働環境の改善、映画学校への外国人学生の積極的な受け入れ、映画館での収益の一部を若手支援への教育に充てるなど、進化を続けている。
韓国で日本の映画が初めて公開されたのが1998年『HANA-BI』。2000年に日韓で公開の『ペパーミント・キャンディ』は韓国と日本の両国が最初に共同制作した映画。『冬のソナタ』の日本での放送は2003年。『パラサイト』のカンヌとアカデミー賞が2019年。
1980年代末まで軍事政権が続き、言論や表現の自由、文化へのアクセスがものすごく制限されていたことを考えると、ものすごいスピードだ。
これからも、たくさん楽しませていただきます!!
黒澤明監督の『羅生門』の韓国版ポスター
月に1度、Propagandaがオープンする〈Propaganda Cinema Store〉インスタグラムで情報を追ってみてください。
3人で『ペパーミント・キャンディ』のビデオを観た。ついでに玉置浩二のコンサートのビデオも観た。韓国で安全地帯はものすごく人気がある。そしてこのアトリエの近くに「安全地帯」という古着屋があった
〈Propaganda Cinema Store〉
月に一度オープンする映画ショップ
住所:3F 30-12, Apgujeong-ro 10-gil, Gangnam-gu, SEOUL
公式HPはこちら
Instagramはこちら
韓ドラ『その年、私たちは』『梨泰院クラス』『二十五、二十一』のロケ地巡りを満喫したエマさん。次回は7月9日まで開催中の「光州ビエンナーレ」について綴ります
連載「前田エマの“アンニョン”韓国アート」
Vol.1 「なぜいま、韓国のアートなのか?」
Vol.2 「韓国映画のポスターを手掛ける『Propaganda』のアトリエへ」
Vol.3 「5・18、光州ビエンナーレへ」
Vol.4 「誰でも自分らしく居られる、アートの居場所へ」
Vol.5 「韓国在住の日本人アーティストのアトリエを訪ねて」
Vol.6「この半年間で体感した、韓国アートの熱さ」【最終回】
DOORS
前田エマ
アーティスト/モデル/文筆家
モデル。1992年神奈川県生まれ。東京造形大学を卒業。オーストリア ウィーン芸術アカデミーの留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティなど幅広く活動。アート、映画、本にまつわるエッセイを雑誌やWEBで寄稿している。2022年、初の小説集『動物になる日』(ミシマ社)を上梓。
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