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2023.04.21
「なぜいま、韓国のアートなのか?」 / 前田エマの“アンニョン”韓国アート Vol.1
この連載はモデル・前田エマが留学中の「韓国」から綴るアートやカルチャーにまつわるエッセイです。小説やエッセイの執筆でも活躍し、国内外の美術大学で学んだ経歴を持つ前田が、現地の美術館やギャラリー、オルタナティブスペース、ブックストア、アトリエに訪れて受け取った熱を届けます。第1回はそもそもなぜ韓国に行こうと思ったのか。韓流ドラマ、BTS、茨木のり子.......日韓の関係性をさまざまなカルチャーを通して触れてきた。その延長線上で興味を持った韓国のアートについて。
「音楽や文学、そしてアートを通して、手を繋ぐことはできる」
Photo / Mio Matsuzawa
韓国・ソウルへ来て、1ヶ月が経った。
1ヶ月前。
早朝の羽田空港。吐く息がまだ白かった。ツンとした冷たい澄んだ空気の中を、滑りの悪いトランクをゴロゴロと押しながら、「なぜ、私はソウルへ行くのだろう?」と、ふと不思議に思ったことをよく覚えている。
人生とは、後付けの美化だ。
記憶の上書きを繰り返し、なんだかご立派に見える物語を作っていく。
私はこの先、どうして留学しようかと思ったのか、その理由を何度も聞かれることだろう。
そしてきっと、嘘は言わないけれど、その度にもっともらしい言葉を並べて、話すのだろう。しかし、そこに本当があるとは、どうしても考えられない。自分で話した言葉によって、本当のことから遠ざかっていくような気がする。しかし、今、ここを飛び出して韓国へ行きたいという気持ちは、紛れもない私の「진심」(チンシム-いつわりのない本当の心)なのだと思う。
始まりは2020年の春だった。
初めての緊急事態宣言が発令された頃、私は生まれて初めて韓国ドラマをちゃんと観た。そしてハマった。
「記憶喪失になる」という設定を多用するラブストーリー、ピンクと水色のポップなポスター。そんな片寄ったイメージのせいで、私には一生縁のない世界だと思っていたのだが、まんまと沼に落ちた。閉鎖的で不安な日々が続く中で、それは大きな楽しみとなった。
ディテールをとことん突き詰め、よく練られたストーリー。役者達の演技力。美しい映像。物語に寄り添う音楽たち。そして、私にとってふたつめとなった韓国ドラマ『梨泰院クラス』を観て、BTSの音楽と出会った。挿入歌をBTSのメンバーが歌っていたからだ。
韓国語は何ひとつ知らないし、BTSのメンバーの人数も、顔もわからない。映像だって見たことがない。それなのにただただ、私は何ヶ月もの間、取り憑かれたように彼らの音楽を聴き続けた。
そんなある日、友人がBTSのパフォーマンス映像を見せてくれた。息のそろった群舞。真摯に音楽を届ける姿勢。観る者を巻き込んでいくその迫力に驚き圧倒され、すぐに夢中になった。
一人ひとりのキャラクター、これまでの活動、音楽に込められた意味を知っていく中で、私にとって大きな出会いとなったのが光州民主化抗争(光州事件)だった。
BTSがこれまで発表してきた楽曲には、韓国の歴史や社会問題に対してのメッセージが込められたものがいくつもある。そのひとつである『Ma City』(2016)は、BTSのメンバーが自らの故郷を、夢やプライドとともに歌いあげた曲だ。韓国の南西部・光州出身のJ-HOPEさん (1994年-) はこの曲の中で、43年前に起きた光州民主化抗争のことを歌った。光州民主化抗争とは1980年5月に光州で起きた民主化を求める運動と、それに対する軍事政権による武力弾圧のことだ。学生を含む多くの市民が軍によって虐殺された。
光州民主化抗争とは何なのかをもっと知りたくて、この抗争をテーマに扱った韓国映画『ペパーミントキャンディー』(1999)『タクシー運転手・約束は海を越えて』(2017)を観た。ちょうどその頃、友人が教えてくれたのが、小説『少年が来る』だった。著者のハン・ガンさん(1970-)は、アジア人で初めてブッカー賞を受賞した韓国人の作家だ。光州民主化抗争を直接経験したわけではない彼女が、徹底した取材と、圧巻の筆致で描く“痛み”に衝撃を受けた。それが扉となって、私は韓国文学をむさぶるように読み漁った。
BTSの音楽にも、韓国文学の作家たちにも共通するのが「直接的な当事者じゃなくとも、社会の問題に声をあげ、歴史を伝えていく」という姿勢だった。日本では、当事者以外の者が何かを語ることに対して、ものすごく風当たりが強いように感じる。この違いはどこから来るのか、私は知りたくなった。ゲスト講師を招き、勉強会を開催した。テーマは「BTSの音楽から、韓国を知りたい~なぜ、韓国の人は声をあげるのか」200名を超える人々が参加してくれた。
前田エマとme and youが企画したイベント「わたしのために、世界を学びはじめる勉強会」。第一回目のゲストには権容奭(一橋大学大学院准教授)さんを招いて「BTSの音楽から、韓国を知りたい~なぜ、韓国の人は声をあげるのか」というテーマで開催
様々な歴史を知っていくほどに、韓国と日本が特別な“隣国”だということを、実感していく。今、私が生きているこの時代が、過去の様々な歴史の積み重ねの中に在ること、見えていなかったことがこんなにも在るのかということに、驚愕するばかりで、途方もない気持ちになることもある。
しかしそんな日々の中で、強く思うことがある。それは、音楽や文学、そしてアートを通して、手を繋ぐことはできる、ということだ。
かつて詩人・茨木のり子(1926-2006)が、韓国の詩人・尹東柱(ユンドンジュ 1917-1945)を日本に紹介した。尹は戦時下に留学先の日本で治安維持法違反で逮捕され、獄死した。茨木は50歳を越えてから韓国語を学び始め、多くの詩を翻訳した。そんな茨木の詩を昨年、BTSのリーダーRMさん(1994年-)がSNSでシェアした。
先日、ソウル現代美術館で観た韓国を代表する画家・李 仲燮(イ・ジュンソプ 1915-1956)の経歴を見ると、現・武蔵野美術大学と文化学院美術部で学んでいたことがわかる。在学中に出会った日本人の妻とのドキュメンタリーを日本の映画監督・酒井 充子さん(1969-)が制作している。展覧会では、南北戦争の影響で離れて暮らさざるを得なくなった妻へ送った手紙の数々が展示されていた。
浅川巧(1891-1931)はご存じだろうか? 日本が朝鮮半島を植民地支配していた時代に朝鮮に渡り、この土地の芸術に惹かれ、朝鮮民族美術館の設立に柳宗悦(民芸運動の主唱者)、兄の浅川伯教と共に奔走した。薄給の中から朝鮮の若者たちに奨学金を出し、ハングルを懸命に勉強し、朝鮮の役に立ちたいと尽力した。
昨年、国立新美術館で回顧展を開催した世界的なアーティスト、李 禹煥さん(リ・ウファン1936-)も、日本との繋がりがとても深い。日本大学で哲学を学び、その思想が後の活動にも影響を与えた。日本の現代美術史の中でも非常に重要な”もの派”を代表する作家でもある。出身地でもある釜山よりも先に、香川県・直島に彼の個人美術館が作られた。
私は韓国のアーティストのことも、アート業界のことも、全然わからない。
アートコレクターでもあるRMさんが、いつか韓国と海外のアーティストたちの魅力を若者に示すスペースを作りたいとインタビューで述べていた時も「そういえば私、韓国のアーティストってほとんど知らないな」と感じた。
この連載は、何も知らない私が、少しずつ、ひとつずつ出会っていく、韓国のアートについて、エッセイを書いていくというものだ。
専門的な知識を提供できるわけでもないし、旅行の際に役立つブログでもない。でも、今アートが熱い韓国で感じたことを、残していきたいと思う。
昨秋、アジアで初めて開催された国際的なアートフェア「FRIEZ」。会場に選ばれたのは韓国・ソウルだった。
韓国の美術市場は日本の1/6ほどでまだ小さいという。しかし韓国は今、世界中の人々が訪れたい魅力的な場所であり、アートコレクターも多い。しかも、ミレニアル世代の若いコレクターや、K-POPアーティストなどのインフルエンサーのパワーも計り知れない。また先日、パリのポンピドゥーセンターが、2025年を目標にソウルに進出するという発表もあった。政府予算に占める文化支出額もかなり多く、国を上げて力を入れていることがわかる。
釜山ビエンナーレ(1982-)、光州ビエンナーレ (1995-) 、大邱フォトフェスティバル (2006-) など、アジアの中では比較的長い歴史を持つビエンナーレもあり、積み重ねてきたものもある。昨年、私は釜山ビエンナーレを観に行った。今年の4月から始まる光州ビエンナーレにも足を運びたいと思う。
さて、第1回目は、とりとめのないことを長く書いてしまいました。
次回からは韓国のアートスポット、美術館のこと、アーティストのことなど、もっとアートのことを書いていくので、温かく見守ってくださったらうれしいです。
連載「前田エマの“アンニョン”韓国アート」
Vol.1 「なぜいま、韓国のアートなのか?」
Vol.2 「韓国映画のポスターを手掛ける『Propaganda』のアトリエへ」
Vol.3 「5・18、光州ビエンナーレへ」
Vol.4 「誰でも自分らしく居られる、アートの居場所へ」
Vol.5 「韓国在住の日本人アーティストのアトリエを訪ねて」
Vol.6「この半年間で体感した、韓国アートの熱さ」【最終回】
DOORS
前田エマ
アーティスト/モデル/文筆家
モデル。1992年神奈川県生まれ。東京造形大学を卒業。オーストリア ウィーン芸術アカデミーの留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティなど幅広く活動。アート、映画、本にまつわるエッセイを雑誌やWEBで寄稿している。2022年、初の小説集『動物になる日』(ミシマ社)を上梓。
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