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2026.04.15

無限の高さのパブリックアートがある。大手町にある杉本博司作品だ / 連載「街中アート探訪記」Vol.51

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは大手町のオフィス街にある一本の針のような杉本博司の作品である。鋭利な見た目に注意を惹くが、一歩踏み込んで考えてみるとそこには何重にも施された概念の反転がある。パブリックアートでわかる杉本作品の真髄とは。

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  • #大北栄人・塚田優 #連載

『SUNDIAL』杉本博司 2018年 @大手町プレイス

奇抜な見た目は普遍的な形

大北:実物はかなり高いですね! それにしてもすごい形だ。
塚田:そうですよね。でも当然作品の形に根拠があります。
大北:下から引っ張ってきたとか上から落ちてきたとか?
塚田:それで言うなら「下から引っ張ってきた」がニュアンスとしては正しいですね。
大北:え、そうなんですか? 土地から生えたみたいないわれ?
塚田:いや、全然違います。数学です。数理模型といって、数学の概念を形として見せる模型が作られているんですけども、これは双曲線関数の形を立体物にした数理模型の形なんです。
大北:えっ、なんですかそれ!? だからこう急激に指数関数的に上がっていく、みたいなカーブなんだ。プレートに数式が書いてますね。

塚田:マスマティカル・モデル、数理模型ということも明記してあります。
大北:この数式がなんなのか画像でAI検索してみましょうか。
塚田:出てきました?
大北:……はい。この数式は微分幾何学において「擬球」と呼ばれるものを表してるのだそうです。「…Z軸で回転させてできるラッパのような形をした」とも。
塚田:これっぽいですね。
大北:通常の球面は、表面のどの点においても曲がり具合が一定の正の値になるけれど、この擬球っていうのはどの点においても負の値を取るんだそう。へえ。これは非ユークリッド幾何学を視覚的に理解するための…「ユークリッド幾何学に当てはまらないものもあるよ」って表すためにこの形がよく使われるようですよ。あれ? ユークリッド幾何学ってなんでしたっけ。

何重にも仕込まれた概念の反転

塚田:美術でも遠近法でよく出てきます。オーソドックスな幾何学のことですね。
大北:検索しました。2000年もの間、ユークリッド幾何学は絶対的な真理と思われてきたけれども、ちがうケースもあるじゃん、球面上の幾何学があるじゃん、と非ユークリッド幾何学が出てきたと。そこで三次元の形態として説明したのが数理模型なんですね。
塚田:作者の杉本さんは数理模型をモチーフにした作品にもともと取り組んでいて、これらの模型を撮った写真のシリーズがあります。で、この作品はタイトルが『サンダイアル』。日時計ということですね
大北:へえ、日時計だったんですね。こうした非ユークリッド幾何学は大事ですよ、アインシュタインの相対性理論にも役立っていたり、現代の科学といえばこれでしょ、ってことかな? それが日時計でもあるってことはなんだろう?
塚田:日時計ってそれ自体にはなんの意味もないじゃないですか。大事なのは物よりも日の光に落ちる影。それによって時間を示すことがその役割です。でもこれは、パブリックアートとして日時計そのものを作品として見せている。逆説的なおもしろさがありますね。
大北:「おいおい、そっち見てどうする」側を今見てるんですね。
塚田:あと数学は無時間的なものですね。
大北:そういった時間のないものに時間を司らせている。
塚田:そうです。ここにも概念がくるっと反転するような契機が見出せる。あと杉本さんは「芸術とは近似値の提示である」という趣旨の発言をしているんですが、時間もまた人間が便宜的に作った「近似値」ですよね。そう考えるとこの作品は、そういった作家の思想を地で行ってるようにも見える。

無限の高さを表すパブリックアート

塚田:これって上がだんだん細くなってるじゃないですか。実際の先端の細さは数センチとか、もしかしたらミリ単位になってると思うんですけど、概念上はどこまでも細くなって、無限なんです。モノとしては12メートルの高さなんですが、数学を参照することによって無限の高さを想像的に確保しているとも見れる。
大北:ああー、そうだそうだ。理論上はグラフは終わることはないから。
塚田:コンセプトに「無限」を組み込んでる。
大北:たしかに! 「無限のような表現」ではなく「無限を表す物体」ですもんね。「この線、無限に続いてます」っていうものを生で見せられてる。
塚田:そうそう。だから数式もちゃんと書いてるんでしょう。
大北:「これは◯◯ですよ」みたいな正体を言われると作品の情報はちょっと薄くなりますけど、逆に豊かになってる。無限に上までいってるぜって。
塚田:そうですよね。無限に続いてるんだな、と思って見るとしみじみ感じますね。
大北:そうですね。ビルよりも高く続いているのかっていう。

大北:「刺さったら痛そう」っていうのがまずありますよね。体感としてあるというか。
塚田:表参道にあるオーク表参道というビルにもこの作品があって、そこはこれの逆バージョンで天井から下に吊るされてます。
大北:あんなとこに刺さる人いないわという話なんですけど、ギロチン台とか置いてあったら怖いみたいな。
塚田:怖いですね。
大北:そういったスリリングさがあると思うんですよね。
塚田:映画とかでありそうですよね。街にあるものを使って変な死なせ方するみたいな演出あるじゃないですか。
大北:これで死ぬわけないじゃんって話だから誰も言わないですけど、潜在的なキャッチーさもあるんじゃないかなあ。あと高いビルを見ても怖そうみたいなこと思っちゃうんですけど、それと同じようなスリリングさを感じてしまいますよ。先端に。
塚田:端まで味わえるっていいですね。端っこはそんなに重要でもないパブリックアートもあるなかで、これは印象にも残るしコンセプト的にも意味がある。
大北:無限に上まで伸びてますよってものをアートで見たことがなかった。それもパブリックアートで見れるなんて。この作品、「東京 パブリックアート」で検索するとよく出てきます。
塚田:そうなんですね。あとこれは塔みたいな形状でもあるので、先祖を祀るトーテムポールとか記念碑とか、巨視的な視点でも考えてみたくなりますよね。
大北:パブリックアートといえば高い棒状のなにか。

キャリアの始点はニューヨークから

塚田:そういえば杉本博司さんって、大北さんも名前ぐらいは聞いたことあるんじゃないですか?
大北:なにかの製品で見たかな…?
塚田:建築はやってますけどプロダクトデザインはやってないですね。
大北:へえ、建築もやってるんですか。
塚田:建築もやるし舞台演出もやる。U2のアルバムジャケットに作品が使われてたり。現代のレオナルド・ダ・ヴィンチみたいな形容のされ方もするんですけど、かなり幅広い興味を持ってるんですね。
大北:舞台も、へえ~。
塚田:もう80歳近いんですが、1990年代半ば以降世界的にも活躍するようになります。元々アーティスト活動に専念するまではニューヨークで骨董屋さんをやってて、古美術にもかなり造詣が深い方なんですね。

大北:古美術商をやっていた時期もあると。どういったタイプの美術家なんですか?
塚田:写真作品が有名ですね。ただいわゆるスナップを撮るような写真家とは全然違っていて、コンセプチュアルな作り方をする人なんですね。
大北:写真を題材に芸術をやる、みたいなことですね。
塚田:杉本さんは1940年代後半生まれで大学卒業してから渡米し、写真を勉強していました。まだ当時、美術として写真が今ほど認められなかった時代なんですけれども。MoMAのキュレーターに作品を持ち込んだりしながら作家として認知をひろげ、評価を獲得していきます。そこで並行して、ニューヨークで日本の古美術とかを売ってたんですね。
大北:アメリカで日本の骨董を売るのか、想像がつかないなあ。日本のアートシーンにはいつぐらいから現れたんですか?
塚田:1980年代後半です。いわゆる逆輸入型ではあるかと思うのですが、ちょうどこのころは、杉本さんのようなコンセプチュアルな写真作品が日本でも受け入れられる素地が整ってきた時代だったと思います。森村泰昌が登場したり。海外だとベッヒャー夫妻とかシンディ・シャーマンとかがいましたが、ようやく日本も追いついてきたタイミングというか。そこにアメリカで実績を積み上げてきた杉本さんが登場するわけです。2000年代以降は、折を見て大きな個展を日本でも開催してます。また、本や文章もたくさん書いていて、そういう著述活動によって日本での認知が広がっていった側面もあると思います。

そもそも写真が概念の反転である

大北:どんな作品を作られてたんですかね?
塚田:有名なシリーズのひとつで『劇場』っていうシリーズがあるんですけど。映画館の中で、映画が上映されている間、ずっと露光し続けるんです。
大北:長時間露光ってやつですね。動きの軌跡もとらえたりするような。
塚田:ですね。そうすると真っ白なスクリーンが映った映画館の写真が出来上がるんです。必ず何かが写ってたはずなのに、何も映らなくなるっていう。
大北:あ、なるほど、ここでも反転が起こってるんですね。
塚田:そうです。こういうコンセプチュアルなアプローチが、いろんな作品に入ってるタイプの作家なんです。そもそもこの日時計も、影によって意味が生まれるものなので写真との構造的な関連を想起させます。影はこのパブリックアートのネガだけど、これを日時計として見た場合はポジにも反転し得る。
大北:なるほど、日時計は影を見るものですよね。

塚田:作品の中で概念を反転させるのって、彼がフィルムカメラの時代から写真に触れていたことと関連して考えられるんじゃないかなと思っていて。ネガから現像すると、色が反転した写真ができるじゃないですか。写真というのは同じものが反転した状態を経ないとできないわけです。
大北:ふむー、ネガって独特ですね。創作過程で反転した何かが一回生まれるんですね。杉本さん自身の考えもポジとネガみたいになってた。
塚田:現代美術を制作するためのアプローチとして「二項をどういう風に設定するか」があると思うんです。生と死とかいろいろ。
大北:二項対立の二項ですね。思想でも大体二項の話をしてますよね。
塚田:そうそう。杉本さんって、いろんな作品で二項をうまく使えてます。だから写真というメディウムに触れていた経験が、良い方向に現代美術作家として作用したんじゃなかなと連想したんです。

現代美術入門としての杉本博司

大北:そうですよね。パッと見て「わ、すごい!」ってなるし。話を聞いて「そういうことなんだ…!」という深みもあったり、いろんなちょうどよさがありますね。……これが杉本博司か!
塚田:そうですね。やっぱり杉本博司ってそういった面で、BRUTUSとか美術専門のメディア以外に登場することも多いですし、現代アート入門にすごくいいと思います。鑑賞しつつ考えを膨らませることができる深みもあるし、話を聞けば理解することができるし。作品の提示も端的ですしね。図像や文字がひしめいてるということがあまりない。その辺の塩梅はすごく良いと思います。ちょうどこの6月から、杉本さんの写真作品を中心とした展覧会が東京国立近代美術館で始まるので。ぜひこの記事を読んでから行ってみてほしいです。
大北:難しいけどわかるっていうのはすごくいいですね。これとかびっくりする形だけど、現代の代表的な数理モデルという普遍的なことを扱ってるし。
塚田:現代美術ってぎょっとするようなものを好んで取り上げる人もいるんですけど、杉本さんはむしろ古典的なものからどういう風に普遍性を取り出せるかみたいなことをすることが多いんです。作品の見え方は匿名的でありつつも丁寧に仕上げることで、観客にそういったコンセプトを感性的かつ説得的に伝えることができている。だから世界中で評価されてるんです。

大北:これ、ただの日時計とか先端尖ってるっていうよりか、ちゃんと数理モデルで、みたいなところをわかっておくと、鑑賞の違いがありますね。いい場所にあるし、皆立ち寄るといいですよね。「あれって無限なんですよ」って言えるような。
塚田:やっぱり、見上げた時に思えますよね。無限なんだ、みたいな。
大北:東京ミッドタウン六本木の地下にある安田侃作品も「あれ入っていいんだ」って言えますからね。この連載を読むと。
塚田:そういう会話のきっかけにしてくれるとありがたいですね。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました

machinaka-art

※文中の内容は連載陣の見解で構成しております

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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