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2022.02.25
「ゴミ箱にしてはでかい」三島喜美代のパブリックアートを見に行く / 連載「街中アート探訪記」Vol.3
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
街のパブリックアートを美術の専門家と見て語ろうという本シリーズ、今回編集部から提案されたのは「今注目される三島喜美代作品」であり、それは「でかい」らしい。パブリックアートは大体大きいがその中でも「でかい」と感じさせる作品とはどんなものだろう?
前回は、京橋駅にある『Stripe Drawing – Flow of time』という作品をじっくり鑑賞。
vol.2もぜひご覧ください。
三島喜美代のパブリックアートは天王洲アイルにある。天王洲アイル自体にいくつかパブリックアートがあり、ギャラリーなどが集まるアートの複合施設「TERADA ART COMPLEX」を筆頭に、画材を売る店があったり、街自体にも「アートになる島 ハートのある街」というコピーがついているようだ。訪れると臨海部特有のがらんとした感じ。人も少なく、お店よりも他のパブリックアートを先に発見したほど。
目当ての三島作品は大きめの通りから一本入った場所にある。
塚田:あ、ありましたよ。
大北:え、どこですか?
塚田:全然見つけられてないですね、あるじゃないですか?
大北:これかー。
塚田:これです。
大北:でかー!
ゴミ箱にしてはでかいぞ
東横インの前にあるゴミ箱がでかい
大北:でかい……そして、東横インが!
塚田:そうです。東横インの前ですね。
大北:なんで??
塚田:なんででしょうかね。でも鑑賞してくれと言わんばかりのベンチが。
大北:シャトルバスを待つための場所ですかね。
三島喜美代「Work 2012」<東横INN品川港南口天王洲>
大北:ああ、ゴミですね、ゴミ箱とゴミだ。
塚田:一見、ゴミという不要なものを巨大にすることによってちょっとした違和感を持たせるわけですよ。日常の風景に。
大北:鑑賞できるものにする。ただでかくしただけかな?
塚田:大きさでいうと3、4倍くらいにはなってますね。
ダンボールが破れたような
大きなゴミ箱は焼き物だった
大北:ダンボールっぽいけど使ってるのはダンボールじゃないですよね?
塚田:陶器なんですね。これは大きな陶器です。
大北:陶器?? 土で、粘土こねて焼いて?
塚田:そうです。焼き物。具体的にどういう制作工程かは調べ切れなかったんですが、この表面はシルクスクリーンで刷られたものだそうです。
大北:シルクスクリーンはプリントゴッコみたいなあれですよね。焼き物でそんなことできるのか。でもよれ具合が手描きっぽくもあるような?
塚田:加筆してるかもしれないですが、版を手で描いてる可能性もあると思います。
ダンボールのやぶれた感じも陶器で表現されている
大北:あー。この見えなさそうな裏側まできっちりやってるんですね、これ。大変ですね。
塚田:その辺はアーティストの気合を感じますね。
大北:ああ、気合。めっちゃ気合入ってますね。何これ?ってものにも気合がすごい。
左が美術の評論家塚田優、右がライター/コント作家の大北栄人、恒例の記念写真タイム
一斉に放たれた情報が留まる場所
塚田:やっぱりこれは何だ感、強いですからね。
大北:でもこれゴミにしてはちょっと変じゃないですか? ダンボールをそのまま破って入れてたり。タバコもでかいですよね?
塚田:作家さんのインタビューによりますと、これは「情報」なんですって。世の中では情報がいろんなメディアとかパッケージとかに載ってめちゃめちゃ流れてくわけじゃないですか。流れていって一番最後にこのゴミ箱に行くわけですけれども。ここで流れていった情報が留められる。そういったものを作品化することによって、情報化社会に対する距離感を作品に込めるという風な。
タバコの箱がこの大きさだったりゴミ箱をそのまま大きくしたわけではない
大北:あ~! 確かにばーって情報は放出されて、全部が一堂に会するのがゴミ箱……いや、待てよ、スーパーにも一回、情報集まってますね。
塚田:でも最後はゴミ箱に集まりますから。
大北:なるほど、情報が焼却される前のお別れ会がゴミ箱なのかもしれない。
塚田:そこに改めて目を向けさせるために、やっぱりこれだけの大きさが必要ということですね。物質的に存在感を持たせることによって強く訴えかけている。
大北:そうするとこれはもう「めっちゃ意味わかる~!」な作品でもありますよね。この三島さんの他の作品もそんな感じなんですか?
塚田:そうですね、日常的なモチーフをこんな風に陶に転写して作品を作る、割とそういう作品が多いかな。だからポップアートの文脈ともつながってきます。
大北:キャンベルのスープそのままのやつとか? ※アンディ・ウォーホルの作品
塚田:そうそう。日常的なものをあえて作品にすることによって、生活とか社会とか資本だとかのテーマを見つめ直させるアプローチ。そういう意味ではポップアート的な作家でもありますよね。一方で、陶器を使ってるから、焼き物の作家として評価されてる部分もあって、現代陶芸の流れの中で取り上げられてもいます。そういう複数の文脈でポイントがある人ですね。ポップアートもそうだし、焼き物もそうだし、それと女性アーティストという意味でも。
紹介がついている。1932年生まれで2012年の作品。80歳でこの大きさを作るのか…
近年評価が高まっている三島作品
大北:この紹介によると生まれたのめちゃくちゃ前ですね。ご存命ですか?
塚田:ご存命です。現在89歳。
大北:それでこんなでかいもの作ってるんですか? すごっ! 日本でもずっと人気があったんですか。
塚田:コンスタントに活動してますし評価もされてきていますが、ここ 1、2年で森美術館の「アナザー・エナジー展」で紹介されたりとか、現代アートを扱うギャラリーでも個展をやったり、現代アート界隈に名前が広まった印象はあります。
大北:へえ~、キャリア長くても特に最近なんですね。
塚田:ここの他にも三島さんは城南島の倉庫ででかい常設展示がされてますね。
大北:常設展って一つのステータスなんですかね。
塚田:そうですね。自分の美術館ができたらスターだって感じですけど、常設展示の場合でも、評価や作品の意義が認められているケースが多いと思います。
大北:あー、ありますね、そういうの。
塚田:三島さんは近年再評価が進んでいる作家の 1人です。さっき話した森美術館の「アナザー・エナジー展」は世界中の女性アーティストを集めた展覧会だったんですが、そこにも出品しています。かなり大きなサイズのオブジェが置いてありその存在感には圧倒されました。陶器による立方体の塊みたいな、新聞紙を模した陶がめちゃめちゃ高く積まれてる作品もあったりしました。新聞紙も作家の中では情報の象徴なんですよ。でもこうした超重量級の作品を制作しつつも、ちょっとユーモラスな雰囲気があって面白いです。
大北:ここに置いてあるのも、実際にゴミ箱が置いてありそうな場所だし。
塚田:逆に意図したかもしれませんね。
陶芸で作られた不思議さ
そもそも陶芸ってなんだろう?
大北:陶芸なんですね、いや~、これ陶芸なのか、不思議ですね。
塚田:そうなんですよ。やっぱり陶芸だというところはポイントです。陶は人間の造形活動の古来からすごく身近な素材だったじゃないですか。土偶とか。一方、身近であったがゆえに器とかにも使われますね。でもそこからやがて人類が金属を使えるようになると、昔は陶が芸術的な素材だったのに、やっぱりブロンズの方が強いし、堂々たる出来栄えになったりもするので彫刻の王道的な素材になっていきます。
大北:陶芸は美術の造形物の王道のポジションから外れていったと。今、陶芸でやるということはそういう文脈があるということですね。
塚田:そんな歴史の中で陶芸って素材の美しさだとか、あるいは日常的にも使えるうえに鑑賞にもいいよ、みたいなあいまいな立ち位置を美術の中で与えられてきた部分がありました。でも三島さんは陶を美的な素材として使っているわけではない。。そういうふうに考えると、現代陶芸の中でも面白いポジションにいる作家です。
大北:そもそも陶芸の作家さんって器以外のものを作ってるんですか?
塚田:僕も専門じゃないのであんまり知らないんですけれど、戦後すぐに京都で「走泥社」というグループが結成され、器みたいな使えるものとかじゃなくて、オブジェとしての陶芸を作っていこうみたいな運動が始まったみたいです。
大北:あー、そういえば小学校の校舎とかにありますよね、レリーフ? みたいなのとか…。
塚田:少し時代は下りますが、アメリカでもピーター・ヴォ―コスという人が抽象的な陶作品を制作してます。現代的な立体制作の中で、ブロンズだとか大理石ではない素材でも造形的な実験はできるんじゃないかっていう流れの中で陶にも注目が集まることになるわけなんですが、広く考えると三島さんもこの延長線上にとらえることが出来ると思います。
大北:なるほど、陶っていうくくりであんまり意識して見たことなかった。おもしろいな~。
ゴミ箱を模した作品なのだが本物のゴミが入っていたり、シールが貼られていたりもする
パブリックアートはつらいよ
塚田:あれ、でもちょっとなんか違うものが。
大北:これは情報の文脈とは違う、本物のゴミですね。
塚田:いたずらされてますね。
大北:なんかこのシールとかもしかして誰かが?
塚田:っぽいですね。修復すべきだと思います。
大北:そうか、ゴミ箱だから本物のゴミを呼ぶんだ。すごい力が…。
塚田:パブリックアートもつらいですね。特にこういう作品だと誤解を招いてしまう…作品を壊したりしちゃうことを専門的にはヴァンダリズムって言うんですけど…。
大北:ヴァンダリズム? イズムっていうにはそこには確固たる意思がある?
塚田:そのへんは問わないです。日本の場合は明治時代に起こった廃仏毀釈なんかもヴァンダリズムの1つですよね。神道重視のために仏像を壊すような。そんな宗教的な理由でやられることもあれば、落書きとかでもヴァンダリズムと言うんですけど…。
大北:落書きやいたずらもそうですけど、雨とか風にも耐えないといけないですしね。そう考えるとすごい耐久力が要りますね。
有名作品がひっそりとある街
人が通りがかるも通り過ぎていくことが多い
大北:人が通り過ぎていきますね。こんなでかいのに気にしないのか。
塚田:ここにしばらくいますけど、写真撮ったりする人いないですね。
大北:おっ、車が停まってまた行きました、見ましたね。
塚田:停めて見ましたね。ファミリーが。
大北:やっぱり初見だと「このゴミ箱でかくね?」ってなりますよね。初めての人があんまり通らないんだろうな~。
塚田:もうちょっと注目されるような場所にあるのかなと思ってました。
バスが来て観光の人が来た
塚田:無料送迎バスが来ました。品川行きか。羽田も近いですしね。
大北:外国の人がけっこういますね。それでここにあるのかな?
塚田:でも本当にゴミ箱が置いてありそうな場所にあってびっくりしました。
大北:これ東横インのものなのかな、ちょっと聞いてきますね。
中に入って東横インの人に聞いてみると、どこが最終的に持ってるのかはわからないが今はこの店舗の敷地にあるし、一般の人に見てもらっていいと。見る人がそこまで多いわけでもなく「たまにいますね」ということだった。
ところで先程の城南島の三島作品常設展を検索してみると東横インの運営する場所だそうだ。社会貢献活動の一つとしてアートに力を入れてるそう。なるほど、それでちょっと奥まったこの東横インの前に三島作品があるのか。
街角に有名なアート作品がある街
改めて見るとちょっと怖い。なんでこんなものがあるのだろうか。
vol.4では六本木ヒルズのママンを訪れました。あわせてぜひご覧ください。
これは大きな意味での冗談なのか?
大北:それにしてもこの大きさってギャグでやってる可能性あるんですかね。ゴミを陶器で作ってるし…。
塚田:インタビュー読んだんですけど、すごくあっけらかんとした感じの人で、明るい作家さんなんじゃないかなと感じました。
大北:すげえ暗い気持ちで「ゴミだ…ゴミ…」って作ってる可能性、ないかなあ。
塚田:あんまりなさそうですね(笑)。だからというわけではありませんが、作品見て明るい気持ちになってもいいんですよ。深刻にならず。
大北:そうですよね、動機に感情があったとしても、感情にいい悪いはないはずですもんね。ところで動機となる感情って、評価の対象になるんですかね?
塚田:作品を構成する要素として評論とか研究とかで拾い上げられますよ。それもアプローチの1つです。
大北:なるほどな~。それにしても見応えありますよね。
塚田:見応えありますよ。本当に…。
大北:遠くから見ても、近くで見てもおもしろいし…。
塚田:三島喜美代さんは作品が力強いので他の作品もすごいのがいっぱいあります。初期のコラージュも面白いですし、ぜひ実物や、作品集にも目を通してみることをおすすめします。
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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