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2026.05.27
アーティスト稲恒佳奈 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.45
Edit / Eisuke Onda
独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動する、とに〜さんが、作家のアイデンティティに15の質問で迫るシリーズ。今回は、俯瞰した視点から現代の日常をすくい上げ、日本画の技法で描くアーティスト・稲恒佳奈さんのアトリエを訪ねた。日々の風景は、どのようにして作品へと変換されていくのか。その制作の背景をひもとく。
今回の作家:稲恒佳奈
1987年 北海道札幌市生まれ
2013年 東北芸術工科大学大学院日本画領域終了。
2014年 アートフェア東京('17)(東京国際フォーラム)
2019年 稲恒佳奈展「BIRTHDAY」(銀座三越ギャラリー)
2021年 稲恒佳奈展「今日もどこかで」(阪急うめだ本店美術画廊)、稲恒佳奈展「今日もどこかで」(銀座三越ギャラリー)
2023年 稲恒佳奈日本画展「今日もどこかで」(大丸札幌店美術画廊)、 個展『三三五五』(27 gallery tokyo) 、リビエラアートフェア2023(C-DEPOTブース) 出品
2024年 ARTOVILLA vol.18(大丸札幌店1階イベントスペース)出品。C-DEPOT selection Exhibition (パークホテル東京)出品。桜 SAKURA展(高島屋大阪店美術画廊)出品。稲恒佳奈日本画展「今日もどこかでII」(大丸札幌店美術画廊)。吉祥展一福を招く美術ー(松坂屋名古屋店マツザカヤホール)出品。福福吉祥展(高島屋大阪店美術画廊)出品。
2025年 稲恒佳奈日本画展「今日もどこかでⅢ」(大丸札幌店美術画廊)、四季の味覚展(ギャラリー和田)。他個展、グループ展多数
現代に生きる人々をテーマに日常風景やお祭りなどを描く。無数に描かれる人たちのドラマが四季折々に表現されている。あたたかで優しい色彩は鑑賞者にそっと寄り添い、共感を生む。
《サニーデイ》(雲肌麻紙・岩絵具・水干絵具・膠)
《燈火》(雲肌麻紙・岩絵具・水干絵具・膠)

稲恒佳奈さんに質問です。(とに〜)
初めて目にするのに、どこか懐かしく。80~90年代のようなエモさもありながら、現代的なスタイリッシュさもある。そんな唯一無二の世界観を持つ絵画を描く稲恒佳奈さん。もちろん絵画であることは頭で理解しているのですが、実際に作品を目にすると、不思議なことに絵の中の人物たちが思い思いに動いているように感じられるのです。絵画というよりも、アニメーションを観ている感覚に近い気がします。
一体、この個性あふれる稲恒ワールドはどのように作られているのでしょうか?
画面に描かれている人の数だけ質問したいところですが、特例は認められないそうなので、泣く泣く15問に絞りました。
Q01. 作家を目指したきっかけは?
物心ついたときから絵を描くのが好きで、幼稚園生の頃、粘土の時間なのに一人絵を描いていて注意されたことがあります。両親に習い事を勧められ、5歳でピアノを始めてからは音楽の道に進もうと決めましたが、コンクールで結果を出せず挫折。演奏することを心から楽しめなくなります。その時に私の心を癒してくれ、熱中させてくれるものが「絵を描くこと」だと再認識しました。
将来の道を考える高校生の頃、もう一度夢を諦めない自分になりたいと絵画の道へ進むことに決めました。当初は美術大学に進みたいという漠然とした気持ちだけでしたが、デザインや日本画、油絵など様々なジャンルがある中、部活動の顧問の影響で日本画に触れたことで、画材の魅力や装飾的な表現に惹かれ日本画を目指すことになります。


「岩絵具を膠で溶き、手で絵の具を作っていく様子が魔法のように感じました。もし高校でその先生に出会っていなければ、デザインの道に進んでいたかもしれません」
Q02. 青春時代、一番影響を受けたものは何ですか?
青春時代を過ごした当時、ファッション・テキスタイルデザインが好きで、アパレルブランド「ミナ・ペルホネン」の皆川明さんの、自由で絵画的にも見える世界観に驚きと尊敬がありました。
Q03. 職業病だなぁと思うことは?
ついつい人間観察をしてしまうこと。

「昔からの癖で、街中でもつい人を観察してしまいます。カフェでも上の階の席に座って、下を見下ろしたり。職業病なのか、もともとの性質なのかはわからないのですが、子どもの頃は母に『そんなにジロジロ見ちゃダメよ』と言われていました(笑)」
Q04. 多くの作品が俯瞰で描かれていますね。俯瞰で描くのはなぜですか?
俯瞰で描くことで客観的な視点を強調するよう意識しています。それにより鑑賞者の想像する部分・余白を残したいと思っています。

制作途中の浅草寺の作品
Q05. 描かれている人にモデルはいますか?
いません。強いて言うならば、モデルは街中で見かけた人々の何気ない仕草、瞬間だと思います。

「描くときは季節や人の服装なども意識しながら描いています。絵巻や大和絵のように、当時の暮らしや空気が伝わるものに憧れがあって。自分の作品も、いつか後世の人に今の時代を伝えられるような存在になればと思っています」
Q06. 作品の性格上、画面にたくさんの色が登場しますが、不思議と調和しているように感じられます。配色のこだわりがあれば教えてください。
配色のこだわりは、それぞれの作品をどのようなテイストにしたいかで決まります。もちろんそのモチーフが持つ固有色や、取材したときの季節や時間などの影響も受けますが、大まかなテーマや目指したい方向性を決めた上でiPadのアプリケーションを用いて色の調整を行います。
本画制作においては、事前に制作過程を2~3工程先までシュミレーションし、必要な色を数色作り進めていきます。

取材先で撮影した写真をもとに、模型やGoogleマップのストリートビューなども参考にしながら、構図や人の配置を検討していく。下絵の作業はiPad上で行うという。「この作業にはとても時間をかけます。建物や季節を決めた後、たとえば七五三の絵にするのがいいのか、別のモチーフにするのがいいのかなど、お客さんにより共感してもらえるかを考えます。一方で、自分が本当に描きたいと思えるかどうかも大切なので、そのあたりを見極めていきます」と稲恒さん

下絵を作成した後は、作品に使用する絵の具を選定していく。「iPad上で描いた色に近づける作業も実は大変で、小さな画面で良く見えたものも、大きな画面にするとズレが生じることがあります。日本画の画材は時間的な制約も大きいので、効率よく描く方法を常に考えています。建物ごとに使った色をまとめておくことで、同じシーンを再現できるよう整理も欠かせません」

「まず建物と桜があって、そこに人を描くことで風景が完成する感覚があります」
Q07. 現在のスタイルを確立するきっかけは何でしたか?
明確なきっかけはありませんが、展覧会でお客様とふれあう中で変わっていったと思います。大学院生時代は現在とは全く異なるスタイルでした。当時はコンセプトを盾に自分の世界の中で好きなものを描いているだけに過ぎなかったと思います。ですが、それだけでは人の心は掴めません。
私にとって、作家としての目標は多くの作品をたくさんの人の心に届けることです。そのためには作品を通して鑑賞者と語り合いができること、さらに鑑賞者同士が作品を前にして対話できる、そんな作品を描きたいと思いました。
日常生活でも、綺麗なものや可愛いものを見つけた時、身近な人に「こんなことがあったよ」と共有することがあると思います。私が作品を通してしていることはそれとほぼ同じです。美しいと思う景色に出会ったときはその色彩を、家族の懐かしい思い出を想い起させるようなシチュエーションを見かけたときはその仕草やまなざしを、一つ一つ作品に落とし込もうと取り組んできた結果が今の作品にあると思います。

初期に制作していた、人物が大切にしていたものを描くシリーズ。「これは義理の母の持ち物を描いたもので、お気に入りの服や茶碗、自ら掘ったというお地蔵さんなどを描きました。その人を象徴する一枚で、ものから人物像を立ち上げる作品でした。ただ個人的な表現になりやすかったため、展覧会に来てくださる人と対話できるような絵にしたいと思い、今の表現に行き着きました」

「共通の思い出や経験を表現したい。今は、伝えたいことがよりダイレクトになってきた感覚があります。この絵は実在する場所ではありませんが、どこか見たことのあるような風景や、人の集まりのような情景を描いています」

「実際の建物を描くようになったのはここ3年ほどです。これは次のGINZA SIXでも展示する作品で、銀座和光を向かいの建物から見下ろす視点で描きました。夜の風景はあまり描かれていないと思い、この時間帯を選びました。銀座で働いていた方から『毎日見ていた風景で懐かしくなった』という声をいただいて、そういうお客さんの反応が一番嬉しいです」
Q08. これまでさまざまな寺社仏閣を描かれていますが、特に思い入れのある寺社仏閣は何ですか?
北海道神宮・豊平館。
地元札幌での個展の際に、学生時代訪れた場所を改めて取材に行きました。毎年家族で参拝した北海道神宮、青春時代友人と散策した中島公園の豊平館など、自分のルーツに結び付いた場所には特に思い入れがあります。
Q09. 好きな祭りは何ですか?
ねぶた祭り。親戚のいる青森に幼い頃訪れました。また熊本地震後、復興イベントで熊本に来てくれ、熊本城の二の丸公園でねぶた祭を鑑賞する特別な経験をさせていただきました。

「描く場所は展示する会場の近くを選ぶことが多いですが、ただ風景を描くのではなく、そこにいる人が何をしているのかも大切にしています。思い出の風景を描くことも多く、たとえば金閣寺は修学旅行で訪れた際に雨だった印象が強く、その記憶をもとに描きました。自分の体験や記憶が重ならないと、なかなか気持ちが乗らないんです」
Q10. “日本に生まれてよかった!”と思う時はどんな時ですか?
最近は気候変動もありますが、四季があること。
ご飯が美味しいこと。
Q11. アトリエの一番のこだわり or 自慢の作業道具など
岩絵具、水干絵具、膠など。最近は彩墨を集めています。日本画用の筆はもちろん、画面の状況に合わせてナイロン製の堅い筆や自作のスポンジ状の筆、海綿やローラーなどマチエールに使用するものもあります。
その他、下図を決める上で重要なiPadとアップルペンシルは必ずフル充電をしています。日本画家として少々変わった道具でいえば、画面作りにおいてエアブラシを使用するため、ガンやコンプレッサー・マスキング作業に使用するトレース台もあります。
また、細かい仕事が多いため眼鏡が欠かせません。地元・札幌の富士メガネで作成した制作用の眼鏡は、軽量なことに加えてフレームカラーも気に入っています。



制作で使用しているiPadにはこれまでの作品がズラリ
Q12. 日本画の画材にこだわる理由があれば教えてください。
日本画の画材は美しいです。発色の美しさと質感は随一だと思います。ただし、アクリル絵の具等に比べて乾燥は遅く、膠の調整によっては割れや剥落が生じるなど、決して便利な画材ではありません。ですが、その扱いにくさも私にとっては魅力に映ります。そして和紙、絵具、膠、筆は、技術を積み重ねた職人が関わってできる伝統的な材料です。その年月と技術に尊敬の念を抱いていることも、使い続ける理由の一つとして挙げられます。

Q13. “マイベストドラマ”を教えてください。
ミステリーホラー映画が好きですが、ドラマに感動したものでいえば、「ブレイキングバッド」、「ナイト・オブ・ザ・セブンキンダムズ」。
Q14. 応援歌のような作品を作りたいと心がけている稲恒さんにとっての応援歌は何ですか?
私にとって応援歌とは、自分を鼓舞してくれたり癒してくれる楽曲です。名曲に出会ったときは、“こんなに美しい世界があるのか”と視野が広がっていく感覚があります。自分の作品も誰かにとってそんな存在でありたいと勇気と希望を与えてくれる、音楽を聴くことはそういった意味でも欠かせない習慣です。
・Loved By U/TOKIMONSTA、MORGXN
・Owari no kisetsu/Rei Harakami
・Lying Together/FKJ
・Earth Angel/MarcusD、Cise Star
・HUNTING FOR YOUR DREAM/GALNERYUS


「スプレーガンを使う際のマスキング作業はとても地道で、淡々と進める必要があります。そういうときはテクノなどを聴きながら作業して、完成が近づいてくるとアップテンポな曲に切り替えたりします(笑)。『HUNTER×HUNTER』の主題歌『HUNTING FOR YOUR DREAM』は、歌詞が刺さるので奮い立たせたいときによく聴きます」
Q15. もしも作家になってなかったら、今何になっていたと思いますか?
全く想像できません。


伝統的で現代的。そんな唯一無二の作風の秘密が垣間見えた気がしました。伝統的な日本画の画材を用いつつ、その制作の要にiPadのアプリケーションがあったのですね。良くも悪くも、美術作品は、パソコンやスマホの画面で見るのと実物を見るのでは色味の印象が違うものです。しかし、稲垣さんの作品にはその差異をほとんど感じず不思議に思っていました(もちろん実物は岩絵の具ならではの質感が味わえますが)。なるほど、iPad上で描いた色味に近づけていたとは!当たり前と言えば当たり前なのですが、日本画も進化し続けているのですね。
ところで、『HUNTING FOR YOUR DREAM』といえば、自分にも一つ夢ができました。それは、稲垣さんの作品世界に登場すること。いつか人間観察されるのを願って、街中を歩きたいと思います。(とに〜)
Information
稲恒佳奈個展
■会期
2026年6月18日(木)→6月24日(水)
■営業時間
10:30~20:30(※最終日は18:00閉廊)
■会場
Artglorieux GALLERY OF TOKYO
東京都中央区銀座六丁目10番1号 GINZA SIX 5階
ARTIST

稲恒佳奈
ARTIST
1987年 北海道札幌市生まれ 2013年 東北芸術工科大学大学院日本画領域修了 個展 2014年 アートフェア東京('17)(東京国際フォーラム) 2019年 稲恒佳奈展「BIRTHDAY」(銀座三越ギャラリー) 2021年 稲恒佳奈展「今日もどこかで」(阪急うめだ本店美術画廊) 2023年 稲恒佳奈日本画展「今日もどこかで」(大丸札幌店美術画廊) 個展『三三五五』(27 gallery tokyo) リビエラアートフェア2023出品(C-DEPOTブース) 2024年 稲恒佳奈日本画展「今日もどこかでII」(大丸札幌店美術画廊) 2025年 稲恒佳奈日本画展「今日もどこかでⅢ」(大丸札幌店美術画廊) 四季の味覚展(ギャラリー和田)他個展、グループ展多数 現代に生きる人々をテーマに日常風景やお祭りなどを描く。無数に描かれる人たちのドラマが四季折々に表現されている。あたたかで優しい色彩は鑑賞者にそっと寄り添い、共感を生む。
DOORS

アートテラー・とに~
アートテラー
1983年生まれ。元吉本興業のお笑い芸人。 芸人活動の傍ら趣味で書き続けていたアートブログが人気となり、現在は、独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動。 美術館での公式トークイベントでのガイドや美術講座の講師、アートツアーの企画運営をはじめ、雑誌連載、ラジオやテレビへの出演など、幅広く活動中。 アートブログ https://ameblo.jp/artony/ 《主な著書》 『ようこそ!西洋絵画の流れがラクラク頭に入る美術館へ』(誠文堂新光社) 『名画たちのホンネ』(三笠書房)
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