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2026.02.18
アーティスト松山梨子 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.43
Edit / Eisuke Onda
独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動する、とに〜さんが、作家のアイデンティティに15問の質問で迫るシリーズ。今回は“棒状の物体”をモチーフに、反復画法によって制作を続けるアーティスト・松山梨子さんのアトリエを訪ね、その制作についてうかがった。
アーティスト田中悠 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.42 はこちら!
今回の作家:松山梨子
2000年東京都出身。ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズでの留学を経て2020年に帰国。「Individual uniqueness 個々の輝きと繋がり」をテーマに制作している。モチーフである"棒状の物体"に明確な意味やルールは存在しない。フリーハンドで描く"棒状の物体"に同じものは一つもなく、それぞれが個性を持っている。社会のデジタル化が進んでいくなか、彼女は手書きにこだわっていて、人間にしか表せない温かみを感じる。
《2024-019》
《2025-016》

松山梨子さんに質問です。(とに〜)
円をモチーフにするアーティストや、線をモチーフにするアーティストは思い浮かびますが、円でも線でもない“棒状の物体”としか言いようがない形をモチーフにするアーティストは、松山梨子さんくらいなものでしょう。シンプルな形でありながらも、一目で松山さんの作品だとわかる唯一無二の個性を持つ“棒状の物体”。じーっと観ていると、それらの“棒状の物体”はすべてフリーハンドで描かれており、一つとして同じ形がないことに気づかされます。世界に一つだけの花があるように、世界に一つだけの“棒状の物体”があるのです。
と、“棒状の物体”に想いを馳せていたら、いつもよりも棒にまつわる質問が多くなってしまいました。
Q01. 作家を目指したきっかけは?
目指したというより、好きなことを続けていたら自然と今に至りました。2020年の新型コロナウイルスの流行をきっかけに建築学部を休学し、立ち止まった時間が、自分の本当に好きなものを見つめ直す大切な転機となりました。

ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズで建築を学び始めた松山梨子さんだが、入学から1年後に休学を決意する。「幼い頃から油絵を習っていて、アートはずっと好きでした。でも建築を学んだときに、デザインとアートはまったく違うものだと実感したんです。建築やデザインは、箱があって、その中にアイデアをきれいに詰めていく。一方でアートは、そもそも箱なんて関係なくて、どんなものをつくってもいい。自由な表現の方が自分らしいなと思いました」と松山さん。大学は卒業せず、2020年に帰国。コロナ禍のなかで、しばらくは家の中で悩む時間が続いたという。「日本に戻ってからの1年くらいは、自分は何が好きなのか、何をしたいのかが分からなくて。でも不思議と、絵だけは描いていました。そのときに、これだなと思ったんです」。そこから自主的に制作活動を始め、周囲の支えを受けながら少しずつ歩みを進め、現在ではギャラリーから声がかかるまでになった
Q02. “棒状の物体”を描くようになったきっかけは何ですか?
“棒状の物体”を描きはじめたのは2018年です。大学時代、反復画法による抽象表現を自主制作で探求するなかで、このモチーフが生まれました。短く太くすれば曲線的で柔らかな表現に、長く細くすれば直線的で鋭い表現へと変化します。その“棒状の物体”の持つ可塑性に惹かれたことがきっかけです。


「建築学部に進学する前の1年間、アートファウンデーションという、さまざまなアートを横断的に学ぶコースを受講していました。そこで最後の半年間に、自分の中で一つの表現を掘り下げるプロジェクトがあって、反復画法で何かを制作してみようと思ったんです。そのときに、棒状の形態が持つ表現の幅の広さに気づきました。建築学部に進学してからは、そのモチーフを描くことはしばらくなかったのですが、日本に帰国して、もう一度やってみようと思って。最初はドローイングから始めて、そこから少しずつ油絵にも挑戦するようになりました」
Q03. “棒状の物体”はズバリ何ですか?
“棒状の物体”が何であるかは、作品を観る人それぞれが決めるものだと考えています。そこに、一つの答えはありません。
宇宙規模の存在にも、顕微鏡で覗く微小なものにも見え、時に人や音、感情、あるいは何かが形になる直前の状態のようにも感じられます。
そうした曖昧さや揺らぎを抱えたまま、“棒状の物体”は作品の中に存在しています。


「棒状の物体のサイズが変わったり、メディウムが変わることで、同じモチーフでも全然違って見える。その気づきがあるのが、描いていてすごく楽しいところです。作品としては同じサイズ感で描くようにしていますが、フリーハンドなのでそれぞれに歪みが出てきて、似た棒状の物体の集まりに見えても、一つひとつは全然違うんですよね。色についても、モノクロや単色、同系色を使うことが多いです。たとえば丸い棒状の物体を青で描くと、どうしても地球を連想してしまう。そうやって色が意味を強く方向づけてしまうことを、なるべく避けたいと思いました。どう見えるかを、できるだけ鑑賞者に委ねたい作品なので」
Q04. “棒状の物体”を描く際にもっとも心がけていることは何ですか?
“棒状の物体”は、定規を使わずにフリーハンドで描いています。一つひとつ長さや太さが異なり、人間のようにそれぞれが個性を持つことを大切にしているからです。デジタル化が進む社会のなかで、時間をかけて人の手で描くことで、自分のエネルギーが作品に引き継がれていく感覚があります。
また、近くにある“棒状の物体”同士が同じ角度にならないよう、常に意識しています。

「油絵は絵の具を重ねて描くイメージが強いと思いますが、私は逆に削っていくことで棒状の物体を描いています。社会のデジタル化が進むなかで、時間をかけて手で描くことでしか伝わらないエネルギーがあると思っていて、その一つひとつが作品に残ってほしいんです。削ることで、ドローイングでは出せない立体感や厚みも生まれます。絵の具が厚い部分と薄い部分で表情が変わるのも、油絵ならではの面白さだと感じています」
Q05. “棒状の物体”がそれぞれ独立しているのでなく、重なり合っているのが印象的です。どんな意図がありますか?
世の中のあらゆるものは、互いに繋がり合っていると考えています。“棒状の物体”も、一つひとつが異なる個性を持ちながら、単独で存在しているわけではありません。重なり合い、繋がり、「個」が「群」となり広がることで生まれる強さを、作品を通して表現しています。
Q06. 完成形がある上で制作していますか? それとも、制作を進めていくと完成形が見えてくる感じですか?
5-30秒ほどのアイディアスケッチをすることはありますが、基本的には完成形を決めず、自分の直感や手先の感覚を信じて制作しています。
意識と無意識のあいだを行き来しながら描き進めるなかで、「これは少し違うな」と手を止めることも正直あります。
制作を重ねるなかで自分の表現に確かな手応えを感じるようになり、以前よりも迷わず、直感を信じて描き進められるようになりました。
もともと、最終的なゴールが見えている状態にはあまり惹かれない性格なのかもしれません。

「完成のタイミングは、理屈というより感覚ですね。ここかな、と思ったところでやめています。油絵は乾く時間があるので、表面が乾き始めるとそれ以上加筆ができなくなる。その制限が、一つの区切りになります。一方でドローイングは、いくらでも描き続けられる分、終わりを決めるのが難しいです。額装したあとに、やっぱりもう一本足したいと思って、開け直して描き足し、また額装し直したこともありました。終わりを見極めることには慣れなくて、毎回、自分が納得するまで向き合ってしまいます」
Q07. アトリエの一番のこだわり or 自慢の作業道具など
生活拠点から離れた場所にアトリエを構えることで気持ちにメリハリが生まれ、制作により集中できていると感じています。
古典的な油絵では絵の具を塗り重ねて描いていきますが、私は油絵の具を重ねたあと、竹串などで削り取る「マイナスの作業」によって“棒状の物体”を描いており、使う工具もペンに竹串や筆を巻き付けた、自作のものです。


都心から車で2時間ほどの場所にあるアトリエで制作を続ける松山さん。「ここにいると、友達にご飯を誘われても行けないので(笑)、自然と集中できます。静かな場所で、自分のスイッチが切り替わる感覚があります。私は少しわがままで、描きたいと思ったときにしか制作しないようにしていて。なるべく自分のポジティブなエネルギーだけが作品に入るように、意識するというより、そのスタンスを大切にしています」


制作スペースはシンプルで、美しく整えられている。机の上には、油絵を削るために使う、ペンに竹串を巻き付けた自作の画材が置かれていた
Q08. アーティスト活動をする上での一番の相棒は何ですか?
STAEDTLERのピグメントライナーは、制作のほとんどの工程を共にしてきた欠かせない相棒です。
そしてもう一つの大切な相棒が、愛犬のロクです。制作におけるパートナーであると同時に、人生の相棒でもあります。展示前などで気持ちが落ち着かないときも、ロクと過ごす時間が心を自然と穏やかにしてくれます。

今回もアトリエに同行していた、松山さんの愛犬・ロク
Q09. これがあれば鬼に金棒。今、自分にとって最も欲しいモノは何ですか?
身体が資本なので、丈夫な体と安定したコンディションです。集中力が高い分、制作に没頭すると自分の身体が悲鳴を上げるまで作業を続けてしまうことがあり、意識的に心身のバランスを保つことが、今の自分にとって何より重要だと感じています。
Q10. 棒状やスティック状の食べ物で一番好きなものは何ですか?
母の作る春巻き! 母とキッチンで揚げたてをつまみ食いする時間が好きです。

趣味の刺繍で仕立てたジャケット。「1994」は、両親が結婚した年だという
Q11. 職業病だなぁと思うことは?
街を歩いていて、絡まり合う電線や溢れるゴミに思わず足を止めてしまうとき、職業病だなと感じます。もう一つは、制作に没頭すると時間感覚がずれて、長年頼りにしてきた体内時計がうまく働かなくなることです。


制作途中の立体と半立体作品。立体と平面を行き来しながら、次の表現を探る
Q12. もしも作家になってなかったら、今何になっていたと思いますか?
作家になっていなければ、人と関わることが好きな自分の性格を生かし、クライアントと向き合いながら、アートと日常生活との距離を近づけるお手伝いをする、空間デザイナーやアートディレクターの仕事をしていたと思います。
Q13. 青春時代、一番影響を受けたものは何ですか?
青春時代に強く影響を受けたのは、同じ頃にイギリスへ留学していた友人たちの存在です。アートとは異なる分野を学ぶ友人も多く、会話の中で交わされる考え方や価値観は常に新鮮で、自分の中にはなかった視点に何度も刺激を受けました。現在も、異なるフィールドで働く彼らには、日々影響を受けています。


「国や年齢、性別、バックグラウンドも違えば考え方も一人ひとり違う。ロンドンでは、当たり前のことですが、みんなそれぞれ違うことが、ごく自然に受け入れられている環境でした。そんなロンドンで過ごした経験があったからこそ、今の作品で“個々の輝きと繋がり”というテーマを大切にしているんだと思います。太さも長さもそれぞれ違う棒状の物体が、重なり合い、繋がることで、一つの強いエネルギーになる。その感覚は、ロンドンで出会った人たちからの影響も大きいですね」
Q14. ロンドンに留学して、美術に関して日本と違いを感じましたか?
ロンドンに留学して、アートと日常生活との距離感に大きな違いを感じました。美術館やギャラリーに限らず、街や人々の暮らしの中に自然とアートが存在している印象を受けました。
また制作する立場として、ヨーロッパでは日本以上に「なぜその作品をつくるのか」という社会へのメッセージ性が強く意識されていると感じています。
作品の背景や文脈に触れることで、表面的には理解しづらかった作品の奥行きが見えるようになり、アートの捉え方が大きく変わりました。

Q15. ロンドン留学時代の一番の想い出は何ですか?
留学当初は、英語で自分を十分に表現できないもどかしさを感じていました。そんななかで、アートが言語の壁を越えて人と繋がるための大切なツールであることを、改めて実感しました。
賞をもらうような大きな出来事よりも、友人や先生の前で作品を発表し、評価をしてもらえた小さな経験の積み重ねが、今の自分の自信につながっています。


松山さんの生み出す“棒状の物体”に、なぜ惹きつけられるのか。質問へのご回答を通じて、わかったような気がします。たかが棒。いや、されど棒。自分にとって、“棒状の物体”はただの記号ではなく、一つひとつがそれぞれ個性を持った人間のように感じられるのです。棒人間ならぬ、人間棒とでも言いましょうか。
それら無数の“棒状の物体”で満たされた画面は、まるで人間社会、この世界そのものを表しているのかもしれません。それほど壮大な作品ゆえ、当然ながら、制作に相当なエネルギーが必要なはず!
お母様の春巻きでチャージしつつ、手や足が棒になる前に、適度に休憩を取って、これからも新たな“棒状の物体”を生み出し続けてくださいませ。(とに〜)
Information
RIKO MATSUYAMA「LOST IN STRUCTURE」
■会期
2026年2月26日(木)→3月4日(水)
■営業時間
10:30~20:30(※最終日は18:00閉廊)
■会場
GINZA SIX 5階 Artglorieux GALLERY OF TOKYO
東京都中央区銀座六丁目10番1号
■入場料
無料
Artglorieux GALLERY OF TOKYOのHPはこちら
作品に関するお問合せはこちら
ARTIST

松山梨子
アーティスト
2000年東京都出身。ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズでの留学を経て2020年に帰国。「Individual uniqueness 個々の輝きと繋がり」をテーマに制作している。モチーフである"棒状の物体"に明確な意味やルールは存在しない。フリーハンドで描く"棒状の物体"に同じものは一つもなく、それぞれが個性を持っている。社会のデジタル化が進んでいくなか、彼女は手書きにこだわっていて、人間にしか表せない温かみを感じる。
DOORS

アートテラー・とに~
アートテラー
1983年生まれ。元吉本興業のお笑い芸人。 芸人活動の傍ら趣味で書き続けていたアートブログが人気となり、現在は、独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動。 美術館での公式トークイベントでのガイドや美術講座の講師、アートツアーの企画運営をはじめ、雑誌連載、ラジオやテレビへの出演など、幅広く活動中。 アートブログ https://ameblo.jp/artony/ 《主な著書》 『ようこそ!西洋絵画の流れがラクラク頭に入る美術館へ』(誠文堂新光社) 『名画たちのホンネ』(三笠書房)
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