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- 【前編】現代アーティストが「能」の表現に辿り着いた理由 / 連載「作家のB面」Vol.27 渡辺志桜里
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2024.10.16
【前編】現代アーティストが「能」の表現に辿り着いた理由 / 連載「作家のB面」Vol.27 渡辺志桜里
Text / Daisuke Watanuki
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。
今回話を聞くのはアーティストの渡辺志桜里さん。作品のモチーフにもなる「能」をテーマに、そこに辿り着くまでの経緯を語ってもらった。
二十七人目の作家
渡辺志桜里
別々の水槽に入れた植物、魚、バクテリアなど、それぞれを繋ぎ合わせ、水を循環させることで自動の生態系をつくり出すインスタレーション作品《サンルーム》などを通して、独自の政治的批判やフェミニズムを語るアーティスト。
《Sans room》(2020 年/The 5th Floor)
《Sans room》( 2021年/「ベベ」/WHITEHOUSE)
きっかけは人間以外の視点
東東京にある渡辺さんのアトリエにて話を聞いた
──渡辺さんは能をモチーフにした作品を企画・制作されています。そもそも能に興味を持たれたきっかけから伺えますか?
母がお稽古として能楽を習っていたこともあり、子どもの頃から身近に能という文化に触れる機会がありました。だから昔から知識やリテラシーはある程度持っていたんです。今でも年間2回ぐらいは鑑賞します。といっても、伝統芸能に対して「興味深い!」「面白い!」と深い関心を持って生きてきたわけではなく、観に行っても途中でうっかり寝てしまったこともしばしばあります(笑)。
──能に心酔しているのかと思っていたので意外でした。
私はちょうどコロナ禍から作家活動をスタートさせました。その頃、私の中では文学と自然環境の関係についての研究である「エコクリティシズム」のムーブメントがあったんです。たとえば他の生き物からみた世界はどういうものなのかとか、思弁的実在論とか。人間がいなくなった時に、世界がどう認識されるかということに意識が向いていた時期だったんです。
みなさんもそうだったのではないでしょうか。コロナの時期はその意識を持った人は多かったと思います。だって目に見えないものが自分の中に寄生して、体の中で増殖するんですから。どういう風に表現したら、そういう世界が伝わるのかなと考えていたときに、能に行き着いたんです。そこから興味を持てるようになりました。
──それが能に行き着く理由が気になります。
能の特殊なところとして挙げたいのは、基本的に「シテ」と呼ばれている主人公が人間ではないことの方が多い。人間の形で表されていることもありますが、たとえばバナナだったり、石だったり幽霊だったりする。そこが面白いなと思っているんです。他の演劇にはないとは言い切れはしないですけど、よりその側面が色濃くあるんじゃないかと。そこに魅力を感じています。つまり能は、ずっとエコクリティシズムをやってきているんですよ。それで改めて調べたら、面白いことがいろいろとわかってきて。
──詳しく知りたいです。
能をはじめとした芸能って、貴族のものというよりも、被差別民の一種である「河原者」と呼ばれる人々が、村々を定住しないで渡り歩いて成り立っていた歴史があったりするんですよね。そういう民俗学的な部分に興味を持ちました。江戸時代には「穢多非人」という称もありましたが、(差別的な話ではありますが)「人には非ず」という意味で、人間ではないものに私たちが出会う。それってなんだろう、どういうことだろうということも考えたりしました。
芸能と神事と、スピリチュアリズム的なもの
──たしかに大河ドラマ『光る君へ』でも、河原者であり義賊の登場人物が散楽一座の一員でした。権力者を揶揄するような滑稽な演目を披露していて面白かったです。
能でもたとえば『土蜘蛛』という演目があり、とても人気があるんです。平家物語を下敷きとして古代の民族と中世における源頼光伝説とが結びついて誕生したものですが、「土蜘蛛」とはそもそも上古の日本においてヤマト王権・大王(天皇)に恭順しなかった土豪たちを示す名称でもあるんです。最終的には土蜘蛛は制圧されてしまうのですが、とても魅力的で、みんな土蜘蛛の方を好きになってしまうんですよね。反体制に花を持たせるという意味で、重要な演目の一つだと思っています。ほかにも、『国栖』は皇位継承の争い、壬申の乱を背景にしています。勢力争いなど、時の権力者の話は格好の演目になるんでしょうね。
──ほかに渡辺さんが観てきたなかで、印象的な演目はありますか?
さきほど、シテがバナナという話を挙げましたが、それは『芭蕉』という作品です。バナナの精が出てくるというのは面白いですよね。あとは2年前に『翁』をテーマにした展覧会を行ったのですが、やはり特別な演目だなと思います。
──『翁』は能の演目の中で、最古のものといわれていますね。
儀式的な面白さもあるし、これを能楽師が神聖視してやってるというところが、芸能が単なるエンターテイメントではなくて、神事の一つでもあると思わせてくれます。『翁』を観て、芸能と神事と、スピリチュアリズム的なものが自分の中で繋がったような感覚がありました。
新宿歌舞伎町能舞台で開催された展覧会「とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう」(2022) 撮影:竹久直樹
──渡辺さんは2年前に新宿歌舞伎町能舞台で、『翁』をベースにした展覧会「とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう」を、開催されていました。そのお話も伺いたいです。
展示タイトルの「とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう」は、能の演目『翁』の冒頭にある謡に由来するものです。この展覧会で私は企画・キュレーションを務めていました。参加作家は、飴屋法水たち、石牟礼道子、エヴァ & フランコ・マテス、コラクリット・アルナーノンチャイ、小宮花店、小宮りさ麻吏奈、ザ・ルートビアジャーニー、動物堂、ピエール・ユイグ、ミセスユキ、渡辺志桜里。多様な分野の表現者が集まる贅沢な企画だったなと思います。
そのときは、「存在そのものすべて」だとされ神性を体現する存在の『翁』について考えていたさなかで、何かそれで展覧会ができないかと漠然と考えていました。そこに、新宿歌舞伎町能舞台という文化を発信する場所がタイミングよくできたことで、展示をする運びとなりました。
──参加アーティストは能を意識して作品制作をしたのでしょうか。
そうですね。人間以外の存在である「人外」が語る能という側面の話はそれぞれとしていました。能舞台という空間を使った、サイトスペシフィックな作品が集まったと思います。
──現代アートと能に共通点を見い出せるとしたら、どのようなものがありますか?
現代アートがよくわかっていないですね(笑)。共通点はちょっとわからないですけど、私自身はさきほどもお話したような、人間ではない視点みたいなものの面白さを考えて作品制作をしています。それを作ることを許容してくれるのが、現代のアートなのではないかとは思っています。そして、能という文化はすでにそれをずっと昔からやっていた。
──そう考えると接点は多そうですよね。
現代アート自体の懐が深い、ということもありますよね(笑)。
──最近は能舞台を利用したパフォーマンスが多いようにも感じます。アーティストの作品発表はもちろん、ファッションブランドとのコラボレーションなども。発表の場としての能舞台についてはどう思われますか?
能舞台が今活発に使われる理由は、わかる気がします。能ってすごく「今っぽい」感じがするんですよね。幕が開いて拍手を受けて始まるような演劇的なものではなく、スーッと始まるんです。それってすごく現代アートのパフォーマンスっぽい感じがしませんか? たとえば東京とベルリンで活躍する現代アーティストのナイル・ケティングのパフォーマンスやインスタレーションとも通ずる部分があるなと感じます。パフォーマーもある意味、人ではなく「モノ」として扱っている感覚というか。共通する思想があるんじゃないかなと私は思います。
後編では渡辺さんの作品について深掘りしていきながら、能をテーマにした新作についての話も伺った。
Information
Art Collaboration Kyoto(ACK) Special Program
「渡辺志桜里:supported by Daimaru Matsuzakaya Ladder Project」
■会場
Art Collaboration Kyoto (国立京都国際会館)
■日時
2024年11月1日(金)・2日(土)12:00–19:00、3日(日) 11:00~17:00
※最終入場は閉場の1時間前まで
※内覧会10月31日(木) は招待者と報道関係者のみ
※入場料は Art Collaboration Kyotoに準ずる
Ladder Project詳細はこちら
Art Collaboration Kyoto詳細はこちら
渡辺志桜里 宿/Syuku
■会場
資生堂ギャラリー (東京都中央区銀座 8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階)
■日時
2024年11月6日(水)~12月26日(木) 11:00~19:00(日曜・祝日は18:00まで)
詳細はこちら
ARTIST
渡辺志桜里
アーティスト
1984 年東京都生まれ。2015 年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、17 年に同大学大学院を修了。 2020 年に渡邊慎二郎との 2 人展「Dyadic Stem」(The 5th Floor、東京)や「ノンヒューマン・コントロール」(TAV GALLERY、東京)、 2021 年 Chim↑Pom・卯城竜太キュレーションによる初個展「べべ」(WHITEHOUSE)で独自の世界観を表現した。
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