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2024.08.28
【前編】アートも爬虫類も、世界の見え方を変えてくれる / 連載「作家のB面」Vol.25 今井俊介
Text / Yutaka Tsukada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。
今回、東京・駒込にある爬虫類ショップ〈レプタイルストア ガラパゴス〉で待ち合わせたのは、色鮮やかなストライプの作品を生み出す抽象画家・今井俊介さん。ライフワークでもある爬虫類の飼育について、お店でトカゲなどを眺めながらお話を聞いた。
二十五人目の作家
今井俊介
具象と抽象、平面と立体、アートとデザインという境界を軽やかに行き来しながら、表現の探究を続ける抽象画家。知人の揺れるスカートの模様や、量販店に積み上げられたファストファッションの色彩に強く心を打たれた体験を原点に、色鮮やかなストライプや水玉模様をモチーフにした抽象画を制作している。
『今井俊介 スカートと風景』(2022年/丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)の展示風景。
photo by Kei Okano Copyright Shunsuke Imai, Courtesy of Hagiwara Projects
きっかけはトゲオアガマへの一目惚れ
取材は今井さんが常連だという爬虫類ショップ〈レプタイルストア ガラパゴス〉で行われた。開始30分前から現地入りして店主の二木さんと話し込む今井さん
──今井さんのSNSを拝見していると「トカゲ」の投稿をよく目にします。
美術業界では「トカゲおじさん」とか呼ばれていますよ(笑)。
──まず最初に爬虫類に興味を持ったきっかけを教えていただいてもよろしいでしょうか。
もともと生き物を飼うことが好きで、子供のころから猫やハムスター、ナマズや古代魚を飼っていました。それで高校生のときに熱帯魚屋さんに寄ったときに、ホルスフィールドリクガメと出会ったんです。はじめて生で見たときに、その小ささに驚くと同時に可愛いなと思って飼い始めることにしました。このカメは上京するときにも連れてきて、10年以上生活を共にしていたかな。同時にネズミやウサギも飼ってたりもしたのですが、あるときぱたっとその子たちが寿命を全うして、いなくなってしまったんですね。
ガラパゴスにもいたホルスフィールドリクガメ
そのときに、またカメを飼おうかなと思ってなんとなく爬虫類屋に行ったんです。そしたら自分が高校生のころよりも飼育機材が進化してて、これからカメを飼ったら僕が先に死ぬなと思ったんです。普通のリクガメでも30~40年生きちゃうので、躊躇していたときにトゲオアガマをはじめて見たんです。尻尾がトゲトゲで、五平餅みたいな形をしてるんですが、なんて可愛いんだろうと飼い始めました。それが爬虫類の沼に入るきっかけでした。8年くらい前だったと思います。そこから一気に増えて、1番多いときは40匹近くいました。
今井さんが現在飼育しているサバクトゲオアガマの名前は「鮭」
──今は何匹くらい飼育されているのですか?
15匹です。種類でいうとトカゲでキタチャクワラ、トゲアオガマ、ツナギトゲオイグアナ、ヘビでクビワヒメレーサー、カメでヌマヨコクビガメ、クロハコヨコクビガメ、ミシシッピドロガメの合計7種を飼ってます。僕が好んで飼うのは海外から輸入された個体なので、当たり外れがあって、状態の悪いものだとすぐ死んでしまうんです。寿命を迎えたものも多数いますし、この数年新しく入れてないんで、今はだいぶ減ってます。
キタチャクワラの写真左の赤は「豆」、右の黒は「サビロー」
クビワヒメレーサーの「エリィ」
ツナギトゲオイグアナの「ライボ」(オス親)
ツナギトゲオイグアナに関しては繁殖もしたので7匹いるんですが、国内での事例がほぼない中、繁殖させたケースになります。
──すごいですね。それだけ繁殖は難しいのでしょうか。
そういうわけでもないんですが、ツナギトゲオイグアナは成長すると最大で1mくらいになるので、ある程度のスペースが必要なんです。それと価格が安いので、増やそうって発想になる人がいなかったんじゃないのかなと思います。 近年は繁殖技術も上がってきて、SNSで情報も共有できる。最近では日本でもモニター(オオトカゲ科の総称)という肉食で2mあるようなものを繁殖させる人も出てきました。
2024年8月12日~15日に生まれたツナギトゲオイグアナ。今井さんが自家繁殖させた個体
──繁殖させることは爬虫類を飼育してる人にとっては普通のことなんですか?
飼っていると次世代の子供を見てみたいと思うのは割と普通なのかなと思います。例えばヒョウモントカゲモドキという生き物がいます。自然界にいるものはヒョウみたいな柄をしていて、それらから出てきたちょっと変わった柄のものとかを固定していったり、それらの掛け合わせで今では真っ白だったり真っ黒だったりする個体が生まれたりするんです。だからブリードをしてる人たちは多くの個体を飼って、掛け合わせを考えて品種としていろんな柄を作って楽しんだりします。錦鯉とか金魚みたいな感覚ですね。ヒョウモントカゲモドキは普通のヤモリにはない瞼があって、寝てるときの表情が可愛いんです。小型で飼いやすいということもあって、人気があります。
初心者にもおすすめのヒョウモントカゲモドキ
「実は店主の二木さんは武蔵野美術大学の先輩だったんですよ」と今井さん
店内にはトカゲ、カエル、蛇など世界各国の爬虫類が揃う
モロッコ原産のコモチミミズトカゲに夢中の今井さん、購入を検討する
画家がトカゲの飼育に向いている理由
──お話を伺っていると、犬や猫を飼うことと、爬虫類を飼うことは全然違うなと感じます。
犬猫はペットって感じがしますよね。愛情を注いだら返してくれるみたいな。でも爬虫類は基本的にそういう感じはありません。そもそも触らない方がいい生き物なんです。触られるとストレスになるんで。たださっき話したヒョウモントカゲモドキはペットみたいに名前つけて可愛がっている人もいますが、でも昔からのマニアは名前なんてつけないんじゃないかな。僕は全個体に名前つけてますが。
昔ながらの爬虫類の飼育者の中には生き物として面白さを味わったなと感じたら手放す人もいたりするそうです。それで空いたスペースには、別の個体を導入する。手放して市場に流れた個体は、それを欲しがっていた人に購入される━━こういう循環ができてるんです。
そういう意味ではコレクターズアイテムに近いところがあるかもしれません。愛護的観点からすると理解できないかもしれませんが、爬虫類は馴れることはあるかもしれないけど、基本的に懐かないんで、飼い主が変わっても彼らにとってはなにも変わらない。むしろちゃんと世話してくれる人のところで飼われた方がいいという考え方もあります。
ショップにもいたツナギトゲオイグアナを見つめる今井さん。「これはうちで飼ってるやつの兄弟か?」(今井)
今井さんのご自宅、爬虫類飼育スペース
――今井さんご自身は飼っている爬虫類と、どのような距離感で接していますか?
種類にもよりますね。イグアナは知能が高めなので飼い主の顔もわかるし、可愛いなと思います。その一方で、全く触らずに育ててる生き物もいますね。どの個体も手放したくはないので、どちらかというとペットとして飼っているのかな。
僕は猫も好きなんでベタベタ接するんですけど、それと爬虫類が違うのは距離感です。なぜなら基本的には触れないから、トカゲはトカゲ、僕は僕っていう距離感がある。 でも僕がいないと彼らは生きていけません。その関係がちょうど良い。前のスタジオでは爬虫類の部屋を一個作って、そこで飼ってたんですけど、制作してると音が聞こえるんですね。木登ったなとか、床に降りたなとか。向こうからは構ってこないけど、音が聞こえてくると一人じゃないって思えてくる。
旧スタジオトカゲ部屋
――現在飼育されているのもトカゲが多いとのことですが、トカゲに惹かれた理由はなにかあるのでしょうか。
やっぱり見た目がファニーなんですよ。ぼってりしててお饅頭みたいだなと。最初に好きになったのがトゲアオガマだったのですが、草食のトカゲには好みのフォルムをしてる個体が多かったんです。それに凶暴ではないので、ペットみたいに触れることも少しはできます。
特に僕が繁殖したイグアナの個体は生まれたときから人間を見ているので、馴れています。もちろん触るときも警戒されない触り方をする必要はありますが、うちのイグアナはSNSに動画上げると、世界中から「なんでそんなに大人しいんだ。どうやって飼ったらそうなるんだ。」って問い合わせが来たぐらいです。これは爬虫類雑誌の編集長の人に言われたことなんですけど、今井さんのトカゲが人に馴れてるのは、絵描きだからだって。会社員の人と違って出勤したりしないから、ずっと見てられるでしょって。
――Instagramに今井さんがアップしたトカゲの写真を見ていると、模様だったり、鱗の表情が豊かで綺麗ですね。
トカゲは近くで見ると、ちっちゃいぶつぶつが並んでて、それが1個1個色が違ったりするんです。確かに立体的で、 油絵みたいな質感があります。僕はそういうマチエルに憧れはあるけど、なんかそういうの見ると、 こんな綺麗なものが近くにあるなら、別に自分がわざわざ絵を描かなくていいかとか思ってしまうくらいです。
ツナギトゲオイグアナの「ライボ」(オス親)のディティール
美術でも友人の作品を見たときに同じことを思います。「餅は餅屋」というか。見て満足することで、逆に自分の仕事に集中できるというところはあるかもしれません。これは完全なる親バカですが、うちのツナギトゲオイグアナは世界で一番綺麗な個体だと思ってます。鱗を見てると色の組み合わせとか面白いなとかやっぱり思ったりするんですよね。
爬虫類と風景
――今井さんのストライプの作品は、風になびくスカートから着想を得たことを過去のインタビューで語られていますが、それと爬虫類と日々接する中で感じる感動は同じものなのでしょうか?
結論を先に言うと、ちょっと違うかなという感じがします。スカートのほうは大学で助手をやっていたときの大掃除かなにかで、学生が履いていたスカートにふと気付いてしまったというか、見てたけど見てなかったみたいな。瞬間的に「すごいものを見てしまった」っていう気がして、絵にしなきゃなと思ったんです。
『float』(2017年/HAGIWARA PROJECTS) Copyright Shunsuke Imai, Courtesy of Hagiwara Projects
爬虫類は毎日一緒に生活してる中で、母親が子供のちょっとした変化に気づくみたいな感覚です。昨日これ食べたのに、なんで今日これ食べないんだろうとか、それで違う種類の餌をあげるとか。だらけてるなと思ったら天気が崩れてきたからかとか。スカートに気づいてしまったっていうのは見えてなかったものが見えた経験だったんですけど、トカゲの場合は、見てたものがちょっと変わったことに気づくという感じですね。
――いろいろとお話を聞いていると、爬虫類は暮らしの延長線上にいる感じがしますね。
ただ、爬虫類の世界に入って、集中的に調べたりしているときは、美術に向き合ってるときの感覚に近いです。美術の歴史だったり、作家の背景を調べるのと同じように、飼ってるトカゲのことを調べたりするんです。どの国のどの地域なんだろうとか、色とかは個体差があったりするので、地域差について調べてみるとか。犬猫の場合は種というよりかは個体として付き合うことが多いじゃないですか。
だから深掘りしていくっていう意味では結構似てるのかもしれません。美術も爬虫類も、直接繋がってるわけじゃないけれども、なんか進み方は同じっていうか。調べを進めていくと全然違うことにたどり着いたりして、世界の見え方を変えてくれるんです。
後編では爬虫類を飼育することが、今井さんご自身のアーティスト活動へ与える影響を考える。「作品への影響なんてないよ」と笑いながら語る今井さんでしたが、思わぬ共通点もみえてきた(?)
SHOP DATA
〈レプタイルストア ガラパゴス〉
住所:東京都文京区本駒込5-41-5 ストークプラザ駒込101
営業時間:12:00~20:00(水曜日定休)
*詳細な営業時間はこちらを確認
Information
『日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション』
高橋龍太郎コレクションは、現在まで3500点を超え、質・量ともに日本の現代美術の最も重要な蓄積として知られています。本展は、1946年生まれのひとりのコレクターの目が捉えた現代日本の姿を、時代に対する批評精神あふれる作家115組の代表作とともに辿ります。今井俊介の作品も展示されています。
会期:2024年8月3日(土)~ 11月10日(日)
開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
*8月の金曜日は21:00まで開館
休館日:月曜日(9/16、9/23、10/14、11/4は開館)、9/17、9/24、10/15、11/5
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F、ホワイエ
公式サイトはこちら
ARTIST
今井俊介
アーティスト
2004年、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。東京都を拠点に活動。主な個展に、「スカートと風景」東京オペラシティアートギャラリー (2023, 東京)、「スカートと風景」丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 (2022, 香川)、「Red, Green, Blue, Yellow, and White」 HAGIWARA PROJECTS (2021, 東京)、「range finder Kunstverein Grafschaft Bentheim (2019, ノイェンハウス、ドイツ)など。主なグループ展に、「いろ・いろいろ。色と作品の世界。」福井県立美術館 (2021, 福井)、「MOTコレクション第2期 ただいま/はじめまして」東京都現代美術館 (2019, 東京)、「MOTコレクション第1期 ただいま/はじめまして」東京都現代美術館 (2019, 東京) など。
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