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2023.03.31

【前編】メディアアーティストが語る、とっておきのサードプレイス / 連載「作家のB面」Vol.12 市原えつこ

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Kaoru Mochida
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第12回目に登場するのは《未来SUSHI》や《デジタルシャーマン・プロジェクト》などユニークなメディアアートを手掛ける市原えつこさん。話のテーマは「ワークプレイス」について。会社員を経てメディアアーティストになり、カフェやシェアオフィスなどさまざまな場所を仕事に利用してきた市原さんが、辿り着いた“快適すぎる場所”って?

十二人目の作家
市原えつこ

日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作するメディアアーティスト。大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、虚構の美女と触れ合えるシステム《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》等がある

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最新作は『六本木クロッシング2022』に出店した《未来SUSHI》。未来の食をテーマに、妄想と科学的論拠をミックスさせた架空の回転寿司屋を制作

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2030年〜2110年頃までの未来のSUSHIを、回転寿司コンベアで回しながら展示。時代の流れを 凝縮した寿司コンベアには年代別に人工マグロやイワシなどが流れ、その中央にはペッパー大将の姿も

 

「カフェにはタンパク質が足りない」(えつこ)

今回の取材は市原さんが大好きな〈鳥貴族 渋谷西口店〉で行われた。「この半個室のカウンターが良いんですよ」と市原さん

ーー市原さんの作品はかなり大規模なインスタレーションや映像作品などが多い印象なのですが、普段はどこで制作をされているのでしょうか。

コロナ禍になってからは基本的に自宅や周辺のカフェとかで制作することが多いですね。森美術館で開催中の『六本木クロッシング』(3月26日終了)で展示している《未来SUSHI》の準備もほぼ自宅の机で作業していました。でも、SUSHIの制作で樹脂粘土をこねこねしていたらけっこう手狭になってきて。

ーー自宅での制作作業は、息が詰まることはないですか?

ありますね。周囲に人がいていろんなノイズが入ってくる方が仕事がはかどるタイプなので。でも、パブリックな空間で粘土をこねたり電子パーツを広げるなんてことはできないので、そういう作業があるときは渋々家でやっています。ただ、事務作業や各所への伝達とかはなるべく外でやる方が気が楽ですね。

ーー今回、市原さんからご指定のあった取材場所は〈鳥貴族〉です。カフェかと思いきや意外な場所だったのですが、最近は鳥貴族での作業にハマっているとのこと。その経緯から伺えますか?

鳥貴族は実は1年前まで行ったことがなかったんです。周りの人からは「鳥貴族って大学時代の青春の象徴だよね」みたいな話をよく聞くんですけど、大学時代にキャンパスの近くに店舗がなかったので、私にとってはそういった体験がなく。かといってさすがに女一人で行くような店でもなかろうと思って、ずっと気になりつつも人生で行くことはないんだろうなと思っていました。しかしある日、メディアアーティストの大御所の八谷和彦さんがTwitterに「取手でひとり鳥貴族をキメてる。」「鳥貴族のコスパ、ヤバいな。」とつぶやきながら1人飲みの写真をあげているのを発見しました。そこに自由の風を猛烈に感じ、羨ましくなったんです。鉄板のオーダー伝票の写真もあげられていたので、それを元に行ってみることにしました。

鳥貴族に通い詰めるきっかけとなったツイートを見せる市原さん

風の谷のナウシカのメーヴェの実機を作る《オープンスカイプロジェクト》などを手掛けるメディアアーティストの八谷さんの鉄板

ーーついに鳥貴族でデビューですね。

もともと1人飲みはすごく好きだったんです。ただ、一人で飲んでいる女性は若干奇異の目を向けられやすいというのは常々思っていました。女一人だと気楽に飲めない。コロナ禍になってからはわりとお一人様のハードルは下がってると思いますが、店員さんや隣の人に話しかけられたら、それはそれで気を遣って疲れるんですよね。その点鳥貴族はタブレットで注文し、半個室のカウンターもあって、1人で飲み食いできるのが最高でした。これはもう一人飲み界の最高峰だなとすごく感動して、通うようになりました。

ーー最初は普通に一人飲みをするようになったわけですね。この場所で作業をするようになったきっかけは何なのでしょうか。

当時、『道後オンセナート 2022』という芸術祭に参加していたのですが、開催直前で制作タスクがやばくて。忙しすぎる状況のなかで、おもむろに鳥貴族でパソコンを開いてみました。すると、なんか意外と仕事できるじゃん!となって。

『道後オンセナート2022』に展示した《神縁ポータル / Portal of Fortune》

神縁ポータル / Portal of Fortune

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ーーどのあたりがよかったですか?

作品制作のスケジューリングをする際に、冷静に考えてこの膨大なタスクをやらなくてはいけないのかと思うと、それだけで気持ちが疲れるんですよ。タスクを洗い出しながら、これをやるのは自分なんだよなと思うともう大変で……。ただ、このときはお酒の力もあり、程よく楽しくなってきたから、第三者の目線で淡々と頑張れたんですよね。タスクの洗い出しとか、スケジューリングがバシッと引けて。翌日、ちゃんと見直しはしたんですけど問題はありませんでした。

会社員をしながらアーティスト活動をしていた副業時代を含めてフリーランス経験は長く、いろんなカフェでこれまで作業はしてきました。その経験から思っていたのは、(あくまで私個人の見解ですが)大体のカフェのメニューにタンパク質が足りないということ。その点、鳥貴族のメインは鶏肉です。私が思うに、高タンパクなフードメニューは、眠くならずに頭が冴える効果があるんです。ちゃんと噛み応えがあるものを食べ、程よく飲みながらやる事務作業は最高だということが発覚し、その後は週1~2回の鳥貴族ワークが続いています。

市原さんがいつも注文するのは超!白ねぎ塩こんぶ(左上)、​​もも貴族焼(たれ)(左下)、ふんわり山芋の鉄板焼(右)。どれも税込み350円均一というのも嬉しい

ーー飲食をされたあとに作業を始められるのですか?

普段は作業をしながら、同時並行で食事をしています。意外と集中できるのは鳥貴族のプラットホームの良さの影響もあると思います。カウンター席が横長なんですよ。カフェだと丸テーブルが多いじゃないですか。席が狭いから飲食とパソコン作業を同時にしづらいですよね。でも鳥貴族はドリンクと料理メニューをパソコンの横に置いておける。動線が完璧なんです。作業を止める必要もなく、集中力も削がれることがない。半個室のようなつくりもいいですよね。しかも、店舗によっては電源とWi-Fiという作業に最適な基本的なインフラが確保されているのもポイントです。そして、座席が硬めというところも気に入っています。ふかふかのソファにお酒の力も掛け合わせると私は作業なんかできません。

長テーブルだからPCのとなりにドリンクとフードを置いても快適に仕事できる。ゆるい仕切りで区切られているのもいい感じ

ーー作業向きのシステムが整っているわけですね。

集中してるときに店員さんに話しかけられると、社交性が下がっているので挙動不審になることがあるんですけど、注文もタブレットなのでほぼ無言で問題ありません。あと、鳥貴族で仕事をしている人なんて、なかなかいないじゃないですか。その緊張感もいいんですよ。

ーーたしかにノマドワークができるファミレスやカフェでもお酒の提供がある店はありますが、そこで仕事をするのとは違いますよね。

鳥貴族のサウンドスケープはすごくいいんですよ。カフェに行くと一人ひとりの客の会話が個別に耳に飛び込んできすぎる上に、ちょっと気取ったお店に行くとマウンティングっぽい話が聞こえてげんなりすることも多いんですよね。大体はAirPods Proを耳に詰め込んでいるんですけど、充電が切れて困ることも。その点鳥貴族のサウンドスケープは、基本楽しそうな声なんですよ。みんな気取らずにいるから、良いエネルギーに満ちている感じ。漠然とした騒音って、作業の邪魔にならないんです。鳥貴族でもノイズキャンセリングイヤホンを使うこともありますが、つけていなくても全然不快になりません。

*さらに鳥貴族と市原さんの出会いを知りたい人は市原さんの記事『「鳥貴族テレワーク」という狂気の仕事法にハマってしまった話 #ソロ貴族』をチェック!

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後編はこちら!

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【後編】アーティストにとってのメンタルヘルスって? / 連載「作家のB面」Vol.12 市原えつこ

  • #連載

 

匿名のままで居られる空間

市原さんが好きなドリンクは「メガハイ」

ーーさきほどプロジェクトの忙しいときに行ったという話がありましたが、ほかにはどういうときに行きたくなりますか?

仕事を詰め込みすぎてメンタルがやばかった時期もありまして、 そのときは基本鳥貴族でしか仕事をしなかったですね。

ーー家で作業すると病んでしまう?

そうですね。仕事に向かおうとすると精神力の負荷がすごかったので、鳥貴族に行くしかないという気持ちになっていました。鳥貴族で仕事がはかどったという成功体験による安心感が積み重なっていたんですよね。カウンター席に座ってメガハイを注文すると、とりあえず仕事のスイッチが入るんです。

ーー鳥貴族ワークに合う、合わないは人によってあるのでしょうか。

確実にあると思いますね。そもそも機密情報を扱うようなお仕事の方はやったらいけないじゃないですか。自由業のクリエイターは相性良さそうだなと思っています。実はクリエイターってわりと事務作業が多いんです。会社だったら経理の人がやってくれることを自分で全部やらなくてはいけないので。食事やドリンクを注文することでテーブルを楽しいイベントのように「パーティ化」しないとやりたくない作業をするのに向いています。

ーーメンタルが落ちていた時期はどのような仕事をされていたのですか?

仕事は最低限におさえていたのですが、会期が近かった海外の美術館での展示の仕事が走っていました。コロナの影響で日本から出られないのに外国語を使ってやり取りしないといけないのはなかなか精神力を使います。そんなときにメガハイを飲むと外国語を使う心理的なハードルが下がって、気づけば長文のメールが仕上がっていたということも。もちろん、翌日に見直しはするのですが。めんどくさいタスクって気合を入れないといけないので、それを鳥貴族に託していたと思います。

ーー市原さんにとって鳥貴族は心地良いサードプレイスのような存在なのでしょうか。

そうですね。さらに匿名でいられることが重要な気がしています。近い業界の人がよく出入りするようなカフェなどでは同業者などに多く出会ってしまいますが、さまざまな属性の人が出入りする鳥貴族では知り合いにあうことはない。匿名のままでいられる空間があるというのは心の支えになっている気がします。

後編に続く

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森美術館で開催中の日本の現代アートシーンを総覧する展覧会「六本木クロッシング2022:往来オーライ!」の公式カタログを2月8日(水)より一般発売開始。
プレスリリースはこちら

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市原えつこ

アーティスト

1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性と日本文化に対する独特のデザインから、国内外の新聞・テレビ・ラジオ・雑誌等、世界中の多様なメディアに取り上げられている。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》、100年後の社会までの未来の食をテーマに、架空の回転寿司屋を生み出したディストピアSF的な大型インスタレーション《未来SUSHI》等がある。

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