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2022.10.21
【前編】クィアたちの声を届けるカルチャーに触れて / 連載「作家のB面」Vol.7 森栄喜
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
第七回目に登場するのはアーティストの森栄喜さん。訪れたのは大久保にある書店<loneliness books>です。この場所で語るのは、旧来的な社会規範から“逸脱する”とされてきたさまざまなジェンダー / セクシュアリティの人びとが築き上げてきた「クィアカルチャー」について。前編では書店でお気に入りの本を選びながら、これまでに森さん自身が日本で、海外で触れてきたクィアカルチャーの遍歴を尋ねました。
七人目の作家
森栄喜
写真という表現方法を通して、さまざまなジェンダー / セクシュアリティの人々の親密な関係性を切り撮るアーティスト。2014年に発表した『intimacy』で、第39回木村伊兵衛写真賞を受賞。近年ではLGBTQ+の人々あり方を、自身の経験をもとにした文章や詩、インスタレーションの作品の制作も行っている。
写真集『intimacy』より
訪れた場所
loneliness books(大久保)
クィア、ジェンダー、フェミニズム、孤独や連帯にまつわる本やZINEを集め、アジア各地の小さな声を紡ぐブックストア&ライブラリー。2020年10月に東京・大久保にデザイナーの潟見陽さん(写真左)がオープン。来店は予約制、オンラインショップでの購入可能。今回はこの場所で本を手に取りながら「クィアカルチャー」について語る。
雑誌やZINEだからこそ、届けられる声
ーーloneliness booksを訪れてみて、いかがでしたか?
店主の潟見さんとはもともと知り合いだったんですが、お店には初めて伺いました。クィア、ジェンダー、フェミニズム、孤独や連帯にまつわる本やZINEが、世界中からたくさん集まっていて本当に驚きました。ライブラリー機能があるのもうれしいです。1977年に創刊された『MLMW(ムルム)』という芸術関係の情報とビジュアルをメインにしたゲイ雑誌があるんですけど、今まで現物を見る機会がなくて、今回初めてちゃんと見ることができました。紙媒体は残っているものがどんどん少なくなってきているので、こうやってアーカイブされていることも、とても貴重だなと思います。
お店のライブラリーに収蔵している『MLMW(ムルム)』のバックナンバー
ーーほかに気になった本はありましたか?
欲しいと思っていたのが、『イン・クィア・タイム』というアジアン・クィア作家短編集です。フィリピン、マレーシア、バングラデシュ、台湾、パキスタン、インドネシアなどにルーツをもつ作家たちによるクィア小説17篇のアンソロジーで、以前から気になっていたので購入しました。数年前に「台湾セクシュアル・マイノリティ文学」シリーズ(*1)などは読んでいたのですが、もっとアジアのクィア小説を読んでみたくて。日本ではクィア小説はまだまだ少ないですよね。李琴峰さんやミヤギフトシさんなど(*2)、何人かいらっしゃるとは思うんですけど。
*1……出版社の作品社が2008年に台湾のレズビアンの小説『長篇小説─邱妙津「ある鰐の手記」』の翻訳本からスタートしたシリーズ。
*2……芥川賞作家の李琴峰は新宿2丁目を舞台にした作品『ポラリスが降り注ぐ夜』などさまざまな視点でクィア小説を発表。美術家であり文筆家のミヤギフトシは小説集『ディスタント』でゲイ男性の視点の物語を描いた。
積まれた本の上は『イン・クィア・タイム』、下は台湾のさまざまないまを切り取った「台湾文学ブックカフェ」シリーズの第3弾『プールサイド』
ーー日本文学の中でも、セクシュアルマイノリティが登場する小説はありますよね。それでも物足りなさを感じるのは、やはりクィアな書き手が少ないことと、当事者の等身大の生き方に向き合っている作品が少ないという側面もあるのだと思います。
そうですね。以前のように発表の場となっていたゲイ雑誌があるわけでもなく、なかなかクィアの書き手が育ちにくいという背景もあるのかもしれませんね。小説に限らず、詩や短歌などももっと読みたいのに……。
ーー書き手の問題でいうと、たしかに時代の流れで雑誌休刊の話はあらゆるジャンルで進んでいます。ここ数年のうちにゲイ雑誌も「役割を終えた」という表現のされ方での幕引きが続きました。
当時、ゲイ雑誌は同性愛に関するあらゆる情報が総合的に得られるものだったと思います。グラビアやイラスト、小説や漫画などのほか、コミュニティへのガイドマップとしての情報や文通欄などを通して出会いの場にもなっていました。今だとネットやアプリで代用できてしまいますよね。でもクィアなアートやカルチャーにまつわる表現や情報が発信できる場所というのは、まだまだ必要だと感じています。
ーーSNSの時代には、表現が個人に託されすぎていますよね。
たしかにそうですね。特にマイノリティにとっては出会いやつながり、コメントなどで連帯感や勇気をもらえたりする反面、発言したり反響を受け取る時は、内容によっては緊張もするだろうし、たった一人で荒野に立つような感じになることも多いと思います。安心して声を上げられる媒体や安全な場所がもっとあるといいんですけどね。loneliness booksで扱っているような個人的な自主出版のZINEなどが増えているのも、内容はもちろん、部数や販売の方法、場所も自分で決めれて安心だし、必要としている人に直に自分の言葉を届けられるからだと思います。
潟見さんが「若い人たちが雑誌をつくることに希望を感じています」と薦める雑誌『over and over magazine』に興味を示す森さん
ライブラリーに所蔵されている森さんが手掛けたフォトZINE『OSSU』(写真左)。同じく所蔵のアムステルダムのゲイ雑誌『BUTT』(写真右)はデザイナーのマーク・ジェイコブスなどのセレブリティから一般男性まで幅広いゲイシーンにフォーカスがあてられた
ーーZINEは小さな声を届けるのに最適なツールだと思います。森さん自身『OSSU』というフォトZINEを制作されていましたよね。
川島小鳥さん、竹之内祐幸さん、ミヤギフトシさんと僕の4人で2011年に立ち上げました。海外のゲイカルチャー誌『BUTT』の勢いがすごかった時期で、日本、アジアからも男性性をモチーフに発信できる場をつくりたいよねと意気投合して。中国や台湾、ベトナムなどの作家やデザイナー、印刷所にも参加・協力してもらったり、世界中のブックフェアで販売したりと、いろいろチャレンジできた媒体だったと思います。
NYで浴びたクィアカルチャーの洗礼
ーーそもそも森さんが最初にクィアカルチャーに興味を持ったきっかけになったのも、紙媒体だったのでしょうか。
そうですね。インターネットもなかった十代の頃に、ゲイ雑誌と出会った衝撃は凄まじくて。これまでは薄い膜がかかっているような、違和感しかないような世界で生きてたのに、ノンフィルターの鮮明なもう一つ別のまったく新しい世界が突然眼の前に広がったんです。ずっと息苦しいなかを泳いできて、 どう息継ぎしていいかわからない状態だったのが、やっと初めて呼吸できたと思えたぐらいの衝撃でした。興味を持ったというようなレベルじゃなくて、夢中にならざるを得なかったですね。家族や友達、クラスメイト、テレビや他の雑誌からは得られない、でも僕が本当に必要で欲していたものが丸ごと全部詰まっているように感じました。
ーー具体的な雑誌名は覚えていますか?
『アドン』という雑誌です。表紙がいわゆるゲイ雑誌的な挑発するようなヌードのイラストや写真ではなく、武内条二さんのイラストがよく使われていました。いろんな季節やシチュエーションの中で、カップルの関係性などが繊細に描かれていて、手に取りやすかったのもあったと思います。loneliness booksのライブラリーにも数冊あったので見たのですが、この号の表紙だけでも「カムアウトと理想の現実」や「女たちのデモ」「ゲイ・リブ」っていう言葉が並んでいて。エイズ問題なども積極的に取り上げていて、他のゲイ雑誌と比べてすごく政治性の強い雑誌でもあったと思います。
同じくライブラリー所蔵『ADON』は1974年から1996年末まで発行されていたゲイ雑誌。年代によって表紙のテイストは異なる
ーー90年代というと、テレビドラマでも同性愛を扱う作品が増えてきた時期ですよね。ですがまた当時「禁断の」という枕詞がついたりとセンセーショナルな描かれ方が多かったように感じます。
『同窓会』(*3)などありましたね。可視化という点では、とても意味があったと思います。ゴールデンタイムにゲイが主演級で出てくるドラマなんてこれまでありませんでしたから。僕も高校生でしたが、放送された翌日はクラス中が『同窓会』の話で盛り上がっていたのを覚えています。ただ、誇張というか差別を助長させるような描かれ方も多かったと思います。『とんねるずのみなさんのおかげです』の保毛尾田保毛男(*4)もそうですが、当事者にとっては逆にカミングアウトしづらくなる状況をつくり出していたようにも感じます。
*3……1993年に日本テレビで放送されたテレビドラマ。ゲイやバイセクシュアルの恋愛や社会との軋轢を描いた作品。
*4……90年代に流行したコントのキャラクターで、ゲイ男性を笑い者にするような差別的な誇張がなされていた。2017年に同番組の30周年スペシャルで再登場したことで物議を醸した。
ーーテレビなどのメディアからはまったくエンパワーメントされないコンテンツが垂れ流されていたということですね。その後はご自身でどこでどんなカルチャーを摂取してきましたか?
ニューヨークの美術大学へ留学したのを区切りにカミングアウトしました。それまでは金沢市の実家で暮らしていたので難しかったのですが、明日からは何も隠さず生きると決めて。本当に生まれ直したかのような感覚でした。今でも思い出すのは、ニューヨークに着いてすぐに、当時チェルシーのはずれにあったセクシュアルマイノリティに向けた専門書店であるA Different Lightを訪れたこと。そこでは毎週のようにポエトリーリーディングが行われていたり、デビューしたてのルーファス・ウェインライトがライブをしていたり、読書会やパフォーマンス、美術展などイベントも多く開催されていました。プライドマーチにも初めて参加したり。クィアカルチャーを享受すると同時に、知らず知らずのうちにクィアアクティビズムの歴史や精神にも直に触れていたんだと思います。ニューヨークでの日々は、 暮らしやアートが政治といかに密接に結びついていることを気づかせてくれました。
ーーカルチャーとして享受するだけでなく、クィアとしての立場を表明したり権利獲得のために行動に移すことも自然に学ばれたわけですね。
そうですね。ちょうど同じ時期にジャーナリストの北丸雄二さんや、当時まだ美大生だったパフォーマンス作家の荒川医さんなどもニューヨークにいて、ACT UP(*5)のことや自分の知らなかった日本のクィアカルチャーのことなども詳しく教えてもらったり、作品づくりのことを語り合ったりしていました。
*5……1987年にニューヨークで結成されたエイズ・アクティビスト・グループ。エイズの危機に対する政府の無関心に対してグラフィックデザインや宣伝を駆使して訴えた。
ーーニューヨークではパーソンズ美術大学の写真学科に行かれていましたが、そこで得た気づきはありますか?
もともと(ロバート・)メープルソープ(*6)のような、視覚的にしっかり構築された作品が好きだったので、僕もスタジオにこもって撮影したりしていたんです。でも他の生徒たちの日常を記録したスナップ的な写真や、同性の恋人やカップルを撮っている写真を見てたら、構図や露出、ブレといった技術的なことは一切気にならないぐらい、愛おしさや高揚感に溢れ出ていて。そんな影響もあって、恋人や親しい友人たちとの日常を日記を綴るように撮るようになっていきました。
*6……1960年代後半から80年代に活躍した写真家。ポートレート、ヌード、花などをスタジオで構図を綿密に考えて撮影した作品を数多く残してきた。
ーーそれが『tokyo boy alone』や『intimacy』という作品につながってくるわけですね。『intimacy』は2014年に第39回木村伊兵衛写真賞を受賞しました。
当時は同性のカップルや友人たちを前面に押し出したものってほとんどなくて、かつ写真集としてまとまっていたものはなかったので、そのことへの評価もあったと思います。実際は、今ここにある親密さを覚えておきたい、残しておきたいという思いだけで撮ってました。それがどのように捉えられるかは、あまり意識してなくて。だから取材を受けるたびに必ず「ゲイの」「同性愛の」というような紹介のされ方に少し辟易しながらも、途中からは半分開き直って、その役割を引き受けていた時期でもありました。
今はInstagramなどでみんな普通に撮ってシェアしてますよね。それらを眺めてるだけも、すごく幸せな気持ちになります。もう僕が撮るべきものはないんじゃないかと思えるくらいに、クィアな子たちの愛に満ちたスナップショットに溢れている現状は本当に希望だなと思います。
東京の男の子をテーマに撮影した写真集『tokyo boy alone』より
写真の下に置かれているのが『tokyo boy alone』。上は台湾の写真家・鄭庭維の『ROOM』
ーー男性の繊細な感情を映し出している森さんの作品を見た当時高校生だった台湾の写真家・鄭庭維さんが、影響を受けて『ROOM』という写真集をつくったという話もloneliness booksの潟見さんから伺いました。
それは僕も初めて知りました。無我夢中でつくったものが、遠くに暮らしている誰かにちゃんと届いてたんだなとわかって、すごく嬉しいです。きっと鄭庭維さんのこの写真集も誰かに届いて大切なものになって、そうやって思いが紡がれていくんだなと思うと胸が熱くなります。
infomation
ARToVILLA MARKET
ARToVILLA主催、現代アートのエキジビション兼実験店舗「ARToVILLA MARKET」を開催いたします。
森栄喜さんの作品も展示します。今回の森さんの記事を担当したライター兼DOORSの綿貫大介さんが推薦するアーティストも出展予定です。
■会期:2022年11月11日(金)〜11月13日(日)
■会場:FabCafe Tokyo, Loftwork COOOP10
〒150-0043
東京都渋谷区道玄坂1丁目22−7道玄坂ピア1F&10F
神泉駅から徒歩5分、渋谷駅から徒歩10分
Google map
■入場料:無料
■詳しくはこちら
ARTIST
森栄喜
アーティスト
1976年 石川県金沢市生まれ。パーソンズ美術大学写真学科卒業。サウンド・インスタレーション、パフォーマンス、写真や映像、詩など多様なメディアを用いて、周縁化された声や関係性を可視化し、既存の制度や規範に疑問を投げかける。主な展覧会に「シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く」(個展、KEN NAKAHSHI、2020年)、「フェミニズムズ/FEMINISMS」(グループ展、金沢21世紀美術館、2022年)、「高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol.10 ここに境界線はない。/?」(グループ展、高松市美術館、2022年)など。14年に写真集「intimacy」で木村伊兵衛賞受賞。
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