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ESSAY

2022.06.10

コシノジュンコの原点から学ぶ、時代を築く“負けん気”。生粋のテレビっ子が展覧会『コシノジュンコ「原点から現点」』をレポート

Text & Photo / Daisuke Watanuki
Edit / Eisuke Onda

世界的デザイナー・コシノジュンコさんの展覧会『コシノジュンコ「原点から現点」』が大分県立美術館で4月15日から5月29日に開催された。会場にはコシノさんが高校時代に手掛けた原点ともいえるドローイングから、近作ドレスまで、これまで創作を続けてきた60年以上の軌跡が展示され話題となっていた。

その軌跡の重みとは如何なるものか。気になる展示の様子を、コシノジュンコさんの母をモデルにした朝ドラ『カーネーション』の熱狂的な視聴者でもあったテレビっ子・綿貫大介さんに展覧会に行ってもらいレポートしてもらった。

朝ドラの名シーンと照らし合わせて、展示を回ってみると、感極まるものがあったのだとか……。

きっかけは朝ドラ『カーネーション』

展示も終盤となった5月中旬、部屋から飛び出して大分に滑り込み

「一番好きな朝ドラはなんですか?」と聞かれるととても困る。そんなの決められるわけがないじゃないか。良作が多すぎて、評価のポイントを絞らないと順位なんてつけられない。でも、「思い出深い朝ドラはなんですか?」と聞かれたら、迷わず『カーネーション』(2011年度下半期)だと答えられる。ファッションデザイナーとして活躍するコシノヒロコさん・ジュンコさん・ミチコさんの「コシノ3姉妹」の母、小篠綾子さんの生涯がモチーフとなったこの朝ドラ。ヒロインの糸子(一生“糸”で食べていけるようにとの願いから命名)は、ドレスとの運命的な出合いから洋裁の道に進み、「オハラ洋装店」を開業。その後、ミシンを踏みながら懸命に3姉妹を育て上げていくという素晴らしい一代記だった。最初に本作に興味を持った理由は2つ。それは物語の舞台が洋裁店であったこと。そして3姉妹が登場すること。この家族の物語にどうしてもシンパシーを感じてしまったのだ。

僕の両親も縫製業を生業としていた。もともとは祖父が戦後の物資不足のなか、ミシンとアイロン1台で服作りしたのがはじまり。その後は父が20歳で跡を継ぎ、おもに婦人服生産の下請けをしていた。全盛期は大変忙しかったようだが、僕が学生になる頃は平成不況のまっただなか。仕事が安価なコストの海外へ流出していった時代の縫製業のつらさも間近でみてきた分、針と糸でここまで育ててくれた両親には本当に感謝している。父と母がミシンで奏でる8ビートや16ビート、アイロンの蒸気の音や裁ちばさみの潔い音、窓から差す柔らかい光。それらは幸福感に満ちた光景として今でも思い出せるものだ。

そしてもうひとつ。我が家は男4人の兄弟だということ(僕は末っ子)。『カーネーション』では性格の違う3姉妹が度々やりあっていたが、あの描写も勝手知ったるというところがあった。うちの場合は三男が三代目として跡を継ぎ、今は下請けではなくオリジナルデザインの服を生産している。コシノ3姉妹のように全員が同じ道を進むということではないが、ミシンのある家で家族が集う様子は、観ていてなつかしい気持ちになった。

だからだろうか、その後もコシノ3姉妹の動向は気になって追ってしまう。著書はもちろん、今年の1月に放送された3人がそろってゲスト出演した『徹子の部屋』(*1)もチェック済み。そしてこの春、大分県立美術館で開催されていた展覧会『コシノジュンコ「原点から現点」』を訪れることとなる。

*1……2022年1月4日放送回。姉妹ゲンカのときに母は一切関与せず「勝ったモン勝ち」とけしかけていたことや、姉妹の餅食い競争でジュンコさんが一番多く食べた話などを披露。


ジュンコさんの原点に感激

左:コシノジュンコさんが高校の美術部時代に描いたドローイング 右:ジュンコさんが「装苑章」(1960年)を受賞したときのコート

テレビを通してしまうとどうしても強烈に映る本人のキャラクター性に注目が集まってしまうが、もちろん評価されるべきはその唯一無二のクリエイション。この展覧会は、ファッションデザイナー・アートクリエイターとして常にモードの先端を走り続けてきたコシノジュンコさんの活動の全貌を一挙に拝見できるまたとない機会だった。

会場に入ってまず目に入ったのは、ジュンコさんが大阪・岸和田の高校時代に描いた油絵やデッサンだった。『カーネーション』でヒロインの次女・直子(ジュンコさんがモチーフ)は、幼少時は誰もが面倒を見るのを嫌がるほどの暴れん坊で泣き虫。頑固で、姉に対して強い競争心を持っていて、学生時代は絵を描くことが得意というキャラクターだった。絵を真剣に描いている様子もドラマで観ていたので、これがあの時の……と感慨深くなる。たしか最初は画家を目指していたはず。そして直子は服飾専門学校の先生にデッサン画を評価されたことで、ファッションの道に進むことを決意する(実際のジュンコさんは美術の先生が油絵を褒めてくれた際に「お母さんの作るものと似たところがある。どうしてお母さんと同じ方向に行かないの?」と言われたことが腑に落ちたらしい)。きっと性格上、母や姉から「ファッションの道へ進め」と言われたら反発していただろう。他者からの助言というのがよかったのかもしれない。

その後ドラマでは東京の服飾専門学校を卒業後、若手デザイナーコンテストを史上最年少で受賞し、銀座の百貨店に自身の店を開く様が描かれるがそれは史実通り。実際の「装苑賞」の受賞作品である鮮やかなブルーのコートも会場に展示されていた。この受賞によりジュンコさんはデザイナーとしての道筋が開けるわけだけど、その作品を強く推した審査員が、当時すでに日本ファッション界の第一人者として活躍していた森英恵さんだった。(実はうちも昔は「ハナエモリ」の服もつくっていた、と学生時代に父から聞いたことがある。それはそれは誇らしい表情で、それを見たとき、誇りとは一生の宝となるものなのだと学んだ)。

ジュンコさんがつくるサイケデリックな世界観を展示した会場

そこから会場は60年代〜70年代の空気感に。“サイケの女王”とも称されていたジュンコさんの当時の写真は、きっとZ世代も“カッコいい”と感嘆するに違いない。ずば抜けたカルチャーの興隆が感じられない現代からすると、当時のエネルギッシュさはまぶしすぎて、それが羨ましくもあった。さらに展示は世界各国で行ってきたコレクションの映像や衣装をはじめ、現在の活動となる琳派や能との響演に至るまでを網羅。全体を通して思ったのは、ジュンコさんがつくってきたのは洋服だけではなく、時代や文化そのものなんだなということだった。

桃山時代の後期に誕生した装飾的な工芸、美術表現の琳派から着想を得た「琳派コレクション」

ジュンコさんが文化服装学院に通っていた1959年当時、“洋裁学校”といえばまだ花嫁修業の場という雰囲気が強かったはず。その時代に、女性がファッションデザイナーとしての道を歩むのは並大抵のことではない。それを成し遂げてこられたのはきっと、服といえば着物という時代に洋裁店を開いた綾子さんというロールモデルがいたからだろう。そのフロンティアスピリットや負けん気の強さは、きっと母親譲りだ。

人生の節目節目に思い出すであろう『カーネーション』の至極の名言の一つに「ヘタレはヘタレで泣いとれ。うちは宝抱えて生きてくよって」というものがある。苦難を乗り越えながら立派に3姉妹を育て上げた糸子のこのセリフからは、自分の人生を引き受ける覚悟が感じられる。その覚悟も、今は3姉妹が受け継いでいるはず。そして僕も同様に。宝は家族かもしれないし、仕事かもしれないし、誇りかもしれない。ぜんぶを抱えて、これからも生きていこう。美術館を出た僕は、誇らしい表情をしていたと思う。たぶん、あの時の父と同じように。

junkokoshino_pro

デザイナー コシノジュンコ

1978年パリコレクション初参加。NY(メトロポリタン美術館)、北京、スペイン、ロシアなどでショーを開催し、国際的な⽂化交流に⼒を⼊れる。DRUM TAO ⾐装、花⽕のデザイン等を⼿掛ける他、国内被災地への復興⽀援活動も⾏っている。

2025年⽇本国際博覧会協会シニアアドバイザー
⽂化庁「⽇本博」企画委員

イタリア⽂化功労勲章・カヴァリエーレ章
モンブラン国際⽂化賞
キューバ共和国友好勲章
2017年⽂化功労者顕彰
2021年フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章受賞

2019年8⽉、⽇本経済新聞「私の履歴書」掲載。
毎週⽇曜17時〜TBSラジオ「コシノジュンコMASACA」放送中。

information

D-art,ART
新たなコンセプトのアートフェアが誕生!
期間:6月15日(水)〜6月20日(月)
※心斎橋PARCO 14F  SPACE 14 のみ最終日は午後3時30分まで(午後4時閉場)
場所:心斎橋PARCO 14F  SPACE 14 、大丸心斎橋店 本館1階 御堂筋側イベントスペース
URL:https://dmdepart.jp/d-artart/

DOORS

綿貫大介

テレビっ子・編集者・ライター

ユースカルチャー誌編集部等を経て独立。著書に平成のドラマ史と著者自身のドラマを重ね合わせて綴った『ボクたちのドラマシリーズ』などがある。また、雑誌『Hanako』でテレビに関する連載も執筆中。

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