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INTERVIEW
2024.06.12
作品体験に寄り添うMUSEUMへのこだわり / UESHIMA MUSEUM開館 植島幹九郎インタビュー【後編】
Text & Edit / Kaori Komatsu
事業家・投資家として多彩な顔を持つ植島幹九郎さんの現代美術コレクション「UESHIMA COLLECTION」を紹介する「UESHIMA MUSEUM」が6月1日にオープンした。
2016年にニューヨークでゲルハルト・リヒターの個展を見たことをきっかけにアート作品を収集するようになった植島さん。現在のコレクション点数は670点に及ぶ。出身校の母体である渋谷教育学園の敷地内に誕生した地下1階から地上6階の7フロアを占める「UESHIMA MUSEUM」には、その幅広いコレクションの中から様々なテーマに沿ってセレクトされた作品が展示されている。
「同時代性」を軸にした「UESHIMA COLLECTION」。インタビュー前編では植島さんがアートに夢中になり、美術館をオープンにするに至った経緯やアートへの思いについて聞いたが、後編では個々の作品にまつわるエピソードや解説をお届けする。
アートを通じて過去、現在、未来を見たい
──「UESHIMA MUSEUM」のテーマを「同時代性」にしたのはどうしてだったんでしょう?
私自身、今という時代を生きていく中で、アートを通じて過去、現在、未来を見ていきたいと思っています。アートは未来を考えるきっかけやアイディアをくれます。なので、同じ作家の複数の作品があるとしたら、できるだけ最近の作品を選ぶようにしています。今、この時代をアーティストがどう表現するのかということに強い興味があるんです。
「UESHIMA MUSEUM」には現在90代の草間彌生さんの作品が展示されていますが、今お話した理由から、何十年前の草間さんの作品というよりは、比較的最近の2021年に制作された作品を購入し、展示しています。
一般非公開のスペースに展示されている草間彌生の2021年の作品《今こそわが芸術のおとづれをまっているワタシ ハナバナしいわが心のナグサメのおとづれをまっている いつ年月をえてしらぬまにわたしは 今日のわたしはさみしかったので空の白いクモをみつめたのだ》
──「UESHIMA MUSEUM」は全7フロアがあり、スペースごとにさまざまなテーマが設けられていますが、特にこだわったスペースというと?
2階はいくつもの小部屋があり、部屋ごとにテーマが大きく違います。内装を考える前から池田亮司さんとオラファー・エリアソンの作品を展示することは決めていて、そのためにはそれぞれ個室でなければ難しいというところから内装の構想がスタートしました。
まず、オラファーの《Eye see you》で使用されている単一周波数ライトはとても狭い周波数特性を持っているため、他の光にさらされると作品が本来意図している効果を得られません。光を遮断した空間にして初めて、このライトに照らされた肌の色も服の色もオレンジ色一色になり、作品の表現が成立する。作品が届いた時は窓からの光やオフィスの照明などがあって、ちゃんと作品を体感できなかったんですよね。美術館にあの空間を作ったことで、ようやく本来の作品の良さを体験できるようになり本当にうれしいです。
オラファー・エリアソン《Eye see you》。非常に狭い周波数特性を持った単一周波数ライトが使用されているため、光を遮断した空間を作ることで色の差異が消失する(UESHIMA MUSEUM提供)
音響と映像に没入できる池田亮司の部屋
池田亮司さんの作品を展示した部屋は元々隣の渋谷幼稚園とこのビルを繋ぐ渡り廊下でした。当初は渡り廊下は借りない契約で進んでいたのですが、長い廊下を真っ暗にして池田亮司さんの作品を展示することができたら絶対にかっこいいし、最高の没入感が生み出せると思い、ほぼ契約が終わったタイミングで「やはり廊下も借りたいので検討していただけないでしょうか」と相談しました。そこで契約を変更していただき、廊下も借りることができたことで、真っ暗な渡り廊下の両サイドにずらっと作品が飾られ、270度作品で囲まれた音響と映像に没入できる空間を作ることができました。
渡り廊下だったところに池田亮司の作品《data.scan》を複数展示。270度の視界を作品が覆う(UESHIMA MUSEUM提供)
シアスター・ゲイツ本人が何度も訪れた
シアスター・ゲイツの作品が3つ置かれている部屋があります。現在森美術館で個展が開催されているということもあって、今年に入って何度も来日されていて、シアスター・ゲイツとは2022年のあいちトリエンナーレのオープニングの打ち上げでお会いして以来、ずっと交流があったので、「UESHIMA MUSEUM」の内装段階で観に来ていただいたところ、構成や展示の仕方について提案してくださいました。作品のインストールが完了した後にお越しいただいた際には、「展示空間に音楽を流したい」ということや「スピーカーは目立たないように設置出来る小さいものがいい」といったことを伝えてくださいました。流したい音源のデータを送っていただいた後も、音響や展示作品とのマッチングを確認するために突然現地にいらっしゃったこともありました(笑)。ご本人と何度も直接お会いしながら一緒に空間を作り上げることができたのが嬉しかったですね。
シアスター・ゲイツの部屋。左が《Slaves, EX Slaves》、右下が《Night Stand for Soul Sister》、右上が《Walking on Afroturf》。シアスター・ゲイツ&ザ・ブラック・モンクス・オブ・ミシシッピによる楽曲「Opus for Flute」がBGMとして流れる(UESHIMA MUSEUM提供)
チームラボのこだわり
チームラボの猪子寿之さんと私は東京大学の先輩後輩の仲で、私が1年生の頃に猪子さんがいたサークルの打ち上げに参加したこともありますし、10年以上前、沖縄から奄美大島に皆既日食を一緒に見に行ったこともあります。数個上の先輩経営者という関係性がずっと続いていた中、「フリーズソウル2022」に行った時にたまたまペース・ギャラリー・ソウルでチームラボの個展をやっていて、久々に再会しました。猪子さんはアーティスト、私はアート・コレクターという関係性になっていることに驚きを覚えながら、一緒に食事をし、そこで猪子さんが手がけられているNFT作品のことを熱く語ってくれました。その後、実際に作品を目にする機会があり、購入したのが2階に展示されている《Matter is Void》という作品です。この作品は、誰でも自由にダウンロードが出来る一方で、所有者だけが自由に言葉を書き換える事が出来るという形を取る事で、「所有」とは何かを模索する取り組みと聞いています。ちなみに、この作品が飾られている部屋の壁がすべて真っ黒なのはチームラボからのリクエストでした。
チームラボのNFT作品《Matter is Void》。オーナーだけが液晶の文字を書き換えられる(UESHIMA MUSEUM提供)
──「UESHIMA MUSEUM」は植島さんの出身母校である渋谷教育学園の敷地内にありますが、学生時代から美術はお好きだったんでしょうか?
学生時代は美術より物理が好きで、中学生の頃の夏休みの研究は相対性理論でした。物理が得意だったので東大に合格したようなもので、大学1年生の4月頭まではノーベル物理学賞を取りたいと思っていましたが、あっという間に物理学はどこかに行ってしまい全然違う道に進んでいきました(笑)。でも今も「世界の様々な現象をシンプルな理論で説明する」ということを探求する物理が好きです。現代アートもアーティストが思いもよらない発想で人間の本質や、未来に迫ろうとするようなところがありますよね。その代表格がオラファーで、彼の様々な自然現象やテクノロジーへの知見をどうやってアートに取り入れるかというアプローチからは、物理学に対するものと似た興味を感ています。
宮永愛子の作品に感じる儚さ
「UESHIMA MUSEUM」に展示されている宮永愛子さんの《valley of sleeping sky -prone tiger-》はナフタリンが使われている作品ですが、部屋の温度や湿度、時間の経過とともに作品の中心となっていた形が失われ、ケースに付着する結晶がどんどん増えていきます。儚さを感じますよね。芸術であるアートと化学がこれほど深く関わっているところにも物理好きとしては強い刺激を受けます。
ナフタリンが使われた宮永愛子の作品《valley of sleeping sky -prone tiger-》。時間の経過や部屋の温度や湿度によって結晶の量が変わる(UESHIMA MUSEUM提供)
──植島さんがこれまで一番アートのエネルギーを感じた出来事というと?
前半でも少し触れましたが、やはりリヒターの14枚のガラスの作品です。国際協力NGO「ピースウィンズ・ジャパン」の代表理事の大西健丞さんが無人島の豊島に設立した美術館に展示されています。現存する世界最高の画家と呼ばれているリヒターが無人島に作品を寄贈することというにも驚きましたし、世界中の紛争地域に行って活動をされている大西さんとアーティストとの深い関わりにはとても感銘を受けました。
あと、社会との関わりという意味ではシアスター・ゲイツもすごいですよね。作品を生み出すだけでなく、アートを通じてコミュニティや街づくりに取り組んでいます。日本にも縁が深くて、愛知県の常滑市でもご自身で場所を購入され、陶器を中心とした工芸作品を作っていますよね。大きな影響力を持っているアーティストであり、エネルギーをもらいます。
「UESHIMA MUSEUM」でも、社会に開かれた場所として、渋谷という街からすぐに現代アートと接続できる場所を目指していきます。
Information
UESHIMA MUSEUM
多様な文化の交差点として発展を続ける街、東京・渋谷に2024年6月1日オープン。「同時代性」をテーマに国内外の幅広いアーティストの現代アート作品のコレクションを行うUESHIMA COLLECTIONの650点を超える作品の中から、様々なテーマに沿って選び抜いた作品を、一般に公開する。
住所:東京都渋谷区渋谷1-21-18 渋谷教育学園 植島タワー
開催時間:11:00~17:00(事前予約制)
休館日:日曜・月曜・祝日 ※7月21日より日曜も公開
詳しくはこちら
GUEST
植島幹九郎
UESHIMA MUSEUM館長
Kankuro Ueshima Collection 創設者。1979年千葉県生まれ。1998年渋谷教育学園幕張高等学校卒業、東京大学理科一類入学。東京大学工学部在学中に起業し、事業家・投資家として多角的ビジネスを展開している。
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