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2022.01.20
美術館とギャラリー、何が違う? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.1
Edit / Moe Ishizawa
Photo / Yuri Inoue
Illustration / Wasabi Hinata
15歳でエドゥアール・マネのダークな絵画表現を前にしたときの衝撃を原体験に、現在までアイドル活動のかたわら、2冊の美術関連書を上梓するほどアートを愛する和田彩花さん。しかしそんな和田さんも、いまだギャラリーには敷居の高さを感じ、なかなか気軽に足を運ぶことはできないとのこと。
美術館と同じく国内外のアート作品を展示しているギャラリーは、どういった点が美術館と違い、どういった役割や意義を持って動いている場所なのでしょうか?
「和田彩花のHow to become the DOORS」は、今更聞けないアートにまつわる疑問やハウツーを、専門家の方をお呼びして和田彩花さんとともに紐解いていく連載シリーズ。第1回は、世界的オークションハウス「サザビーズ」での経験を生かし、現在はGINZA SIX内にあるアートギャラリー「THE CLUB」のディレクターを務める山下有佳子さんに、美術館とギャラリーの違いについてお話を伺いました。
ギャラリーってどんな場所? 必ず作品を購入しなきゃいけないの?
和田:私が初めて美術館に足を運んだのは、芸能界デビューした15歳のころです。ちょうど三菱一号館美術館がオープンした年でもあり、東京と群馬を行き来する通勤生活の中で通っていた丸の内の地下道には、開館記念展『マネとモダン・パリ』(2010年)のポスターがずらりと並んでいました。
和田彩花
和田:印象的なポスターに惹かれて展覧会へ行くと、マネは黒を多用した沈んだトーンの作品が多く、私はそのダークな世界に衝撃を受け、魅了されました。それまでの私は漠然と、「絵画は美しいものを色鮮やかに描くもの」だと思っていたので、マネの絵にそのイメージを壊されたことがアートに興味を持つきっかけとなりました。
山下:私がアートに関心を持つようになったきっかけも和田さんと少し似ていて、小学生の頃に今はもうない原美術館で見た荒木経惟さんの個展『アラーキー レトログラフス展』(1997年)でした。会場に荒木さんの代表作の1つである緊縛のポートレイトが飾られていて、幼い自分はそのショッキングなイメージに大きな衝撃を受けました。
和田:子供の頃には刺激が強いですよね(笑)。私もマネの絵に衝撃を受けたことから美術館に通い始め、大学院では一歩踏み込んで美術史を専攻していました。ただそれでも、ギャラリーにはなかなか足を踏み込むことができなくて……。美術館からギャラリーへ鑑賞の場を移した途端、必ず作品を買わなくてはいけないの? と、心配になってしまいます。そもそも、美術館とギャラリーの違いってなんでしょう?
山下:例えば私が話した原美術館は個人、そして和田さんがお話ししてくださった三菱一号館美術館は企業が母体ですが、多くの美術館は国公立である一方、ギャラリーはそのほとんどが個人運営です。そのため、母体の規模の大きさによって美術館とギャラリーで見ることのできるアートの種類に差が生じているのだと思います。現在、私が運営とマネジメント、キュレーターを行っているTHE CLUBの母体は企業ですが、これはあくまでも特殊な例です。ギャラリーはいわゆる個人商店とも言え、ギャラリスト個人の趣向やセンスによってプログラムが更新されていくところが面白いところなんです。例えばTHE CLUBは、キュレーションにかなり力を入れています。そして、「ギャラリーに行くなら絶対に作品を購入しないといけない!」なんてことはまったくありません。
山下有佳子さん
ギャラリーはセレクトショップに似ている
和田:ギャラリーに対して、「作品を買う場所」「お金が動く場所」というイメージが強かったので、そこでキュレーションが行われていることに驚きです。美術館には、作品鑑賞以外にも作品の研究や保護の役割があると感じていますが、その点ギャラリーの意義や役割は何なのか、どのようにしてギャラリーの色を出しているのかも知りたいです。
山下:すべてのギャラリーにおいて、ギャラリストは誰なのか、というところがまず重要だと思います。ギャラリーはギャラリストの感性に触れたものが厳選して展示された空間であり、これはすなわちキュレーションです。わかりやすい例だと、ファッションでいうセレクトショップみたいな感じですね。仮に同じアーティストでも、同じ作品が展示されていても、ギャラリストの感性というフレームを通じて鑑賞する点で、それぞれのギャラリーの色が出てきます。
山下:ちなみに、海外のギャラリーは日本以上に入りにくかったりするんですよ。私自身ロンドンに住んでいたときは、毎回すごく緊張した記憶と経験があります。でも、美術館では入場券を買わなくてはいけない一方、ギャラリーは基本的に入場無料で、実際のところはギャラリーほど世の中に開かれた場所はないんです。
新しく芽吹いた才能を見つけ、一緒に育っていくような場所
和田:ギャラリーに対してずっと敷居の高さを感じていましたが、実は美術館以上に世の中に開かれた、気軽に誰でも入れるアートスペースだったんですね。
山下:ギャラリーの意義はもう1つ、コミュニティの形成もあるんです。展覧会の初日にはオープニングレセプションが開かれ、ギャラリーに所属するアーティスト、そしてファンやコレクターの皆さんが、アーティストを囲んで一緒にシャンパンを飲んだりします。いらっしゃる方としては、ご自身と同じような趣味を持っている仲間たちと知り合える場所でもあり、そういった楽しい時間によってコミュニティが作られていきます。
山下:そして実はギャラリーにもいろんな種類があります。アーティストから直接作品を預かり売るギャラリーを「プライマリーギャラリー」、あとはすでに一度人の手に渡った作品を二次的に販売するギャラリーを「セカンダリーギャラリー」と呼びます。プライマリーギャラリーでいうと、お客様に作品を届けることと同じぐらい、アーティストのプロモーションを含むマネジメントと育成が重要な使命です。作家のクリエイティビティを存分に発揮できる環境を整えることが私の仕事なので、作品の「助産婦」のような存在でいたいと思っています。
和田:すごくわかりやすくお話しいただきありがとうございます! 若き才能を見つけ、アーティストを育てていくという意味では、若干芸能プロダクションと共通する部分も感じました。でも、いったいギャラリーとアーティストはどこで繋がるんですか?
山下:芸大や美大の卒業制作展で発掘するケースもありますし、すでにキャリアがある程度あるアーティストのスタジオや活動拠点を訪ねるというケースもあります。アート業界は本当に人と人のご縁なので、私のテイストをわかっている友人のコレクターから「面白いアーティストを見つけました!」とご紹介いただくこともあれば、すでに所属しているアーティストが次のアーティストを紹介してくれるケースもあって、本当に多種多様なんです。
和田:実際にアーティストを育てていくとなると、具体的にどんなことが育成や支援につながるのでしょうか? 例えばプロモーションなのか、金銭的な支援なのか、精神的な支援なのか……。
山下:実は所属アーティストを抱えるギャラリーは、今和田さんが挙げてくださったことはすべてやっているんです。金銭的支援はケースバイケースだと思いますが、THE CLUBは海外のアーティストを日本で紹介するプログラムを行っていて、彼らが個展で日本に来る際はすべてサポートし、新しいお客様と会う機会を作ったり、また日本の新しい文化に触れることで次の制作へのインスピレーションを与えたりと、あらゆるサポートの形を探ってきました。
海外のアートフェアでも若いアーティストを取り上げたり、ギャラリーを通じて彼らの世界を広げることを大事にしています。アートフェア出展にはお金がかかりますが、そのお金はギャラリーが払うなどさまざまなサポートの方法がありますし、100軒近くのギャラリーが集まるので、プロモーションという点でたくさんの露出が期待できます。
和田:アーティストにとっては、自分の作品を見てもらえるチャンスがすごく増えるんですね。
山下:精神的なサポートでいうと、私はほぼ毎日所属アーティストそれぞれから電話があるので、新作の相談にも乗っていますよ。例えば日本人のアーティストと将来の展望を話し合うにしても、「日本で有名になりたい」「海外で有名になりたい」「有名にはならなくていいので長くキャリアを積みたい」など、皆それぞれです。アーティストとギャラリーが長い間、二人三脚で頑張ることも少なくないので、和田さんが突いてくださったところはすごくいいポイントで、まさにそこがギャラリーが果たすべき大きな役割だと思っています。
和田:ギャラリーへの近寄り難いイメージが、お話を伺うことで変わってきました。毎回購入しなくても、アーティストの応援へとつながっていくならもっと足を運んでみようと思います!
THE CLUB
丁寧なキュレーションのもと、日本ではまだ目にする機会が少ないコンテンポラリーアーティストを中心に、時代や分野を超えた展示を行うギャラリー。GINZA SIX6階 銀座 蔦屋書店に2017年にオープン。
現在、THE CLUBでは、国内外の所属アーティスト11名とともにチャリティープロジェクト「THE CLUB Collective – Echoes 子どもたちへ」を開催中(2021年12月23日~2022年1月20日)。浮世絵にインスピレーションを受けながら制作を行うコア・ポアをはじめ、終末感に満ちた風景をロマンチックに緻密に描く猪瀬直哉、独自性あふれる日本画で注目を集める小瀬真由子など、個性さまざまなアートが並ぶ。次世代を担う子供たちの教育支援のため、売上の10パーセントは認定NPO法⼈「キッズドア」に寄付される。
『THE CLUB Collective Echoes ⼦どもたちへ』
会期:2021年12月23日〜2022年1月20日
会場:銀座 蔦屋書店内ギャラリー THE CLUB 東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX 6F
開館時間:12:00〜19:00
休館日:日、月
料金:無料
Oliver Beer, Cyanotype drawing for Composition for Mouths (Songs My Mother Taught Me) Ⅲ, 2021, Courtesy Galerie _addaeus Ropac © Oliver Beer, Photo : Benjamin Westoby
第2回は、第1回に引き続き、世界的オークションハウス「サザビーズ」での経験を生かし、現在はGINZA SIX内にあるアートギャラリー「THE CLUB」のディレクターを務める山下有佳子さんに、「アートの買い方・飾り方」についてお話を伺いました。
連載『和田彩花のHow to become the DOORS』
アートにまつわる素朴な疑問、今更聞けないことやハウツーを、アイドル・和田彩花さんが第一線で活躍する専門家に突撃。「DOORS=アート伝道師」への第一歩を踏み出すための連載企画です。月1回更新予定。
DOORS
和田彩花
アイドル
アイドル。群馬県出身。2019年6月アンジュルム・Hello! Projectを卒業。アイドル活動と平行し大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。好きな画家:エドゥアール・マネ/作品:菫の花束をつけたベルト・モリゾ/好きな(得意な)分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。2023年に東京とパリでオルタナティヴ・バンド「LOLOET」を結成。音楽活動のほか、プロデュース衣料品やグッズのプリントなど、様々な活動を並行して行う。 「LOLOET」HPはこちらTwitterはこちらInstagramはこちら YouTubeはこちら 「SOEAR」YouTubeはこちら
GUESTS
山下有佳子
1988年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。ロンドン Sotheby’s Institute of Art にてArt Business修士課程を修了。 2011年より 2017年まで、サザビーズロンドン中国陶磁器部門でのインターンを経て、サザビーズジャパンにてコンテンポラリーアートを担当。主にオークションの出品作品集め、及び営業に関わり、ヨーロッパのオークションにおける戦後日本美術の取り扱い拡大に携わる。 2017年よりアートギャラリー 「THE CLUB」マネージングディレクターを務める。 2020年より、京都芸術大学 旧京都造形の客員教授に就任。 「THE CLUB」は2022年6月に閉廊
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