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SERIES
2023.03.24
アンディ・ウォーホル / 「現代アートきほんのき」Vol.1
Illust / Shigeo Okada
Edit / Mami Hidaka
世界で高騰が続き、億単位で取引されることもある現代アート。驚きの数字に興味を惹かれながらも、ときには「なぜ億もの高値がつくのか?」「作品の魅力がわからない・・・」と首を傾げてしまうこともあるのではないでしょうか。
連載「現代アートきほんのき」は、現代アートの代名詞的存在にもなっているアーティストや作品について、今一度評価の背景を繙いていくシリーズ。現代アートの巨匠とも呼ばれるアーティストを各回一人ずつフィーチャーし、なぜその作品が高く評価されているのか、美術史的観点と人々の心を惹きつける同時代性の観点の2軸からわかりやすくご説明します。
第1回は、誰もが一度は作品を見たことがあるであろうアンディ・ウォーホルの人物像や作品の価値について。文化研究者の山本浩貴さんと共にお届けします。
岡本太郎 / 「現代アートきほんのき」Vol.2 はこちら!
鳥取県が約3億円で購入して話題に。
亡き後も議論を引き起こす現代アートの巨匠
2022年11月、鳥取県を舞台に発生した現代アートに関する出来事が話題を集めました。2025年開館予定の鳥取県立美術館が約3億円を投じてある現代アート作品を購入したことに対し、県民から疑問や批判の声が挙がったのです。
その作品は《ブリロ・ボックス(ブリロの箱)》、作者はアンディ・ウォーホル(1928〜1987)──この連載の初回を飾るアーティストです。
提供=鳥取県立博物館 © 2023 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc./ ARS, NY & JASPAR, Tokyo E5148
《ブリロ・ボックス》は、戦後のアメリカの家庭で日常的に使われた洗剤付きタワシの包装箱を、ベニヤ板でできた大きな箱に描いた立体作品です。ウォーホルは1964年に初めてこの《ブリロ・ボックス》を制作し、その後同作は、本人や関係者によって何度も再制作されています。
鳥取県は、鳥取県立美術館の目玉コレクションとして計5点の《ブリロ・ボックス》を購入。そのうち1点はウォーホル自身が手がけたもの、残り4点は彼の死後に関係者が再制作したものでした。作家自身の手によるものではない再制作版であるにもかかわらず、作品1点につき5000万円以上の高値が付けられていることに驚く方もいらっしゃるでしょう。実際に鳥取県ではその税金の使い道に賛否両論の声が上がり、この記事を読んでくださっている方の中にも県民の皆さんの気持ちがわかる方もいるのではないかと推察します。
一方でウォーホルは、2022年から23年にかけて京都市京セラ美術館で開催された大規模回顧展「アンディ・ウォーホル・キョウト」の来場者数が15万人を突破するほどの注目度の高さを誇ります。
死後30年以上が経過してもなお、「美術」という限られた枠組みを超越して人々を魅了し、世界各地で賛否両論の議論を巻き起こし続けるアンディ・ウォーホルとはどのようなアーティストだったのでしょうか?
その特異な人物像と作品の価値について、美術史と時代性の観点から繙いていきます。
「ポップ・アート」の旗手。
なぜ美術史的に評価されているのか?
アンディ・ウォーホル
本名アンドリュー・ウォーホラ。1928年にアメリカで生まれ、商業デザイナー・イラストレーターとして広告業界で成功をおさめた後、アーティストに転身。版画(シルクスクリーン)や写真、ビデオなど、様々なメディアを駆使して作品を制作した。1980年代に誕生したコンピュータもいち早く自らのアートに取り入れ、《スリープ》(1963)や《エンパイア》(1964)など、デジタル・アートの先駆けとなった作品も残している。またロックバンド「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」のプロデュースも手がけるなど、狭義の「アート界」にとどまらない活躍を見せた
美術史における位置づけとして、ウォーホルは、1950年代後半から60年代を通じて隆盛を誇った「ポップ・アート」の騎手とされています。ポップ・アートとは、1950年代後半から60年代中盤にかけてアメリカを席巻した同時代の雑誌や広告、商品、コミック、テレビ、映画といった大衆消費社会のイメージをコンセプトやモチーフに採用したアート作品のこと。
ウォーホルをはじめ、アメリカの作家のイメージが強い「ポップ・アート」ですが、実はその源流はイギリスにあります。「ポップ・アート」は「ポピュラー・アート(大衆芸術)」の意で、元々は現代アートの動向を指す言葉ではありませんでしたが、1950年代にイギリスの美術批評家であるローレンス・アロウェイが、大量生産されたグラフィックなどを素材として扱ったイギリスの作家、エドゥアルド・パオロッツィらの作品を形容するために使用し始めました。
こうして、映画や広告といった大衆文化や日常的モチーフを作品に取り入れる芸術の潮流として、「ポップ・アート」という名称が徐々に広がっていったのです。
© 2023 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc./ ARS, NY & JASPAR, Tokyo E5148
また、このポップ・アートの流れそのものが美術史的に評価されているのは、理解に一定の教養を要する絵画や演劇、オペラなどの「ハイ・アート(高級芸術)」と、親しみやすくわかりやすい「ロー・アート(大衆芸術)」の区分をかき乱し、エリート主義的な風潮が強かった当時のアート界に一石を投じたからです。
ウォーホルは、冒頭で述べた「ブリロ・ボックス」のほかにも「キャンベルのスープ缶」など、誰もが馴染みのある日用品、あるいはエルヴィス・プレスリーやマリリン・モンローなどの著名人、さらにはドル紙幣や電気椅子などマスコミに流通するイメージを積極的に自らの作品に取り入れました。
これらのモチーフは、いずれもウォーホル登場以前のアートシーンではほとんど用いられてこなかったもので、その作風に広告業界出身というウォーホルの異色のバックグラウンドが影響していることは明らかです。
「マリリン・モンロー」をも
記号化する大量生産社会への風刺
ポップ・アートが生まれた時代背景には、経済成長により戦後のアメリカに登場した大量生産・大量消費社会の存在がありました。
大量生産・大量消費社会の中ではマス・メディアでの流通などを通して複製を繰り返すことで、本来強度のある「マリリン・モンロー」や「電気椅子」などのイメージは、その強度を喪失し、「ブリロ・ボックス」や「キャンベルのスープ缶」などと等価な大衆的な記号へと変貌していきます。
© 2023 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc./ ARS, NY & JASPAR, Tokyo E5148
彼は作品の生産性を高めるために、「ファクトリー」(「工場」の意)と名付けた自身のスタジオで、アシスタントたちの力を借りながら様々な作品を制作しました。そのイメージは、ダミアン・ハーストやジェフ・クーンズなど、現代のスター作家が行うような巨大スタジオでの分業システムを彷彿とさせます。
またウォーホルの作品において、大量生産・大量消費社会の中で流通するイメージやモチーフを扱うことと、自由に再生産できるシルクスクリーンの技術や、アシスタントを雇っての分業システムは呼応しています。ウォーホルは当初からシルクスクリーンなどの作品を通じて、社会の様相を皮肉に予見していました。
そうした先見性や、大量生産可能であることを逆手にとった表現にこそ、アンディ・ウォーホルの作品が美術史的に評価され、また今なおマーケットにおいて高値で流通し続ける秘密が隠されているのです。
アンディ・ウォーホルが評価されたワケ ー3つのポイントー
- エリート主義の風潮が強かった当時のアート界に一石を投じた
- 広告業界出身という異色のバックグラウンドを活かし、それまでのアートシーンではほとんど用いられてこなかった大衆的なモチーフを作品に取り入れた
- 大量生産・大量消費社会と呼応するシルクスクリーンの技術や、分業システムなどの制作手法を用いて社会を風刺した
ゆえに、鳥取県が購入した《ブリロ・ボックス》は、作家自身の手によるものではない再制作版であっても、ウォーホルのアーティストとしての哲学に則るとして、作品1点につき5000万円以上の高値が付けられていると言えるでしょう。
ウォーホルの影響を受けた
ビッグ・アーティスト
20世紀後半を代表するアーティストであるウォーホルの存在に影響を受けたアーティストは数知れず。ウォーホルがつくりだしたポップ・アートの流れを1990年代以降に推し進めたのが、バルーン・アートの犬や花といった日常的なモチーフをかたどった巨大なステンレス製の彫刻などで知られるアメリカのアーティスト、ジェフ・クーンズでした。
クーンズの《バルーン・ドッグ(オレンジ)》は、2013年にオークションで約63億円で落札され、当時の存命作家の最高落札額を記録。大量生産・大量消費社会への鋭い批評性や作品の制作プロセスなど様々な点で、クーンズはウォーホルから影響を受けた後継者のような位置づけをされることの多いアーティストです。
こうしてアーティストの創造性は時代を超えて影響し、美術史は紡がれていきます。次回は、日本を代表する現代アートの巨匠・岡本太郎にフィーチャーします。
GUEST
山本浩貴
文化研究者、アーティスト
1986年千葉県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツにて修士号・博士号取得。2013~18年、ロンドン芸術大学トランスナショナル・アート研究センター博士研究員。韓国のアジア・カルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラル・フェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、21年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻・講師。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社 、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。
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