- ARTICLES
- ミューザ川崎の彫刻作品から考える芸術と科学の関係 / 連載「街中アート探訪記」Vol.56
SERIES
2026.09.15
ミューザ川崎の彫刻作品から考える芸術と科学の関係 / 連載「街中アート探訪記」Vol.56
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは神奈川県の川崎駅前にあるミューザ川崎。ここにパブリックアートとして展示されているのは作家フロリアン・クラールの彫刻作品である。音楽や建築をバックグラウンドとして持ち、芸術と科学を同じものとして取り組むクラールの考えとはどのようなものか。
前回は福岡市にあるキース・ヘリングの作品を鑑賞!
音楽ホールへつながる場所にある重厚な彫刻作品
大北:川崎駅前の施設、ミューザ川崎にやってきました。
塚田:作品用の照明が当てられてますね。
大北:あ、ほんとだ。しっかりした展示ですね~。
塚田:フロリアン・クラールはドイツ生まれのアーティストです。インスタレーションもするんで照明も気にされるんでしょうね。

フロリアン・クラール 《Movement No.3》 2003年 ©Florian Claar, 2003
ミューザ川崎アートワーク
建築基本設計・ホール棟実施設計:都市基盤整備公団神奈川地域支社 株式会社松田平田設計
アートコーディネート:株式会社日本設計
アートコーディネート協力:清水敏男/有限会社 TOSHIO SHIMIZU ART OFFICE
大北:でかいですね。重そう。これは金属ですよね。
塚田:アルミニウムですね。
大北:工芸品的なものなんですかね、溶接されていたり。
塚田:溶接で繋いだ跡がありますね。ネジでも止めて、全部繋がってるっぽいですね。アメリカのスタジオでパーツを作って、日本で繋げたという流れだった気がします。
大北:繋がってる? ああ、なるほど、一筆書きみたいな感じがありますね。
塚田:そうですね。奥も繋がってる、一つの物体ですね。
大北:お、奥にもあるんですね。
塚田:2層、3層となってますね。
大北:あ、裏側の見えないところも。へえ~、ちゃんと作られてるんだな。
塚田:しかも裏側はオレンジに塗られてて目に留まる。
大北:たしかに。暗い背景だと、形が目立たないですよね。見てもらう意識がある作家ですね。

数学的な考えをもって芸術を作る
塚田:見れば見るほど、どうなってんだ?って形ですね。
大北:そうですね。形を言葉で言えないし、認識することさえ難しい。数学とかでも言葉にできない形を見ますよね。
塚田:数理モデルの形ね、杉本博司の回がそういう話になりましたね。
大北:ラッパ型みたいな「曲がった線を面でも曲げてくる」みたいな複雑なことをやってきますよね。
塚田:実はこの作者、フロリアン・クラールも数学的な考え方を持って制作をしている人なんですよ。
大北:へえ~、やはり数学が。どういう考えなんですかね?

塚田:「数学も幾何学も音楽も根源は同じ数のシステム」としたうえで、自然も、人間の文化もシステム的に捉えるんです。
大北:おわ~、むず(笑)。全部、数字で表せますよってことかな。ゆっくり考えたいですね。
塚田:つまり数学などの「科学」も「芸術」と同じことをやってるという考えですね。
大北:あれ? そうですかね?
塚田:科学と芸術は2つとも世界の法則を扱います。なのでフロリアンは両者を「自然界のモデルや理論を解明する仕事」だととらえてるんですね。世界を目に見えるような形にしたり、理論化するようなことをやっているのだと。
大北:ああ~、たしかに。科学は公式として認識できるようにするし、芸術は作品として見えるようにする。作品の作り方としてはどういうことになるんですか?
塚田:作品を作るときも、ある種のパターンが先にあって、そこから作品全体が生まれるみたいな。
大北:数学も公式を使ってどうにかしていきますしね。
塚田:そうですね。みなとみらいで最上壽之の作品が風よけのための形をしているって話しましたが、それとは逆のアプローチですよね。「こういうことをしたいから、ああいう形になった」の逆。
大北:風をよける目的、ゴールがあるわけではなく。
塚田:「一つのパターンや公式を延長させて作品全体の形を作っていこう」みたいな考え方でやってるのかなというところです。

理(ことわり)を取り出して展開する
大北:とするとなんらかの公式を取り出してきてこういう形になってるわけですね。…「抽象的な作品」ってよく言いますけど、「抽象」という言葉がそもそも「特徴みたいなものを取り出してくること」ですよね。とすると抽象作品全てにそういうところがあるのかな。フロリアン作品は一般的な「抽象的な作品」とも違うんですか?
塚田:フロリアンの場合は世界をモジュール(部品)の集合として捉えています。なので作品制作においても、断片的なパターンを反復させたり再構成したりしながら形を作っていくんですね。
大北:見つけてきた法則をそのまま提示するのではなく、そこからなにか組み立てていくってとこですね。

大北:この作品の元にはなんらかのやり方がある。
塚田:そう、一つのやり方を反復させたり。あるいはモジュール化して部分に分けて、それをまた再構成したり。それは自然でもそうだよねと、作家は考えてるわけですよ。
大北:実際、自然でもそうなんですかね?
塚田:例えばフラクタル構造とかそうじゃないですか?
大北:ロマネスコ(野菜)のあれですね(笑)。葉っぱとか雪の結晶とかもそうですよね。「もうずっとこのパターン」で全体を生むやつ。
塚田:繰り返しがある。自然界同様、人間が作るものにも法則性があります。天然のものでも人工のものでも法則性があって、そんな法則性を操作することが自分の作品であるという作家ですね。
大北:ふむ~。作家性とか文体とか「おれのやり方」というのはみんな持ってそうですが。それよりもっと「ザ・法則」みたいに意識的なみたいなことですか。
塚田:意識的ですね。で、それを完遂してるというか。それは作品の作り方からもうかがえます。
大北:どんな作り方なんですか?

仮想空間で制約のない形を生み出す
塚田:彼はコンピューターグラフィックスを使って作ってるんですよね。だからどの作品にもリズミカルな感じがあって、それが全体を構築しているんです。
大北:なるほど、だからモジュール化という言葉が出たんですね。コピー&ペーストで増やしたり展開していくのはPCの得意技ですよね。
塚田:他にも特徴的なところはあって、コンピューターグラフィックスって物理空間ではない仮想空間じゃないですか。便宜的に3次元性があるだけですよね。
大北:ああ、透明な空間で、自由にぐりぐり動かせるような。
塚田:そうすると素材の性質や重さに関係なく作れます。自らが思う法則性を実現しやすいんです。そんな状況から生まれた作品なんですよね。
大北:一回理想形を作るんだ。
塚田:そうそう、ほら蒲田で見た石をひたすら丸く削っていく中岡慎太郎の作品。石は重く硬くてすごい制約あるじゃないですか。そういった制約がない空間をまず前提として形を作るわけですよ。
大北:いったん重さはなしで、と。
塚田:もちろんこうして実現してるわけですから。実現可能かの判断も込みで作ってはいるでしょうけども。そうやってPC上で作るので、アイデアが大量にあって実現してないものの方が多い状態らしいです。

日本在住だったフロリアン・クラール
大北:にしても、変わった形ですよね~。
塚田:フロリアンのイメージソースにあるのはSFみたいですね。アトリエにはスターウォーズのグッズが並んでいるといったことが雑誌の記事に書いてあった。
大北:ええー、なんと! いや「これ宇宙船みたいだな」とは思ったんですが、バカみたいな感想だから黙ってました(笑)。
塚田:1968年生まれなんですよ。そうしたらもうやっぱりスターウォーズとかの直撃世代ですよね。
大北:いくらパソコンで素材に引っ張られないようにしようとしても…人は人間形成時期に影響を受けたものに引っ張られますね(笑)。
塚田:それと同時にクラシック音楽も大好きで。音楽からもインスピレーションを受けてます。
大北:あ、へえ。ここミューザ川崎は音楽ホールがあるし。
塚田:そうなんですよ。合ってますよね。川崎に住んでたこともあったそうです。
大北:え~、地元の人なんだ。
塚田:90年代末に立川に『スタジオ食堂』という場所があったんです。食堂の跡地をスタジオにして、若手アーティストたちが展覧会やイベントをやってDIYな感じで盛り上がってたんですけど、そこにも出入りしてたみたいで。
大北:へえ、日本のアートシーンでも活動してたんですね。フロリアン・クラール。
塚田:今はどうか調べきれなかったんですが、少なくとも2000年代前半は日本とアメリカの2拠点で活動していたようです。

サウンド・アートから始まったキャリア
塚田:そもそも音楽が好きだったと話しましたが、最初は音の出る作品を作ってたんですよ。
大北:音の出る作品ってなんだろう?
塚田:ホームページを見ると紹介されていたのは、ピアノの鍵盤を押すと、鍵盤につながったハンマーが作動するような作品でした。
大北:へえ、たしかピアノ自体が内部にハンマーを持つんですよね。入れ子になったような構造的なおもしろさですね。
塚田:元々サウンドアート界隈から出てきた人なんですよね。現代美術の一つのジャンルとしてサウンドアートというのがあるんですよ。
大北:サウンドアート。現代音楽というわけでもなく?
塚田:ええ。コンセプトに音響が組み込まれたものを総称してサウンドアートですね。何が鳴るかは重要ではなくて、クラシックを参照したものもあれば、音楽ではなく音そのものを出すものもある。前衛芸術の中で伝統的に作られているもので、マン・レイが1923年に『不滅のオブジェ』っていう作品を作って、それはメトロノームを使った作品ですね。
大北:メトロノーム。なるほど、それはちょうど楽器と物体の中間ぐらいにありますね。
塚田:なので、色々実践はあるんですけども、キャリア初期はそういう系譜にある作品を作って、自作の楽器を作って演奏するようなパフォーマンスもやってました。
大北:なるほどな。音楽も数理的なものがありそうだな。

数値化される音楽が根幹にある
塚田:フロリアンは、音楽も数で説明できるよねといったことも言ってるんです。音そのものも周波数とか数値で表わせますよね。リズムも反復だから、音楽も「数のシステム」であり、自然と同じように法則を作ってるよねという捉え方をしてるんですよね。
大北:ああ、音楽理論では数字に置き換えて説明されたりもしますよね。
塚田:ありますよね。そういった関心でクラシック音楽を聞いていたというところもある。対称性だとか、裏と表が全部繋がってるとか、複雑なようだけど全部にまとまってることだとか。あとここはシンフォニーホールに続く通路だし、そういった考えに立つとつながりを感じさせますよね。
大北:一周回って繋がってるみたいなことって音楽だと?
塚田:クラシックで言うとソナタ形式がそうですが、最初と最後にサビを繰り返すじゃないですか。ジャズもそうですよね。テーマをまずやって、あとはアドリブで、最後もう1回テーマをやる。
大北:ああ、なるほど。テーマやサビに一周回ってくるとも言えますね。この作品も多くの要素があって壮大だけど、一つのまとまりを見せる交響楽のようだと。

建築においてのパターンから考える
大北:数学やスターウォーズとクラシックが好きなら……どちらも母数多いですね。よくいる人でもあるなあ。
塚田:あと、大学では建築を学んでいたそうです。
大北:へえ~。実務的な建築の分野から見たら、こんな曲げ方とか作るの大変そうでやらなさそうですよね。
塚田:何でも出来ちゃう3DCGじゃなくて、実際に建築を学んで、色んな現場に出入りしながら、素材に関する知識や経験を蓄えていったようです。余談ですが建築都市計画の言葉でパターン・ランゲージ※っていうのがありますよね。
大北:どういうのですか?
塚田:画一的になりすぎた建物とか都市で失われた心地よさを取り戻そうとする考えのもと提唱されたもので。心地よさを感じる都市や建築を目指し「座れる階段」とか253の要素を抽出したんですよね。それに基づいて建築を作るみたいな。比喩的に表現すればフロリアンも彼なりのパターン・ランゲージを作っているのではと。
※パターン・ランゲージ(pattern language)…クリストファー・アレグザンダーが提唱した建築・都市計画にかかわる理論。

大北:パターンを抽出するというのは、世界から公式を取り出す行為ですよね。
塚田:そうですね。ある秩序に基づいた形態があって、自由に仮想空間上で作って、それが最終的な完成系になるという……でも改めてみるとCGで作っている感じなんかありません? 無重力感というか。
大北:そうですね。そのへんも宇宙船を感じたところに関係しているのかもしれない。
塚田:CGって確かに仮想的な空間ですけど、重力的には自由な空間。いわば実験室的な空間で作られた形態がフロリアンの特徴かなと思います。
大北:「ああ、なんかかっこいい物体があるなあ」という印象を持ったんですが、それは制約が取っ払われた形に由来するかっこよさですかね。いや、そこからかなりの深堀りに成功しました(笑)。もうこれで日本で有数のフロリアン・クラール通ですよ。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました
©Florian Claar, 2003
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。京都精華大学非常勤講師。 写真 / 若林亮二
新着記事 New articles
-
SERIES

2026.09.15
ミューザ川崎の彫刻作品から考える芸術と科学の関係 / 連載「街中アート探訪記」Vol.56
-
SERIES

2026.09.09
tricot・中嶋イッキュウがアートで楽しむ「イマジナリー旅行」。曲づくりに変化も / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.51
-
NEWS

2026.09.09
アーティスト・ 三浦大地の個展が銀座で開催 / 人生の旅を表現した作品群
-
INTERVIEW

2026.09.09
福岡発、国際アートフェアがなぜ成功したのか? ART FAIR ASIA FUKUOKA、10年の軌跡と挑戦
-
NEWS

2026.09.09
ARToVILLAがメディアパートナーとして 「ART FAIR ASIA FUKUOKA 2026 (AFAF)」に初出展 / 独自の表現を追求する4名のアーティストをご紹介
-
NEWS

2026.09.08
今週末開幕! 国際アートフェア 「Tokyo Gendai」 / 現代アートの多様な表現が広がる展示セクター

