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2023.02.03

日本最古の温泉にお出迎えするメディアアート / 連載「街中アート探訪記」Vol.15

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は愛媛県にある道後温泉をアート作品で盛り上げる催し、道後オンセナート2022を見る。道後温泉駅に降り立ち、商店街の入り口にあったのはパブリックアートとしては珍しいメディアアートとも言える作品である。日本最古の温泉を、新しい芸術であるメディアアートがどう表現するのだろうか。

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前回は六本木ヒルズのストリートファニチャーを見に行ってきました!

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六本木ヒルズのストリートファニチャーからアートとデザインの違いを考える / 連載「街中アート探訪記」Vol.14

  • #大北栄人・塚田優 #連載

アートで盛り上がる日本最古の温泉地

大北:道後オンセナート2022というのがあるというので道後温泉にやってきました。人力車が多い。
塚田:そりゃ道後温泉ですから。超観光地ですよ。徹底的に坊つちやん推してきますよね。
大北:あー、夏目漱石の『坊つちやん』に出てくる街なんですね。バスの中でお客さんがデジタルアートっていう言葉を言ってました。盛り上がってるのかな。

塚田:道後オンセナートは何年もやってるんで、これも道後オンセナートの作品です。
大北:コインロッカーに。こういう街に溶け込んだ展示もあるんですね。
塚田:我々がお目当ての市原えつこさんの『神縁ポータル』はこれですね。とても目立つ場所にあります。

『神縁ポータル』 企画・ディレクション・実装:市原えつこ @道後観光案内所、ひみつジャナイ基地

大北:お、なにか小さなほこらがあるなと思ったら。
塚田:作者の市原さんは日本の文化・習慣・信仰をテクノロジーを用いて新しい切り口で提示するアーティストです。
大北:温泉街へ向かう入り口にあって、おしゃれなものが出迎えてくれてるな~って印象ですね。
塚田:ネオンとかそうですよね。下の配管がスチームパンクっぽい。SFのような雰囲気がある。

塚田:これ絵馬ですね。
大北:絵馬がアクリルなんですね。3Dプリントとかテックやものづくり界隈の感じがありますね。

 

温泉へと向かう人に啓示を与えるアート

大北:神の縁はわかるけどポータルはなんですかね。
塚田:この作品、鑑賞するだけではなくて「神縁チケット」というおみくじを供給してくれるそうです。では早速チケットを入手するためにボタンを押してみますね。
大北:ジッジッジッ、とじわじわ紙が出てきましたね。
塚田:奥ゆかしいスピード感だ。
大北:インターネットが遅かった時代のダウンロードみたい。

塚田:あ、終わりましたね。2人分出てくるんですかね。故障中かな?
大北:「このポータルのすぐお隣にある人力車屋さん、 車夫の松五郎さんの快活なお人柄が魅力」と書いてますね。人力車をおすすめされました。
塚田:そんな身近な話題なんですね。もっとアートに関係あるものかと思ってました。
大北:NHKでやってた町の住民の仕事の地図を書く『たんけんぼくのまち』みたいですね。
塚田:すみません、僕その番組全然知らないですね…。
大北:世代だ。あったんですよ。アート作品もおみくじに出てくるのかな。
塚田:おみくじは「縁結び、コネクション、見えない力、祝祭、セレブレーションなどのキーワードをもとに、道後のまちの魅力を再編集したもの」と公式サイトに書いてあります。
大北:街の魅力か~。
塚田:僕の神縁チケットはマッサージセンターをおすすめしてきた。「ゴッドハンドな施術が受けられる」値段と電話番号と住所も書いてある笑
大北:広告かなと思えるくらい無邪気におすすめされてますね。

 

芸術祭のよさがここにある

塚田:そういう細かいところまでリサーチしてるんですね。でも実はリサーチ系のアートって結構色々あるんですよ。
大北:調べるやつ?
塚田:そう、調べました的なアート作品ってよくあるものでして、特にこういう芸術祭のような、その土地の魅力を押し出したいというコンセプトを持っているイベントにはもってこいなんです。なぜならリサーチをすればその土地でしかできない作品ができるじゃないですか。昔のことを知ってる人に話を聞きに行って、そのインタビューをもとに作品を制作したりだとか。
大北:この連載でよく出てくる、作品は置かれる場所が問題となるの「問題」を大きくしたようなものですね。
塚田:そうですね。作品に過去という時制を導入する。芸術祭の作品にはそうした傾向がある中で、これは……なんて言えばいいかな、へりくだった?
大北:たしかに(笑)カジュアルなというか…
塚田:日常的な情報も含めて、リサーチをしてランダムに出るようにしているっていうところは親しみやすい。僕のように美術に親しんでいる人間は全然ハードルに感じないんですけど、いきなり「江戸時代にこの地は…」っていわれても入り込めない人だっていると思うんですよ。
大北:親しみやすさ。うん、わかります。
塚田:ロゴのデザインもユニークで目を引きます。
大北:たしかによくデザインされたものになってる。

塚田:縁ってタイトルがついてるから、ロゴもきっと結ばれるようなイメージで、全部が繋がってくみたいなことなんでしょうね。そういうのも含めて「あれなんだろう?」と人も近づいてきてます。
大北:そうそう、さっきから人が結構来てボタン押してますよ。

塚田:紙に提案された内容を実際に行うかどうかは別にして、ここに来ただけでみんなが違う物語を経験する。静的な彫刻作品とは違った楽しみ方ができるようになってるわけです。
大北:そういう意味では作品があることで鑑賞者が変わるミニマリズムの回を思い出しました。リサーチはよくあるとして、オリエンテーションというか、行動させる系のは結構あるんですかね。
塚田:全然あります。そもそもこういう芸術祭は行動を促す美術の形式だと言えるでしょう。こうやって現地で入手できる冊子(ガイド)を手にとって作品を巡るわけですから。展覧会だと美術館の中だけなので作品以外のものは最小限にしかないんですが、こうやって街を歩いていると途中で作品以外のいろんなものを目にすることになる。「美味しそうな店があるな」とか。そしてそれと地続きに「ここにも作品が」という出会いがある。
大北:そうすると芸術祭そのものの良さがこれなのかもなー。

 

メディアアートってなんだろう?

大北:ロゴもおしゃれさもそうですがイベント要素が強い作品だったり。オンセナート全体のラインナップを見てもアート一本でやってますみたいなアーティストは少ないんですかね。
塚田:お、鋭い。大北さんもストイックなアートの見方が板についてきましたね。確かにアーティストばかりではなく、写真家や詩人など人選は多彩です。でも道後はもとから観光地なんで、必ずしも芸術祭を目的に来る人ばかりではない。そう考えると主催者側の戦略としては、いろんな角度から親しめる作品を展示する必要がありますよね。で、作品に戻りますが、そもそも市原さんは分野としてはメディアアートにカテゴライズされる方なんですよね。
大北:メディアアートというくくりがありますね。
塚田:メディアアートって元々エンターテイメント志向がある美術のジャンルなんですよ。 メディアアート的なことをやってる人は、エンターテイメント的なことも一緒にやるのは普通なんです。例えばライゾマティクスはパフュームのコンサートの演出をする一方で、コンテンポラリーアートの文脈に則った作品も同時に作ったりする。
大北:あ~、ライゾマティクス! そうか、ああいうものに近いのか。

塚田:あと、これは日本独特の歴史なんですけれども、昔ソニーがメディアを使ったアートを盛り上げようとコンペを開催していて、そこから出てきたのがオタマトーンでも有名な明和電機だったりするわけなんです。
大北:明和電機はこれぞエンターテイナーですね。
塚田:明和電機のメンバーである土佐信道さんは、筑波大学のメディアアートを学ぶ学科の出身なんですよね。
大北:へえ~、国立大学にメディアアートがあるんだ。
塚田:実は結構古く、1970年代からあるんですよ。それ以前にもテクノロジーをフィーチャーしたアートはもちろんあったんですけど、大阪万博の時にそういうアートが注目を集めたんです。でもそういう人たちって当時はギャラリーとかをベースにして活動することが難しかったんです。
大北:あー、絵を売るわけじゃないから。
塚田:で、いろんな人が活動を模索していく中で、パッケージングとしてはエンターテイメントの形式にのっとりながら、自分の作品を伝える挑戦を始めたのが明和電機とかなんですよ。メディアアートはそういったメンタリティを持ってる人が一定数いる界隈なんです。

 

メディアを考えるのか技術を見せるのか

大北:メディアアートの著名人!というと誰になるんですかね。ナム・ジュン・パイクのビデオテープとか? その辺が走りですか?
塚田:ナム・ジュン・パイク、そうですね。でもメディアアートっていうものの芽生えは、どこで線を引くかににもよるんです。例えば、メディアアートを「テクノロジー化する社会へのアートからの応答」と捉えると、20世紀初頭のイタリアで盛り上がった未来派なんかは機械の美に着目した作品を数多く生み出したので、それこそがメディアアートの起源であるという見方だって十分成り立ちます。
大北:やっぱりどんなメディアを使ったかが重要になるとすると、メディアの範囲って広そうですよね。
塚田:エンターテイメントにも近かったりとかする一方で、現代には細胞を培用したりして、生命をメディアとして考えさせる作品が作られたりもします。 概説書を読んでも定義は難しいということが普通に書いてあります。でもだからこそ、市原さんのように親しみやすい方向性でやってる方もいらっしゃる。メディアアートには、そういう自由さがあるんです。

大北:親しみやすさにエンタメ、なるほど。コンペというショー的な場所があることで支えられている。システムが文化を生むんだなー。
塚田:あとイベントですよね。さっきも万博の話をしましたけれども、新しかったり同時代の技術を使って目新しい物を見せるデモンストレーションって今でもあるじゃないですか。例えばプロジェクションマッピングとか。
大北:あー、今はこんなことができるのかって分野がありますよね。紅白歌合戦に出てくるものとか。ライゾマティクスとか、まさに。メディアアートってこんなおもしろい素材使ってみました~みたいなことかなと思ってましたが、技術ショーの一面もあるんですね。
塚田:そういうのも含めてメディアートなんです。

大北:その話でいくとこの作品はアナログっぽさありますね。
塚田:そうですね。インタラクション性って言うんですけれども、ゲームみたいにボタンを押したり、鑑賞者の身振りによって作品から反応が返ってくる。そういう関係性を鑑賞者と作ることができるのはメディアアートの特徴の一つですけれども、この作品は…
大北:ボタンを押して紙が出てくる。それに触発されて行動する。なるほど、インタラクティブ。
塚田:ご明察です。しかも出てくるチケットによって全然違った体験をすることができる。

大北:バルブみたいな形状は温泉が関係してるのかな。
塚田:もちろん関係してます。温泉ってどんどん湧き出るわけじゃないですか。この場所を訪れた人たちも温泉が湧き出るように道後のいろんな魅力をどんどんどんどん発見し、それに誘われて町を循環して体験できると解説に書いてありますね。

塚田:さらに、ここから少し離れた場所にあるひみつジャナイ基地という場所に情報を登録することも出来るみたいで、それぞれの物語として体験が収集されるような構造になっている。
大北:なるほど。うまくいけば循環してどんどん情報が洗練されていく。どこか体験して投稿しにいきましょうか。

 

足湯カフェに行けという御神託

大北:もう一枚出してみたら足湯カフェが出てきました。
塚田:足湯カフェなんてあるんですね。
大北:これはすぐにでも行けそうですね。行ってみましょうか。

大北:行く途中に他の作品見ておきたいですね。
塚田:あそこに一つありますよ。キャラクターがいますね。可愛いですね。
大北:TIDEさんというアーティストの作品ですね。
塚田:わりと絵画を中心に発表されている印象がありますが、こういうキャラクターをモチーフに彫刻にも展開されてるんですね。
大北:服飾ブランドとかにも使えそうなおしゃれさがあるというか。なんか最近地方の観光がデザインされてきたなって思うんですよ。その流れと道後オンセナートが近い気もする。
塚田:日本最古の温泉とも言われている道後のイメージを守っていきつつも、新しいイメージを提示するってことは意識してるんじゃないでしょうか。
大北:プロモーションとしての芸術イベントのあり方がちょっとわかってきました。

『SPRING』 by TIDE @道後・放生園

塚田:市原さんの作品に戻りますね。この連載ではこれまでほとんど静的な作品を扱ってきましたけど、そもそも街の中にあるものって、例えば神社なんかがそうですが、行ったらみんなお参りすると二礼二拍手一礼するじゃないですか。
大北:しますね。誰が作ったんだこれと思いながらも。
塚田:公共空間にあるものってそういう身振りを求めるようなものって結構ありますよね。でもひるがえって考えてみると美術作品、特に近代美術ってそういうのってあんまりないんです。だから今回そういったものを紹介できたのは良かったです。現代美術はそうした近代美術の批判の上に成り立っているものでもありますし。
大北:身振り、そうか。儀礼でなくても券売機で切符を買うということなども身振りを伴いますよね。そういうもので公共空間はできてるとも言えるか。

塚田:さっきの足湯カフェってこれですかね。
大北:200円でミニタオルついてくるから行きやすい。

塚田:当たり前ですけど…あったかいですね。この芯から温まる感じ、最高です。
大北:あー、神様におすすめされましたからね。
塚田:いいですねこれは。
大北:あ~、そっか、上に映像が流れてますけどここは野球拳も名物なんですよね、確か。

 

合理的な選択をする現代のカウンターとして

塚田:僕は野球拳が松山の名物ってことは全く知らなかったんですけど、こういうふうに偶然知るっていう体験は逆に印象に残るし、現代の社会に対するカウンターにもなってますよね。今って、どこ行くにも検索しちゃうじゃないですか。
大北:食べログとかgoogleマップで点数見ちゃう。
塚田:そうそう。そうじゃなくて、ご神託のような形でおすすめされたスポットに行ってみる。
大北:選択しないことって自由さがありますよね。言われるがまま。僕はたまに舞台に出るんですけど、台本通りに演技するのがなんで楽しいのかなとか考えたら、生きてて唯一自分で考えなくていい時間かなと思うんですよね。生きててあらゆる振る舞いは自分で選択しないといけないけど、選択しなくていいというのはそこから解放されたある種の自由さがあるのではと。
塚田:自分がある途端、不自由になってしまってますからね。
大北:それこそふだんの僕はgoogleマップ見て行動してますからね。
塚田:我々も今こうやって、編集部に「道後で芸術祭やってるから行ってくれば」って言われて、そこで引いたおみくじの結果、足湯に入るという。非常に年末らしい(?)自由で贅沢な時間です(取材日は2022年12/27)。
大北:何にも考えてないことはないんですが。
塚田:TIDEさんの作品にもまた出会いつつ。こっちは湯につかっていませんね。

塚田:市原さんの作品に導かれて足湯に行って、思いもよらない新たな情報を得ることができました。僕は松山と野球拳の関係を一生忘れない気がします笑

大北:そうですね。「松山には野球拳があるんだな」と。ではそんな知識を、ひみつジャナイ基地に投稿しにいきましょう。情報を循環させて道後を盛り上げましょう。(その後ヒひみつジャナイ基地はお休みであることがわかる)

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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