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2025.12.10

「失敗も楽しみも人の10倍経験して、お客さんを喜ばせたい」落語家・林家木久蔵の芸を育むアート噺(ばなし) / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」/ 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.42

Interview&Text / Mai Miyajima
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Daisuke Murakami

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。

お話を聞いたのは、落語家の林家木久蔵さん。55年間にわたり『笑点』レギュラーメンバーを務めた林家木久扇さんを父に持ち、落語家になる前から絵描きとして活動していた木久扇さんの影響で、子どもの頃から絵や漫画に触れて育ったと言います。落語家として大切にするのも、「お客さんは成功談より失敗談を求めているんだ」という父の教え。

失敗も楽しみも人の10倍経験して、人を喜ばせる落語家になりたい──。その教えを胸に、牛丼屋さんも経営するなど、失敗を恐れずどんどん新しいことにチャレンジする木久蔵さん。「50歳になってはじめてアートを買う」という体験もそのひとつでした。

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現代アーティスト ヤクモタロウ 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.17

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  • #アートテラー・とに〜 #連載

# はじめて手にしたアート
「若手アーティストitabamoeさんの絵は、自分をゴキゲンにさせてくれます」

今年、齢50にしてはじめて自分で絵を購入しました。それがこちらのitabamoeさんの作品です。

itabaさんと知り合ったきっかけは、僕の学生時代からの友人でありアーティストのヤクモタロウくんが、チャリティーアート展への出展作家として父・林家木久扇を誘ってくれたことから。そこに行った際、itabaさんとはじめてお会いしました。

後日、itabaさんを交えた数人の若手アーティストと食事をしたのですが、彼らの話を聞いているうちに、「さまざまな表現が溢れるこの時代に自分の才能ただひとつを信じて、作品に向き合うってすごいなあ」と尊敬の気持ちが湧いてきました。そんな気持ちになっていたところ、itabaさんが、「販売予定の絵が急にキャンセルになってしまった」なんて話をするもんだから「じゃあ俺が買うよ!」って言っちゃって。

そうしてお迎えしたのが、この作品なんです。はじめて購入したアート作品が木久扇カラーの黄色だったのは、うれしい偶然でした。

落語家は人に笑っていただく商売ですが、そのためには、自分自身のメンタルを常に安定させておくことが大切。だから僕も、生活環境を心地よく整えて、いかにゴキゲンで過ごせるかに気を配っているんです。


# アートに興味をもったきっかけ

「落語家になっても絵を描き続けている父。子どもの頃から、家の中はアートであふれていました」

この取材のお話をいただくまで、自分はあまりアートに縁のない人間だと思っていたのですが、ふり返ってみれば、全然そんなことなくて(笑)。父は昔から今に至るまで絵を描いているし、母も絵が好きで、家の中の絵を季節ごとに架け替えるようなこともしていた。

父は落語家になる前は漫画家志望で、漫画家の清水崑さんに弟子入りし、鎌倉で4年ほど修行していたことがありました。

『ゴルゴ13』作者であるさいとう・たかを先生がお亡くなりになるまでは、先生が開く新年会の司会を、ずっと父と僕で担当させてもらっていて。当時、その新年会にいらっしゃる方々のなかで一番若かったのが『カイジ』の福本伸行先生。『マジンガーZ』の永井豪先生も、そのなかでは若手でした。乾杯の音頭が藤子不二雄A先生で、間でちゃちゃを入れるのが水島新司先生……今思うと、すごい面々です。

木久蔵さんの事務所には、父・木久扇さんが購入した清水先生の河童の絵が飾られている。このような横長の作品は珍しいとか

僕がそんな空間にいられたのは、父がまっすぐ落語家になったのではなくて、絵描きを経験し、その世界でさまざまな人とのつながりを大切にしていたからだと思っています。

落語家には大きく2パターンがあると思っていて、ひとつは芸をとことん突き詰めるタイプ、もうひとつは、落語だけでなくいろんな楽しいことを経験して芸に昇華するタイプ。父は完全に後者で、僕もその影響を大きく受けているように思います。


# 思い入れの強いアート
「子どもの頃から親しんできた漫画の絵も父の絵もアートといえるのではないかと気づきました」

そういった環境で大人になってきたので、僕は漫画も、人の心を動かすアートだと思っています。

アクリルスタンドに収められているこちらのイラストは、僕が小学生の頃、藤子先生が描いてくださったオバケのQ太郎。お酒の席で父が、「息子が好きだから描いてよ」と頼んでくれたみたいです。

昔の漫画家さんって、よくコースターの裏にこうやって絵やサインを描いたりしていました。今では珍しい、いい文化だなと思います。

父の絵も好きです。僕は2025年に芸能生活30周年を迎えましたが、その記念としてつくった手ぬぐいの絵を、父に描いてもらいました。新年のごあいさつでお世話になった方々に配ったり、この手ぬぐいを持って高座にも上がったりしています。

落語の「鰻屋」をモチーフにした絵。文字もすべて木久扇さんの手書きだという。「父の文字はまるで絵のようなんです」

父は、昔はかっちりとした錦絵を描いていましたが、今はどんどん軽いタッチになってきている。その力の抜けた感じがすごくいいなと思っています。


# アートがもたらす価値

「やってみないと成功も失敗もない。アートも『絵を買う』という体験から、感じられることが増えた」

父の姿から学んだのは、人生は何をやっても無駄がなくて、すべてが自分の糧になっていくんだということ。昔、父が僕にくれた「お客さんは成功話じゃなくて、失敗談を聞きたいんだ。失敗を笑いたいんだ」という言葉にも、そんな哲学が込められていたように思います。

僕も今年から牛丼屋をはじめたり、絵を買ったりしてみましたけど、「こういう結果にならないとイヤだな」みたいなことは、あまり考えていない。何か新しいことをはじめてみて、もし失敗だったとしても、噺(はなし)のオチがついてラッキーくらいに思っているんです。

だから、まずは何事もやってみることが大事なんだと思います。やってみないことには成功も失敗もないですから。絵も、実際に買ってみたからこそ訪れた変化がたくさんあります。街中やお店などに潜んでいるアートに気づけるようになったり、なんでここにこの絵を飾っているんだろう?と意図を考えるようになったり。

また、落語にも「だくだく」や「抜け雀」など絵画をテーマにした噺があるんですが、それらを身近に感じられるようにもなりました。アートに向けた矢印が、自分の仕事に返ってきているのを感じます。


# 落語家としての矜持

「人の5倍も10倍もいろんな経験をして、父が高座から見た景色を見てみたい」

落語家ってたくさんの人を喜ばせる仕事。それをやる人は、人より5倍も10倍もいろんな経験をしていないと楽しさも喜びも伝えられない──。そんな意識で過ごすことを、日々大切にしています。

ずっとやってみたいと思っているのが、銀座で飲み明かすこと。今の時代、あまりいいイメージを持たれることではないかもしれないけど、実際、銀座で飲んでいた昭和の芸人や俳優の方々の人としての器の大きさ、人間力ってものすごいなと僕は感じてきた。いいも悪いも自分で味わってきたぶん、魅力的な人になっているんだと思います。

そういう意味でも、昭和の頃からお茶の間で親しまれてきた父は、僕にとって一番身近な魅力的な人。父は、一度も会ったことのないお客さんたちを涙を流すほどに大爆笑させ、20分の落語を終えれば、「ああ、おもしろかった。でも何を話していたか全然覚えてないわ。なんでこんなに笑ってるのかしら」なんて声が聞こえてくる。お客さんを、まるで魔法にかかっているかのようにしてしまうんです。

そういった空間は、いろんな経験を自分の栄養にして放出しているからこそ生まれるもの。いつか僕も、父のような大爆笑の光景を自分の喋りで見てみたいですね。

 

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DOORS

林家木久蔵

落語家

笑点の黄色としてお馴染みの林家木久扇(当時は木久蔵)の長男として1975年に生まれる。1995年に父に入門、2007年に二代目林家木久蔵を襲名し、真打に昇進。各地で高座に上がるほか、Youtubeチャンネル「林家木久蔵の落語チャンネル」では落語の世界をわかりやすく解説している。2025年4月より、浅草橋にて牛丼屋「天角」をオープン。新たな挑戦にも注目が集まっている。

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